それから四日間は何事もなかった。その間に使用人たちとも会話を交わしてなじんでいった。ちょっとした身の回りの出来事や噂話などをするなかで、おっかない武装をした警備という印象を払拭していった。
装備のひとつである耳にはめる小型通信機を使ってみたいなどとおねだりされる程度には仲良くなる者も出てきた。
もちろん、ただ単におしゃべりに興じていたわけではない。仕事の上で情報収集も大事な一要素になりうる。
プリミエはケル氏当人から脅迫状の話を聞き出した。どうやったかは知らないし、知ろうとも思わない。
ただそれは、パーティでの襲撃をほのめかす内容だったという。
クスィは来客についての話を使用人から聞いていた。
パーティに向けての来客は
ということはパーティは拡大派の集まりで、脅しをかけているのはその逆ということなのだろう。
あの大災厄をきっかけに、住めなくなった地上を捨てた生き残りたちが地底都市に移り住むようになって百年ほど。
住人の一部が謎の
以来、
シエラとしては、どちらでもよい。自身はなんの
ただ使える手が増えて便利だなあ、と思うくらいだ。
シエラはホルスターの旧式リボルバー拳銃にそっと触れた。
ひとつ確かなことは、鉛玉を撃ち込めば大抵の者は倒れるということだ。
待合室での待機を交代し、ある程度自由に使える時間になったシエラは、洗濯を担当する女性の使用人と話していた。
「それでね、近頃新しく食材の配送業者の担当になった梟の獣人がかっこよくてね。それを聞いた子が我先にと対応したがるそうで……」
一箇所に止まらずたゆたい続ける彼女の話に、シエラは相槌を打つ。
邸の西側裏手の使用人出入り口の近くの干し場である。彼女は仕事の手を止めずに話し続ける。
その時、遠くで硬質な破砕音がたった、気がした。シエラは彼女の話を止める。
「今、ガラスが割れるような音がしなかった?」
「え、いえ、分からなかったけど……」
左耳につけている通信機からベイユーの声が割ってはいった。
『全員、来い! コード3B!』
3B、つまり物的事由による異常事態だ。シエラは使用人の肩に手を当てた。
「中に入って複数人で固まっていて。急いで」
洗濯物をそのままに使用人の休憩室まで彼女を連れていった。すぐさま西側階段を上がり執務室へ向かう。途中で音を聞いたのだろう使用人たちが不安そうにしていた。
シエラが駆けていくと、そのうちの何人かが距離をおいて着いてくる。制止する手間よりも急行することを選んだ。
待合室の前の廊下、建物の裏側に面する窓のわきで、プリミエが外から身を隠すように壁に体を寄せていた。
通信機越しに彼女に呼びかける。
「
『窓に注意! 外から窓が割られたわ!』
聞いて、シエラは着いてくる者たちに窓から見えないところに居るように指示し、それ以上近づかないように言った。
プリミエに近づけば、確かに彼女のわきの窓が割れていて、ガラスの破片が散乱していた。
「プリミエ、大丈夫?」
「あたしは平気。中でベイユーとクスィが対象の周りを固めているわ」
「状況は?」
「今のところ被害はこの窓だけ」
答えて、プリミエが懐からコンパクトミラーを取り出し、それを使って顔を出さずに窓外の様子を覗きみる。
「外にはもう誰もいない、と思うけど」
「仕方ない。わたしが顔を出して釣りだす」
「は!? ちょっと!」
プリミエの制止を無視して拳銃を構えて窓から体を晒す。
しばらく経っても何もなかったので、安全になったと判断した。
「こちらシエラ。ひとまず落ち着いたようだ。クスィ、対象はどうなってる」
『クスィです。護衛対象は無事です。私たちも同様。こちらには物的被害もありません』
「よし分かった。そのままベイユーと警戒を続けて」
了承を聞き、シエラは再度辺りに目を向ける。
裏庭には荒れた様子はない。足元には割れたガラスに混ざって丸められた紙が落ちている。
それを手に取ると、紙にしてはいやに重かった。どうやら石ころを紙で包んだもののようだ。これを投げて窓を割ったのだろう。
「あんたねえ……」
プリミエが眉根をひそめた。危険を冒したことに文句を言いたいのだとすぐ分かった。
「きみがいないと判断したならそうなのだろう。大丈夫だったよ」
「だからって……」
「それよりこれだ」
言って、石を包んでいた紙を開いて見せる。そこには文字が書かれていた。
「『参加するなら覚悟はできたか』だって。ケル氏とパーティに対する脅迫だろうね」
「覚悟ねえ。これ以上のことをしでかすつもりなのかしら」
