ファンタジー世界でアメリカの一話完結型ドラマみたいなのをやりたいっちゅう話 作:合間理保
車は無事発進し、その後は襲撃もなくクレレットの邸宅に着いた。女性が出迎えに待っていた。クレレットの母親のようだ。車の中でリマリという名だと紹介されていた。
「おかえりクレレット。ローヌも」
「はい。どうも。まずは中へ」
「……? なにを急いでるの?」
事情を知らないのだろうリマリはきょとんとしている。中で話します、とローヌはくり返した。
リビングに入る。リマリは人数分の紅茶を用意してくれた。
「護衛を雇うって話は聞いているわ。あなたたちふたりがそうってことね。ええと、それで、何かあったの?」
ローヌは来る途中に車に突っ込まれたことを説明した。
話を聞いたリマリが険のある顔つきになっていく。
「そんなことが……。ローヌの言っていたことは本当だったのね。狙われているって」
シエラが静かな口調で答える。
「偶然命の危機にあうことがこんなに続くとは思えません。少なくとも今日起こった事件は意図的なものです」
そんな、と彼女はクレレットを抱きしめた。
「私は大丈夫よ、母さん」
気丈にクレレットが返す。
それから雰囲気を明るくするように努めた声で言う。
「一緒に夕食を作ろう。久々にさ。私もひとり暮らしで腕を磨いたんだよ。みんなに食べてもらおうよ」
「そう、そうね」
ぎゅうと強く抱きしめて、リマリはクレレットとキッチンへ向かった。
リビングに残ったのはシエラ、ベイユー、そしてローヌだ。彼は出された紅茶に口を付けている。
都合よく三人になれた。キッチンからこちらの話し声は聞こえないだろう。彼には聞かなければいけないことがある。
「ローヌさん。よろしいですか」
「ん? ええ」
シエラはローヌに対峙するような位置に着いた。ベイユーがさりげなく彼の側面に移動する。
「ローヌさん、クレレットさんが狙われる理由に心当たりは?」
「さあ、どうでしょう……。ミ=グから私のことはなんと?」
「カンパニーの持ち主だと聞いています」
「正確には違います。会社は兄との共同経営のようなものでした。表に出るのは兄が多くて……。それでクレレットのことを社長の娘だと思って誘拐でも企む輩が出たのかもしれません」
「……。いいえ違います。手すりが壊れていた事、階段で落ちそうになったこと、いずれも誘拐ではなく危害を加えようとしています。言ってしまえば
「……」
「それに、あなたも言っていたじゃないですか、『命を狙われている』と。あなたは
シエラは鋭くローヌのことをにらみつける。
「質問の仕方を変えましょう。ローヌさん、あなたは何者ですか?」
「さっきも言った通り大したことのない会社の共同経営者ですよ」
「いいえ、それも違います。あなた、車の中でこうやってジャケットの中に手を入れましたよね」
言って、シエラは右手をジャケットの左側の中に入れた。瞬間、ローヌのまとう雰囲気が明らかに鋭くなった。
「大丈夫ですよ。何もしません」
ほら、とシエラはジャケットを開いて見せる。脇の下のホルスターに入っている拳銃が見えるようにして、それに手を触れることなく。右手を戻した。
そう、脇の下の拳銃を抜こうとする動作をしたのだ。そして、ローヌも車の中でとっさに同じ動作をしていた。
「さて、あなたは銃の携帯に慣れているようですね。本当のところは何者なんです?」
シエラが再度問えば、ローヌは目元を覆って、長く息を吐いた。それから手を顔から離す。彼の目つきは先ほどまでの柔和なそれと全く違う鋭いものになっていた。
「よくそこまで気づいた。だが余計な詮索は身を滅ぼすとミ=グは教えてくれなかったかな」
「依頼はクレレットさんの護衛です。相手の狙いを知るのは余計なことではないでしょう。仕事の成否に関わります」
「なるほど」
はあ、とローヌは息を吐き天井を見上げた、それから顔をこちらに戻すと、先ほどの寒々とした雰囲気は霧散していた。
「では、事情を話しましょう。あなたの言った通り、私と兄はただの会社の経営者ではありません。まあ会社もやってはいるのですが、それは非合法な組織の隠れ蓑です」
シエラとベイユーは眉をひそめた。
「兄と私で率いる裏組織です。まあ、他の大きな組織の中にいる程度の規模ですがね。クレレットが狙われたのも、兄が亡くなり、ごたついていると思った他の組織の仕業でしょう」
「リマリさんとクレレットさんは?」
「リマリは知っています。彼女は元から裏の者です。クレレットは知りません。……知らないはずです」
あの子はただの何も知らない娘です、とローヌは手を組んで目を伏せた。
「私も兄も、世間ではろくでもない者です。クレレットは違います。だから、あなたたちには彼女を護ってほしい」
なるほど、団の正規の仕事として受けないわけだ。裏組織の身内の護衛依頼など。
だが、自分たちはミ=グ越しに依頼を受けてしまった。受けてしまった以上、その仕事は完遂されねばならない。
ベイユーが長く息を吐いた。
「マフィアの抗争に巻き込まれたわけだ。ちくしょう」
「受けたものは仕方ない。やり切るしかない」
