Vortex   作:冬の珈琲

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セッション1
いきなり判定失敗て、しゃーない、とりあえずいい感じのセリフ考えて言い訳!(PCの人物像確定)


日常

「おい、そこ! 4つ目の箱の前で何をもたついてる! 次の荷台が待ってるんだ、さっさと運べ!」

 

怒鳴り声で我に返ると、周囲の気配が肌を刺す。

箱の中の遺体には、首元から何かを引きちぎられたような裂傷と、皮膚に奇妙な青白い焼印のような紋様が焼き付けられているのが見えた。

 

遺体の入った木箱は、先ほどコーヴェア大陸から入港したばかりの大型ガレオン船から降ろしたものだ。

波止場には荷運びの人足たちがせわしなく行き交い、十数ヤード先では、この荷物の監督役である太った荷受人が帳簿を片手にこちらへ歩いてきている。

あと数秒ほどでこちらの様子が完全にわかる距離まで来るだろう。

咄嗟に蓋を閉めて、いつものように口を回した。

 

「あぁ、悪いね。すぐ運ぶ。この箱、思ったより重くってさ。

 ちょっと一息入れてたんだ。おまけになんか生臭いし。

 何が入っているんだい? 知ってる?」

 

喋りながら、彼は蓋を撫でるように見せつつ手と指のみを動かして、先程こじ開けて外れた留め金を持ってきていた商売道具(盗賊道具)の針金で、上手く結んでかかっているように見える細工を施そうとした。

 

ストームリーチの泥沼のような路地裏で10年間磨き上げてきたその手腕がちゃんと発揮されれば、

成功しただろうそれは、10年越しの仇の死体(悲願)――その突然の喪失に、どれほど平然を装おうとしても、指先を走るわずかな震えまでは抑えきれなかった。

 

あぁ、ダメだ、と、そう自分でも自覚し、針金を絡めようとした瞬間、金具が小さく「カチリ」と乾いた音を立てて歪み、外れた鍵が不自然な角度でぶら下がる。

咄嗟に誤魔化すという手段が破綻した瞬間だった。

 

しかし、注意を向けるための会話を行うために相手の方を見ていたことで、その反応を読み取ることは出来ていた。

 

「何が入っているんだい?」と口にした瞬間の荷受人の様子は、

丸い目が露骨に泳ぎ、喉仏が激しく上下して、表情が変わっている。

また、首筋には僅かに脂汗が滲み、視線が一瞬だけ波止場の見張り台や周囲の倉庫へと走った。

中身が「まともな品ではない」こと――露見すればただでは済まない危険な代物であることを、

確実に知っているのだろう。

ただ、

 

「……おい」

 

もうその視線は、彼の手を添えている木箱の金具、そして不自然にねじ曲がった鍵へと落ちていた。

声から苛立ちが消え、底冷えするような警戒の色が混じってきている。

荷受人は面倒そうに持っていた帳簿を脇に抱え直すと、太い手が腰に下げられた革張りの警棒へと伸びていつでも抜き放てるような状態だ。

 

既に距離は、わずか5フィートで向かい合っている。

 

「手前のその汚ねえ指、金具で何を弄んでやがった?

 ……まさか、中を覗いたんじゃないだろうな?」

 

抱いた疑惑が確信に変わりつつある視線を受けてなお、

普段と同じ調子で軽口を回していった。

 

「おいおい、どうしたんだよ、物騒だなぁ。

 あぁ、一息ついたせいで鍵が壊れちまったのは謝るよ。

 弁償するさ、いくらだい? なぁに、鍵代くらいの蓄えはあるさ。

 

 というか、やっぱこの箱なんか生臭いな。

 わかった、中身を当ててみせる。

 答えは、どっかから仕入れた魚だろう? イワシとか?

