ファンタジー世界でアメリカの一話完結型ドラマみたいなのをやりたいっちゅう話 作:合間理保
ケル氏が参加したパーティへの襲撃は大事件になった。当然だ。死人が何人も出ている。その中でケル氏を護りきれたのは腕のよいチームであった証左だろう。
事件の究明は警察の仕事だ。何故襲撃されたのかは気になるが、警察の発表と報道を待つしかない。
シエラチームも事情聴取を受けたのだが、自分たちは当然何も知らない。現場の混乱した様を伝えただけで解放された。
事情聴取を終えて団に引き上げれば、シエラたちはマーロウ団長から直々にお褒めの言葉と報酬を貰った。休暇もだ。それぞれ喜んで別れていった。
ぐいと伸びをしながら警護団の建物の通路を歩いていく。
一週間も自身の部屋を空っぽにしていた。ほこりが溜まっていることだろう。たいしたものは置いていないが、部屋の空気を入れ替えて掃除をしよう。それからたっぷりと休むのだ。
そう決意していると、前方に立ち話をしている三人組を見つけた。
げ、と口の中で音が漏れる。
そこにいた三人は三人とも団古参のメンバーだ。それぞれが相応の地位にいる者たちであり、シエラからしてみれば
少なくとも通路で立ち話をしている立場ではないはずだ。正直こんな所で会いたくはない。
と、向こうのうちの小柄な女性がこちらに気づいた。見た目は若く、ともすれば少女のようにも見える。年齢不詳の怪しげな女性だった。
彼女は軽く手を掲げる。
こうなったら見なかったことにして回れ右をするわけにはいかないだろう。
「やあ。シエラ君」
「お疲れ様です。ミ=グ情報主査。おふたりも」
「お疲れさん」
「こんにちはシエラさん。何やら大立ち周りをしたと聞きました。大変でしたね。ミ=グ情報主査、それでは我々はこれで」
ふたりが連れ立ってその場を離れていく。ミ=グは残って左手をひらひらと振って見送った。その褐色の肌には炎の揺らめきのような紋様の白いタトゥーが入っている。
彼女の一族に伝わる魂の形の意匠らしい。
「さて、シエラ君。私も聞いているが、大事件になったようだね。無事でよかったよ」
「ええ、はい」
「まったく。こんな大事になると分かっていたらもっとふんだくれただろうに。裏取りを担当した
その勉強代を払ったのは現場にいた自分たちではなかろうか。シエラはそう思ったが、口に出すわけにもいかず曖昧にうなずいた。
「何も起こるはずのない仕事だったと?」
「いいや。反対派が多少の脅迫をしていることは掴めていた。あんな銃撃戦を起こすとは想定していなかったようだがね」
ミ=グは軽い調子で肩をすくめる。
「ま、君たちも無事帰ってきた。死ななきゃ安いという言葉もある。たいした勉強代ではないさ」
わたしたちをなんだと思っているのだろうか。
「ええと、ミ=グ情報主査、それではわたしもこれで」
「おいおいつれないなあ。君に話があって残ったというのに」
「話、ですか」
嫌な予感がする。情報部からの話など楽しい話なわけがない。ミ=グはにたりと笑みを浮かべる。
「良いニュースだよ。一時間後に情報部の私の部屋まで来てくれ。それじゃあね」
拒否することもできず、シエラは静かにうなずいた。
◆
情報部は契約に関する裏取りをする部署だ。依頼主の素性、危険度の評価、あるいは合法性。そういう情報を探って契約金額や人員の選定の助けとする。
そこを束ねているのが、ミ=グ情報主査だ。
部内に自身の部屋を持ち、明らかに部署の長ではあるのだが、彼女は主査を名乗り、そう呼ばせている。
理由は知らないし聞きたくもない。きっと、知ったら後悔するハメになるのだ。余計な情報を知ったら、知らなかった頃には戻れない。
きっかり指定された時刻通りに情報部に向かえば、そこにはベイユーもいた。どうしたの、と聞けば、彼女もミ=グに呼ばれたのだという。
ますます事情が分からない。ケル氏の護衛に関する件だったら、チームリーダーである自分だけか、あるいは全員を呼び出すだろう。
とにかく、ふたりでミ=グのもとに向かった。部屋に入れば、さわやかな紅茶の香りがふたりを出迎えた。
彼女のデスクには三杯のティーカップが置かれている。ミ=グと向かい合わせになるように椅子が二脚用意されていた。
「よく来たね。さ、座って」
「失礼します」
素直にふたりで椅子につく。紅茶を勧められたので口をつけた。
ミ=グは満足げに自分のカップを手に取った。
ベイユーが話を切り出す。
「私たちに話というのは、ケル氏の件ですか?」
「うーん、その続報も持ってはいるけど、それではないね。聞きたい?」
ふたりで顔を見合わす。同じ顔をしていた。シエラはきっぱりとした口調で、
「結構です」
余計なことを知ったら、余計なことに巻き込まれかねない。彼女はきっと巻き込むことをためらわない。
「うんうん。賢いね」
