人工太陽が大地を照らす巨大地底都市。
あらゆる種族、そしてあらゆる
四番街の大通りから一本入った建物にそれはある。
ハーヴェス警護団
護衛、護送、我らにお任せあれ。
◆
「それでは、ケルさん。契約書のサインの前に改めて概要を」
「ああ」
「目的はあなた、ウィンストン・ケル氏の護衛。期間は五日後の昼の十二時から七日間。終了は七日目に参加するパーティから邸宅に帰着するまで。終了時刻の多少の前後は互いに了承済みです。人員は四人、選定はこちらに一任。諸経費込みでこちらの契約金額です」
言って、ハーヴェス警護団団長のマーロウは契約書の金額を手のひらで指し示した。慎ましく暮らしていれば、夫婦が半年は暮らしていける額だ。それが七日間で動く。
まったく金持ちというのは、と薄い笑みを絶やさず腹の中で考えた。
ケル氏は中年にありがちな小太りの腹に手を当て、うむと鷹揚にうなずく。それから渡された羽ペンでサインをした。
マーロウは彼から契約書を受け取り、サインを入れる。自信にあふれた筆跡だった。
場所は警護団の応接室。上等なソファに座ったままでのやりとりだ。
マーロウは左後方に控えるいかにも護衛のような狼の獣人とうなずきあい、反対に控える秘書風の女性に契約書を渡す。
彼女は受け取ったそれに目も通さず、手元のファイルに収めた。それから部屋を出る。契約書を保管しに行ったのだ。
ケル氏が座るソファの足元に置いていたケースをテーブルの上で開いた。
中身はいくつかの紙幣の束だ。
「ここに全額。前金に半額だったな」
ケル氏がちょうど半分をケースからテーブルに取り出した。
マーロウが満足そうにうなずく。
「確かに」
「確認はしないでいいのか?」
「必要で?」
「まさか」
ケル氏が鼻を鳴らす。契約で金払いをごまかすことほど馬鹿らしいことはない。遺恨を残さない。それが互いのためだ。
そこで、先ほど出ていった女性が戻ってきた。表情ひとつ動かさず、問題ないと目だけで伝えた。マーロウも彼女に目線だけで礼をいう。
ケル氏はマーロウに握手の手を差し伸べた。
「それではよろしく頼む」
マーロウが応じる手を伸ばしかけたところで、ああそう言えば、と動きを止めた。
「そう言えば、ケルさんはどのような人員をお求めで?」
「は? そちらで選定するという話では?」
「まあ、一応依頼主の好み程度はお聞きしますよ」
マーロウは部屋に控えるふたりを順番に指した。
「彼のようないかにも腕っぷしの強そうな護衛か、彼女のような見目麗しい護衛か。いずれにせよ仕事ぶりは保証します。もちろん反映できるかどうかは、個人的にいただけるお心遣いによりますが」
「ふむ、パーティに同行させるからな。あまり威圧的でない方がいい」
ケル氏はさらに紙幣を置いた。彼は金に手を乗せたままちらりと秘書風の女性のほうを、より正確には彼女のタイトスカートに包まれた腰辺りを見て、
「ああそれと、女がいい」
「なるほど。承知しました」
マーロウの返答にケル氏は金から手を離す。マーロウは金を滑らすように手元に寄せる。それから目を細めた。
「一応申し上げておきますが、我々が提供するのは警護の人員です。
「……いいや? なにも?」
マーロウが追加の紙幣を懐に入れるのを、ケル氏は何も言わず見ていた。腹の中でなにを考えていたのかは分からない。
いずれにせよ、ふたりは立ち上がりにこやかに握手を交わした。
「それではケルさん。また当日うちの人員が向かいます。今日は彼女が玄関までお見送りを」
どうぞこちらに、と秘書風の女性の案内について行きケル氏は退出した。
それまで黙って立っていた狼の獣人が、ケル氏が居なくなってしばらくしてからにやりと歯をのぞかせた。
「彼女にも心遣いが必要ですな」
マーロウはソファにだらしなく座りすっとぼける。
「はて。なぜだい?」
「安く使っているとケツを蹴り上げられますぞ」
そりゃあいい、とマーロウは笑った。それから息を吐き表情を引き締める。
「よし、仕事の話だ。人員はシエラにリーダーを任せる。後の三人はシエラとお前で決めてくれ」
短く了承し獣人は出ていった。
◆
女が三人寄れば姦しい。四人居れば言うに及ばず。更にはドレッシングルームともなればなおさらだ。
