休憩を挟みながらじゃないと、ゴブリンを狩り続けるのは難しかった。魔法を使うには魔力が必要で、どこに保管されているのかは謎だが、なぜか感覚的に残量がわかる。そういう生物になってしまったらしい。魔力は、時間経過とともに自然と回復してくれた。どこから補充されているのだろう。
現在の時刻は夜の八時。私のレベルは、七から十九まで急速に上がっていたようだ。クエストの通知で気付いた。
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ゴブリンを卒業しよう!
達成条件 レベル20に到達
報酬 オーク肉
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説明によれば、報酬はモンスターのお肉らしい。食材元に目を瞑れば、今までで一番マシなのではなかろうか。
皮だの眼球だのと罰ゲームみたいなものを食べさせられてきたからね。果物も見た目が最悪だったし。美味しかったのは間違いないけど。
「ミヤッビーーームッ!」
八ヵ所の村を魔石に変えたところで、クエスト達成。さっそくオーク肉を受け取った。
見た目はロースのブロックで、肉質は柔らかい。二キロくらいありそうだ。黒っぽい赤身に、ほどよくサシが入っている。脂身の部分は、なんとエメラルドグリーン!
どこが一番マシなんだよ。期待した私がバカだった。
……食べきれるかな、これ。
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ゴーゴーミヤビ!
達成条件 ポータルをくぐり、第三階層に辿り着く
報酬 始まりのブーツ
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前回と同様に、ここでクエスト発生。はいはい、応援ありがとね。
マップの誘導に従い進んでいくと、草原にぽつんとポータルが浮かんでいた。次はどんな世界が待ち受けているのだろうか。いきなりモンスターが襲い掛かってくるかもしれない。大量に溜まっていたBPを振り分けておく。
「よーしシャマル、ゴーゴー」
「ワフッ」
ポータルをくぐって第三階層に到着した。
彼方まで伸びる無彩色の世界。空には鉛色の雲が立ち込めて、太陽の温もりを妨げている。
生い茂る草木もなければ、生命の気配もない。荒れ果てた大地を吹き抜ける風が、砂煙を巻き上げている。
「
吐く息が白い。このローブの唯一の欠点は、袖も首周りも広いところだろう。身をすくめたところで、その隙間から容赦なく冷気が侵入してくる。気温まで変わるなんて聞いてない。念の為にコートを準備しておこうなんて思考にはならなかった。
クエスト報酬のブーツを受け取る。ベージュ色で、スエードみたいな質感だ。秋らしいデザインだし、普段使いにも良さそう。装備してみると、体の値が五ポイントも増えた。
……ん、コート?
あれ、そういえば。隣を見ると、温かそうな毛皮があった。
「シャマルくん……キミ、良いのを着てるねぇ?」
指をわしゃわしゃと動かしながら、不思議そうに私を見つめるシャマルに、そろりそろりと忍び寄る。
――確保っ!
バッとしゃがんで、シャマルを抱きしめる。そのまま持ち上げれば、犬暖房の一丁上がり。ちょっと浮かせて、お尻の下に手を添える。これでだいぶ持ちやすくなった。
荒野を歩き始めた。
空にも地上にも、魔物の姿は見えない。これまで、クエストを頼りに行動してきた。何か指針があればいいのだが。だんだん不安になってくる。
「グルルル……」
腕の中で、シャマルが唸る。
「どうしたの?」
地面に下ろすと、シャマルの毛が逆立つ。尻尾をぴんと伸ばし、虚空に向かって警戒を示している。感の差だろうか。私には特に違和感がない。
しかし、すぐに鼓膜が小さく震えた。――足音だ。前方から、たくさんの何かが近づいてくる。
私はロングメイスを構えた。いつでも魔法を撃てるよう準備しておく。
やがて、
「人……よね?」
目を凝らせばわかる。縦長に隊列を組んだ騎馬隊だ。甲冑を着た馬に、中世の騎士風の男が乗っている。
イベントが始まったのかもしれない。このまま向かって来るのであれば、敵と定めて戦うとしよう。
足の裏に地響きが伝わる。距離は、もう一キロほどまで詰まっている。まだ……まだ我慢。
隊を率いているのは、青いマントをなびかせた騎士。その人が剣を天高く掲げると、馬がいななく声が響く。騎馬隊は手綱を引いて速度を緩め、ゆっくりと停止した。
おそらく隊長であろう男が馬から下りて、こちらに歩いてくる。戦闘の意思はないとみなし、私も近づいていく。
「そこのお方、さぞや名のある武人とお見受けした! 我らをお助け願いたい!」
よく通る大きな声で、隊長が叫んだ。私に言っていると思われるが、どうやってお見受けしたのだろうか。まあ、そういう設定なんだねと捉えておく。
断ったらどうなるのか気になるが、これより先の階層に進めなくなったら大変だ。素直に力を貸すとしよう。
「大魔法使い――ミヤビ・キムラと申します! ここで会ったのも何かの縁。喜んで助太刀しましょう!」
私が返すと、部隊が「ウオオオ!」と吠えた。よほど嬉しかったんだろうね。肩書を偽ったことに胸が苦しくなる。
隊の中から一人、空の馬を二頭引いて前に出てきた。
「どうぞ、ご武人。お乗りください」
一頭は隊長の馬で、もう一頭は私に……か。
なるほど、日本人のほとんどに乗馬経験がないって知らないんだね。教えてあげた方がよさそうだ。
「あの、乗り方がわかりません」
「どうぞ、ご武人。お乗りください」
これ、ダメなやつだ。
体の値もかなり上がったことだし、馬から振り落とされても死ぬことはないだろう。いくら運動オンチだとて、圧倒的パワーで何とかなるはず。
私は観念して、手綱を掴んで
……で、どうやって走らせたらいいのかな?
