ダンジョン美容クリニック   作:伊藤ほほほ

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第5話 クエストの通知って嬉しいよね?

 今日は仕事が上手くいった。

 二件目に回ったデパートのマネージャーさんから、「木村さん暗くなっちゃって、話しにくかったんだよね。今のほうがいいよ」って言われた。歯に衣(きぬ)着せぬ忠告は、本当にありがたい。反省しつつも、商談がスムーズに進んでよかった。

 新規も一件獲得できて、月の売り上げが二十万円程度増える見込みだ。ネット上で在庫管理ができるシステムがあるし、顔見せも近くに来たとき、時間があれば寄ってくれたらいいとのこと。業務量は増えるけど、こういうお客さんが五十件を超えたら、デパート並みの利益になるだろう。

 

 ペットショップであれこれ買ってから帰宅。

 

「ただいまー」

 

 玄関のドアを開くと、シャマルが尻尾をブンブン振り回しながら出迎えてくれた。

 

「なーに、お利口さん。私のこと待っててくれたのー!」

 

 幸せすぎる瞬間だ。仕事の疲れなんて一瞬で吹き飛んでしまう。

 中に入って荷物を置き、まずは室内をチェックする。

 ――水たまりなし! 異物なし!

 トイレは我慢してくれたみたい。よかった、よかった。

 私の後を付いてくるシャマルを抱きしめる。温かくて、ほっとする。全身を撫で回すと、嬉しそうに笑っていた。口角が上がったときのこのほっぺ。もちもちしていて、引っ張るとびよーんと伸びる。国宝にしてもいいくらいだ。

 

「シャマルきゅん、おみやげがあります」

 

 不思議そうに眉を下げるシャマルに、買ってきた首輪を着ける。丈夫な革製で、赤色のものを選んだ。銀色の毛並みによく映えて似合っている。

 

「シャマルさんはモデルですか? それともファッションリーダー? クッッッッッッソキャワ(可愛い)!」

 

 首元に違和感があるのか、シャマルは後ろ足で首輪ごと掻いている。そのうち慣れてくれるだろう。

 ……そうだ、松下さんに写真を見せなきゃ。

 カメラアプリを起動して、うちのイケメンを映す。

 

――――――――――――――

【シャーマルヴォルフ】

レベル3

 

【ステータス】

体 13

魔 4

感 16

 

【スキル】

・威嚇

――――――――――――――

 

「あれ、これって……」

 

 スマホ画面の中で、シャマルの右上に吹き出しみたいなものが現れた。そこに書かれているのは、情報管理アプリと同じ内容だ。

 このカメラを通すことで、モンスターの情報がわかるのだろうか。だとしたら便利だ。

 マップアプリにも異世界の地図が表示されたし、既存のアプリにも何かしらのアップデートが入っているのかもしれない。

 試しに撮影してみると、吹き出しのない画像がフォルダに保存されていた。お座りをして、舌を出しているシャマル。写真写りが抜群に良い。やはりモデル……とりあえず待ち受けにしておこう。

 ついでにシャマルのステータスも更新しておいた。BPは同じく六だ。今後は、体と感に二対一で振り分けていくことにした。

 

「ご飯を食べたらダンジョンに行こうね」

 

 今日は金曜日。みんなが夜の街で羽を伸ばす中、私は異世界へと飛び立つ。明日から休みだし、どんどん美のポイントを増やしていきたい。これからどう変わっていくのか、楽しみで仕方ない。

 

 夕飯を簡単に済ませて、準備開始。

 動きやすいジャージの上から革鎧を身に着ける。結構な運動量になりそうなので、リュックに水とスポーツ飲料を入れておく。邪魔にならないよう、髪をポニーテールに結(ゆ)わえた。

 メイスを担ぎ、転移アプリを起動して……レッツゴー!

 

*****

 

「わっ!」

 

 転移した瞬間、思わず声が出た。

 目の前でスライムが跳ねている。街からスタートするものだと勘違いしていたけど、どうやら転移先は前回帰還したポイントに設定されているようだ。

 危なかった。この場所じゃなかったら、転移した瞬間に死んでいたかもしれない。次からは気を付けないと。

 

 スマホを取り出し、スライムを映してみる。

 

――――――――――――――

【スライム】

レベル1

 

【ステータス】

体 2

魔 1

感 1

――――――――――――――

 

 うん、すごく弱い。

 撮影してみると、飛び上がる直前の躍動感がある写真が保存された。私、モンスターフォトグラファーのセンスがあるかも。

 ……普通に撮れちゃったけど、大丈夫なのかなこれ。

 

「まあいっか。シャマル、どんどん狩っちゃって! 食材がドロップしたら教えてね?」

「ワンッ!」

 

 シャマルが駆け出した。スライムに向かって一直線。ステータスが上がったおかげで、昨日よりも遙かに速い。敵の前で飛び上がり、前足を振り抜く。

 

「え……?」

 

 小突いただけで倒してしまった。グロウの光が舞い散る中、シャマルはもう次の獲物に狙いを定めている。これならすぐに一掃できそうだ。

 

 よし、私も行こう。

 今日は時間に余裕があるし、可能な限り戦い続けたい。スキルは温存するべきだろう。今の私なら、ただぶん殴るだけで倒せるはず。

 シャマルがいるのとは反対から攻める。油断しているスライムの背後から、ロングメイスを叩きつけた。

 

「そいっ!」

 

 昨日は弾かれた一撃だったが、今日は違った。

 威力は十分。金属球はスライムを押し潰し、確かに地面に触れた感触が手のひらを伝う。パンッと破裂音の後、光の粒子へと変わった。

 ストレス発散が発動したときのような爽快感がないから少し残念。

 

 次から次へと倒していく。ロングメイスがゴルフクラブくらい軽く感じる。

 大部屋のスライムを狩り尽くしそうになったところで、スマホに通知音――クエストだ。

 

――――――――――――――

スライムを卒業しよう!

