Vortex   作:冬の珈琲

5 / 5
文体が安定していないかも。
こっちのが書きやすかったので、次からこれがベースになる可能性高。


歩出

すっかりと日が沈み、倉庫の天窓から差し込む光は完全に失われ、ストームリーチの空にはゼンドリックの夜空特有の青白く輝く環(リング・オブ・シベリス)が弧を描いている。

 

目を覚まして真っ先に感じたのは鉄臭さ(血の匂い)だった。

解体台の周囲に広がる乾いた血の匂いと、時折すきま風が揺らす壊れた扉の軋み音をBGMにゆっくりと伸びをした後、彼は立ち上がった。

荷運びの依頼から命懸けの逃走劇での疲労は既になく、むしろその経験を通したことで、心身共に気力に満ち溢れている。

流石にもうカニス氏族内で情報共有はされてるだろうな、身体の動きを確認しながら、思考を巡らせる。

 

酒場で見たのは戦闘用機械犬(ウォーフォージド・ハウンド)だろ。

あんなもん白昼堂々引き連れて、周りの連中も無視して殺しにくるなんざイカれたやつは南派閥(カニス・サウス)の特務部隊かなんかだろうな。

日誌によりゃ、この石は微弱な魔力を放ってるらしいし、逃げ回っててもそのうち見付かって捕まっちまうか……。

でもなぁ、日誌に書いてあった魔力を遮断するような入れ物用意するのもな。

連中からすりゃ、こっちの行動を考えれば真っ先に隠すための入れ物を欲しがることくらい予測できるし、入手出来そうな場所を張るはず……。

そっち行くのは悪手かね。

幸い微弱ってことだし、距離が離れてりゃある程度問題ない、か。

なんにせよ、まずは状況を知らにゃな。

 

と、そこまで考えて、

 

「つっても、さすがにこのまま出歩くのは舐めすぎだよなぁ」

 

今の自分の姿を思い出して倉庫から出ていこうとした足を踏みとどめた。

カニス氏族で酒場の件が共有されているなら、服装や身体つき、シルヴィアから貰った外套で少しは隠してはいたが、顔も割れている可能性は充分にある。

今のまま出ていくことはほとんど見付けてくださいと言っているようなものだろう。

ゆえに、カンテラに薄く火を灯し、倉庫内で何か使えるものはないかと探し始めた。

 

「はいはい、ちょいとどいてくださいね~旦那」

 

グリムなどの邪魔なもの(死体)を足で除けながら物色していくと、おあつらえ向きの密輸品を偽装するための染料を発見する。

カニス側での情報が『灰色の外套の人物』として伝わっているならば、これで染色を行えば少しは誤魔化せるかもしれない。

まぁ、やらないよりは幾分マシかね、と彼は黒い塗料を溶かし始める。

 

「ん~ん~♪。 あぁ、そうだ、ガキ共、ちゃんと場所変えてんのか?」

 

鼻歌交じりに雑に外套を染め上げながら、浮浪児達のことを思い出す。

ちょうど情報収集したかったということもあり、とりあえず彼らの様子を見に行って話を聞いてみるか、と考えながら外套を染料の中に沈めていった。

 

 

★   ★   ★

 

 

塗装を終え、灰色から雑な黒色となった外套を羽織り、グリムの遺体の懐から奪った懐中時計の蓋を弾き開けると、時刻は夜の9時を回ったところだった。

 

――たしか、廃寺院に行くって言ってやがったっけな……。

 

脳裏に別れ際の少年の言葉を思い起こしながら、ゆっくりと倉庫の扉を開けた。

周囲は恐ろしく静かで、まだカニスの追っ手には場所が割り出されていないと確信する。

一度探した場所でもあるため、後回しになっているのだろう。

満点の夜空の下で、歩き出しながら今後の予定をぼんやりと考えていく。

 

このまま一人でやっていくにしても状況が悪すぎた。

既にストームリーチ内にいることはカニス側も把握しており、単独で街を出る経路はほとんど抑えられている可能性が高い。

のこのこ他都市への渡航や転移のドラゴンマーク氏族の元へ顔を出せばそのままあっけなく捕まってしまう。

底辺の冒険者の真似事をしていただけの自分と、専門のカニス氏族の追手なら、見つかった時点で逃げられるかどうかすら運になる。

酒場でのアレはほぼ奇跡のようなもので、完全に向こうの虚を突いたからの成功だった。

見合った状態であればこちらの放った矢など苦も無く躱される程度には練度に差がある。

 

――とりあえず、協力者……せめて第三勢力の介入でもっと混乱すればチャンスはあるか?