「では、参りましょう。城へご案内します」
見よう見真似でやるしかない。騎士が馬の腹を足で叩くと、歩き出した。
――ハイヨー!
私も祈りつつ、
「おっ……」
カッポカッポと動いてくれた。これ、かなり揺れる。みんなどうやって姿勢を保っているのだろう。私の首は、
隊に合流すると、私以外が速度を上げた。ま、まずい。置いて行かれ――
「わわっ!」
気持ちが伝わったのか、ついて行こうと自我を出したのか、私の馬も走ってくれた。ぐんぐん加速していく。
馬が跳ねると私も跳ねる。めっちゃ怖い。こんなにピョンピョンしているのは自分だけだ。
腰を浮かせてみた。いいね、乗れてる気がする。バランスを取るのが難しい。
シャマルは後ろから付いてきている。左右に揺れるお馬さんの尻尾に興味津々で、毛先に手で触れたり噛んでみたりと遊んでいる。お願いだからやめてあげて。
しばらくすると、視界の先に高い壁に囲まれた城が見えた。
周りに街はなく、ただぽつんと荒野に佇んでいた。
速度を落として中に入ると、停止した。全部馬が自動でやってくれたので、最初からこういう仕様だったのかもしれない。城の前の広場に、数千人はいるであろう兵士たちが並んでいた。今にも
隊長がこちらにやってきた。
「これより、オークが攻めてきます。ご武人には、城を落とされないよう協力していただきたい」
「はい、お任せください! 私も皆様と共に戦います。誰一人として、無駄に命を散らすことは許しません!」
どうせ私が了承したらいいだけ。内容なんて関係ないだろうから、ロールプレイを楽しんでおいた。大魔法使いと姫騎士みたいなのが混ざって、キャラがブレブレなのは許してほしい。
隊長は、大勢の兵士たちの前へと歩み出た。
「弓兵は城壁の上から狙撃。歩兵は死んでも敵を城に近づけるな! 我らの意地を見せてやろうではないか。一人につき十人は道連れにしろ! 以上だ!」
ほらね、やっぱり私のセリフなんて無視されてるでしょ。
鼓舞された兵士たちは雄叫びを上げ、ぞろぞろと移動を始めた。
私はどうしようかな。シャマルと一緒に戦うなら、城壁の外に出るべきだろう。でも、魔法を使うなら、上からの方が狙いやすい。悩みどころである。
――ピポッ!
おっと、クエスト発生だ。
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オークを倒せ!
達成条件 オーク0/50の討伐
報酬 オークの顔
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……顔?
えーっと、ふむふむ。調べてみると食材らしい。沖縄名物のチラガーみたいな感じか。もう美味しければ何でもいいや。期待しても無駄だ。
「オークだってさ、シャマル。戦ってみたい?」
「ワフッ!」
希望を聞いてみたところ、彼はやる気らしい。目をキラキラ輝かせて、尻尾をフリフリさせている。今まで私が指示を出して戦闘をお願いしていたけれど、元々好きだったのかな。
私たちは歩兵の後に続く。
「来たぞー!」
「走れ、城に近づかせるな!」
前方から不穏な声がした。
それまで緩やかだった歩幅が、一歩ごとに広くなっていく。城門を出た途端、そこかしこで武具の擦れ合う金属音が鋭くなり、歩行は一気に地を蹴る速足へと変わる。
よし、私たちも……と、走り出そうとしたのだが。視界一杯に広がる恐ろしい光景を前にして、緊急停止を余儀なくされた。
遠方の地平線が、もうもうと巻き上がった砂塵で激しく波打っていた。
「ブゴォオオオオオ!」
「ピギィイイイ!」
薄茶けた嵐のような煙の合間から、時折覗く巨大な影。大地を揺るがす地響きとともに、凶暴さを
数百……いや、千匹はくだらない。あんなものが押し寄せてくるなんて。まだ見えもしないその姿から、ゴブリンなどとは比べ物にならない圧倒的なプレッシャーを感じ取った。
「シャマルきゅん、やっぱり城壁の上に行かないかい?」
「クゥン……」
そんな悲しそうな顔、やめておくれよ。はぁ、やるしかなさそうだ。膝が小刻みにプルプルしているのは、武者震いってやつか。し、死んじまいそうだぜ。
まもなく、部隊が敵とぶつかろうとしている。ようやくオークを視認できた。
革鎧まで身に着けた豚の化け物だ。優に二メートルを超えている背丈。巨漢の力士すら可愛く思えるほどの
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【オーク】
レベル20
