登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
静けさの戻った夜営の闇の中で、それぞれが焚き火の微かな明かりを頼りに、自らの「新しい肉体」と向き合っていた。
頭の中で鳴り響く異世界の記憶と、かつての現実の感覚。
その矛盾があまりにも生々しいため、彼女たちは夜の静寂を利用して、自分の身体がどう変質してしまったのかを確かめずにはいられなかった。
・クロエ(元・6年生男子/ハーフリングの女盗賊)
小さなテントの隅で、クロエは自身の両手を見つめていた。
手のひらは滑らかで柔らかかったはずなのに、今は硬いマメと、無数の細かい傷跡に覆われている。
服の裾を少しだけまくると、そこにあるはずのないスリムで筋肉質なウエストと、軽装鎧の下に隠されたしなやかな肉体があった。
「……嘘だろ、これ……」
小声で呟きながら、足首を触ってみる。
骨格そのものがコンパクトに、しかし無駄のない瞬発力を秘めたハーフリングのそれへと組み替えられていた。
試しに手近にあった短剣を指の間で回してみると、思考するより先に指先が流れるように武器を操り、完璧な軌道を描いてナイフを鞘に収めた。
「……体が、勝手に覚えてやがる」
感嘆と恐怖が入り交じった複雑な表情で、彼女は自分の小さな影を地面に映し出し、ため息を吐いた。
・リリアーネ(元・5年生女子/エルフの狩人)
焚き火の光を避け、少し離れた岩陰で、リリアーネは自分の頭に手をやった。
絹糸のように滑らかなプラチナブロンドの髪をかき分けると、そこにはピリリと尖った黄金色のエルフ耳があった。
おそるおそる指で触れてみると、周囲の風のざわめきや、はるか遠くを這う虫の足音までが、以前とは比較にならないほどクリアに脳内に流れ込んできた。
「うそ……耳が、うるさいくらいに……」
すらりと伸びた手足をそっと撫でる。
人間の子供だった頃の柔らかさは消え、人間離れした均整のとれたプロポーションと、どこか冷ややかなまでの美しさがそこに定着していた。
誇り高いエルフの血が勝手に背筋をピンと張らせるものだから、少しでも気を抜くと涙が出そうになるのを、彼女は必死に歯を食いしばってこらえていた。
・レン(元・4年生男子/人間の女神官)
聖職者のローブを少しだけはだけて、レンは自分の胸元を確認していた。
整った中性的な顔立ちに、すらりとした細身の体躯。かつてドッジボールで走り回っていた日向蓮の面影は、そこにはもう微塵も残っていなかった。
手のひらを合わせると、指先から微かに温かい聖なる光の粒子がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「私の身体……男の子じゃなくて、完全にシスターの身体になってる……」
おそるおそる自分の声を喉から出してみると、透き通るような美しい少女の響きが返ってきた。
やんちゃ坊主だった頃の面影を取り戻そうと、わざと太い声をだそうとしても、気高い聖職者の喉はそれを許さない。
あまりの神聖さと現実離れした変化に、彼女は頭を抱えて小さくうずくまった。
・ムギ(元・3年生女子/狐人族の魔術師)
「ふふっ……あははっ、やばい、これ、やばいって!」
ムギは頭の上でピンと立ったふさふさの銀色の狐耳を、両手でびよーんと引っ張っては離し、引っ張っては離しを繰り返していた。
指先をパチンと鳴らすと、チリチリと青白い魔力がスパークして小さな電撃の輪を描く。
古代文字の刺繍がびっしりと施されたローブの下の身体は、魔術の過剰摂取によって常に熱を帯びており、まるで内側からエネルギーが湧き出しているかのような感覚だった。
「すごい、私の魔力回路、前世の何十倍……いや、人間の規格を完全に超越してる!
あー、もう、自分の身体を解剖して魔力嚢(のう)の構造を調べたい!」
あまりのマニアックな興奮に、かつて小動物系で社交的だった女の子の面影は完全に霧散し、純粋な狂気の魔術オタクのそれになっていた。
・ドラガ(元・2年生女子/ドワーフの女戦士)
自分の身長の倍はある両手斧を横に置き、ドラガはガシガシと自分の腕の筋肉を叩いていた。
「んんーっ! なんだこの筋肉は! すっげぇ、鉄をも砕けそうな腕になっちまってるぞ!」
プレートメイルの重装備の下にあるのは、小学生の華奢な女の子の身体ではなく、ドワーフ族特有の引き締まった、弾力のある筋肉の塊だった。
身長は低いが、胴回りも肩幅も異様なほどしっかりとしており、自分の体重の何倍もある重石を軽々と持ち上げられるパワーが宿っている。
「これなら、あのいじめっ子の男子どもも、一撃で壁に叩き込める……って、いやいや、ここは学校の裏庭じゃなくて迷宮だった!」
自分の荒々しい思考に自分でツッコミを入れながら、彼女は恥ずかしさと興奮が入り交じった複雑な顔で、赤みがかった三つ編みをブンと揺らした。
ミナ(元・1年生男子/人間のポーター)
荷車の車軸をレンチで静かに締め直しながら、ミナは自分の実直そうな片眼鏡の具合を確かめていた。
エプロン風のレザーベストに包まれた身体は、大人の女性としての頑丈さと、幾多の修羅場を乗り越えてきた確かな体幹を備えている。
1年生の男の子だった頃の弱々しい腕は消え、重い荷車を何キロメートルでも引き続けられるタフな筋肉が手に入っていた。
「……ふぅ。若い頃なら、こんな車軸の歪みですぐに音を上げていたところですが……まぁ、今のこの身体なら、あと三日は無休で歩けそうですね」
淡々と独り言を呟きながら、彼女はきっちりとまとめたシニヨンを整えた。
鏡がなくてもわかる。そこにはかつての気弱な少年の影はなく、肝っ玉の据わった大人の女性ポーターの姿しかなかった。
焚き火の煙が、それぞれの異様な変異を隠すように夜空へ消えていく。
元の身体に戻る方法も分からないまま、彼女たちは自分の新しい肉体に宿る「強大な力」と「容赦ない運命」をそれぞれの方法で噛み締め、来るべき朝の探索に向けて静かに目を閉じるのだった。