 

達成条件 レベル5に到達

 

報酬 スライムの眼球

――――――――――――――

 

 ……眼球?

 塩揉みをして水で洗えば食べられるらしい。生でもいけるが、焼いた方が美味しいと書いてある。

 レベルが四に上がっていたので、これが発生条件だったのかも。

 

 残りのスライムを片付けて、次の大部屋へ。

 道中、モンスターの姿は見当たらなかった。通路には出られない不思議な力でも働いているのだろうか。

 さあ行くぞと袖を捲り、気合を入れて討伐開始。二つ目の部屋ではレベルが上がらなかったものの、三つ目の部屋でようやくクエストを達成した。

 ステータスを調整してから、報酬を受け取るボタンを押す。

 

 空中に出現した直径十五センチくらいの球体を両手で掴む。

 ……目が合った。

 ヌルヌルしており、グロテスクだ。マグロの目玉を見たことがあるけど、スライムの眼球はそれよりもかなり大きい。体積を考えると重さは二キロくらいか。焼けば水分が飛んでくれるだろうけど、食べ応えがありそうだ。私を大食いの選手に育て上げるつもりなのかな?

 とりあえず、シャマル用に持ってきていたビニール袋に詰めてリュックにしまっておく。

 

 ここで、再びクエストが発生した。

 両手を地面に擦りつけ、ペットボトルの水で洗い流す。この手でスマホには触りたくなかったからね。さて、確認してみよう。

 

――――――――――――――

進むんだミヤビ!

 

達成条件 ポータルをくぐり、第二階層に辿り着く

 

報酬 始まりのネックレス

――――――――――――――

 

 マップアプリが勝手に開く。なんと、ダンジョンの地図まで表示してくれた。点線がこの先にある通路の奥へと続いている。

 ――進めと言われたら進みますけど、なぜ名指し?

 妙に馴れ馴れしいクエストに首を傾げた。

 

 すれ違いざまにスライムを倒しながら、ガイドに沿って走る。

 突き当たりにポータルがあった。壁の中央で、青白い光が渦を巻いている。クエストに従い、くぐり抜けた。

 

「わあ!」

 

 景色の変化に驚く。

 そこには、広大な草原があった。空があった。雲が流れていた。吹き抜ける風が前髪を持ち上げ、額に滲んだ汗を攫(さら)っていく。

 さっきまでの薄暗い通路とは大違いだ。胸一杯に空気を吸い込むと、ちゃんと青い香りがした。

 ――これ、本物?

 黄色の花を摘んでみる。しかし、途端に光となって消えてしまう。新しい花が、元の場所に咲いていた。

 

 ふと隣を見ると、悲痛な顔のシャマルが踏ん張っていた。これは失礼、トイレ中でしたか。どんなときでも、キミは絵になるんだね。……ウミガメかな?

 ともあれ、クエストは完了した。報酬のネックレスは、始まりの腕輪と同じデザインだった。体のステータスが二ポイント増加するらしい。さっそく装備しておく。

 

 遠くに村が見えた。藁葺(わらぶ)き屋根の家がちらほら。木造の低い壁に囲まれている。

 人が暮らしているのだろうか。それとも……。

 

「行ってみよっか」

「ワフッ!」

 

 自然の中を走るのは気持ち良い。隣のシャマルも尻尾を躍らせて喜んでいる。弾む私のポニーテールもお揃いだ。

 

 やがて、村の入口にたどり着いた。門は開け放たれている。ボロ布の服を着た村人たちが生活しているようだ。中に足を踏み入れたと同時――クエストが発生した。

 

――――――――――――――

ゴブリンを倒せ!

 

達成条件 ゴブリン0/15の討伐

 

報酬 種なしカダルナザフス×2個

――――――――――――――

 

 へぇ、種なしのカダルナザフスもあるんだねぇ……なんて、とりあえず乗っておく。

 名前からして果物か何かだろうか。詳細を調べようとしたそのとき――

 

「きゃあああああああ!」

 

 女性の悲鳴が聞こえた。

 

「ゴブリンが出たぞー!」

 

 野太い声で男が叫ぶ。

 

 村の奥から、人々が大慌てで逃げてくる。その背を追うのは、緑色の肌をした醜い化け物――あれがゴブリンか。人の形をしているのに、同じ人間とはとても思えない。二十匹以上いるだろう。奇声を上げながら村中に散らばっていく。

 今すぐ助けに入りたい。でも、敵は初見だ。私まで殺されてしまっては元も子もない。まずは敵の情報を確認するためにカメラアプリを起動した。

 

――――――――――――――

【ゴブリン】

レベル5

 

【ステータス】

体 15

魔 1

感 10

――――――――――――――

 

 私の体が二十二ポイントで、シャマルが二十七。ステータスだけならこちらが有利だ。一対一なら十分に勝ち目はあると思う。

 問題は敵の数。囲まれたら、どうなるかわからない。この村には死角が多く、突然襲いかかってこられたら……。

 

「シャマル、よく聞いて。単独のゴブリンを見つけて私が戦う。あなたは周囲を警戒しながら、私が危ないときに威嚇を使うの。いい?」

「ワンッ!」

 

 前を張るのはシャマルが適任なのだが、優れた聴覚と嗅覚、高い感の値を活かして、サポートしてもらう方が有効だと考えた。

 村の中央には、入り口から続く大通りがある。まずは開けて戦いやすいこの場所で、見える範囲のゴブリンを片付けていこう。

 

 私は敵を見据え、ロングメイスを握り直した。

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