 

 そりゃあ悪いことしたなぁ。

 鍵が壊れた拍子に保存用の魔道具か何かが切れちまったかもしれねぇや。

 はやく運ばないと品物がダメになっちまうから、そりゃアンタも怒るわな。

 重ねて言うよ、悪かった。

 もう動きを止めずにさっさと全部運ぶともさ」

 

そうして軽快な様子で荷運びを再開しようとして、荷受人から声がかかる。

先程よりもその声は低くなっていた。

内心で「まぁ、無理があったよな」という諦めがどこかにあったので、

特に焦りはしなかった。

周囲の荷受人の仲間と思しき者は既にここでのやりとりに異変を感じ取ったのか、徐々に近づいてきている。

 

「おい待てや。てめぇ、それで誤魔化せるとでも思ってんのか。

 魚だと? 蓋が緩んだせいでここまで臭ってくるこの臭いを魚と間違えるわけねぇだろうが。

 事実だとしても運が無かったな、コインロードの元に駆け込まれちゃたまらねぇのよ」

 

彼も流石に知らぬ存ぜぬは通せないと悟ったが、

これまで生きてきた処世術でもって、それでも口と指を回していく。

 

「あぁ……騙そうとして悪かった。

 見たとも。好奇心が抑えられなかったのさ。

 

 まぁ、でもさ、俺だってこんなとこでこんな依頼を受けてるドブネズミだぜ?

 今更、人の死骸くらいでどうもこうもないだろう。

 『おぉロード! 我が忠誠を捧げます!』なんて言いそうな面に見えるかい?

 そんなら俺は今頃コインロードの狗にでもなってるだろうさ!

 

 さっさと船から箱を出して、そんで終わり。

 俺は今見たことを忘れるし、興味もない。

 あんたは運び出す人手を失わずに済むし、小汚い死体の処理もしなくて済む。

 これでいいだろう? ん?」

 

言葉の端々に滑り込ませた、ストームリーチの路地裏だけで通じる独特のイントネーション、指の角度、そして「ドブネズミ」という言葉に乗せた暗号は、裏の世界に生きる者の符牒だ。

それを聞き取った瞬間、男のブタのような細い目がわずかに見開かれ、警棒を握りしめていた太い指の力が緩む。

 

「……ちっ」

 

短く舌打ちし、近づいてきていた仲間だろう水夫に向かって荷受人は乱暴に片手を振って追い払った。

 

「おい、何でもねえ! 持ち場に戻ってクレーンのロープを見てろ!」

 

水夫は怪訝な顔をしながらも、肩をすくめてタラップの方へと戻っていった。

警棒をゆっくりと腰の鞘へ戻しながら、彼を値踏みするようにじろじろと見つめ、

 

「……口の減らねえ小僧だ。だが、その符牒……裏のシマの掟を知らねえわけじゃねえようだな」

 

その表情は依然として険しく、その冷たい豚鼻の奥で何を考えているのか――本当に信じたのか、それとも「ここでは騒ぎを起こさず、後で人目のない場所で消す」腹積もりなのかまでは、読み切ることが出来ないが、今この瞬間については乗り切ったようだった。

 

荷受人は荷台の上に置かれた帳簿を掴むと、荒々しくページをめくり、木箱の側面に貼られた荷札を脂ぎった指で叩いて言った。

 

「いいか、小僧。中身を見たなら話は早え。この荷を運ぶ先は、港の普通の保管庫じゃねえぞ。

 波止場街の南、下水道の排水口近くにある『錆びた錨(アンカー)倉庫』だ。

 あそこの地下室へ直で運び込む。

 ………途中で荷を放り出してトンズラこくか、余計な真似をしてみろ。

 お前のその薄っぺらい皮も剥いで、その箱の中身とお揃いにしてやるからな」

 

示された荷札には、受け取り人の名として「グリム・カーターモン」という殴り書きのサインと、先ほど遺体の皮膚に焼き付けられていたものと酷似した、青白いインクで押された三叉の紋章スタンプが記されている。

彼をこちら側の人間と判断し、下っ端として使うことにしたようだ。

拒否権は、無いも同然だった。

 

「あいあい、ありがとよ、兄弟。 また会えたら今度一杯おごるよ」

 

遺体の入った箱の荷台を受け取って、相も変わらず軽い調子で言葉を返す。

荷受人は「……さっさと行け、ドブネズミ」と吐き捨てるように呟き、彼が荷台の取っ手を握って歩き出すのを、脂ぎった視線で見届け、波止場の雑踏を抜けて、高く積まれた乾物樽の角を曲がると、その視線は完全に無くなっていった。

 

好奇心で余計なことを抱え込んでしまったという後悔することすら億劫で、

ただただ、脳内では行き先へのルートを描く作業に集中していた。

 

