2018年5月15日。
ナギサシティ、cutie project事務所前。
今日は、ルシアが旅に出る日。
事務所の入り口には、ルシア、ユイ、そしてユナの3人が集まっていた。
リンの姿はなかった。
結局、見送りには来なかった。
それでもルシアは前を向いていた。
肩にはヒコザル。
背中には小さな荷物。
旅に持っていくものはそれだけだった。
今日から、ポケモントレーナーとしての旅が始まる。
ルシアにとって、今日が始まりの日だった。
♢♢♢
事務所の前には、大勢のマスコミが押し寄せている。
当然といえば当然だった。
シンオウ地方を代表する人気アイドルグループ「Stella」。
そのメンバーが、突然活動を休止して旅に出る。
Stellaはどうなるのか。
リンやユナは?
これからグループはどう活動していくのか。
あまりにもわからないことが多かった。
『ユイさん!ルシアさんはおられますか!?』
『これからのStellaはどうなるんですか!?』
『コメントをお願いします!』
次々と飛んでくる質問。
マスコミたちは声を張り上げながら、事務所の入り口へ押し寄せていた。
ユイの足元では、イーブイがマスコミに向かって身を構え、威嚇している。
ユイ「……少しうるさいわね。」
低い声が響いた。
その声に、ルシアとユナが揃ってユイへ顔を向けた。
ユイはマスコミたちを見据えていた。
2人は思わず言葉を失った。
……怒ってる。
少なくとも、ルシアもユナも、ユイがこんな顔をしているところを見たことがなかった。
♢♢♢
事務所の扉が開く。
姿を現したユイの手には、モンスターボールが握られていた。
マスコミたちの視線が、一斉にユイへ向けられる。
『ユイさん!ルシアさんの活動休止について一言お願いします!』
『Stellaの今後について、何か発表はありますか!?』
『ルシアさんは本当にポケモントレーナーになるんですか!?』
次々と浴びせられる質問に、ユイは小さく息を吐いた。
手にしていたボールを放る。
光が弾け、ユイの隣に美しいジャローダが姿を現した。
ルシアの瞳が大きくなる。
初めて見た。
ユイがポケモンを出すところなんて。
ましてや、ポケモンバトルをするところなんて、一度も見たことがなかった。
ルシアの前で、ユイの声が静かに響いた。
ユイ「ジャローダ。リーフストーム。」
一切の躊躇もなかった。
ジャローダが技を放つと、その前方で草木を巻き込んだ激しい嵐が巻き起こった。
渦を巻く風がマスコミたちの間を吹き抜け、記者たちの帽子が次々と飛ばされていく。
もちろん、威力は加減されていた。
それでも、その場にいたマスコミたちは嵐の勢いに押され、道を空けるしかなかった。
圧倒的だった。
やがて風が収まると、先ほどまで人で埋め尽くされていた場所に、ぽっかりと道ができていた。
ルシアとユナ。
2人が通るための道だった。
ルシアとユナは絶句したまま、一歩目を踏み出す。
先ほどまでマスコミで埋め尽くされていた道をゆっくりと歩いていく。
ルシアは一度、足を止めて振り向いた。
視線の先にはジャローダの隣に立つユイの姿があった。
ユイはルシアと目が合うと小さく笑う。
ユイ「やれるだけやってきなさい。」
ユイ「私たちはここにいるから。」
それだけだった。
ユイにとってこれはお別れではない。
ルシアはこれから旅に出る。
挑戦して、現実を知って、そして帰ってくる。
満足するまで挑戦すればいい。
まだ17歳なんだから。
若いからこそできることだってある。
旅に出て、いろんなものを見て。
そこで得たものを、今度はアイドルとして生かしてくれればいい。
ユイはジャローダの隣でもう一度小さく微笑んだ。
ルシアとヒコザルは振り向いて笑った。
いつも通りの、太陽のような笑顔。
ルシア「行ってきます!」
明るい声が事務所の前に響いた。
それだけ言うとルシアは前を向いた。
肩にはヒコザル。
そして、隣にはユナ。
目指すのはカントー地方。
ユナはナギサ駅まで、ルシアを見送ることになっていた。
ルシアは背中の荷物を背負い直すと、ユナと並んで歩き始める。
2人はゆっくりとナギサ駅へ向かっていった。
♢♢♢
2人は222番道路を歩いていた。
ナギサシティから続く、見慣れた道。
ルシアとユナは、並んで一歩ずつ歩いていく。
道沿いの電柱にはムックルの群れが止まり、海岸ではフローゼルたちが楽しそうに戯れていた。
いつもと変わらない、穏やかな景色。
ユナはふと海岸へ目を向けた。
波が寄せる砂浜をぼんやりと見つめる。
222番道路の海岸。
そこはユナにとって、思い出の場所だった。
2年ほど前のことだった。
パルデア地方のテーブルシティから引っ越してきたばかりのユナにとって、ナギサシティはあまり居心地のいい場所ではなかった。
もともと内向的な性格。
友達だって簡単にはできない。
漫画を読んだり、海を眺めたり、そんなふうに過ごすことが多かった。
ユナの友達は、生まれた時からずっとそばにいてくれたシャワーズくらいだった。
そんなユナに何度も話しかけてくれたのがルシアだった。
最初はなかなかうまく話せなかった。
でも、ルシアは何度も声をかけてくれた。
そうして一緒に過ごすうちに、ユナも少しずつ心を開いていった。
Stellaに誘ってくれたのもルシアだった。
ルシア「一緒にアイドルやろうよ!」
この砂浜で見た、ルシアの笑顔は今でも鮮明に思い出せる。
突然の誘いにユナはしばらく迷った。
ダンスも歌もやったことなんてない。
人前に出ることすら考えたことがなかった。
自分がアイドルになるなんて、想像もできなかった。
でも、結局ユナはルシアの手を取った。
ルシアのことが好きだったから。
ルシアと一緒なら、なんでもできそうな気がした。
ユナは誰よりもルシアを愛していた。
♢♢♢
ルシアは隣で、楽しそうにこれからの旅について話していた。
カントーに着いたら、まずはジムに挑戦すること。
ヒコザルが進化したらどんな姿になるのか、これからどんな技を使えるようになるのか。
肩に乗ったヒコザルも、ルシアの話を楽しそうに聞いていた。
ユナはそんな話に耳を傾けながら、ルシアの顔を見つめた。
本当に楽しそうだった。
目が輝いていた。
これから始まる旅が待ちきれないみたいだった。
ちょっと、羨ましかった。
多分、ルシアは私の気持ちなんてわからない。
当たり前だと思う。
私だって、何も言ってないから。
別に怒ってるわけじゃない。
Stellaの活動が止まったって、それはそれでいい。
そもそも、私はそこまでアイドルに思い入れがあるわけじゃなかった。
ルシアが誘ってくれたから始めた。
本当にそれだけだったから。
でも。
……ルシアがいないと寂しいよ。
ユナはその気持ちを胸の奥にしまい込んだ。
寂しい。
でも、ルシアには夢を叶えてほしい。
どっちも本当だった。
だから何も言わなかった。
ただ隣を歩きながら、楽しそうに話すルシアの声に耳を傾け続けた。