ダンジョン美容クリニック   作:伊藤ほほほ

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第7話 ヨガって全てを解決してくれるよね?

 街に戻った私は、目的地に到着していた。

 目の前に、石造りの立派な建物がある。入口は両開きのスイングドア。〝モンスターハンターギルド〟と書かれた大きな看板が掲げてあった。さっそく中に入ってみる。

 広々とした空間に、年月の経過が見て取れる古い木材で作られた床や壁。まばらに丸テーブルが設置されており、西部劇の酒場みたいな雰囲気だ。吹き抜けの二階から、酒を飲んで笑っている三人組の声が聞こえてきた。

 

「えーっと、買取はどこかな」

 

 フロアの奥に、人の列。その先には牢屋……いや、あれが受付なのか。太い鉄格子で囲われた中にカウンターがある。

 美人な女性が三人立っていた。フリフリした白のブラウスに、薄い茶色のベストという、お揃いの格好だ。

 ――誰にしようかな?

 やはり、話しかけるなら優しそうな人がいい。目尻が垂れて、ほんわかした印象がある左の子――キミに決めた。おっぱいが大きいのも評価点だ。母性の権化に違いない。最後尾に並んで順番を待つ。

 

 ギルドの壁に掲示板があった。大きさは黒板の三倍くらい。

 錆びた釘が打ち付けてあり、そこから木札がぶら下げてある。ここからだと文字は小さくて読めないけれど、何やらモンスターらしき絵が描かれている。

 実物じゃなくても、ステータスがわかるのだろうか。そのうちの一枚――腕が四本もある筋骨隆々の化け物を、試しにカメラで映してみる。

 

――――――――――――――

【ヴァルラロギィ】

レベル295

 

【ステータス】

体 1681

魔 1765

感 1012

 

【スキル】

・焦熱の鞭

・地獄の業火

――――――――――――――

 

 ――な、ななな、なんじゃこりゃあああああ!

 ちょっと強すぎやしませんかね。目ん玉が飛び出そうになったんですけど。

 モンスターハンターの先輩方は、こんなのと戦ってるんだ。初心者が絡まれる、よくあるテンプレ展開に巻き込まれたらまずい。魔石を売ったらすぐに退散しよう。

 てか、この世界にも地獄って概念があるんだね。

 

 列が進んで私のターン。

 受付嬢は、近くで見るとめっちゃ可愛い。薄い緑色のロングヘアで、前髪を左に流している。二十歳(はたち)にも満たないのではなかろうか。あどけなさが残る顔立ちだ。

 カウンターの上に魔石を置いて、さっそく話しかける。

 

「これ(魔石)、売りたいんですけど」

 

 深い海のような青い瞳で私を見ると、嬢は魔石を手に取った。窓から差し込む陽光に翳(かざ)したり、軽く振って重さを計る仕草をしてみたり。それで何がわかるのだろうか。

 謎の確認作業が終了したらしい。受付嬢は気怠げに、小さな声で呟いた。

 

「はーい……五千ファロルでーす……」

 

 あら、この子ったら。こんな見た目でダウナー系なのね。素晴らしいギャップにグッときちゃう。そういうの好きよ?

 また利用するときも、この子を指名しよう。右胸の膨らみで傾いた名札に〝ポルル〟と書いてある。あらやだ、可愛らしい名前じゃないの!

 内なるオネエを解放しながらニマニマしていると、ポルルたんが右拳を前に突き出した。これはもしや、グータッチ決済か。

 

「ありがとうございます」

 

 ここで慌てて質問したら、何だこいつって思われて嫌われるかもしれない。私は大人の余裕を醸(かも)し出し、訳知り顔でコンッと拳を重ねる。

 

 ――チャリンッ!

 

 頭の中で聞き覚えのある音がした。正解だったみたいだ。

 この世界の通貨は、ファロルという単位らしい。私の貯金はどうなるのだろう。円とは別にファロルが追加されるのかな。後で確認してみよう。

 

 さあ、クエストは達成した。

 何事も起こることなかれと祈りつつ、私は存在感を薄め、体を縮こまらせて入口へと向かう。

 だが――

 

「待ちな嬢ちゃん」

 

 丸テーブルの横を通り過ぎようとしたところで、右肩を掴まれて止められた。

 

「ひっ!」

 