 

★   ★   ★

 

 

両親が死んでから、生き延びることに必死だった。

身元もないまま、最初の7年は浮浪児として生きてきた。

自分だけが特別不幸だとは、思わなかった。

 

ストームリーチには元々多くの浮浪児はいたし、

浮浪児同士でグループも作り、日々を何とかして生きていたことは知っていた。

だからそのグループに合流して毎日を必死で生きていた。

 

まともな仕事だけじゃ足りなかった。

だから、盗み、スリ、運び屋紛いの裏の仕事だってしてきたし、新米冒険者や観光客の道案内ついでに持ち物をちょろまかすこともしていた。

7年間もそんなことをして生きられたのは、いつか遂げる復讐があるからだと思っていたが、

今にして思えば、単に運が良かっただけなのだろう。

 

まとまった金が溜まってから3年ほど、冒険者向けの依頼斡旋所へ登録して、そこの依頼をこなしていた。

公式な冒険者なわけでもないため、まともな依頼は回ってこず、冒険者とは名ばかりの雑用や、浮浪児時代から続く裏の運び屋やちょっとした伝言係、汚れた部屋の掃除仕事などして金を貯めていた。

冒険者だった両親への憧れは、きっとその時に枯れ果ててしまった。

 

いつか、いつか必ず、と復讐を遂げるその日を夢に見て、ただ無心で金を貯めていた。

 

 

★   ★   ★

 

 

彼からすれば、衛兵にバレるとまずいブツの運び出しは今までの経験で既に手馴れていると言ってもいい。

荷台の車輪が立てる軋み音を最小限に抑えながら、魚の干物網が垂れ下がる「魚骨小路」の狭い隙間へと滑り込んでいった。

 

ここから繋がる古い水道橋の影はまず目を向けられることはないということを知っている。

そのまま崩れかけた巨石の隙間、そして汚水が流れる暗渠の側道と当たり前のように衛兵の目を抜けて進んで行けば、目的地――錆びた錨倉庫へ荷台と共にあっさりと到着する。

 

波止場街の南端、街の下水が海へと流れ出る巨大な鉄格子の排水口の真横に建つ、

潮風で黒ずんだ二階建ての石造り倉庫。

潮風にさらされた外壁に「錆びた錨」を象った歪な看板がぶら下がり、強風に揺れてギィギィと鈍い音を立てていた。

正面の鉄で補強された頑丈なオーク材の両開き扉に小さな覗き窓(ピープスリット)が設けられており、その上には先ほど荷札に押されていたのと同じ青白い三叉の紋章が、ペンキで雑に殴り書きされ所有者の性格が表れている。

 

扉をたたく前に「グリム・カーターモン」という男のことを思い返した。

ストームリーチの裏の世界で名は知られてる男だった。

血生臭い暗殺や拷問、密輸船の沈没工作など悪い噂は絶えず、ケチな商売人のカーターモン一族の一人としては珍しく、自身の暴力によって多くの仕事をこなしてきている。

そういや噂は聞いても直接関わったことはなかったな、とどうでもいい感想が浮かんでいた。

 

扉を前にして、いつものように持ってきていた自前の背嚢の脇から引き抜いたバールの平らな先端で、扉の鉄帯をリズミカルに叩く。

「カツン、カツカツ、カツン」と響く独特なそれは、ストームリーチの裏社会で仕事を行っていれば自然と覚えていく、「正規ではない荷の搬入」を告げる盗賊の符牒に準じたノックの合図だ。

 

先程の荷受人が騙したことも考えて、罠を警戒して道具で扉を叩いたが、杞憂だったようだ。

バール越しに伝わる感触に異常はなく、毒針の飛び出しや魔導ルーンの放電といった初歩的な接触罠が仕掛けられていなかった。

打音の反響が止むと、扉の向こうで微かに聞こえていた足音がピタリと止まり、

数秒の沈黙ののち、内側で重い鉄のかんぬきが擦れる「ガチャン」という鈍い音が響いた。

扉を見れば、ちょうど目の高さ程にある小さな覗き窓(ピープスリット)の鉄板が勢いよくスライドし、こちらを誰かが見つめていることに気が付いた。

 