詳しくはケル氏を含めて話し合ったほうがいいだろうな、とシエラは息を吐いた。
それから遠巻きに見ている使用人を呼ぶ。
「もう大丈夫そうだ! ガラスに気をつけて片付けてほしい」
何人かが掃除用具を取りにその場を去っていった。まだ白い顔で現場を見つめる者、隣の者を落ち着かせるように話しかけるものもいる。
その中に服装の違う梟の獣人もいた。輪の外側だから、後からここに着いたようだ。
彼の腕に、さも恐ろしいというふうに若い使用人の女性が抱きついている。それは恐ろしさからというよりもただ単にくっつきたいだけのようだった。
それを見て、シエラはあれが例の配送担当か、とぼんやりと思った。とにかく、だ。
「クスィとベイユーは護衛対象のもとで警戒。わたしとプリミエで周囲の確認にあたる。戻り次第話を聞くよ」
裏庭などを見て回ったが、隠れているひとの気配や残留物はこれといって見つからなかった。
それで、シエラは事態は治まったと判断した。
ケル氏の執務室で彼に脅迫の紙を見せた。
「なにか心当たりは?」
詰問するような口調になってしまったことを気にもとめずケル氏が答える。
「まあ、反対派の連中だろうな。パーティは
「危険には近づかないのが賢明かと」
「脅しには屈せん。そのための警護団だろう」
「まあ、それはそうですが」
それを言われると弱い。まさしくそのために雇われたのだから。
「とにかく、引き続き護りを強固にしてくれ。パーティには主催の警備もいる。他の者は気にしないでいい。私が払った分の仕事はしてもらう」
「もちろんです」
真面目な顔をして、シエラは答えた。
◆
四人とケル氏はパーティ当日を迎え、会場に向かっていた。ケル氏所有の大型高級車だ。シエラ、ベイユー、クスィは黒いスーツを着ている。
プリミエといえば、赤いイブニングドレスを着て、ケル氏の隣の席に座っていた。
愛人かよ、とはベイユーの弁。似合ってますね、とはクスィの弁だ。
服が似合っていると言いたいのか、そういう立場が似合っていると言いたいのかはあえて聞かなかった。
リーダーとして言うべきこととしては、彼女の服装は実務的な面が半分、いや三分の二程度はある。残りの三分の一は依頼主の趣味かもしれない。
車が会場に着く。入口で武装していないかボディチェックを受けた。それは警護であるスーツの三人だけで、ケル氏とその同伴者たる服装のプリミエはノーチェックだ。
「さて、無事に入れたししっかり仕事してね。特にプリミエ」
「もちろん。ずっとくっついているわ」
それからしばらくパーティでケル氏は何人かと話をした。立食式の会なので様々なひとが歩き回っては丸テーブルに集まっている。邪魔にならないようにしながら辺りに目を向ける。
料理やグラスを手に会話を交わす参加者たち。料理の並べられた長テーブルでは配膳人らが美しく皿を盛り付けている。丸いトレイを持ったウェイターがグラスを配っていた。人族もいれば、カエルの亜人もいるし、梟の獣人もいた。
梟の獣人?
シエラの脳細胞になにかが引っ掛かる。ウェイターを再度見やった。梟の獣人。彼には見覚えがある。ケル氏の邸宅で見た配送業者だ。
何故ここにと不審に思い、脳内に閃光が走ったのと、彼がトレイを捨て懐に手を入れたのが同時だった。
「コード3A! 奥側! 梟のウェイターだ!」
シエラが叫ぶ。機敏に反応したクスィが丸テーブルを倒す。その陰にプリミエがケル氏をかがませて押し込んだ。
直後、発砲音が響いた。梟のウェイターが拳銃を取り出し、参加者を撃ち始めたのだ。悲鳴が上がる。場内は大混乱だ。テーブルに隠れる者もいれば、出入り口に駆けていく者もいる。
そのうちの何人かに銃弾が当たり倒れ伏す。
警備が応戦しようと銃を抜いたところで外の庭園に続く窓ガラスが割られて、そこからさらに複数の襲撃者が突入してきた。
警備と襲撃者たちの銃撃戦が始まった。取り残された者たちは悲鳴を上げて小さくなっている。
シエラも自分で倒したテーブルの後ろに隠れながら、
「対象は無事か!?」
「大丈夫です! 私が確保しています!」
クスィから返事が返ってくる。その近くにベイユーとプリミエが一緒にいる。どうやらシエラひとりが離れた場所にいるようだ。
ベイユーがこちらを見た。
「シエラ! 私とプリミエがそっちに行って合流、カバーしつつ戻って対象を確保しながら撤退だ!」
「そうしよう!」
