登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
休日の午後、ファミレスの奥まったボックス席は、常人には解読不能な「黒歴史」と「改名会議」の熱気に包まれていた。
テーブルの上に置かれているのは、ドリンクバーのグラスと『帰還者ネットワーク』のポータブル端末。
画面には、帰還者ネットワーク上の自分たちの登録名が堂々と表示されている。
【パーティー登録名:神話の一党】
「……なぁ、みんな。改めて確認したいんだけどさ」
頭を抱え、胃を押さえながら端末を指し示したのは、元・真面目な委員長にして現在は女子高生の肉体に翻弄されるリーダー、桐生透(クロエ)だった。
「これ、本気でこのまま行く気か? ネットワークのデータベースを開くたびに『神話の一党からの緊急連絡』とか通知が出るんだぞ。
他校の帰還者から『あ、あの神話の一党のクロエさんですか……!』ってキラキラした目で拝まれる私の身にもなってくれよ。
胃に穴が空きそうだ」
「だから何度も言ってるでしょ、透!」
向かいに座る高校1年生、神崎凛(リリアーネ)がプラチナブロンドの残影を感じさせる眉をひそめ、ブラウスの袖を捲り上げた。
「『神話の一党』っていうのはね!
運営のデータベース側が勝手に『神話の迷宮から帰還した一党』っていう分類用カテゴリ名をそのまま登録名にしちゃっただけなの!
決して私たちが自分から『どうも~! 自分たち、生きる神話でーす!』なんて痛い名乗りを上げたわけじゃないの!!」
「わかってる! 理由は重々承知してるよ凛!
でも世間的な見え方は完全に『自分で自分のこと神話って言っちゃってるイタい奴ら』なんだよ!
黒歴史ポエムノートをクラスの掲示板に貼り出されてるような羞恥心なんだよ!」
透の悲痛な叫びに、隣でメロンソーダを飲んでいた中学3年生の日向蓮(レン)が、シスター特有の清楚な仕草で唇を拭いながら参戦した。
「そうだよ凛ちゃん!
私だってクラスで男子から『聖女』って呼ばれて『聖者(茂)』まで誕生してパニックなのに、ネットワークでまで『神話の聖女様』とか呼ばれたら、マジで『汝の罪を悔い改めよ……!』って唱えてその場から蒸発したくなるもん!
早く可愛くて普通の中学生っぽい名前に変えようよ!」
「蓮、お前は異世界でのシスター口調とやんちゃな男子口調が混ざってて言動が一番カオスだから自業自得な気もするけどね……」
凛が溜息をつくと、理科部部長の中学2年生・狐塚麦(ムギ)がフードのフェルト製狐耳をぴょこんと揺らして身を乗り出してきた。
「えー? 私は『神話の一党』、カッコよくて好きだけどなぁ!
古代魔導理論の観点から言っても、千年の時を超えた記述者として『神話』の二文字は極めて妥当!