 

と、思ったよりも考えに集中していたのか、思考を巡らせるうちに、足は自然と港を見下ろす高台、古代ジャイアントの巨石が崩れ落ちた廃寺院の影へと辿り着いていた。

すぐには入らず、外から少し様子を伺えば、崩れた祭壇の地下室へ通じる瓦礫の奥から、数人の子供たちの押し殺した話し声と、安堵したような寝息が漏れ聞こえてくる。

しかし、寺院の入り口付近の乾いた砂の上には、子供たちの小さな足跡だけでなく、つい先ほど誰かが立ち寄ったような、大人の新しい革靴の痕跡が薄く残っている。

 

――連中か? いや、だとしたらもうちょい騒がしいか、悲惨な状態になっているはず……誰だ?

 

警戒しながら瓦礫の隙間から中を窺うと、焚き火の微かな明かりの下で、昼間の少年が落ち着かない様子で膝を抱えて座っていた。

ひとまずは無事なようだ。

他の子の落ち着いた様子などを見るに、潜伏者もおそらくいないと考えてよさそうだった。

姿を出して軽い調子で声をかける。

 

「よぉ後輩! ちゃんと別の場所に行ってたんだな。

 昼間はありがとな、おかげで色々助かったよ。

 あー、で、またちょいと手伝って欲しくてきたんだが、なんかあったか? 

 どうしたよ、ん? 先達として話くらいは聞いてやるよ。

 ほれ、話してみ?」

 

「うわっ!? ……に、兄ちゃん!?」

 

緊張をほぐす意味を込めて、努めて明るく話しかけたが、突然すぎたようで、

少年は心臓が飛び跳ねたように飛び起き、周りの子が起き出さないよう、慌てて口を押さえている。

昼間は着ていなかった外套に一瞬目を白黒させたものの、奥で毛布にくるまる子供たちが寝返りを打ったのを確認し、少年は焚き火の前に膝を突いて小声で捲し立ててきた。

 

「な、なんだよ急に影から湧いて出てくんなよ! 肝が冷えたじゃねえか……!

 でも無事だったんだな。昼間の波止場、とんでもねえことになってたぞ!」

 

少年は興奮と警戒が入り混じった顔で、誰かにとにかく話したかったのか、こちらが聞くまでもなく、早口に街の状況を語り出した。

 

 

★   ★   ★

 

 

「あぁ、ちゃんと酒場は消火されたのか。

 いやぁ、よかったよかった。成り行きで火を点けちまったとはいえ、全焼になってたら流石に申し訳なく思ったとこだったよ。

 

 で、裏通りじゃぁ『灰色の外套を着た凄腕がカニスの暗殺部隊を返り討ちにし、重要機密を奪って消えた』っつー噂と、グリムの旦那がいなくなってその縄張りが空白地になった混乱、ねぇ。

 ははっ。思ったより笑える状態になってんな」

 

状況的にはほぼ想定していたが、やはりもう情報は流れて行っているようだ。

『灰色の外套』ということから、シルヴィアとの入れ替わりも上手くいったようで、彼女はおそらくこちらよりは余程マシな状態で街から脱出出来るだろう。

 

「笑い事じゃないよ!

 今まで寝床にしてた場所、全部危ない状態になったんだぞ!

 兄ちゃんが酒場入ってった場所だし、追われてるの兄ちゃんだろ!?

 これ以上手伝いなんてしたらこっちも危なくなるし、もう二度とごめんだからな!

