ダンジョン美容クリニック   作:伊藤ほほほ

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第6話 トラウマになるよね?

 ゴブリンが一匹、こちらに向かって走ってきた。

 敵は貧弱な体つきで、背は百六十センチ弱の私よりも低い。耳元まで裂けた大きな口から、まばらに生えた鋭い牙が覗く。吊り上がった両目の中で、赤く小さな瞳が血走っている。

 あの目は生まれつきだろうか。社会に出たら、睨んでいると勘違いされて理不尽なクレームを受けるに違いない。思い出したらムカついてきた。

 

「ギャギャッ!」

 

 ゴブリンが怪鳥の如く叫ぶ。殺してやるとでも言っているのだろうか。棍棒を振り上げた。

 私はロングメイスを正面に構えて待つ。一撃で終わらせたい。スキルを使うべきだろう。

 敵との距離、約五……四……三メートル。

 ――いま!

 

「般若に睨まれたってどんなクレームだよ! ふざけんなー!」

 

 地を蹴り、前へ。一息で距離を詰める。両腕を突き出し、最短距離の一撃を放つ。

 目を見開いて驚くゴブリンの顔に、ストレートパンチと化した金属球がめり込んだ。敵は後方に吹き飛びながら、グロウへと姿を変えた。

 

 当たりさえすれば倒せる。視界に映るゴブリンへと駆け寄り、二匹目……三匹目……と狩っていく。

 

「ひいいぃ! お助けぇ……」

 

 声がした。

 路地裏を見ると、老婆が襲われていた。背後から組みつかれて、今にも噛みつかれようとしている。

 ――まずい、ここからでは距離が遠い。間に合わない。

 

「シャマル!」

「ウォオオオオオオン!」

 

 威嚇が発動した。音は大気を波に変え、ゴブリンを包み込む。

 

「ぁ……」

 

 喉の奥から、幽(かす)かな音が漏れた。

 遅かった……シャマルが吠えたときにはもう、老婆の首筋に牙が突き立てられていた。

 悲痛な声。助けを求めて私に伸ばした手。終わりを悟って浮かべた絶望の表情(かお)。その体はガラス細工のように砕け散り、モンスターと同じく光の粒子へと変わる。そして、ゴブリンの体へと吸収されていった。

 

 胃の中身が喉元までせり上がってきた。だが、吐いてなんていられない。敵はもう、シャマルを標的に変えている。

 息を止め、首の筋肉を収縮させて堪える。染み出した胃液で鼻の奥が酸っぱい。

 あの老婆は人間ではないのだろう。おそらく、その辺に生えてる草や花と同じ。ダンジョンが作り出したギミック。

 だとて、だとて……脳裏に焼き付いたあの声も、姿も、本物にしか思えない。絶対に許さないんだから!

 体を大きく仰け反らせ、ロングメイスを背中の後ろまで振りかぶる。全身の筋肉を爆発させて、緑色のハゲ頭に正義の鉄槌を振り下ろす。 

 

「嫌なもの見せないでよ、バカーッ!」

 

 地面が陥没するほどの威力。ゴブリンが消し飛んだ。衝撃波により、近くの家屋が揺れて軋んでいる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 課長のハラスメントより何倍も酷い精神攻撃だった。夢に出てきてもおかしくない。

 ――レベルを上げるためには、こんなのにも慣れなきゃいけないのね……。

 発散したストレスの量が多すぎたのか、脳がとても疲弊している。

 

「ごめんシャマル、交代してもらってもいい?」

 

 主攻をシャマルに任せて、私がサポートに回ることにした。

 

「安全第一でお願いね?」

「ワンッ!」

 

 シャマルは、ピクピクと鼻を動かしながら索敵を始めた。足音を殺して、慎重に歩いていく。

 すると、頭を上げて胸を張り、耳をピンと立てた。敵を捉えたらしい。シャマルの後を追う。

 細い路地を抜けて、荒屋(あばらや)の裏へ。

 ――見つけた!

 村人の男を模した何かが、鍬(くわ)を構えてゴブリンと対峙していた。幸い、敵はこちらに背を向けている。

 チャンス――とばかりに、獲物を視認したシャマルが走り出す。全身を躍動させながら加速していく。あっという間に距離を詰めると、大きく踏み込む。ぐっと体を沈ませて、高く飛び上がった。

 

「ゲギッ?」

 

 ゴブリンは、ようやく迫り来る影に気付いたらしい。だが、振り返ったときにはもう遅い。その首にシャマルが噛みついた。

 乗りに乗ったスピード、加えて成人男性一人分ほどの重さである。ゴブリン如き貧弱な体では耐えられるはずがない。

 シャマルは、敵を地面に組み伏せる。強靭な顎(あご)で頸椎(けいつい)を噛み砕き、瞬殺してしまった。まさに猟犬と呼ぶに相応しい動きであった。

 

 後はもうシャマルきゅん劇場である。

 私は繰り広げられる狩り……いや、悲惨な光景を見学しているだけでよかった。これが弱肉強食か。ゴブリンを一匹残らず倒し終わるまで、そう時間はかからなかった。

 いつの間にやら村人の姿が消えている。やはり彼らは、ゲームで言うところのイベント専用に作り出された存在だったようだ。私たち二人だけが残された村の中で、シャマルは誇らしげな顔で尻尾を振っていた。

 

「お疲れシャマルゥ〜」

 

 本当によくできました。頭を撫でて褒めてやる。可愛くて強いとか、やっぱりうちの子って素晴らしい。

 

 さて、報酬タイムだ。クエストを完了させてみる。

 出現したのは、果実が二つ。見た目は……そうだな、例えるなら洋梨が近いかも。ただし、茶色の皮に水色の斑点というチョコミントカラー。赤子でも抱いているのかってほどに巨大である。

 この世界の食材は、私の胃袋を破裂させたいのだろうか。

 

「ふぅ、疲れちゃった。そろそろ――」

 

 帰ろうか。

 そう言おうとしたところで、村が蜃気楼のように朧(おぼろ)げになり、消えてしまう。すると、急に眩い光が弾けた。

 

「きゃっ!」

 

 びっくりして身を伏せる。頭抱えて体隠さず。OL式亀のポーズだ。

 熱くも痛くもない。何かしらの攻撃を受けているというわけではないらしい。恐る恐る顔を上げてみた。

 村があった場所――その中心辺りで、今度はその光が収束していく。

 

「な、何が起きてるの……?」

 

 光は丸い何かへと形を変えて、地面に落下した。

 ――まさか、食材?

 拾ってみると、硬くてとても食べられそうにない。ぱっと見は拳大の宝石。コバルトブルーの星空を圧縮したかのように美しい。吸い込まれてしまいそうだ。

 見惚れていると、またスマホが鳴った。クエストの連荘(れんちゃん)である。

 

――――――――――――――

魔石を売りに行こう!

 

達成条件 モンスターハンターギルドで魔石を売る

 

報酬 魔石×2個

――――――――――――――

 

 ギルドとは、またファンタジーな。

 モンスター討伐や素材採取などを請け負う屈強な者どもが集まる、アニメやラノベなどでお馴染みのアレだろうか。

 冒険者とか探索者とか色々設定があるけど、この世界ではモンスターハンターなのね。はいはい、予備知識あります私。

 

 開かれたマップアプリによると、一度町まで戻る必要がありそうだ。今日はもう終わりにしようと思っていたし、丁度いい。このクエストをやってから帰るとしよう。

 ミヤビはガイドに導かれ、街へと戻るのだった……なんてね。

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