シエラはスーツのネクタイを締め、歪みがないか全身鏡を見て確かめていた。
隣では護衛部隊メンバーのベイユーが愛用のサーベルを腰に
彼女は黒猫の亜人だ。獣耳と尻尾がついている以外は人族に近しい。彼女はその耳を動かし、シエラが覗いている鏡に自分を映した。自然、シエラとベイユーはくっつくようになる。
シエラがうっとおしがる前に、彼女は肩に手を置いてきた。
「それで、パーティのための護衛に何日も前から駆り出されるわけだろう。パーティには主催者の用意する現地の警備もいる。邸宅でなにか起こるでもなし、楽な仕事だ」
「それだけでわざわざ四人も雇いますかね。用心に越したことはないですよ」
ベイユーを諌めたのはクスィだ。
彼女の右腕の義肢は機械族の技術のものだ。元はシエラと同じ人族だったのだが、命に関わる大怪我を負い、機械族に助けられたのだという。中身もだいぶ置き換わっているという噂だが、詳しくは知らない。
ただ、それ以来彼女は自分のことをサイボーグだと称している。
シエラにとって大事なのは、彼女が仕事をこなせるかということだ。そして彼女は問題ない。それで十分だ。
救急セットの中身を確認しながらクスィが続ける。
「なにか狙われるような心当たりや裏があるのではないですか」
「うーむ。楽な仕事だから契約を取ってきたのか、何かあると踏んでそれでも取ってきたのか……。裏取りした情報部はなんと?」
ベイユーが頬をつつきながら聞いてくる。さすがにシエラは彼女を振り払った。
「知らない」
端的に返す。
まあいいが、とベイユーは引き下がった。それを見て小さな笑い声が漏れる。
部隊の最後のひとり、プリミエだ。彼女は豊かな胸を防弾ベストの中に押し込んでいた。小柄だが肉付きがいい。蠱惑的に緩めた口元に指を当てる。そういう仕草が似合う女性だった。
「わざわざ女で四人もご指名なんでしょう? パーティで侍らせたいただのエロオヤジってだけじゃない? 夜に
にたにたと笑みを浮かべる彼女に、シエラはため息を吐いた。
ベイユーが頭に手をやり、天井を見上げる。
「はーっ、これだから色ボケは」
「彼女持ちに言われたくないわよ」
「私は恋人一筋さ。それにボケちゃいない」
「はいはい、大切にしてるのね」
プリミエが肩をすくめる。のろけ話を聞く気はないのだろう。
クスィも無視だ。警察組織にいるというベイユーの彼女の話は何度聞いたか分からない。もちろんシエラだっていちいちその話を深掘りしたくなかった。
だから、話の遷移は無視してプリミエに釘を刺すだけにとどめた。
「多少の副業には目をつぶるけど、本業に影響が出るようだったら報告するからね」
はぁい、と分かっているのだか分かっていないのだか分からない返事を返された。
シエラはそんな彼女の態度を無視して、愛用している旧式のチェスター製レバーアクションライフルをガンケースに入れて担ぎ上げた。
皆を見渡す。
その頃にはきゃいきゃいと騒いでいた彼女らも準備を終え、真面目な顔つきになっている。
「それじゃあ、私たちはこれからシエラチーム。行くよ、仕事の時間だ」
四人は警護団の自動車でケル氏の邸宅に向かった。
◆
ケル氏の邸宅は二番街にある。行政機関が集まる一番街を除けば、もっとも富裕層が集まる治安のいい街区と言っていいだろう。
ひとつひとつの邸宅が、シエラが暮らす七番街の中型集合住宅の一棟にも値する。それは大きさの話で、財産価値で言えば何倍にもなるのだろう。
車の窓から家々の屋根を眺める。人工太陽の明るい光が尖塔の影を道路に落としていた。
観光するような速度で緩やかな運転をしていた運転手が、
「そろそろ着くぜ。車寄せがあるからそこまで入ろう」
言って敷地内に入り、エントランスへ車を着けた。
四人で素早く降りる。シエラは助手席のドアを二度軽く叩き、感謝と行ってよいの意を込めて運転手にサムズアップをした。向こうは軽く手のひらを掲げる。車はゆっくりと発進した。
「お待ちしておりました」
使用人の男が玄関の前で四人を待っていた。シエラが一歩前に出る。飾りボタン穴に付けた団の徽章を見せた。
「ハーヴェス警護団、シエラチーム、定刻通り到着しました。これより護衛業務を開始します」