 それに、それどころか……」

 

話を聞いた後にけらけらと軽く笑った彼に、少年は巻き込まれたことに憤りを見せた後、急にバツが悪そうに視線を落とし、上着のポケットからぎこちなく手を引き抜いた。

小さな手のひらには、焚き火の光を鈍く跳ね返す真新しい黄金の硬貨が握りしめられている。

 

「兄ちゃんがここに来る30分くらい前、高そうな服を着た、葉巻を吸うオッサンがふらっとここに来たんだ。

『昼間、ロブスター亭のロッカーを嗅ぎ回っていた小僧だな?』って聞かれて、心臓が止まるかと思ったよ……。でも、噂になってたカニス氏族の人じゃなかったみたい。

 ニヤニヤ笑いながらカニスの連中を馬鹿にしてたし」

 

それから、と続けて、少年は懐から四つ折りにされた小さな厚手の紙片を取り出し、差し出してきた。

 

「そのオッサン、俺に金貨を握らせてこう言ったんだ。『あの酒場でカニス・サウスの鼻を明かし、石を掠め取った粋なドブネズミがここへ戻ってきたら、これを渡せ』ってさ。……兄ちゃん、マズイんじゃないの……?」

 

先程ほどはこちらに怒っていたくせに、元浮浪児同士の情でも湧いてしまったのか、心配そうに見てくる少年から紙片を受け取った。

上質な羊皮紙に洗練された筆跡の時点で、生きる世界が違うことを感じながら内容を読んでいく、

 

 

カニス・ウェストの猟犬どもの鼻面を焼いた無鉄砲な友へ。

君が抱え込んだ“熱すぎるジャガイモ”は、一人で喰うには少々胃が破裂する代物だ。

我々なら、その重荷を莫大な黄金に変えることも、追っ手を遮断してシャーンへ送り届ける船を用意することもできる。

興味があるなら、今夜24時、波止場第4桟橋の貨物船『海蛇号』へ。

――黄金同盟(オーラム)カッパー・コンコードの友人より

 

 

手紙の最後には、黄金の指輪を象った見覚えのある印章が押されていた。

オーラム(The Aurum)――表では富豪や権力者の歴史的な遺物や芸術を鑑賞・研究する社交クラブを謳っているが、裏では貪欲に己の権力拡大に向けた非合法な手段を平気で行っている。

ストームリーチの冒険者へ、裏の依頼掲示板の中にも、裏に彼らがいるものも珍しいものでもなかった。

 

――流石に情報が早いな…。オーラムのお偉いさんが直々にお出ましとはね。補足されるのも時間の問題、か。どうするかねぇ。

 

現在の時刻は夜の10時前。指定された24時まで、あと約2時間ほど猶予はあった。

ひとまず、こちらに不安げな視線を向けてくる少年には明るく礼を言う。

 

「はは、なんだ、心配してくれてたのか?

 いや、巻き込まれたらどうしようって感じかね?

 まぁ、安心しな。ってか、この紙でもうこっちの助けて欲しかったことは無くなっちまったよ。

 

 むしろよかったじゃねぇか、そんな大金もらってよ。

 俺も最近気づいたんだが、人生ってのはおおいに愉しむもんみたいだぞ。

 その金で今を楽しんで生きてけよ!

 またな!もうガキはちゃんと寝とけよ!」

 

少年の呆気にとられた視線を背に、返事を待つこともなく、その場からすぐさま廃寺院からは去り、再び夜の帳へと身を浸す。

懐の『真紅の原初の核』を手に取り、「お前、マジで今んとこ見た目だけなのにいろんなとこから大人気だな」と笑いながら声をかけた。

 

 

★   ★   ★

 

 

――オーラムの連中が自分から絡んで来たのは運が良かったな。いや、むしろ10年もあの男が逃げ延びてこられたのは裏で色んな連中が足の引っ張り合いをしてたからじゃねぇの?

 

人目を避けつつ、かと言って大っぴらに裏通りを通ることも避けて更に思考を重ねていく。

約束の船に行くのはいい。しかし流石に何の準備もなく向かうには面白みがなさすぎる。

かなり不利な立場ではあるが、これは交渉だ。

手札1枚支払ってそれでおしまいとする気には、今の自分ではもうなれなかった。

かと言って今のところ自分には核を保有している以外は無く、さてどうするかと、考えながらぼんやりと過ぎていく景色を眺めていく。

あのがめついカストン警備隊長を誑し込んでコインロードにでも今のゴタゴタをチクってみるか?

