仕事、ダンジョン、仕事、ダンジョン……てな感じで、あっという間に金曜日の夜。まさかこの私が、羽を伸ばすことになるなんて。
合コンは二十時から。それまでに、シャマルにエサをあげて、散歩をして、メイクを直して家を出た。どんな服装を選べばいいかわからず、ジーンズに黒のジップアップパーカー姿なんだけど、大丈夫だろうか。松下さんに聞いておけばよかった。
オークの顔は、今日までに四回に分けて消費しておいた。薄切りにしてそのまま食べてもコリコリして美味しかったし、圧力鍋で柔らかく煮て、甘辛く味付けしたのも絶品だった。
美の数値は百十ポイントとなり、鼻の形がシュッとして、眉毛の位置と角度が若干変わった。
第三階層に到達してから、レベルの上がり方が急激に遅くなった。二十からスタートしたのに、まだ二十八。オークなんて、もう何万匹狩ったのかわからない。運が悪いのか、魔物食材のドロップも確認できていない。
ダンジョン美容クリニックの広告に出てきた参考画像は、変化の始めから終わりまでに、一から二年ほど必要としていたようだった。あの人たちは、どうやったんだろう。
これまでのペースなら、一カ月くらいでいけそうなんて考えていたが、甘かった。私の完成には、まだまだ先が長い。
今日の女性メンバーは、松下さんとそのご友人が二人、会社の同僚が一人、加えて私だ。同僚は、佐々木さんという三十代前半で美人なお方。別の課だから、あまり話した覚えがない。
駅で合流する予定なんだけど……。
――おっ、発見! って、みんなオシャレすぎん?
松下さんは、デコルテが綺麗に見えるピンクベージュのニットワンピースを着て、ベージュのテーラードジャケットを羽織っていた。ボタンを閉めなくても寒くないのだろうか。雑誌にもあったけど、あれが格好良く見えるポイントらしい。
私がパーカーを同じように肩掛けしたら、可愛くデフォルメされたアニメキャラの顔がでかでかとプリントされたTシャツが丸見えになってしまう。それはさすがに前衛的すぎる。
佐々木さんもライトブルーのシャツを大人っぽく着こなしている。松下さんのご友人たちも……なんかもうすごい。オネエさん、憧れちゃう!
「お待たせしましたぁ。皆さん、今日はありがとうございます」
何食わぬ顔で、メンバーの一員として参加してみた。追い返されたりしないだろうか。
「木村さんですよね? 初めまして」
「こちらこそ、呼んでいただいて助かりました。最近、男っ気がなくて」
「会社ではあんまり話したことないけど、これから仲良くしようね」
ご友人と佐々木さんに、温かく迎えてもらえた。これが、パーティを組むってやつか。魔法なら
「合コン場所ってアンバー・タップでしたよね?」
「はい、そうです。ご案内しますね!」
松下さんという戦士に聞かれて、先導を買って出た。
主催の加藤さんが予約してくれたのは、クラフトビールが色々と飲める店らしい。美味しいピザと肉料理が楽しめるのだとか。事前にばっちり予習済みだ。
駅から徒歩十分足らずで、目的地に到着した。
ひんやりとした夜気の中、ぽつんと浮かぶ丸看板。まるで小さな月のような柔らかな灯りが、白い外観を温かく浮かび上がらせている。その店前で、加藤さんのパーティがこちらに気づいて手を振っていた。
腕時計に目をやると、約束の五分前。私はほっと息を吐きながら合流し、頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ。じゃ、行きましょうか」
軽く挨拶を交わしながら、中に入る。店員さんに案内されたのは、店の奥にある個室だった。
白塗りの壁に温かみのある木目調のテーブル。天井からオレンジ色のペンダントライトが優しく照らす。壁の棚には海外のビール瓶やグラスが飾られており、落ち着いた雰囲気だ。
男女で向かい合う形に座る。茨城県で作られているクラフトビールをオススメされて、まずは全員同じものを注文した。一杯が普通の生ビール二杯分のお値段とは……なかなかにお高い。
すぐに黄金色のビールが届いた。ラッパみたいな形のグラスで、底がちょっと狭い。倒さないように注意しよう。
お通しは、ペペロンチーノ風枝豆だって。小鉢から漂うニンニクとオイルの香りに、ぐっと食欲をそそられる。
「始めましょうか」
「あ、加藤さん。美人な皆さんに目立ちたいんで、自分に音頭取らせてください!」
加藤さんの発声に割り込むように、若くて爽やかな男性が威勢よく立ち上がった。
美人……か。その中に、果たして私も含まれているのだろうか。グラスを手にしながら、ふとそんな疑問が頭をよぎった。
――乾杯!