そこでプリミエが脚に付けていたガラス容器をいくつか取り出した。中には赤黒い液体が入っている。彼女のボディチェックが無かったため容易に持ち込めた彼女の武器だ。
それは事前に抜いてあった彼女の血液である。
栓を抜き、空中に血液をこぼす。すると血液は空中を漂いひとかたまりになった。
自らの体液の操作。プリミエの
やや丸みを帯びた縦長の長方形にすれば、即席のシールドの完成だ。強固に固定化するように操作すれば、ただの液体とは思えない防御力を発揮する。
シールドを構えたプリミエの背後にベイユーが控える。前にある彼女の肩にベイユーが手を置いた。それから二度叩く。
「ゴー! ゴー! ゴー!」
ふたりがテーブルから飛び出てシエラの方に近づいてくる。気づいた襲撃者の一部が銃弾を撃ってくるも、シールドに阻まれる。隙を着いてシールドの陰からベイユーが腕を振った。
襲撃者のひとりが悲鳴をあげ銃を落とす。
彼女はカトラリーのナイフを投げつけたのだ。投げナイフは彼女の得意とするところのひとつである。彼女は移動しながらナイフやフォークを鋭く投げつける。ただの食器だから致命傷にはなり得ないものの、浅く刺さりはする。隙を生み出すには十分だった。
三人で合流する。
「待ったかな? お姫様」
「蹴飛ばすよ」
ベイユーの軽口に短く返す。彼女は変わらぬ様子で、懐から拳銃を取り出して渡してきた。
「不機嫌なお姫様にプレゼントだ。丸腰じゃ不安だろう。やられた警備から拝借してきた」
「さすが。勲章を与えるよ」
シエラは渡された拳銃のマガジンを抜き残弾数を確かめる。残りは八発だ。大事に使わなければ。
装填しなおし、問題なく動きそうかチェックする。
「準備はいいわね? 戻るわよ」
合図でプリミエのシールドに隠れるように進み、三人でケル氏とクスィに合流した。
ケル氏はクスィに頭を押さえられて小さくなっている。銃声が響くたびに耳をふさいで肩を震わせていた。
それを見てシエラはクスィと目を合わせる。それだけでクスィはなにを指示されたのか理解した。ポツリと口の中で何事か呟いた。
するとケル氏が不思議そうにあたりをきょろきょろと見回す。クスィが彼の耳元に顔を寄せる。
「私の
ケル氏はこくこくと首を縦に振った。
シエラたちは顔を見合わせてうなずき合う。
「クスィは対象を引き連れて! プリミエが盾になって壁沿いに出口まで前進! わたしとベイユーで牽制だ! 行くぞ!」
返事をあげ、彼女らは動き出した。シエラは一発一発数を数えながら、慎重に拳銃を撃つ。ところどころにあるテーブルを伝うようになんとか出口にたどり着いた。
ケル氏の首根っこを押さえるようにしながらクスィが脱出し、他の者が後に続く。シエラは会場を出る前に弾切れになった拳銃を嫌がらせに投げつけておいた。
駐車場に向かい、乗ってきた自動車に乗り込む。ケル氏を真ん中に押し込み、運転席にはベイユーがついた。
全員が搭乗したことを確認し、勢いよく発車する。
シエラは車内に置いておいたライフルを持ち、窓から体を乗り出した。まだパーティ会場の敷地内だ。
追いかけてきた襲撃者が車に発砲するが、さすがに移動する車に乗っているひとには当てられないようだった。シエラが撃ち返す。古臭いレバーアクションだが、中身はいじっており精度は折り紙付きだ。
一発撃つごとに襲撃者が倒れていく。
「よし! 追撃は減らした! 逃げるぞ!」
シエラの言葉に答えるように車のエンジンが唸りを上げる。敷地を脱し、しばらく後方を見ていたが、追ってくる者はいなかった。
シエラはようやく体を車内に戻した。
「コード4。事態は収束した」
ふう、と全員で息を吐いた。助手席のプリミエと運転席のベイユーが拳を合わせる。
「ご無事ですか」
クスィがケル氏に話しかける。彼は心臓を落ち着かせるよう胸に手を当てていた。
「無事だ。が、心臓が破裂しそうだ」
「まあ、ここまで派手に襲撃されれば、誰だって恐慌状態になりますよ」
シエラが車内に備え付けられた水のボトルを渡す。彼はそれを勢いよく飲んだ。
「いや、こんなに走ったのは久々だったからな」
その返答にシエラは思わず目を丸くした。ベイユーが小さく吹き出す。
面白いジョークだ、とシエラは彼の背中を軽く叩いた。
高い報酬。危険と隣り合わせ。これが私たちの日常だ。
【人事記録】
シエラ
人族、女性、
所持するライフル、拳銃はともに旧式のアンティークといって差し支えないモデル
特化した能力はないものの広い視野や柔軟な思考でオールラウンドに物事をこなせるタイプの人物