いや、それは自分もタダでは済まされないだろう。下手したら処分されかねない。

ふらふらと歩きつつ、魚臭い波止場街を超えて、一段高台にある「クロスロード地区」の歓楽街まで来ていた。

 

――あぁ、そういや、この辺にあの先生の店があったな。

 

潮風の代わりに香水と上質なタバコ、香辛料の匂いが漂うこの歓楽街の景色を眺めていると、近場のある場所を思い出す。

モルグレイヴ大学の教授でありながら、ストームリーチで遺物買い付け屋を営んでいる『ドクター・キリアン』。

非合法・禁制品の遺物を大金に変えてくれる人物との噂を知っていた。

そして、ふと、ちょっとした策を思い付き、自然と口元が歪んだ。

 

 

★   ★   ★

 

 

時刻は午後22時。

「クロスロード地区」にあるサロン兼宿『金孔雀亭』。

2階奥の『孔雀の間』が、『ドクター・キリアン』が裏で買い付け屋をしている場所だ。

周囲に目がないことを確認した後、躊躇うことなくノック代わりに、鍵穴へピックを差し込んで、カチャリと軽く音を立ててからドアノブを回すと、部屋の奥から「誰だ!」と嗄れた声が響いてきた。

 

揚々と中に入ると、部屋の中は、書物の山と古代の石板の拓本、真鍮製の拡大鏡や天秤が乱雑に散らばる異様な空間になっている。

中には禁制品と思しき物も存在しており、少しでもその知識があるものがこの部屋に入れば即座に通報されかねない。

 

そんな部屋のデスクの前に立っていたのは、縮れ毛の白髪に片眼鏡(モノクル)を光らせた初老の男、モルグレイヴ大学の買い付け屋、ドクター・キリアンその人だ。

その手には護身用の小型クロスボウが握られていましたが、彼の姿を見るとゆっくりと銃口を下げた。

 

「……裏通りのネズミか。ドアを叩く礼儀も知らんとはな。

 だが、昼間のロブスター亭の火事と、カニス・ウェストの暗殺部隊が鼻血を流して撤退したという噂を聞いたばかりだ。

 こんな夜更けに、手ぶらで私の部屋に忍び込んできたわけではあるまい?」

 

――あぁ、やっぱもう、裏じゃ情報はほぼ回っちまってんね。

 

そのキリアンの言葉から、外套の情報だけでなく素性も既に割れている可能性が高かった。

歓楽街でのんびり歩いていた際に見付からなかったのはかなり運が良かったらしい。

キリアンは片眼鏡を指先で押し上げ、値踏みするようにこちらの懐、微かに外套を押し上げる革袋の輪郭を睨みつけている。

おいおい、欲望が隠しきれてねぇぞ、と考えながら、口を開けた。

 

「夜分遅くに申し訳ない、先生。

 まぁ、こっちも時間がないし、既に色々ご存知なようなんで、端折って言わせていただきますとですね。

 ア(・)ン(・)タ(・)の(・)知(・)識(・)を(・)貸(・)し(・)て(・)ほ(・)し(・)い(・)、(・)代(・)わ(・)り(・)に(・)ア(・)ン(・)タ(・)の(・)研(・)究(・)に(・)協(・)力(・)す(・)る(・)」

 

言葉を投げかけ、「さて、どうでる?」と様子を伺えば、キリアンは眉間に深いシワを刻み悩んでいる。

 

「……ほう。単なる金目当ての押し売りではなく、『知識の取引』と来たか」

 

キリアンは小型クロスボウをデスクの引き出しに乱暴に突っ込むと、背もたれの高い椅子に深く腰を下ろし、両手の指先を顔の前で組んだ。

少なくとも害するようなことはしないということは察したようだ。

 

「昼間、カニス・サウスの猟犬どもが血眼になって嗅ぎ回っていたのは、“ゼンドリックの古代の遺物”であるという噂は私の耳にも届いている。

 やつらが条約違反の機械犬を放ってまで回収したかったということは、単なる金銀財宝や装飾品の類ではない。彼らの技術基盤である『動動力』『機関』に直結するものだ。

だが……」

 

キリアンは生徒に講義するような語り口で話し、一度間をおいてデスクのカップを手に取り、中のもの(おそらく珈琲か何かだろう)を飲んだ後、言葉を続けた。

 