どうせ変えるなら、もっと属性を前面に出すべきだよ! 例えば――『雷焔の魔導真書と深淵の誓約者たち(エレクトロ・グリモア・ヴェーダ)』とか!」
「却下!!!」
透と凛のハモった怒声がファミレスの天井に響いた。
「麦ちゃん、それ絶対にアンタの鍵付きノートに書いてあるサブカルネーミングでしょ! 痛い! 痛すぎるからダメ!」
凛が顔を真っ赤にして叫ぶと、麦は「ぐぬぬ、真理を解さぬ凡者どもめ……」とフェルトの耳をシナッと倒した。
すると、これまで黙々と山盛りポテトを咀嚼していた中学1年生の轟葵(ドラガ)が、陸上部特有の真っ直ぐな瞳で手を挙げた。
「あの……私、ドワーフの感覚が抜けなくて、現代の軽い名前に違和感があるかも。
もっとこう、地に足のついた、重厚な名前がいいな。『鉄槌と鋼鉄の重装盾騎士団』とか」
「葵ちゃん、それだと私たちがただの脳筋集団に見えちゃうよ……。そもそも、うちで重装甲なの葵ちゃんだけじゃん……。」
蓮が苦笑いすると、葵は「うぐ……でも、軽すぎるスニーカーみたいにフワフワした名前だと、踏み込みが甘くなる気がして……」と縮こまった。
そこで、テーブルの隅で整然とノートと電卓を並べ、全員のドリンク代とポテト代の割り勘計算を終えていた小学6年生・小西湊(ミナ)が、片眼鏡を掛け直すような知的な仕草でメガネのフレームを押し上げた。
「みなさん、感情論で議論しても進みません。元・管理者(ポーター)として、現実的な代替案をご提案します」
最高学年としての頼もしさと、サバイバルキット常備の「お母さん」オーラを全開にした湊が、パッキング完璧なメモ帳を提示する。
「まず、私たちのパーティの本質は『1000年以上迷宮に潜りっぱなしで、衣食住と補給の管理に追われ続けた結果、正式名称を決め損ねた雑草魂』にあります。
そして現代社会における私たちの生存戦略は『目立たず、日常に溶け込むこと』です。これを踏まえた名称案は以下の通りです」
『登校班(仮)』
『迷宮補給課・現代支部』
『ファミレス割り勘の会』
「……湊」
透が死んだ魚のような目で湊を見つめた。
「最後のに至ってはただの今日の私たちの集まりだよね?
あと『登校班』は陸斗たちの班と紛らわしいし、何より高校生が二人も混ざってるのに『登校班』は無理があるだろ」
「ですが透さん、『神話』よりは遥かに実用的で、敵対勢力からの警戒も薄れます。生存確率が37.8%上昇しますよ」
「数値で語るのやめて!
私はもっとこう、普通の……普通の高校生や中学生が組んでそうな、ちょっと甘酸っぱくてオシャレなパーティー名がいいんだよ!」
「甘酸っぱい……?」
凛が呆れたように鼻で笑った。
「透、アンタ実家の鍵と一緒に古い十徳ナイフを持ち歩いて、通学路の曲がり角ごとに不意打ちを警戒してるくせに、何が甘酸っぱいよ。
ハーフリングの斥候(スカウト)根性が染み付きすぎて、オシャレな名前なんて口に出した瞬間に舌噛むでしょ」
「うっ……! それは防犯意識が高いと言ってほしい! 保健室の牛乳泥棒の黒歴史に比べたら、十徳ナイフくらい可愛いもんだろ!」
「今関係ない自分の黒歴史を爆破させるんじゃないわよ!」
大惨事と化すファミレスのボックス席。
ハーフリングの胃痛リーダー、エルフのツッコミ狩人、シスターのやんちゃ回復役、狐獣人のマッド魔導士、ドワーフの生直前衛、そして人間の冷徹お母さん管理者。
千年の迷宮を共に生き抜き、いまや現代社会の理不尽な「バグ」と「日常」の間でドタバタと生きる6人。
「……はぁ。で、結局どうするのさ?」
麦がメロンソーダのストローをくわえながら尋ねる。
透は端末の画面に表示された【神話の一党】という文字をじーっと見つめ、やがて深々と、本日何度目になるかわからない溜息を吐き出した。
「……一旦、保留で。変に新しく痛い名前をつけるくらいなら、恥を忍んで『神話』の誤解を解く草の根活動をするよ……」
「ダサッ! リーダーの決断力ダサッ!」
凛が容赦なく突っ込み、蓮と麦が爆笑し、葵はおとなしくポテトをかじり、湊は淡々と「では、改名申請手数料の予算は次回に繰り越します」とノートにメモを取った。
千年の時を経ても、どれほど厳かな称号を背負わされようとも、放課後のファミレスでくだらないバカ騒ぎを繰り広げる彼女たちの絆は、どんな神話よりも賑やかで、ちっぽけで、どこまでも愛おしい日常の中にあった。