 私は情けない悲鳴を漏らす。

 ……終わった。

 人は恐怖を感じたとき、膝はガクガクと震え、頬がこれでもかと引き攣(つ)るらしい。壊れた機械人形のように、ギギギと首を動かして振り向く。

 テーブルに肘を乗せた男がいた。菫色の坊主頭、ヴァルラロギィみたいに発達した筋肉。やはり整った顔立ちの中で、琥珀色の瞳が射殺さんばかりにギラついている。おそらく三十代後半。歴戦の猛者であろう。

 ――ははっ、死んだわ俺(私)。ボッコボコに殴られて、殺されるんだ。

 人は終わりを悟ったとき、頭の中は真っ白になり、涙を浮かべて微笑むらしい。

 

「なんだよ、そんなに驚いて。俺が取って食おうとしてるように見えたってか?」

「へ……? あ、はい」

 

 的外れな言葉に、つい素直に返事をしてしまう。

 男はガハハと豪快に笑った。

 

「おっと、それはすまねえな。俺はシャギールってんだ。その装備からして、あんた初心者だろう?」

「そうですね、まだ二日目です。私はミヤビ、この従魔がシャマルって言います」

 

 足元でお利口さんに座るシャマルの頭を撫でる。

 噛み付いたりしなくてよかった。シャギールさんに敵意がないことを感じ取っていたのかもしれない。

 

「魔物使いは珍しいからな。ほら、これやるよ。大先輩からのプレゼントだ」

 

 シャギールさんは、腰の小さなポーチから黒いローブを取り出すと、私の方へ突き出した。魔法使いが身に着けるようなローブだ。これにとんがり帽子があれば完璧かもしれない。

 それよりも、サイズ感が違いすぎる物が出てきたことに驚くべきだったかもしれない。

 

「貰っちゃっていいんですか?」

「モンスターハンターってのは、平和を守る正義の味方さ。だが、初心者ほど死にやすい。後輩のサポートすんのも俺らの仕事なんだよ。早く受け取れ、手が疲れちまう」

 

 ほれほれと揺らされるローブを受け取った。

 太い腕だ。筋繊維の向きがわかるほどに皮膚が薄く、血管がメロンの網目模様みたいに浮き出している。私の首根っこを掴んで持ち上げたとて、そう簡単には疲れないだろう。

 

「ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」

「おう、人々のために長く働いてくれや」

 

 頭を下げてお礼を言うと、シャギールさんは雑に手を挙げて返してくれた。

 

*****

 

 ギルドを後にして、クエストを完了してから転移アプリで帰宅した。

 やっぱり自分の部屋は落ち着く。

 

「これの情報も見れたら嬉しいんだけど」

 

 ローブを開いて床に置いてみる。ただの黒ではなく、カラスの濡れ羽色で美しい。

 モンスターだけじゃなく、装備品まで調べられるのであれば、もはやスキル――鑑定と呼んでも過言ではない。カメラアプリを起動してみた。

 

――――――――――――――

【コルバスのローブ】

 

・身に着けると体の値が20増加する

・身に着けると魔の値が30増加する

・魔法に対して耐性がある

――――――――――――――

 

「で、でたぁ!」

 

 ――強っ(つんよ)! なぁにこれぇ!

 体のステータスがほぼ倍になるし、今まで気にしてなかった魔が爆増するなんて。シャギールさんに感謝せねば。何かお返しを考えておこう。

 

「さて……と」

 

 鎧を外し、ジャージを脱いで、ローブに着替える。今まで挑戦してみる気にもなれなかったが、初めてのコスプレである。

 姿見に自分を映してみた。

 

「こ、これは!」

 

 そこには、邪悪な魔女がいた。ふぇふぇふぇと笑えば、似合っている気が……しなくもないか。

 そういえば、基礎魔術ってスキルがあることを忘れていた。明日は魔法をぶっ放してみようかしら。

 

「どう、シャマル? 魔法少女ミヤビちゃんだよっ!」

 

 きゃぴっとウインクをしながら、ジェントルマン(シャマル)に話しかけてみた。

 やっぱりダメか。シャマルは不思議そうに首を傾げている。まあ、正しい評価だよね。魔法少女と名乗るには、年齢と微妙な容姿があまりにも邪魔をしている。

 

 ――グゥ……

 

 お腹が鳴った。いや、空っぽの胃袋が蠢(うごめ)き、絞り出すような悲鳴を上げた。

 これはまずい。おそらく、腹が減ったことを知らせる生理現象だろう。この状態で眠りにつくなど、人間如き卑小(ひしょう)な存在には不可能だ。

 今日はたくさん運動したし、ちょっとくらい食べても平気でしょ。というわけで、キッチンに向かう。

 夜食と言えば――そう、スライムだよね?