ビールをグビッと流し込む。コク深い旨味と強烈なのど越し。これは美味い。
洒落た枝豆をさやごと咥え、歯で押してぷりっと中身を舌先に弾き出す。噛むほどに豊かな味わいは広がり、たまらずビールをもう一口。
……なるほど、枝豆がただの塩茹でじゃなかったのも頷ける。おつまみにパンチを効かせることで、この濃厚な酒がいい仕事をしてくれるって仕組みか。やるねぇ、大将。
これは早く肉料理を食べてみたい。絶対合うに違いない。
「……さん? 木村さんてば」
松下さんに肩を揺すられて我に返る。いけない、自分の世界に入り込んでいた。
銀のピアスが目立つ金髪の男性が話しかけてくる。
「次もビールで大丈夫ですか木村さん?」
「あっ、すみません。ビールと枝豆が――どうだ、俺たちの組み合わせ。すげえだろ? ってうるさくて」
「あはは、美味しいですよね、これ。無視されてるのかと思って悲しかったですよ。別の種類いってみようかなって話してたんですけど」
「ぜひ、私もそれでお願いします!」
やらかした……。この人、私にも聞いてくれてたんだ。
そうだよね、合コンだもんね。ビールに夢中になってる場合じゃない。みんなの会話に集中しなきゃ。
「つまみ、どうしましょうね?」
加藤さんがテーブルの中央でメニュー表を広げた。女性側から見やすいよう配慮してくれている。
誰か、誰か肉を選んではくれないか。このタリアータってやつがよさそうだ。レバーのパテが入っている五種の盛り合わせも捨てがたい。こいつらをビールで流し込んだ日には――
「タリアータとか、五種の盛り合わせとか、良さそうじゃないですか?」
「完璧だ……」
「おっ、木村さん。気が合いますね」
「へ? あ、はいっ!」
加藤さんのチョイスがど真ん中すぎて、つい言葉が漏れてしまった。
自己紹介やらなんやらを挟みつつ、合コンが進んでいく。
松下さんたちは慣れているのか、会話を盛り上げるのが上手い。楽しい雰囲気に当てられて、ついつい飲みすぎてしまった。ちょっと酔ってきている。
醜態を晒すわけにはいかない。そろそろ自重しよう。これ以上パーティメンバーに迷惑をかけては、リーダーの名が廃る。
「俺、体鍛えてるんすよ。週四でジム通ってて……」
小麦色に肌を焼いたツンツン頭が、上着を脱いでタンクトップになった。右腕を曲げて力こぶを作ったり、胸筋を動かしたりとアピールしている。
見事な筋肉だ。シャギールさんに弟子入りしたら、もっと上を目指せるだろう。キミはモンスターハンターになるべきだ。
そのとき、松下さんが不意に私の肩へ腕を回し、引き寄せてきた。
「ふふん。パワーなら、あたしの木村さんだって負けてないから。お尻を触ろうとしたセクハラ課長の腕をへし折ったのよ!」
いやいや、折ってないから!
盛りすぎだから!
確かにあの後、課長はしばらく腕を痛そうにしてたけども。べつにギブスとかしてなかったし、今日はもう平気そうにしてたし。
「そうだ! 木村さんと腕相撲して俺が負けたら、俺が女性陣の分を奢るってのはどうです?」
「いけいけー、あたしの木村さーん! 第二の犠牲者が現れたわ!」
とんでもないことになってきたぞ……。
みんなの出費が浮くってのは、ありがたい提案ではあるか。ここまでメンバーたちに盛り上げてもらって、最後まで私が何もしないってのも違う。せっかくの楽しい雰囲気を、私が断ることで壊しちゃったら申し訳ないし。
軽く捻ってやりますか。なんかエンジンかかってきた。
「おい、お前。木村さんに変なことやらせるな」
「松下さん酔いすぎ。木村さん、腕相撲なんてしなくていいからね?」
加藤さんと佐々木さんが、場をなだめてくれてた。やはり大人。余裕がある。
だが、すまない。
私は立ち上がり、グラスを横にずらす。
「リングの用意を」
松下さんが、キャーキャーと騒いでいる。テーブルの上を片付けてもらい、スペースが開いた。
私はパーカーの袖をまくり、病的なまでに白くて貧弱な腕を見せつける。こいつにショベルカー顔負けの馬力があるなんて、誰も思わないだろう。
完成したリングに右肘をつき、人差し指をクイクイッと曲げて挑戦者を呼ぶ。
「かかってきな、小僧」
私のセリフに、加藤さんがブフッと吹いた。
「木村さん、手加減しますから」
小僧が、私の手を握った。
「あたしがレフェリーやりますねー」
がっちり組み合った私たちの手を、
「ファイッ!」
ゴングが鳴った。
相手はゆっくりと力を込め始め、私の腕を倒そうとしてくる。しかし、微動だにしない。
「ふんっ……ギギギッ……」
小僧は次第に歯を食いしばり、顔を赤くし始めた。私が山のように大きく見えていることだろう。
「財布の用意はいいかね、坊や?」
全力を出したら、相手の腕をへし折るどころか、テーブルまで破壊してしまう。じわり、じわりと傾けていく。やがて、敵の拳がコツンッとリングに落ちた。
「す、すげえぇ……」
「木村さんの体のどこにそんな力が?」
「あたしの木村さん、最強ー!」
ありえない光景を前にして、みんな口をぽかんと開けて驚いている。
松下さんが抱き着いてきた。大喜びしているようで、私も嬉しい。すっと彼女を押し退けて距離を作り、指先で顎を持ち上げる。
「嬢ちゃん、酒だ。酒を持ってきな」
合コンとは何なのか。これが正解なのか間違っているのか、私にはわからない。
この日は、日付が変わって閉店まで、みんなで楽しく飲み明かして解散となった。