「確かに。とは言えまずは皆様の部屋に案内いたしましょう。計画書では二人一部屋と伺っております。荷を置いたらケル様に挨拶に伺っていただきます」
「案内ありがたく。邸内での武装も許可されていると聞いていますが」
「はい、そのように。お持ちの武装の種類も把握しております。しかし、ええ、平常時は長物は控えていただけると、という意向でして……」
シエラとベイユーが顔を見合わせた。ライフルとサーベルを振り回されたらいかにもおっかないということなのだろう。
シエラはまったく問題ないという顔をしたまま、
「承知しました。それでは何もない時には小型の武装で」
「ご理解感謝します」
使用人が礼をとった。そのまま彼の案内について行き待機する場所となる部屋に通される。
シエラとクスィ、プリミエとベイユーが同室となった。
荷物を置き、すぐさまケル氏の元へ向かう。
使用人の案内で廊下をついて行きながら邸内をさりげなく見渡す。石造りの建物に、大きな窓、足音のしない絨毯、ところどころに絵画や壺などの調度品が飾られていた。
なるほど。長物を引っ掛けたらことだろう。ライフルを振り回すつもりもないし、うっかりなにかにぶつけるほど素人でもないが、依頼主の心配はよく分かった。
じきに執務室手前の待合室に通された。
「こちらの奥にケル様の執務室がございます。執務中は少なくともおひとりはこちらの部屋で待機してください」
「しかし来客もあるのでは?」
「その際はあらかじめお伝えします。誰もいないときであれば、待合室を自由にお使いください」
なるほど、と四人は顔を見合わせた。
使用人が執務室のドアをノックする。返答の後、彼はドアを開けた。ケル氏がデスクから立ち上がり、出迎える。
「ハーヴェス警護団の」
「シエラチームです。七日間よろしくお願いします」
四人で横並びになり名前を伝える。
「ああ、よろしく頼む。パーティでの警護が本命だが、それまでも気を抜かないでもらいたい」
「はい。そのように」
「パーティに向けて来客が多い。外出はいつもより控えることになるから、外での警備よりこの建物での警備が多くなるだろう。大まかな見取り図は渡していたが」
「はい。しかし紙の上と実際に歩いてみるとでは気づくことも違うでしょう。まずは邸内を巡回させていただきたく」
それを聞いて、ケル氏は先ほどからの使用人を指し示した。
「ああ。それならこのまま彼に同行させよう。彼が止めるところは入ってもらいたくないが、他はよく見て回るといい。終わったら誰かは待合室にいてくれ」
承知してシエラたちは部屋を退出した。出る際に最後尾にいたプリミエがケル氏に可愛らしく控えめに手を振っていたが、シエラは知らないふりをした。
「それでは参りましょう。まずはどこからご覧になりますか?」
使用人が丁寧に問う。こうしてシエラチームの仕事は始まった。
邸は東西に伸びた二階建てだ。中央にエントランスと階段があり、東側の上階にケル氏の執務室や寝室がある。シエラたちがあてがわれた部屋は執務室の下の地階にあたる。西側は食堂や使用人たちの使う部屋などになっていた。
西側の端にも使用人たちのための出入り口や階段があるのだが、シエラたちが行き来するには中央のものを使うことになるだろう。
前庭は広く、建物背後の庭もよく手入れされている。庭の見通しはよく、鋭く高い柵もある。敷地外からの侵入は難しそうだ。
四人で見て回った感想としては、守りやすいという見解で一致した。
待合室に戻り、使用人に淹れてもらったコーヒーを片手にシエラが口を開いた。
「もらった部屋からだと、中央階段を使わないと二階に行けないのがもどかしいな。目的地は真上なのに回り道をさせられてる気分だね」
「誰かは二階に常駐しています。有事の際はそのひとが時間を稼いで、その間に他のメンバーが走って向かうことになるでしょうね」
クスィがうなずいた。ベイユーが思いついた、と言うように手を叩いた。
「なあ、プリミエ、爆発物かお前の
「できるわけないでしょ。あたしの
「できてもしないでよ、そんなこと」
シエラはこめかみに指先をやった。彼女の軽口はいつものことだった。
NCISとかをファンタジー世界でやりたい
そういう話