ファンタジー世界でアメリカの一話完結型ドラマみたいなのをやりたいっちゅう話 作:合間理保
外から響く銃声。ガラスの割れる音。クレレットの悲鳴。
穏やかな家が一気に騒然とした。
シエラが隠れながら拳銃を取り出し撃ち返す。ベイユーはクレレットを連れて階段まで逃げた。
さらに家の外から銃声が二つ、三つ。どうやら相手は複数いるようだ。シエラは階段まで下がりリロードして、壁に体を寄せながら上にいるベイユーに声を張り上げる。
「ふたりの安全を確保しろ! ここはわたしが抑える!」
二階のクレレットを目指すにはこの階段を通るしかない。家は広いが、階段が公共施設のようになっているわけでもなく必然的に隘路になっている。複数相手でもひとりでもなんとか対応できるはずだ。
家具をカバーに近づいてくる侵入者に銃弾を撃ち込む。互いに体を晒さずに撃ち合っているせいで当たりはしないが、足止めにはなる。
その間にベイユーがふたりを隠し、警察に通報してくれるはずだ。
「おい! シエラ!」
上階からベイユーの声が降ってくる。向いてみれば、シエラの旧式ライフルを持った彼女が降りてくる。それを渡され耳元に顔を寄せられる。
「ふたりは二階で隠れている。ここで敵を引きつけていてくれ。私は上から外に出て回り込む」
「分かった。気をつけて」
お前も、と言い置いてベイユーは階段を上がる。ライフルのレバーを引き下げて給弾し発砲した。
拳銃の弾も持ってきてもらえば良かったと舌をうった。
侵入者は三人。階段に続くリビングに陣取り、こちらを狙い撃ってくる。
「裏組織のチンピラ共にしちゃ慎重じゃないか! 突っ込んできたらどうだ!?」
挑発に声を上げてみるも応えはない。変わらず身を隠しながら撃ってくる。
電気が点かず、薄暗いせいでうまく狙いが定まらない。相手も同じ条件だが、三人いるうえに、狭い階段めがけて撃てばいいから数を撃っていれば当たるだろう。
しばらく撃ち合っていると、向こうから悲鳴が上がった。顔をのぞかせてみれば、相手のひとりの腕にナイフが刺さっている。どうやら側面を突いたベイユーの投げナイフのようだ。
焦ったもうひとりがこちらから見える位置に体を晒す。落ち着いて脚を撃ち抜けば、彼も倒れ伏す。残りはひとりだ。
サーベルを抜いたベイユーがじりじりと近づき、挟撃の態勢を取る。
「おい! 両手を挙げて投降しろ! わたしたちはただの護衛だ! そう簡単に命まで奪いはしない!」
シエラの呼びかけに相手は答えなかった。ただナイフを抜いて、ベイユー目がけ飛びかかった。
「私とやろうってか!」
サーベルを小さく振り、ベイユーが対応する。近接戦闘になったせいで、シエラは無力になってしまった。誤射は避けたい。
銃手の射撃を封じて隙を突き逃げようという魂胆だろう。
ナイフを構え、近づこうとする侵入者を牽制するようにベイユーがサーベルの構えを変える。
脚を狙って低く斬りつけた。相手は角度を取るように避け、突きを繰り出す。刃先を逸らすようにサーベルを返せば、反対の手で殴りかかってきた。
ベイユーは足の裏で押し出すように前蹴りをくり出す。互いに体勢が崩れ、たいしたダメージにはならなかった。
再度サーベルを小さく回すように攻撃すれば、侵入者は間隙を縫うように懐に潜り込む。そのままナイフを突き立てようとした腕をベイユーが掴んだ。逆に相手をぐいと引きつける。
「近づくのを待ってたぞ」
そのままサーベルの護拳部分で額を殴りつけ、ひるんだ相手を背負投げする。床に突っ伏した彼をうつ伏せにひっくり返し上に乗った。
顔の真横にサーベルを突き立てるおまけ付きだ。
更には外からサイレンの音が聞こえてきた。ベイユーが呼んだ警察だろう。思ったより早い。
流石にそれで侵入者も諦めたようだった。
制服警官を引き連れてきたのはあの人形族の刑事だった。ローヌも一緒だ。
「僕とローヌが近くまで来ていてね。そこに君たちからの通報が来たんだ」
なるほど。どうりで来るのが早かったわけだ。
上からクレレットとリマリも降りてきた。リマリが外に連れて行かれる侵入者たちを見て、
「早くそのラペルのろくでなしたちを連れて行って」
ホッとしたような顔で言う。
反射的にシエラはリマリをクレレットの隣から引き剥がした。壁に叩きつけるように押し付け、鋭く拳銃を向ける。
「ちょっと、シエラ!? 母さんになにを!?」
リマリを睨みつける。自然と息が上がる。信じられなかった。
近距離から銃を向けたまま動かないシエラを見て、クレレットは止めようとしたが、ローヌが後ろからクレレットの両肩を掴んで制した。
ローヌは彼女の頭に額を付けるようにした。