「ではどういった要件でしょう。良いニュースだと仰ってましたが」
「仕事の話だよ」
情報主査のミ=グ直々に? と思ってシエラの表情が固くなった。ミ=グはカップのふちを指先でなぞる。
「これは私の友人からの私的な依頼でね、護衛をしてほしいという話なんだよ。彼はそこそこのカンパニーの持ち主でね。良いニュースその一。団を介さないから報酬はいつもより良いよ」
「そんなものを受けていいのですか?」
「副業なんてバレなきゃいいよ。今回の件はバレてないことにしている」
ということは、マーロウ団長も黙認した仕事ということだろう。それならば問題ないかと考えた。
「つまりその社長さんを護衛すればよいと?」
「いいや。護衛対象は友人の兄の娘さん。つまり姪御さんだ。かいつまんで説明するとだね、ちょっと前に友人のお兄様が亡くなられたんだ。病死だと聞いている。その後から娘のクレレットさんが襲われそうになるということが起こりはじめてね。その護衛をしてほしいという話なんだ」
「警察は?」
「今はちょっといろいろあってね。別の友人の刑事が動いてはいるけど、あまり大々的には動けていないんだ。もちろんローヌも……友人のことだ。社長だからね、人員を動かしてはいるのだが、それも限りがある。そこで私に話が回ってきたというわけだ」
ベイユーが思案するようにあごに手を当てる。
「解決の兆しが見えないまま護衛をするんですか? いつまで?」
「それがそうでもない。刑事も優秀でね、もうすぐ事態は終息するはずだ。確たる証拠をつかむまでそれほどかからない、と聞いているよ」
「つまり目星のついている犯人が捕まるまでが護衛期間ですか」
「そ。クレレットさんをふたりで護ってほしい」
シエラは考える。
社長だというローヌ氏の姪ということは彼女もそれなりの富裕層ということだろう。狙われているとすれば身代金目的の誘拐などだろうか。
ベイユーと目線を合わせる。嫌だという顔はしていなかった。
「分かりました。護衛依頼を受けましょう」
「助かるよ。そしてそんなふたりに良いニュースその二だ」
ミ=グは人差し指と中指を立てて二を作った。
「護衛は明日からだ。いっぱい稼げるよ。楽しんできてね」
ピース、とミ=グは笑みを浮かべた。
休暇が無くなった瞬間だった。
◆
シエラとベイユーは三番街に向かう。
三番街はオフィスが多い街区である。ローヌの所有する会社もそこにあるのだという。そこで合流し、邸宅へ向かうという話だった。
表向きは団の仕事ではないので歩きだ。ふたりともスーツを着てキャリーバッグを引き、大きめの楽器ケースを背負っている。ケースに入っているのは楽器ではなくライフルとサーベルだ。そんなものを堂々とぶら下げて歩くわけにもいかない。
今日は人工太陽の光が鈍い。どうやら今日の天気は曇りらしい。
今や想像するしかない地上の暮らしでは、本物の太陽と大地の間に雲がかかり、光が弱まる日があったのだという。その天候の再現のためのぼやけたような光が降り注いでいた。
シエラはベイユーから話しかけられた。
「なあ、今回の件どう思う」
「きな臭い」
率直に返すと、ベイユーは息を吐いた。
「だよな」
そう。きな臭いのだ。
「そもそも、ミ=グ情報主査の話だと、わざわざ私的な依頼とする理由がないね。普通に団として仕事を受ければいい」
「ミ=グも手数料くらい貰ってるだろう。正規に受けるよりもそっちの方が稼ぎが良くなるからそうしただけ、って線は?」
「だったら、団に話を通しているわけがない。今回の件はマーロウ団長も知ってるみたいな話しぶりだった。何もないのに仕事を取られるのは認めないでしょ」
「そりゃそうだ。やっぱりなんか裏があるよな」
迂闊だった。ミ=グの話を聞いている間にあれよあれよと仕事を受けることになってしまっていた。
シエラはこめかみをかく。
「いいように使われないようにもっと警戒しておくべきだったね」
「私が思うに……」
と、ベイユーがあごに手を当てた。
「私が思うに、ミ=グは紅茶になんか入れてたんじゃないか? 警戒心を緩めるような薬かなにかをさ。あいつ、自分は紅茶飲んでなかっただろ」
「……まさか」
いや、流石にないだろう。団の身内にそんなこと……。いやでも確かに彼女はカップをいじってはいたが、口はつけてない。
「まさか」
信じたくなくてそうくり返せば、ベイユーも苦笑いをして、
「そうだ。まさか、だよな。あるわけないよなそんなこと」
ないない、とふたりで乾いた笑いを漏らしたのだった。そういうことにしておいた。
◆
指定された建物についた。会議室に通されると、すでにそこにはふたりの人族がいた。
一方の男性が立ち上がり近づいてくる。仕立てのいいスーツが似合った男だった。ゆるくウェーブのかかった白髪まじりの髪を後ろに撫でつけている。あごひげも蓄えており、やり手の男という印象だ。