「仮にそれが『古代巨人の動力炉のコア』のようなものだったとしよう。

 モルグレイヴ大学……いや、この私からすれば、喉から手が出るほど研究してみたい垂涎の品だ。

 しかし、カニス・サウスの暗殺部隊を怒らせ、グリムの波止場を血の海に変えたような『呪われた火種』を、こんな夜更けに持ち込まれて、『はいそうですか』と私のサロンの金庫に収められるほど、私は狂った研究者ではないつもりだがね」

 

そう言い切った後、キリアンは初めてこちらの顔をまともに見た。

あまりにも無茶苦茶で、上辺だけの言葉に吹き出しそうになっているこちらの顔を。

 

――無理すんなよ、アンタ、本当はもうわかってんだろ?

 

密輸品の売買を単なる金銭目的で行う人物が、なぜ部屋の中に記録用と思しき資料が散らかっている?

シャーンの大学を出て、自由に研究出来る立場を持ちながら、なぜ禁制品の遺物なんかに手を出した?

噂で聞いた、大金はたいて購入した密輸品で利益を得ているのなら、なぜまだこんな場所に住んでいるのか。

 

もしかしたらと思っていた。

部屋に入って可能性が高まった。

そして話が終わるまで、その片眼鏡(モノクル)でこちらの懐をずっと見ていたことで、確信した。

ゆえに、彼は意地っ張りな子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「いいや、アンタは充分狂った研究者さ。

 こっちじゃアンタをただのケチな密輸人(ブローカー)だなんだ言われちゃいるが、

 そうじゃないだろう?

 

 そもそも、だ。

 わざわざ危ない橋渡って禁制品なんかに手を出さなくとも、

 お偉い大学出てんなら十分生きていけるだろう。

 単なる知識欲なら、ほどほどに満たして生きてけるだろうさ。

 

 でもアンタはそうじゃない。

 ただの密輸人の部屋がなんで商品で埋もれてるんだい?

 表に出れば吊るされて、裏じゃヘマしたら死んだらマシな目にあう。

 えぇ? おい。この無法地帯の、この場所にいるアンタが狂った研究者じゃなけりゃなんなんだ?

 

 そんなアンタが、コレを目の前にして、本当に我慢できるって?」

 

懐から革袋を取り出し、その口を緩めた瞬間、狭い『孔雀の間』の空気が一変する。

 

ドクン――。

 

『真紅の原初の核』(クリムゾン・プライマリー・コア)の重低音の脈動と共に、赤黒い燐光が部屋中の古文書や拡大鏡を血の色に染め上げた。

散らばる硝子器具が微かに共鳴してチリチリと震え、部屋の隅のランプの火が石の光に呼応するように激しく揺らめきだす。

キリアンは、もうこちらの顔など見ていなかった。

 

「なぁ、先生。

 ちょうどいいじゃないか。

 

 俺はただこの見てくれだけの『石ころちゃん』が、実際なんなのか知りたい。

 アンタも、名前や噂でしか、知らないんだろう?

 コレ使って何が出来るのか、ドブネズミじゃぁ、研究用のマウスにゃ不足ですかね? ん?」

 

その言葉は、果たして最後まで届いていたのだろうか。

 

 

★   ★   ★

 

 

キリアンは息を呑み、デスクに両手をついて前のめりになっていた。

しきりに片眼鏡のピントを合わせ、濁った瞳孔は見開き、目の前で脈打つ真紅の石に釘付けになっている。

片眼鏡はおそらく、鑑定の魔道具なのだろうと、薄々察していた。

 

「……狂った研究者、か」

 

そうして乾いた唇から漏れ出たのは、自嘲と、抑えきれない歓喜が混ざり合った掠れ声。

一瞬の間をおいて、

 

「フッ……ククッ、ハハハ! 痛快だな、ドブネズミ。表向きの学長連中の顔色を窺い、安全な書斎で小奇麗な論文を書いて満足できるなら、誰が好き好んでこんな呪われた大陸の掃き溜めへ来るものか!

