登校班が異世界の冒険者へ 作:匿名希望
夜が明け、湿った霧が晴れた迷宮の第5階層。
そこは、かつて下級の冒険者たちが足を踏み入れることすら許されなかった「死の回廊」と呼ばれる領域だった。
だが、今の彼女たちにとって、その空間はもはや日常の狩り場に過ぎなかった。
「――左から来る。ハウンドの群れ、三匹。影に潜むのは一匹だけだな」
クロエの冷徹な呟きと同時に、闇を切り裂くように一本の矢が放たれた。
リリアーネが放ったプラチナの矢は、見えない死角から飛びかかろうとした魔物の眉間を寸分たがわず貫き、そのまま壁の石畳に深く突き刺さる。
「遅い前衛ね。あたしの射線に入らないでよ、筋肉娘」
「んだとこの耳長! あんな雑魚、あたしの斧風圧だけで粉々にしてやるわい!」
叫び声を上げながら、ドラガは身の丈の何倍もある両手斧を豪快に薙ぎ払った。
凄まじい衝撃波が通路の空気を震わせ、飛びかかってきた魔物の群れをまとめて壁へと叩き潰す。
その背後から、容赦なく追撃の雷撃が走った。
「――第3式、雷鎖の楔(くさび)! あはは、感電して真っ黒になっちゃえ!」
ムギが指先から放った青白い電撃が、残る魔物を一瞬で焼き焦がし、灰へと変える。
その傍らで、負傷した前衛がいないかを確認しながら、レンが素早く黄金の聖印を掲げた。
「不心得な怪我はいりません。――大いなる御光よ、我が仲間を癒やせ」
眩い聖光がパーティーの全員を包み込み、戦闘で生じたわずかな疲労や擦り傷さえも一瞬で消し去っていく。
そして、その戦闘の喧騒の真ん中で、一滴の血すら浴びずに完璧な立ち回りを維持している影があった。
「……そこのドワーフ、暴れるのは結構ですが、荷車の予備の車軸に飛び散った魔物の体液を拭いておきなさい。次の階層では足場が悪くなりますよ」
ミナが冷徹な片眼鏡を光らせながら、手際よくクロスボウの矢を回収し、荷車の荷物を点検する。
その完璧な裏方の采配に、クロエたち前衛も「はいはい、母ちゃん……」と苦笑交じりに武器を収めるしかなかった。
かつては学校の教室で机を並べ、他愛のない冗談を言い合っていた小学生たち。
しかし、今の彼女たちは、迷宮の深層を制圧する最強にして最悪の「高ランク冒険者パーティ」そのものだった。
戦いが終わり、静けさが戻った通路の脇で、クロエは腰の短剣のメンテナンスをしながら、ふと仲間たちを見渡した。
血と泥と、そして微かな甘い熱をその肉体に孕みながら、誰もが圧倒的な強さと、崩壊した自我の痛みを抱えている。
「……行くぞ。次の階層には、もっと厄介な罠が待ってる」
「言われなくても分かってるわよ」
「聖女の加護はいつでも準備できています」
「私の魔力回路も、もっと新しい術式を欲しがってる!」
「次の敵は、あたしの斧で両断してやるぜ!」
「荷物の準備は万全です。……さあ、進みますよ」
二度と元の世界には戻れない。あの懐かしい教室の椅子にも、お母さんの温かい夕飯の匂いにも、もう二度とたどり着くことはできない。
それでも、彼女たちは自分の足で立ち、歪んだ誇りと強靭な肉体を武器に、どこまでも続く暗い迷宮の深淵へと堂々と歩みを進めていくのだった。