 

 さっそく調理開始。

 リュックから取り出したスライムの眼球をボウルに移し、塩で揉む。柔らかいのかと思いきや、なかなかに弾力がある。ぬめりが白く泡立ってきた。

 水で洗い流して、ペーパーでしっかり拭き取る。

 まな板の上で、二センチ幅くらいに切っていく。スライムだけにスライスとか、そんなつまらないことは言わない。

 大きめのフライパンを熱して、オリーブオイルを引く。火加減は中火でいいだろう。目ん玉をソイッと放り込めば、水分が弾ける音がした。

 ひっくり返して、ひっくり返して……っと。

 

「あ、あれ?」

 

 ここで問題発生。思ったより縮んでくれない。既にこんがりと焼き色が付いて、中まで火が通っている。

 これ以上は焦げてしまう。塩と胡椒でシンプルに味付けをして、大皿に盛りつけた。仕上げに乾燥パセリを振っておく。まるで輪切りにした標本だ。

 ……私が食べるのよね……これを?

 よし、グロテスクな一品の完成でーす!

 

 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、テーブルに移動した。

 鬼が出るか蛇が出るか。ナイフとフォークで上品に頂くとしよう。

 

「実(じっ) 食(しょく) !」

 

 一口大に切って、ぱくり。ゼラチン質なハムみたいな食感だ。

 噛めば噛むほど味が出てくる。動物系の旨味なのだろうが、これは初体験。私の舌が喜びに震えている。

 

「美味すぎ! 三食これでいいわ!」

 

 プシュッとビールを開けて、一気に流し込む。

 ホップの爽やかな香りと、癖になる苦味。口の中がリセットされていく。シュワシュワとした刺激が喉を通り抜けるとき、快感にも近い鮮烈な痺れが、一日の疲れを一瞬で過去のものに変えてしまった。

 

「ックゥ~! 合いますね~!」

 

 枝豆? 唐揚げ?

 いやいや、時代遅れですよ。スライム食(い)ってビール飲(や)ってごらんなさいな。最(さい)アンド高(こう)だからほんと。こりゃ無限にいっちゃうね。

 

 ……なんて、そんなふうに考えていた時期が私にもありました。

 十分ほど経過して思い知らされた。さすがに量が多すぎる。食べても食べても減らない。このスライムの眼球、ちょっと水分が減ったとて、一キロなんて余裕で超えている。ステーキ何グラム食べられるのあなたって話。まだ六割近く残っている。

 

「使うか、アレを」

 

 スゥー……ハァー……ヨガの呼吸。

 腹筋を巧みに操り、内臓を支配する。

 ヨガを使えば体が伸びるし、火だって吹ける。今や私の胃袋は、風船のように膨らむはず。

 ――いけるっ!

 ビールも追加だ。

 

「っしゃあああああああ!」

 

 大皿の縁(ふち)を唇に押し当てる。フォークでスライムを手繰り寄せながら、豪快に搔(か)っ込んでいく。

 途中でビールを挟む。やはりこいつはいい仕事をしてくれる。

 あとは気力との勝負。満腹感など意識の外に追い出してやった。

 咀嚼(そしゃく)と嚥下(えんげ)を繰り返し……そして、私は立ち上がる。

 

「これが勝者のみ見ることのできる景色か」

 

 ミヤビ将軍(私)は勝利した。お腹を摩りながら、静寂の残る戦場(空になった皿)を見下ろす。

 さすがヨガだ。ヨガは全てを解決してくれる。

 

「シャマ――」

 

 愛する従魔の名前を呼ぼうとして、引っ込める。

 シャマルはお座りしながらコクンコクンと舟を漕ぎ、必死に眠気に耐えていた。可愛すぎかよ。ご主人(私)の戦いを見守ってくれてたんだね!

 今日はもう、いいか。胃袋に血が巡り、体に回ったアルコールも相まって、私も寝てしまいたい。シャワーも浴びず、スウェットに着替えてベッドに倒れ込む。

 

「寝るよー」

 

 布団を持ち上げてやると、シャマルがぴょんと飛び乗る。私に体を寄り添わせて横になった。犬がこちらに背中を向けるのは、信頼の証らしい。

 ふかふかの毛皮に鼻を押し当て、犬吸いを楽しむ。お日様の匂いがした。ちょっとポップコーンみたいな香ばしさもある。シャマルソムリエを名乗れる日も近いのではなかろうか。

 では、おやすみなさい。

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