 そうだ、私はこれを見るために、これに触れるためにここにいるのだ……!」

 

狂ったような哄笑の後、老齢とは思えぬ素早さで引き出しから厚手の革手袋と真鍮のピンセットを取り出し、石には触れず、数インチの距離から狂ったように観察を開始する。

おいおい、いきなりかよ、と呆れを含んだ目で見ていると、キリアンはうわ言のようにブツブツと呟きだしていた。

 

「これは……噂通りだ。『生きた炎の心臓(プライマル・ファイア・コア)』。

 四万年前、ゼンドリックを支配していた古代巨人が、火のエレメンタル界『ファーニア(Fernia)』の純粋な原動力を無理やり結晶へ封じ込めた永久機関の断片だ。

 カニス・サウスが血眼になるのも当然よ。奴らはトロンホールド条約で禁じられた『創造の炉(ウォーフォージドの製造プラント)』をどこかで再稼働させようとしている。

 この核が一つあれば、巨大兵器や軍団の動力源を無限に賄えるからな」

 

そして、突然バッと顔を上げると、機敏な動きでそのまま部屋の書棚から一冊の分厚い古文書を引っ張り出し、走り書きの図面をこちらへ見せつけてきた。

 

「で、お前のような生身の人間がこれを持って『何ができるか』だったな?

 結論から言えば、そのまま素手で使えば灰になるか、精神を焼かれて狂う。

 だが、正しい“媒介(フォーカス)”を通せば話は別だ。

 あぁ、何がどこまで出来るのかなんて聞いてくれるなよ!

 それを知りたいからこそ研究しているのだから!

 

 だが、そのためには『研究用の魔力を安定して引き出すための制御器(ハーネス)』が必要だ。

 私の工房設備と、シャーンのモルグレイヴ本部に残してきた古代巨人の触媒鉱石があれば、それを組み上げることができる」

 

そしてまた突然バッと古文書から顔を上げ、血走った目で見据えてくる。

こちらが少し引いているのも構わず、キリアンはそのまま畳み掛けるように話し出した。

 

「取引だ、坊や。今夜、石を私に売り渡せとは言わん。お前がそれを身につけたまま『被検体』として生き延びろ。

 私の推薦状と、大学が手配する『正規の学術調査船の密室特等席』を一週間後の便で用意してやる。

 カニスも手を出せん安全な船でシャーンへ渡り、私の研究室へ来い。そこでその石の力を引き出す制御器をお前の肉体に合わせて作ってやる。……どうだ?」

 

――はっ、アンタ、完全に狂った研究者そのものだろうがよ

 

 

★   ★   ★

 

 

話がまとまった後、部屋を出ようとして、気になることを思い出し、キリアンへと質問を投げかけた。

 

「なぁ、先生、気になってたんだが、こいつにゃ意思とかそういうのでもあんのかい?

 どう使うもんなのかこっちは知りもしないが、とりあえず莫大なエネルギー?に肉体が耐えきれなくて灰になる、ってのは理屈としちゃわかるがよ。

 なんで精神までが焼かれちまうんだ?

 前に持ってたやつの記録を見たんだが、そいつも長い間持ってる間におかしくなっちまってやがった。

 

 まぁ、こちとら学がないもんでよ、休憩中に興味本位で指でつついてみたりしてたんだが、まーこれがなんも起きねぇし、特に俺になんかあるわけでもねぇしさ。

 正直、俺の中ではいまだにこいつは綺麗な石ころちゃんって感じなんだがね」

 

男の日誌を投げ渡し、本当になんでもないような調子で問いかければ、キリアンは持っていた真鍮のピンセットを床に落としかけ、慌ててデスクに手を突くような動きをしていた。

 

「指で……突っついただと……!? 貴様、竜の尻尾を毛抜きで引っこ抜くような真似を平然と……!」

 

その片眼鏡の奥の目が、正真正銘の「正気を疑う目」でこちらを凝視してくる。

あんたにそんな目で見られてもな、と思っていると、キリアンは額に滲んだ冷や汗を乱暴に袖で拭うと、呆れ果てたように深い溜息をつき、彼なりの答えを話し出した。

 

「……まず、意思があるかという問いだが。人間のような『自我』や『知性』はない。

 だがな、これは火のエレメンタル界『ファーニア』の心臓を抉り取って固めた結晶だ。

 エレメンタル界の本質とは何か知っているか? 『純粋な原初の衝動』だ。

 すべてを呑み込み、焼き尽くし、広がり続けようとする、底なしの“飢え”と“破壊の奔流”そのものだよ」

 