スリットの狭い隙間から覗いたのは、額から鼻先にかけて深い刀傷が刻まれた、無精髭の男の顔だ。

血走った瞳の視線は、まず手元のバールを、次いで荷台の上の木箱へと移っていく。

スリットの奥からは、むせ返るような強烈な防腐処理の薬品臭と、それを覆い隠しきれない血の臭気が風に乗って吹き抜けてきていた。

 

「……符牒は合ってる。だが、その面(ツラ)は見ねえな」

 

低い、嗄れた声には薄い警戒が滲んでいたが、彼の身なりと薄汚れた風体を見て、ひとまずは同業(こちら側)の使い走りだと判断したようだった。

 

「誰の差し金だ。……波止場のブタ((あの荷受人))からか? 

 それとも、カニス氏族の使いかなんかか?」

 

男がそう問いかける背後、薄暗い倉庫の奥で、カンテラの明かりに照らされた巨大な人影が動くのが見えた。

並みの人間よりも頭二つ分は大きい、分厚い革のエプロンをつけた筋骨隆々の大男がおそらく、噂に聞くグリム・カーターモン本人なのだろう。

グリムは作業台のような場所で何か肉厚なものを切り分ける鈍い作業音を響かせている。

少なくとも、こちらについて聞いていない様子から、荷受人から騙されて殺されると言ったことは無さそうだった。

何も知らない下っ端(事実そうだが)、という体で問いへ答えた。

 

「あー、波止場の荷受人から言われてね、なんでも報酬上乗せしてもらえるってんで、

 そっから直で運んできたのさ。

 これでも、俺はここ(ストームリーチ)で長く生きてきたんで、

 なにやら急いでるようだったから俺にお鉢が回ってきたんだよ。

 まぁ、ブタさんよりは早かっただろう?」

 

「……チッ、あのブタめ、自分で運ぶ手間をケチって路地裏のガキを使い走りに仕立てたか」

 

スリットの向こうの男は低く毒づき、警戒をわずかに緩めた様子を見せた。

その後、鎖が外されるジャラリとした金属音に続き、重いかんぬきが完全に引き抜かれてオーク材の頑丈な扉が軋みながら内側へと開かれていく。

中に入れということだろう。

 

倉庫の内部は、外の光がほとんど届かない冷え切った薄暗がりだった。

床はぬめりを帯びた石畳で、鼻を突くのは強烈な防腐用アルコールの刺激臭と、それを塗り潰すような生々しい血の匂い。

壁際には鎖や滑車、正体不明の大きなガラス瓶や錬金薬の樽が雑然と積み上げられている。

そして部屋の中央、吊り下げられたランタンの真下に、巨大な木製の解体作業台が据えられていた。

 

台の向こうに立っていたのは、先ほどわずかに見えた大男――グリム・カーターモン。

頭髪を剃り上げた筋骨隆々の巨躯に、黒ずんだ分厚い革エプロンをかけており、

その手には、人の骨ごと叩き割るための肉厚なナタ(クリーヴァー)が握られている。

男は解体作業の手を止め、獣のように濁った灰色の瞳をゆっくりと彼と、そして荷台の木箱へと向けて声をかけてきた。

 

「遅かったな」

 

床を震わせるような重低音に、それだけで今の自分では何をしても敵わないだろうということを悟る。

グリムの言葉に、扉を開けた見張りの男が顎で作業台の脇を指し示した。

 

「おい、その木箱を作業台の横の鉄板の上に降ろせ。

 ……降ろしたら、手間賃の銀貨を投げてやる。さっさと済ませて表へ失せな」

 

見張りの男はそう言いながら、扉を背にして腕を組み、運搬を見張っている。

そう見張らなくても逃げやしないさ、と内心だけでつぶやいて、木箱を抱えなおした。

一方のグリムは、ナタを作業台の木肌に深く突き立てると、無言で木箱の引き渡しを待つ構えをとっている。

隠すこともせず、力を誇示しているのだろう巨大な腕の皮膚には、死体にあったものと同じ青白い三叉の紋様が、刺青のようにくっきりと刻まれていた。

 

指示通りに作業台へ運んで箱を降ろしながら、彼はなぜかいつも通りに回る口を自分でも不思議に思いながら話しだした。

 

「あぁ、変に怪しまれて殺されちゃごめんなんで言っときますがね、旦那。

 この箱と鍵、造りがやわなんで荷台に積んだ時ちょっと鍵が歪んじまってるんだよ。

 底も滲んできてるから、置いたら汚れるけど、構わないかい?

