ゴブリンが一匹、こちらに向かって走ってきた。
敵は貧弱な体つきで、背は百六十センチ弱の私よりも低い。耳元まで裂けた大きな口から、まばらに生えた鋭い牙が覗く。吊り上がった両目の中で、赤く小さな瞳が血走っている。
あの目は生まれつきだろうか。社会に出たら、睨んでいると勘違いされて理不尽なクレームを受けるに違いない。思い出したらムカついてきた。
「ギャギャッ!」
ゴブリンが怪鳥の如く叫ぶ。殺してやるとでも言っているのだろうか。棍棒を振り上げた。
私はロングメイスを正面に構えて待つ。一撃で終わらせたい。スキルを使うべきだろう。
敵との距離、約五……四……三メートル。
――いま!
「般若に睨まれたってどんなクレームだよ! ふざけんなー!」
地を蹴り、前へ。一息で距離を詰める。両腕を突き出し、最短距離の一撃を放つ。
目を見開いて驚くゴブリンの顔に、ストレートパンチと化した金属球がめり込んだ。敵は後方に吹き飛びながら、グロウへと姿を変えた。
当たりさえすれば倒せる。視界に映るゴブリンへと駆け寄り、二匹目……三匹目……と狩っていく。
「ひいいぃ! お助けぇ……」
声がした。
路地裏を見ると、老婆が襲われていた。背後から組みつかれて、今にも噛みつかれようとしている。
――まずい、ここからでは距離が遠い。間に合わない。
「シャマル!」
「ウォオオオオオオン!」
威嚇が発動した。音は大気を波に変え、ゴブリンを包み込む。
「ぁ……」
喉の奥から、
遅かった……シャマルが吠えたときにはもう、老婆の首筋に牙が突き立てられていた。
悲痛な声。助けを求めて私に伸ばした手。終わりを悟って浮かべた絶望の
胃の中身が喉元までせり上がってきた。だが、吐いてなんていられない。敵はもう、シャマルを標的に変えている。
息を止め、首の筋肉を収縮させて堪える。染み出した胃液で鼻の奥が酸っぱい。
あの老婆は人間ではないのだろう。おそらく、その辺に生えてる草や花と同じ。ダンジョンが作り出したギミック。
だとて、だとて……脳裏に焼き付いたあの声も、姿も、本物にしか思えない。絶対に許さないんだから!
体を大きく仰け反らせ、ロングメイスを背中の後ろまで振りかぶる。全身の筋肉を爆発させて、緑色のハゲ頭に正義の鉄槌を振り下ろす。
「嫌なもの見せないでよ、バカーッ!」
地面が陥没するほどの威力。ゴブリンが消し飛んだ。衝撃波により、近くの家屋が揺れて軋んでいる。
「はぁ……はぁ……」
課長のハラスメントより何倍も酷い精神攻撃だった。夢に出てきてもおかしくない。
――レベルを上げるためには、こんなのにも慣れなきゃいけないのね……。
発散したストレスの量が多すぎたのか、脳がとても疲弊している。
「ごめんシャマル、交代してもらってもいい?」
主攻をシャマルに任せて、私がサポートに回ることにした。
「安全第一でお願いね?」
「ワンッ!」
シャマルは、ピクピクと鼻を動かしながら索敵を始めた。足音を殺して、慎重に歩いていく。
すると、頭を上げて胸を張り、耳をピンと立てた。敵を捉えたらしい。シャマルの後を追う。
細い路地を抜けて、
――見つけた!
村人の男を模した何かが、
チャンス――とばかりに、獲物を視認したシャマルが走り出す。全身を躍動させながら加速していく。あっという間に距離を詰めると、大きく踏み込む。ぐっと体を沈ませて、高く飛び上がった。
「ゲギッ?」
ゴブリンは、ようやく迫り来る影に気付いたらしい。だが、振り返ったときにはもう遅い。その首にシャマルが噛みついた。
乗りに乗ったスピード、加えて成人男性一人分ほどの重さである。ゴブリン如き貧弱な体では耐えられるはずがない。
シャマルは、敵を地面に組み伏せる。強靭な
後はもうシャマルきゅん劇場である。
私は繰り広げられる狩り……いや、悲惨な光景を見学しているだけでよかった。これが弱肉強食か。ゴブリンを一匹残らず倒し終わるまで、そう時間はかからなかった。
いつの間にやら村人の姿が消えている。やはり彼らは、ゲームで言うところのイベント専用に作り出された存在だったようだ。私たち二人だけが残された村の中で、シャマルは誇らしげな顔で尻尾を振っていた。
「お疲れシャマルゥ〜」
本当によくできました。頭を撫でて褒めてやる。可愛くて強いとか、やっぱりうちの子って素晴らしい。
さて、報酬タイムだ。クエストを完了させてみる。
出現したのは、果実が二つ。見た目は……そうだな、例えるなら洋梨が近いかも。ただし、茶色の皮に水色の斑点というチョコミントカラー。赤子でも抱いているのかってほどに巨大である。
この世界の食材は、私の胃袋を破裂させたいのだろうか。
「ふぅ、疲れちゃった。そろそろ――」
帰ろうか。
そう言おうとしたところで、村が蜃気楼のように
「きゃっ!」
びっくりして身を伏せる。頭抱えて体隠さず。OL式亀のポーズだ。
熱くも痛くもない。何かしらの攻撃を受けているというわけではないらしい。恐る恐る顔を上げてみた。
村があった場所――その中心辺りで、今度はその光が収束していく。
「な、何が起きてるの……?」
光は丸い何かへと形を変えて、地面に落下した。
――まさか、食材?
拾ってみると、硬くてとても食べられそうにない。ぱっと見は拳大の宝石。コバルトブルーの星空を圧縮したかのように美しい。吸い込まれてしまいそうだ。
見惚れていると、またスマホが鳴った。クエストの
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魔石を売りに行こう!
達成条件 モンスターハンターギルドで魔石を売る
報酬 魔石×2個
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ギルドとは、またファンタジーな。
モンスター討伐や素材採取などを請け負う屈強な者どもが集まる、アニメやラノベなどでお馴染みのアレだろうか。
冒険者とか探索者とか色々設定があるけど、この世界ではモンスターハンターなのね。はいはい、予備知識あります私。
開かれたマップアプリによると、一度町まで戻る必要がありそうだ。今日はもう終わりにしようと思っていたし、丁度いい。このクエストをやってから帰るとしよう。
ミヤビはガイドに導かれ、街へと戻るのだった……なんてね。