刑事はシエラたちの様子をガラスの瞳でじっと見ていた。悲しそうな光をたたえていたように見えたのは勘違いじゃないはずだ。
ベイユーもシエラの意図が分からないようで、目を丸くする。
「お、おい、シエラ。どうしたんだ急に」
「ベイユー、ラペルって知ってる?」
「は? いや、知らないが」
「そう。知らないに決まってる。襲撃してきたやつらがラペルだってことは、教えに来た刑事さんと、それを聞いたローヌさんと私しか知らないはずだ」
あの場には三人しかいなかった。それなのに、
「それなのに、どうしてあなたが知っているんです? リマリさん」
リマリは黙ったまま銃口を見つめかえす。
「この護衛依頼、はじめからおかしな点がありました。クレレットさんは命を狙われていました。誘拐でも傷害でもなく。ローヌさんは敵対する会社かなにかの関与を疑ってましたが、
もっとも簡単な動機。だからこそこの母娘がそうだとは信じられなかった。
「亡くなった資産家の成人前の子どもが命を狙われる理由、そんなもの簡単です。相続権です」
は、と口から息を漏らしてベイユーがリマリのことを見やった。
「クレレットさんが成人すれば、彼女は遺産を自由に使える。だからその前にいなくなってもらう必要があった。事件性がないような事故に見せかけて殺す必要が。そうすれば、遺産は総取りです」
「そんな……。母さん、嘘よね?」
ローヌが苦しそうに呟いた。
「クレレットの事故を聞いて、違和感を持った。そして刑事さんに調べてもらったんだ。実行犯はラペルの者だと分かった。ラペルは、以前にリマリと繋がりのあった組織だ。信じられなかった。信じたくなかった。だけど、はっきりとしてしまった」
人形族の刑事が口を動かす。
「裏から糸を引いていたのは、リマリさん、あなただ。証拠は上がっている。僕に穏当に着いてきてほしい」
「そんな……嘘よ! 母さんが私を殺そうとしたなんて!」
ローヌの手から離れようとするクレレットを、彼はしっかりと掴んだまま応える。
「本当なんだ。クレレット。なあ、リマリさん、
「そう。そうなのね。もう全部おしまいなのね」
リマリは両手を軽く挙げて刑事のほうに向かった。刑事は手錠はかけずにそっと彼女に手を添え歩きだす。
クレレットは愕然としたまま、その背中に声をかけた。あるいは、それは自然と出てくる疑問だった。
「ねえ母さん、まさか父さんも……?」
「そんなわけないわ。愛していたもの」
その返事に、クレレットは逃げるように二階に駆け上がっていった。
刑事がリマリを連れていく。
ローヌは床に崩れ落ちるように座った。
そのまま頭を抱える。
「ああ……。ああ、俺は兄貴になんて言えば……」
「ローヌさん」
なんと声をかけていいか分からず、シエラとベイユーはそばで立ちつくした。
「組織には組織のケジメのつけ方がある。秘密裏に命で償わせる方法だ。でも、俺はそれをできなかった。君たちも見ただろう。あの家族は、ごく普通の家族だった。確かにろくでもない素性の親だった。けれど、兄貴はリマリさんとクレレットを愛していたし、リマリさんもそうだった。あの三人は共に笑いあって、些細な幸せを抱きしめる、そんな普通の家族のようだったんだ。リマリさんの頭を撃ち抜いて終わらせるなんて、俺にはとてもできなかった。だから法によって終わらせることを望んだ」
ああ、とローヌはうなだれる。
「最後に、ふたりには幸せな家族の時間を過ごしてほしかった。共に食事を囲んでグラスを交わす。それがせめてもの慰めになればいいと思った。けれど、結局あの子はひとりになってしまう」
「それは違います。あなたがいます。ローヌさん。あなたがクレレットさんを支えてあげてください。それに、これで終わりではありません」
シエラの言葉に、ローヌがうつむいていた顔をゆるゆるとあげた。
「あなたは命ではなく法によって終わらせることを選びました。命はそれきりですが、法の裁きには終わりがあります。リマリさんが罪を償って帰ってきた時に、迎えてあげられるようにすることができます。クレレットさんとふたりで迎えられるようにしてあげてください」
「できるものか……。クレレットは親に命を狙われたんだぞ。家族に戻るなんて、できるものか」
「難しいでしょう。並大抵のことはないでしょう。それでも努力する価値はあります。彼女たちは、互いを愛し合う普通の家族だったんでしょう?」
きっとできます、と告げれば、ローヌは小さな嗚咽をあげた。
彼の隣にベイユーが座りこむ。慰めるようにただ隣に座っていた。
シエラはクレレットのもとへ向かう。