 あぁ、勿論、波止場の監督もそのことは知ってるし、だから俺に頼んだんだろうぜ」

 

彼の発したちょっとした保身の言葉に、グリムは濁った目を細め、鼻から重い息を吐き捨てる。

藪蛇だったか、と一瞬考えるも、しかしどうやら違ったようで、

 

「……あの脂ブタめ。相変わらず雑な運び方をしやがる。中身が少しでも傷んでみろ、次はあいつの脂身を削って油樽に詰めてやる」

 

疑念を抱くどころか、「あの無能な荷受人が、また雑に荷を扱って下請けに押し付けた」と完全に思い込んだ様子だった。

信用ねぇのな、と脳裏に荷受人の汗まみれでふとっちょな姿がよぎった。

 

グリムの視線が木箱から外れ、作業台の横に敷かれた分厚い鉄板を顎でしゃくる。

示された通りに木箱を降ろすと、底の湿り気を含んだ木材がズズ……と鈍い音を立てて鉄板の上に収まりまった。

赤黒い液体がわずかに鉄の表面へ滲み出しているが、当のグリムは気にした風もなく、台に突き刺さっていたナタを音を立てて引き抜いている。

 

背後の見張りの男が小袋から銀貨を2枚つまみ出し、そのまま足元の石畳へ向けて放り投げてきた。

カラン、と澄んだ金属音が薄暗い倉庫に響く。

 

「ほらよ、銀貨2枚だ。使い走りにしちゃ上等だろ。

 ……用が済んだらさっさと消えな。ここから先は小僧が見ていい作業じゃねえぞ」

 

見張りの男は扉を半分開けた状態で、外へ出ていくように促している。

彼が出ていくことを待つこともなく、グリムは木箱の前に屈み込み、来る前に彼がわざわざ針金で仮留めしていた鍵を太い指で乱暴に引きちぎり、木の蓋を強引に音を立ててこじ開けていった。

冷たい薬品の匂いと腐敗臭が吹き上がる中、グリムは死体の凍りついた顔を見下ろし、低く嗤った。

 

「……へっ、待ちかねたぜ、裏切り者め。カニスのクソ共からくすねた“鍵”をどこへ隠したか……

 バラされた肉片を一つずつ焼き直せば、骨の髄からでも吐き出してくれるだろうよ」

 

見張りの冷たい視線と、遺体を漁り始める逆らってはいけない相手(グリム)。

このまま全て忘れてこの場から去ればいいと理性が言うが、口から言葉が自然に吐き出されていた。

 

「あぁ、あのさ、駄賃ついでに一つだけ教えてほしい。

『ソレ』って旦那が殺したの? あと、あー、どうやって死んだのかも、教えてほしい…な」

 

自分でも余り出した記憶がないような、懇願のような声音になっていた。

 

「あァ……? てめえ、何をごちゃごちゃ聞いてやが――」

 

背後で、見張りの男の空気が一変したことを感じる。

見張りが舌打ちと共に腰の棍棒を引き抜き、あなたを背後から打ち据えようと一歩踏み出した瞬間。

 

「待て」

 

低く地を這うようなグリムの制止が、薄暗い倉庫に響き渡りった。

見張りの足がその一声でピタリと止まる。

 

作業台の前で死体を物色していた巨漢が、ギシギシと音を立ててゆっくりと立ち上がった。

黒く染まったエプロンは、近くで見れば返り血なのだろうとわかった。

右手にぶら下げた巨大なナタの切っ先を石畳に擦らせながら向き直り、

濁った灰色の瞳が細められ、こちらを見る。

 

「……俺が殺したか、だと?」

 

喉の奥を鳴らし、嘲りを含んだ低い嗤い声だった。

 

「残念ながら、俺の手にかかる前に、コーヴェアからの船の中で綺麗にバラされちまってたのさ。

 ……カニス氏族の特級暗殺者、“鋼のハウンド”の仕業だ。

 骨の関節を一つ残らず狂いなく切り離す、あの連中独特の悪趣味な手口だわな」

 

グリムはなんてことないように淡々と死因を告げると、ずしりと重い足取りで一歩、問うてきた彼へと間合いを詰めてくる。

近付くことで更に強く感じる防腐剤と血の臭い。

その巨体から放たれる圧倒的な威圧感は、それまでの彼であれば怯えが心を満たしただろう。

けれど、彼はもうそんなものは感じられなくなっていた。

 

「だがな、小僧。

 ……なぜ波止場のただの使い走りが、この男の死に様をそこまで必死に知りたがる?