ああもう、とベイユーは頭をかく。それで覚悟を決めたようだ。あるいはやけっぱちになっただけかもしれない。
シエラはローヌを見て、
「クレレットさんは護ります。全力を尽くします」
その言葉を聞き、ローヌは安心したように胸をなで下ろした。
その姿は本当に姪を心配するただの叔父のようだった。
◆
翌朝、来客があった。ローヌを訪ねてきたという彼は、警察のバッジ付き身分証を取り出して見せた。
「話は聞いている。僕はミ=グの知り合いだ。ローヌに伝えることがある」
口をパカパカと動かす彼は人形族だった。艶のある木製の球体関節の男だ。ガラスでできた瞳がこちらを見据える。
ミ=グが言っていた別の友人の刑事だろう。だが、ローヌの裏の顔を知った今、警察を会わせていいのだろうかと思案した。
と、そこへローヌの方から現れた。刑事は人差し指をくいと動かし、ローヌに近づくように指示した。ふたりはすでに知り合いらしい。ローヌが玄関先へ出ていく。
ローヌの耳元で彼は何事か囁いた。それを聞いたローヌはしばらく呆然とした様子だったが、やがてがっくりとうなだれた。
「そうか……。間違いないのか……」
「僕は一度戻らなければならない。またすぐ来る」
刑事はローヌの肩に手を置き、そして踵を返した。
シエラはためらいながら問いかけた。
「彼はなんと?」
「襲撃はラペルという組織の者たちだと。……そうか、ラペルだったか。……そうか。やはりそうだったか……」
ローヌは何度もくり返す。信じたくないという様子だった。
何か知っているのだろうか。問いただそうとしたところで、家の中からクレレットがベイユーとともに出てきた。
「叔父さん、誰か来たの?」
「ああ、いや何でもない。そうだ、クレレット。今日の昼は君とリマリのふたりで作った料理が食べたいな。昨日の食事は美味しかった。またふたりの手料理を食べたい」
「……? いいけど」
それじゃあ、とローヌはクレレットの頭を乱雑になでてその場を離れた。
クレレットは髪に手を当ててシエラに聞いてきた。
「何かふたりで秘密の話でもしてた?」
「え、なんで?」
「叔父さん、私になにかごまかしたいことがあると、こうやって頭をなでて逃げるの。父さんと話してたときもたまにやってた。ふたりでなにか聞かせちゃいけないことを話してたんだわ」
生前の父の姿を思い出したのだろう。クレレットは寂しげに目を伏せた。
「そっか。まあ今日はお母さんと一緒にいよう。ローヌさんも兄貴がいなくなって寂しいのさ」
ベイユーが彼女の肩を叩く。リマリを探しにふたりで向かった。玄関に残ったのはシエラひとりだ。
数歩外へ出て家の外観を眺める。立派な家だ。亡くなったという男はいったいどのようなひとだったのか。
兄であり、夫であり、父であり、そして裏組織のボスだった男。
彼はまだこの家を眺めているのだろうか。だとしたらどのような思いなのだろうか。
ふと、そんなことを思った。
昼食はローヌの希望通り、リマリとクレレットが一緒に作った。ベイユーもそばにいたが、ふたりは楽しそうに会話をしながら作っていたという。
穏やかな母娘のやりとりをみたベイユーも家族を思い出したとか。
「うちの家はろくでもなかったからな。違いようにびっくりだ」
彼女はそう語った。
料理を並べると、ローヌがワインのボトルを持ってきた。リマリにグラスを渡す。ベイユーにも勧めるので、彼女はうれしそうにグラスを持った。
「叔父さん、私も」
クレレットの声に、ローヌは指を振った。
「ダメだダメだ。もうすぐ成人なんだからそれまで我慢しなさい。胸を張って飲めるようになったら一緒に飲もう」
今日はこれだ、とワインと同じ葡萄を使ったジュースのボトルを渡す。
シエラは口をとがらせるクレレットに苦笑いし、
「それじゃあ、わたしもそっちをもらおうかな。ひとりだけジュースじゃ寂しいだろう」
「ケチだわ。叔父さんたちは」
「まったくだ。後でわたしたちのほうを飲みたがっても断ってやろう」
言って、ふたりでくすくすと笑いあった。
皆で乾杯して料理を楽しんだ。食事中にローヌを見れば、彼は眩しそうな目で皆を見ていた。
その日はそのまま何事もなく夕方になった。シエラはクレレットと一緒にいた。そろそろ明かりをつけようかという時分だ。
クレレットが電気のスイッチ付けようとしたが、明かりが付かない。
「あれ、どうしたのかしら」
付かないのは明かりだけではなかった。付けっぱなしだったテレビも消えている。
別の部屋からベイユーが来た。
「クレレット、電気が付かないんだが、なんか壊れてるのか?」
「そっちも? こっちも明かりが付かなくて……」
そのやりとりで、シエラの警戒心が一気に上がった。それはベイユーも同じようだった。
「ベイユー、ブレーカーが落とされた可能性がある」
「ああ。クレレット、私のそばにいてくれ。ローヌさんは?」
「出かけている。刑事さんと会ってる。まずはリマリさんと合流しよう」
たしか二階に居たはずだ、と向かおうとしたところで薄暗い庭に誰かの影が見えた。こちらに銃を向けている。彼はガラス戸越しに乱射した。
銃声。ガラスの割れる音。クレレットの悲鳴。
穏やかな家が一気に騒然とした。