行く先は二階の彼女の自室だ。ドアをノックしてから彼女の部屋に入れば、クレレットはベッドに座っていた。シエラは彼女の隣に座った。
「母さん、父さんを愛していたって言ってたわ」
「そうだね」
「……私のことは愛してなかったのかしら。だから殺そうとできたのかしら」
シエラはクレレットの頭をくしゃくしゃと撫でた。
部屋を見渡す。きれいに整えられた部屋だ。今のクレレットの印象より少し幼い部屋模様な気がするのは、彼女が家を出るときの物をそのままにしてあるからだろう。
ひとり暮らしをする前の状態を保つよう丁寧に掃除を欠かさずにしていたのだ。
その部屋を見て、娘のことを愛していないなどとは思えなかった。
「ちょっと目がくすんでしまっただけだよ。しばらくしして落ち着けば、リマリさんも何が本当に大切なのか自分でよく分かるはずだよ」
「母さん……」
なあ、とシエラはさらに頭を撫でた。
「すぐに成人を迎えるんだろう。その時にさ、美味しいお酒を飲めるお店に連れていくよ。落ち着いたいい店だ。そこで、きみの家族の話を聞かせてくれよ。お父さんとお母さんときみの話だ。きみの愛するご両親の話だ」
おっと、ローヌさんの話も入れていいぞ、と茶化して言えば、クレレットは小さく笑った。
彼女はシエラの肩にもたれかかるように頭を寄せる。
そうしてぽつりと呟いた。
「約束よ」
「ああ、約束だ。クレレットさん、きみも、リマリさんもまだ生きている。つまり前に進めるってことだ。きっと進めるさ」
涙を流すクレレットをシエラはしばらく撫でていた。
◆
それから一ヶ月とちょっと。シエラは情報部のミ=グの部屋にいた。
もっと前に会っておこうと思っていたのだが、するすると逃げられ、結局この日の夕刻になってしまった。
ミ=グはグラスにウイスキーを注いだ。
「今日の仕事は終わり。さ、君も飲むといい」
「その前に聞きたいことが」
ミ=グは小首をかしげる。眉根を寄せてシエラは問いただした。
「どこまで知っていたんです?」
「……なんと言えば君は納得して、信じてくれるかな?」
それに幾分抽象的だ、と彼女は肩をすくめる。シエラはデスクに指先を滑らせた。
「では質問を変えます。正直に答えてください」
「もちろん」
「ローヌさんやリマリさんが裏組織のひとだっていうのはご存知でしたか?」
「もちろん知っていたよ。私はいろんなところに友人がいる」
「ではあの刑事は本物ですか? それとも裏組織の関係者?」
「本物だよ。頭に汚職が着くがね。ろくでなしたちと仲のいい、ろくでなしの刑事さんさ。いや、腕は確かだよ。だから友人なんだ。仕事の前に、警察が大きく動けないって言っただろう。当然だ。そもそも裏組織が警察に大々的に頼るわけにはいかない。それで彼に動いてもらってたってわけさ」
淀みない答えに、眉間にしわが寄っていく。ミ=グはそのまま続ける。
「私に話が回ってきた時点で、ローヌはリマリさんを疑っていた。だが確証がなかった。理屈では怪しんでも、心情としては信じたかっただろうしね。彼は第三者による証拠を欲していた。だから友人の刑事に確たる証拠を掴んでもらったんだ。君たちがそれまでの護衛ってのも本当」
なんてことのないように彼女は言う。
「知らないままでいられたら良かったけど、君は真相にたどり着いた。ま、お小遣い稼ぎにしてはヘビーな案件になったね」
ミ=グは置きっぱなしだったグラスを手に取った。
「けれど知ったからこそ出来た縁もある。いつもお堅い君が上品なものを着てめかしこんでいるから、誰とデートするんだって若いのがざわついているよ」
彼女のからかいに、シエラは思わず舌を打ちそうになった。
そう。今日は約束していたクレレットの成人の日だ。ちょっといい、ドレスコードのあるレストランのディナーの予約を取っていたのだが、その時刻ギリギリでしかミ=グを捕まえられなかった。
だからシエラはこれからすぐにクレレットと会える服装をしていたのだ。
おそらく、服装を見てからかいたいがためにその時刻に会うよう仕組まれたに違いない。
「ふふん、似合ってるよ。クレレットさんも君に連れられて大人の仲間入りだ」
「言葉に含みがありますね」
そんなことないさ、とミ=グはグラスを掲げる。
さあ、と勧められてシエラもしぶしぶグラスを持った。
ミ=グが口元を緩める。
「家族の未来に」
「家族の未来に」
【人事記録】
ベイユー
黒猫の獣人、女性、
高い身体能力でのサーベルを使った近接戦闘を得意とする
プライベートでは女性の恋人がいるとのこと。警察関係者と言っており、開示する情報については流出されないよう注意が必要と思われる