 

 ただの物好きのガキの目じゃねえ。……手前、この男を知っているな?

 あの男が10年前にストームリーチで何を掠め取り、誰を殺し、どこへ逃げたのか。

 答え次第じゃ、その銀貨を腹の中に突っ込んだまま、同じ箱に詰められることになるぜ」

 

込められた殺意は本物で、見張りが扉の前に立ち塞がり、逃げ道も塞がっている。

答えによっては本当に容赦なく殺されるのだろうと理解しながら、それでも

 

「ははっ! ははは! あっはっは! そうか、そうかぃ、そりゃ、ひっでぇ死に様だなぁ!

 かはっ。あっは、ひぃっ…あぁ、教えてくれてありがとう!」

 

彼は胸の内に湧いてくる笑いを抑えられなかった。

そして感情のままに言葉を吐き出していくことを止められない。

 

「なぁに、昔、ソレにちょいと親を殺されててね。

 いっちょ復讐でもしてやろうかとずっと思ってたんだけど、

 その様だったんで10年分の肩透かしをくらっただけさ!

 関節からバーラバラかぁ、そういうやり方は思いつかなかったなぁ!

 いやぁ、本職の人はさすがだねぇ! くくっ、ははは!」

 

倉庫の冷え切った空気の中に、甲高い笑い声が反響する。

10年越しの復讐対象が「すでにバラバラにされた死体」という形で呆気なく無くなっていた虚脱感と共に去来する、今までのその決意はなんだったのかという自分へ向けた嘲笑だった。

背後の見張りの男は眉をひそめて「頭のイカれたガキか……?」と気味悪そうに半歩退いていた。

ひぃ、ひぃと笑いを抑え込んだ後、直後にやってきた猛烈な虚無感を受け止めながら、グリムへの問いへの返答を作る。

 

「あー、まぁ、10年前のただの無力な被害者のガキだっただけだよ、俺は。

 ソレが誰を殺したか、と言われれば、親だとしか言えないし、

 何を掠め取ったか、と言われても、まぁ知らないよ、それどころじゃなかったからさ。

 

 これでいいかい?

 なら俺はもう聞きたい事もなくなったし、用も済んだから帰るけど」

 

突然笑い出し、そのまま急に我に返ったように答えたこちらの奇行を、グリムはただ黙って見つめていた。

返事がすぐには返ってこなかったため、そのまま背を向けて扉へ向かおうとした瞬間――ガアン!と鈍い衝撃音が頭上で鳴り響き、その足を止めた。

遅れて見張りの男が差し出した革張りの棍棒が、扉の隙間に叩きつけて、逃げ道を塞いでいる。

 

「……誰が出ていっていいと言った?」

 

背後から、低く粘りつくような不快な声が降ってきた。

床に擦れるナタの刃先が立てる、金属音。

ゆっくりと振り返ると、グリムはナタを肩に担ぎ、口の端を醜く歪めて三日月の形に笑っていた。

 

「芝居が下手クソだな、小僧。……親を目の前で殺されたガキが、奪われた『ブツ』の名前も知らねえはずがねえだろうが」

 

そのままグリムは薄暗い倉庫の天井を仰ぎ、何か記憶を手繰り寄せるように目を細め、

 

「10年前……ゼンドリックの古代遺跡から、血のように赤い結晶

 ――『異端のシャード』を持ち帰った直後に皆殺しにされた冒険者夫婦の噂。

 あの当時は裏社会でもずいぶんと騒がれたもんだぜ。

 ……そうか、手前、あの夫婦んとこのガキか」

 

グリムの灰色の瞳が、再びギラリとあなたを捉えていた。

 

「カニス氏族が船ごとこの男をバラしてまで探していた“ブツ”……それがそのシャードだ。

 だが、この男の胃袋にも、切り刻まれた肉の隙間にも、そんな石ころはどこにも入っちゃいねえ。

 ……このカスは殺される前に、ストームリーチのどこかへブツを隠したか、

 あるいは最初から手放していたってことだ」

 

一歩、また一歩と詰められる間合いと共にその巨体から漂う血と薬品の匂いが強くなる。

 

「なあ、小僧。手前のその薄汚れたポケットの中に、死んだ両親が遺した手がかりや、石のありかを示す何かは入ってねえだろうな?