社長というより、ボスと呼んだほうが適当かもしれない。
「ローヌです。よろしくお願いします」
「ミ=グから遣わされましたシエラとベイユーです」
彼と順番に握手を交わす。
それで、とローヌはテーブルの端で肘をついたままそっぽを向いている女性を手のひらで指し示した。
「彼女がクレレットです」
彼女はふんと鼻を鳴らした。アッシュブロンドの髪を手で梳いた。年頃は成人するかどうかくらいだろう。口をつんととがらし、不満げな表情だった。
「クレレット、挨拶くらいしなさい」
「いらないわ。ふたりともすぐ帰らせるもの」
ローヌが眉を落として優しい口調で語りかける。
「なあ、クレレット、困らせないでくれ。私は君を心配しているんだ。命を狙われているんだぞ」
「ちょっと身の回りで事故が立て続いただけじゃない。大げさなのよ。それで子守りまで付けようって?」
その言いように、ふたりで顔を見合わす。襲われそうになったという話だが、気にしていないということだろうか。あるいは、周りの者たちに対する不信に陥っているのかもしれない。
「ええと、クレレットさん。わたしたちはあなたが襲われそうになったと聞いていますが……」
「大げさなのよ。アパートの手すりにガタがきてて掴んだら壊れたり、階段でひととぶつかって落ちそうになったりしただけ。ちょっと危ないことが起こったからって、叔父さんはナーバスになっているのよ。そもそも、誰が私を狙うってわけ?」
ローヌは困ったようにあごひげを撫でた。
話を聞いて、シエラも考える。
聞く限りでは事故が立て続けに起こっただけのように聞こえる。兄の死後、心労もあるだろう。その中で、そういうことが連続して起こったから過敏になっているだけではないか。そうも取れる。
ちらりとベイユーと視線を交わす。彼女の目は少しも油断していなかった。こちらを見て小さくうなずく。
そうだ。何事もないのに、あのミ=グ情報主査が動くのだろうか。
その一点で、疑念を抱かせるには十分だ。
ローヌがクレレットの肩に手を置いた。
「しばらくの間だよ。何もなければすぐに終わる。どうか私を安心させてくれ」
な、とローヌは頼み込む。クレレットは盛大に顔をしかめていたが結局は折れた。
「仕方ないわね。何もないのに駆り出されてご苦労なことね。ふたりとも、よ、ろ、し、く。」
ご丁寧な挨拶に、ふたりで苦笑した。
ローヌの社の車で邸宅へ向かう。クレレットは今はひとり暮らしをしているということだったが、安全のため実家へと送るという話だった。
助手席にローヌが座り、クレレットを挟むようにシエラとベイユーが後部座席に座っていた。
ベイユーがクレレットに話しかける。
「ひとり暮らしか、若いのに自立心が高くて立派なことだ」
「私ももう大人よ? 当然だわ」
「そうなのか。いくつなんだ?」
「成人よ……再来月には」
「それじゃあまだ子どもってことだな」
ベイユーが言うと、彼女は腕を組んでそっぽを向いた。確かにまだまだのようだ。前方でローヌが口元に笑みを浮かべているのがバックミラー越しに見えた。
信号が変わり、赤信号で止まっていた車が動き出す。ふと寒気を感じ横を見てみれば、信号無視の車が交差点に突っ込んでこようとしていた。
「運転手! アクセル!」
とっさに叫ぶ。運転手が叩きつけるようにペダルを踏み、車が急加速する。ローヌがジャケットの中に手を入れた。ベイユーがクレレットの頭を抱えるようにしてかがませる。
急加速したおかげで、信号無視の車はこちらの後方を掠めるようにぶつかるだけで済んだ。それでもかなりのスピードで突っ込んできたせいで、車が滑るように回転する。地面にタイヤ痕が刻まれた。
シエラが脇の下のホルスターから拳銃を取り出して車から飛び出す。
銃口を向ける前に、ぶつかってきた相手はこちらに構わず逃げ出した。
シエラはしばらく周囲を警戒してから車に戻る。運転手に急いで発車するように指示した。
「ベイユー、無事?」
「私とクレレットはなんともない。運転手のあんた、いい腕だったぞ。もう少しで横から直撃を食らうとこだった」
「ローヌさんは?」
「無事だよ。クレレット、平気かい?」
彼女は流石にベイユーの腕のなかで青い顔をしていた。
「ね、ねえ。今のただのわき見運転よね? そうよね?」
信じられないというふうに震えた声で聞いてくる。シエラは首を振った。
「いえ、あのスピードは意図的でした。あちらはこちらに故意にぶつけてきました。すぐ逃げましたしね」
「そんな……。じゃあ本当に私は狙われて……?」
「分かりません。もう少し情報が無いことには……。ですが、わたしたちがあなたをお護りします。安心してください」
不安を晴らすように自信たっぷりに断言すると、彼女の震えは少し治まった。
私が欲しい