【ステータス】
体 68
魔 1
感 43
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さすがに強い。私の魔法は通じるだろうか。
「絶対に無理しないって約束してね?」
「ワンッ!」
シャマルは敵の集団に向かって駆け出した。
「ウオオオオオ!」
「殺せー!」
戦闘が始まった。
数で勝る歩兵は、広く横に展開していた。中央で隊長が檄を飛ばすと、両翼はゆっくり前進していく。地引網のような陣形が完成した。
左右の兵士は見事な力量で、盾と剣を上手く使ってオークの突進をいなし、敵を隊長のもとへと送っていく。そうして囲い込みに成功したところで、城壁から放たれた矢が雨のように降り注ぐ。あちらこちらで光の粒子が発生し始めた。
どうせ作り物だし、兵士ごと
シャマルは、左側の兵士と一緒に戦っている。僕、充実してますって感じの張り切り具合だ。
私は、頭の中でイメージを固めていく。さて、どこに落としてくれようか。ロングメイスを天に突き出し、魔法を放つ。
「コメットスマーーーッシュ!」
空が裂け、灼熱を纏った巨大な隕石が姿を現す。ゴゴゴと大気を切り裂く狂暴な重低音。地上に影を落とす暇すらなく、オークの群れを地面へと縫い留めた。
衝撃波が泥の波のように大地を爆ぜさせる。後には、赤く沸き立つクレーターが誕生していた。
「うわぁ……私、やりすぎちゃった?」
たった一発の魔法が、敵の七割近くをグロウに変えてしまった。自分でやったことなのに、あまりの威力に引いてしまう。
「戦況は決した! 邪悪な豚どもを追い返せー!」
隊長が叫んだ。
不利を悟ったオークは逃げ惑い、兵士たちがその背を討つ。遠くへ、遠くへと押し返していく。これはもう勝ち確だ。
隊長が私の前まで走ってきて、頭を下げた。イベント終了ってことかな。
「窮地をお救いいただきありがとうございます。豚殺しの英雄殿!」
なんと不名誉なあだ名だろうか。
直後――隊長も兵も、城までもが眩い光となり、私の前で収束されていく。そして、ゴブリンのときよりも大きな魔石に変わった。
オークの顔にご対面といこう。完了のボタンを押す。空中から落下してきた、どでかい食材を掴む。
「日サロ行った……?」
骨や肉はすべて削ぎ落とされ、目や口の穴が空いた一枚の平らな皮。艶やかなきつね色の肌に生まれ変わり、独特な燻製香を放っている。けして嫌な臭いではなく、食欲をそそる香りだ。チラガーよりもかなり横幅が広くて分厚い。
オーク肉もそうだけど、さすがの私でも一回では食べきれそうにない。顔は保存が効きそうだから、ゆっくり消費していくとしよう。
「シャマルー、帰るよー!」
荒野を駆け回ってはしゃぐ愛犬を呼ぶ。
もういい時間だ。オークはまとめて大量に狩れるけど、ストーリーが長い。今日はここで帰還した。
*****
小麦粉、卵にパン粉をまぶして、揚げれば――夜食のトンカツだ!
オーク肉を半分ほど使い、
食べやすいように切っていく。サクッと小気味いい音とともに、処理しちゃいけない工業廃水みたいな毒々しい色の脂が溢れてくる。オッケー、ベリーグッド。
「いただいてみましょうかね」
揚げるときにサラダ油を使ったことで、何でもサラダになるという魔法が掛かっている。だから、お皿の上がエメラルドグリーンになっていても気にならない。ヘルシーな証拠だ。
良い肉を使ったトンカツは、良い塩で食べると聞く。ミル付きのヒマラヤ産ピンクソルトを小皿に削り、いざ――
「
一口頬張る。歯が要らないほど柔らかい。ジュワッと濃厚な肉汁と、上質な脂が持つ上品な甘み。少し噛んだだけで、お肉がほどけるように消えてしまった。
あっさりとした塩味だからこそ、口の中で極上のスープが完成するのかもしれない。
「うんま~……見た目と中身のギャップをお楽しみくださいってこと?」
私も冷酷なイケメンが溺愛してくるって設定は好きだしね。なぜそれを食べ物でやられにゃいかんのよって話ですよ、まったく。
さて……と。お塩くん、さようなら。私は貧乏舌なのでね、中濃ソースをびっしゃびしゃにかけさせてもらいます。練りからしも忘れちゃいけない。たっぷり塗って、激うまコンボを完成させた。
「これこれー! やっぱトンカツにはソースでしょ!」
ちょっぴりスパイシーなのが合う。誰が何と言おうと、この組み合わせが最強だ。暴力的なカロリーの味がするけど、これがサラダなんて信じられない。美味すぎる!
好き放題に爆食してから、眠りについたのだった。