 ……素直に話すなら、親の仇の首くらいはくれてやる。

 だが、まだとぼける気なら――手前を吊るして、その胃袋を切り裂いて確かめるしかなくなるぜ」

 

その死と隣り合わせの問いかけを聞きながら、虚無感を抱えながら彼は当時の記憶に浸っていた。

 

 

★   ★   ★

 

 

いつの間にか色褪せてきていた、けれど忘れることは出来ない記憶だった。

 

「不味いことになったかもしれない」「えぇ、情報の回り方が余りにも早すぎるわ、誰かが私達を売ったわね」「くそっ!持ち帰らなければよかったか?」「でも、置いておくにしても危険すぎたでしょう?」「あぁ、こんな貧乏くじを引かされるなんて!」

 

その夜、両親はいつにもまして焦った様子で話をしていた。

当時の幼かった彼は、何か大事な話をしてるんだろうな、程度の認識で両親がその日の遺跡探索で持ち帰ってきた綺麗な赤い石を眺めていた。

やがて会話がひと段落したのか、2人は「出かけてくるから、ちょっとだけここで待っててね」「誰が家に来ても返事しなくていいからな」といって、彼を自室へと押しやった。

 

その直後だ。

あの男がやって来て、「石は渡す」と懇願する両親の言葉に一切反応を示さず、2人の首を跳ねた。

そうして、首のない遺体となった両親を足で汚そうによけながら、テーブルに置かれていた赤い石を手に取ってニヤつきながら去っていった。

家族構成などは把握していなかったのだろう。子供がいることなど気にすることもないようだった。

幼い彼はどうすることも出来ず、目の前の現実を目に映すだけで精一杯で、声を出すことすらも出来なかった。

感情が漏れ出したのはしばらく後で、号泣しながら、絶対に忘れてやるものかと男の顔を記憶に刻んだ。

 

 

★   ★   ★

 

 

今はもう無意味となったその記憶から満ちていた感情は消え去ってしまった。

だから、驚くほどに冷静に、事実のみを語る。

 

「本当に、無いよ。 あんたが求めるような情報は。

 ただ、あの時のことは忘れたことが無いから断言する。

 俺の親を殺したソイツが赤い石、あんたの言う『異端のシャード』とやらを持って出ていった姿はハッキリと覚えてる。

 ま、そんだけさ。 その後ソレの死体から出てこないってんなら、本当に何も知らないさ」

 

 そう言って、そのまま自らが続けた言葉に彼自身も少し驚いた。

 

「なんなら、探すのを手伝ってもいい」

 

グリムは無言のまま、獲物をじっくりと値踏みするように見下ろしている。

やがて、その醜い口元が下品に歪み、喉の奥から乾いた嘲笑が漏れ出した。

 

「はっ。……『探すのを手伝ってもいい』だと?」

 

そのまま肩を揺らして笑いながら、担いでいた巨大なナタをドスッと重い音を立てて解体台に突き立てた。

 

「片腹痛え。路地裏のドブネズミが一匹、このグリム・カーターモンに対等面して商談を持ちかけてんじゃねえぞ、あぁ?