そう言って、キリアンは古文書の挿絵――炎に巻かれてのたうち回る古代エルフのスケッチをトントンと指先で叩く。

 

「肉体が灰になるのは、その膨大な熱量を肉体(器)が受け止めきれんからだ。

 そして精神が焼かれる理由……それは、石が『触れる者の感情を燃料にして燃え広がる』からだ」

 

そして、パラパラと渡した男の日誌を読んだ後にデスクに身を乗り出して続けた。

 

「この十年間逃げ回っていたあの男の手記を読んだのだろう? 男は常に『カニスへの恐怖』と『石を奪われる猜疑心』に苛まれていたはずだ。

 ファーニアの炎にとって、恐怖や執着、怯えといった濁った感情は最高の発火剤だ。

 男が石を抱え込むたび、石はその恐怖を煽り、増幅させ、悪夢を見せ、内側から正気をじわじわと炭化させていったのだよ」

 

そこでキリアンは話を止め、『真紅の原初の核』(クリムゾン・プライマリー・コア)に向けたものと同じ目で、こちらを見ていた。

 

「……そして、なぜお前が無事なのか、だ。

 お前、その石を前にして『恐れ』を感じたか? 『絶対に手放したくない』と震えながら抱え込んだか? してないだろう。

 経緯はどうあれ、当初は『ただの綺麗な石ころ』と舐めてかかり、あまつさえ今私がした話を聞いてなおコレに価値も恐怖も感じず、石ころ呼ばわりしている」

 

どうかしている、と首を振った後、引きつった笑みを漏らして続けた。

 

「石にとって、お前のその感情は、燃料として燃やすにはあまりに性質(タチ)が悪すぎるのだ。

 恐れを知らぬ者に、恐怖の幻覚は見せられん。お前のその異常な高揚感と生の躍動が、ファーニアの荒れ狂う火の波長と、奇跡的にも……あるいは悪魔的にも、ぶつかり合わずに噛み合ってしまっているのだよ、おそらくな。

もっとも、本格的に魔力を引き出す回路を繋げば、その太い神経ごと焼き切られるかもしれんが」

 

キリアンは語り終えた後、渡した男の日誌へもう一度目を向けていた。

貴重な実体験に基づく研究資料にでもしたいのだろう。

 

「はーん、純粋な原初の衝動だなんだの言って、嫌いな食べ物あんのかよ。

 本当に『石ころちゃん』って感じだな」

 

彼がそれを横目で見ながら、ふーん、と、とりあえず気になったので聞いた答えが聞けた程度の感想を抱いた時、古びた置時計がボーンと重い鐘の音を一つ鳴らし、時刻が23時を回ったことを告げた。

 

「……長話が過ぎたな。オーラムか、コインロードか、どこへ売り込みに行くのかは知らんが、その石を連れ回すならせいぜいその『ふざけた度胸』を保ち続けることだ。

 私の提案は生きているぞ。シャーンへ逃げ延びる気になったら、いつでもこの部屋へ戻ってこい」

 

キリアンはそう言ってデスクの椅子へ腰を戻し、何かまだ用があるのか?と視線で聞いてくる。

男の日誌の回収はもういいだろうとそのままキリアンがまた別の古文書を引っ張り出して付け合わせていく様子を見ながら、諦めた。

オーラムとの密会は24時にあちらの保有する『海蛇号』とやらの船の上だ。

キリアンの元に来る前に思い付いた策を実行する時間を考えれば、そろそろ向かわないと間に合わないかもしれない。

 

「まぁ、ありがとな、先生。 生きてたらまた会いに来るさ。

 死んだ時は……ははっ! 破れかぶれにこの「石ころちゃん」でも相手に投げつけて、

街ごと吹っ飛ばしちまうのも悪くないかもな!

 そん時はあの世で一杯おごるよ!」

 

その言葉に思わず顔を見上げ、青ざめて口をあんぐりと開けるキリアンをチラリと見て、笑いながら部屋から出ていった。




物語にするためにセッション見直すと結構整合性おかしかったりしたので、再構成というかもうプロット以下の何かになってる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。