……だが、手前のそのツラを見てりゃ、本当に石のありかを知らねえことだけは確かだな」

 

彼の話したことに裏がないと悟ったのか、グリムは首の骨をゴキリと鳴らし、台の上に広げられた死体の懐から、血と防腐剤でひどく汚れた小さな真鍮の鍵と、千切れた羊皮紙の切れ端を無造作につまみ上げて彼に投げて寄越した。

硬い石畳に鍵が落ち、乾いた金属音を奏でる。

 

「手伝うと言ったな、小僧。なら、その減らねえ口通りに動いてもらおうか。

 その男がコーヴェア大陸から船に乗る前、波止場のどこかへ立ち寄った形跡がある。

 この鍵はその時に預けたロッカーか、あるいは私書箱のものだ。

 ……手前のような街のネズミなら、この鍵がどこの鍵屋の細工か、どの界隈の鍵穴に刺さるかくらい、臭いで嗅ぎ分けられるだろうが」

 

グリムは作業台に両手をつき、前傾姿勢になってこちらを睨みつけて、話を続ける。

 

「日が暮れるまでに、その鍵の先にある『男の遺留品』をここに持ってこい。……その中にシャードの手がかりがあればよし。

 もし手ぶらで戻るか、街の抜け道を使ってトンズラここうとしてみろ。

 

 ストームリーチの裏社会全部に手前の手配書を回す。

 それだけじゃねえ――街に入り込んでいるカニス氏族の暗殺者どもに『10年前の生き残りがあの石のありかを知っている』と耳打ちしてやる。

 あの連中に狙われれば、手前も数時間後にはこの木箱の中身とお揃いだ」

 

滅茶苦茶な要求だった。

見張りがゆっくりと棍棒を下ろし、外へ通じる扉をわずかに開ける。

外から、波の音と下水の濁流の轟音が流れ込んでくる。

 

「行ってブツを嗅ぎ回ってこい、小僧。……時間は日没までだ」

 

彼は話を聞きながら、しかし、内心ではグリムへの恐怖を抱くことすらせずに、先ほど零れた自分の言葉の意味を理解しようとしていた。

探し物を手伝う? なぜ?

復讐はもう知らぬ間に終わって、いや、終わることすらさせてくれずに消えてしまった。

そんなことして何の意味が…。

そう考えて、やっと自分がなぜあんなことを言ったのか理解した。

そして、足元に転がる鍵と紙片を拾いながら声を出していた。

 

「ならさ、遺留品を持ってきたら、探し物を手伝わせてくれない?

 赤い石、『異端のシャード』っての何なのか知りたい。

 あぁ、それで俺は何をしたいとかないし、旦那がそれを手に入れたい理由もどうでもいいし、

 好きにすればいいと思う。

 どんな代物のせいで俺の親は死んだのか、ただ俺は、納得したいみたいなんだ」

 

転がる手掛かりを拾う背中に帰ってきたのは冷笑だった。

 

「……『納得したい』だと? へっ、虫唾が走るぜ」

 

グリムはナタの平で作業台を軽く叩き、吐き捨てるように言う。

対等な協力者として認める気など毛頭ない、底辺の使い走りを見下す目。

 

「親が死んだ理由に納得したいだの、甘ったれたガキの泣き言に付き合う義理はねえ。

 ……だが、手前が本当にその遺留品を持って戻ってきたなら、せいぜいその石の正体くらいは拝ませてやるよ。手前が犬みてえに尻尾を振って役に立つ間だけはな」

 

グリムはそれ以上彼に視線すら向けず、作業台の死体へと向かっていった。

解体台の木肌を抉るようなナタの切っ先が、死体の首元の筋組織へと向けられ、硬い肉を抉る音が鳴る。

見張りの男が鼻を鳴らし、扉を完全に外側へと押し開けて、拾い終わった彼に向けて同じような冷笑を向けて言った。

 

「ほらよ、話はおしまいだ。さっさと失せな、ドブネズミ」

 

追い立てられるように倉庫の外へ足を踏み出して、そのまま背後で重いオーク材の扉が閉じられ、内側からかんぬきが掛けられる重苦しい音が響く。

 

一人、寄越された仇の男の遺留品を手に倉庫の前に立ち尽くして、

彼は天を仰いで手で目を覆った。

 

「ははっ、納得だって? あぁ、確かに、虫唾が走るな」

 

そんなこと、本当はもうどうでもよくなっていると、自分でも気付いているのに。

空虚な隙間を埋めるためだけの、薄い関心に従って、彼は手掛かりを見直した。

 




PCの背景とOPだけ作ってAIGMにぶち込んだら予測不能な物語になって帰ってきたでござるの巻
ペテン判定外しすぎて、開き直って結果なんざどうにでもなれ~ってベラ回ししてる。
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