歩いているうちに、2人はナギサ駅のホームへ辿り着いた。
時刻は12時を少し過ぎた頃。
頭上から降り注ぐ太陽の光が2人を眩しく照らす。
小さな駅の屋根は日差しを遮りきれず、ホームには明るい光が差し込んでいる。
ルシアとヒコザルは、並んで線路の先を楽しそうに眺めていた。
その横顔を見た瞬間、ユナは思わず息を呑んだ。
何度も見てきたはずだった。
一緒に過ごして、一緒に笑って。
ずっとそばで見てきた、見慣れた横顔。
それなのに。
太陽の光を浴びながら、楽しそうに線路を見つめるルシアが。
今はどうしようもなく美しく見えた。
ユナ「……本当に行っちゃうの?」
そこまで言って、私は慌てて口を押さえた。
……あ。
違う。
そんなこと、言いたかったわけじゃない。
でも、気づいたら口から出ていた。
やっぱり、寂しくてたまらなかった。
ルシア「うん。行ってくる!」
明るい声が返ってきた。
その声を聞いて、私は少し安心したのかもしれない。
私が何を言ったって、ルシアの行動を縛ることなんてできない。
でも、それがルシアだから。
私はそんなルシアが好きだった。
だから、それでよかった。
ルシア「……でもね。」
まだ続きがあった。
ルシア「帰ってくるから。セナを倒して。」
ルシア「だからそこで待ってて。」
そこまで言うとルシアは私に向かって笑った。
眩しい太陽の光の下で、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
私が大好きな、太陽のようなルシアだった。
♢♢♢
電車がゆっくりとホームに滑り込んできた。
ルシアとヒコザルは、迷うことなく車内へ足を踏み入れた。
私はその後ろ姿を、ちゃんと目に焼き付けた。
目の前でドアが閉まる。
ガラスの向こうで、ルシアがもう一度こちらを向いた。
そして笑った。
私も笑った。
今できる精一杯の笑顔を向けた。
……いってらっしゃい。
閉まった扉の向こうへ小さく言葉を送った。
多分、ルシアには聞こえていなかったと思う。
でも、それでよかった。
だって声が震えてたから。
ちゃんと届いたのかもわからない「いってらっしゃい」。
それから、多分少し引き攣っていた笑顔。
結局、私がルシアに届けられたのはそれだけだった。
♢♢♢
電車がゆっくりと遠ざかっていく。
私はホームに立ったまま、ずっとその姿を見つめていた。
やがて、電車が見えなくなった。
その時だった。
突然、ボールが開いた。
光の中からシャワーズが飛び出す。
静かに着地すると、私の隣に並んだ。
そして、私を見上げて小さく鳴いた。
ユナ「……大丈夫だよ。」
私はシャワーズに笑いかけた。
私はルシアを応援する。
そう決めたんだから。
それに、ルシアはちゃんと返してくれた。
帰ってくるって。
セナさんを倒して帰ってくる。
だから待っててって。
あれがルシアなりの、精一杯の優しさだったんだと思う。
私はちゃんと受け取った。
だから、今度は私の番。
ルシアが帰ってくる場所を守りたい。
あの子が笑って戻ってこられるように。
今のStellaを、ちゃんと残しておきたい。
私はぎゅっと拳を握った。
私が、ルシアのためにStellaを守る。
♢♢♢
ユナとシャワーズはゆっくりと歩き出した。
さっきまではルシアと2人で歩いていた道。
今は、隣にシャワーズがいる。
ただそれだけの違いだった。
いつもと変わらない道、見慣れた景色。
それなのに。
なんだかとんでもなく寂しかった。
ユナは俯きかけた顔を上げ、前を向いた。
……私が守る。
私がStellaを守る。
ルシアのために。
私が。
私が。
私が。
私が。
隣を歩くシャワーズと一緒に、涙を堪えながら事務所へ向かって歩き続けた。
♢♢♢
カントー地方へ向かう電車の中。
ルシアとヒコザルは、並んでスマホの画面を覗き込んでいた。
ルシア「……トキワシティだって!」
楽しそうな声を上げるルシアに、ヒコザルも顔を近づけてスマホを覗き込む。
2人が降りるのは、カントー地方のトキワシティだった。
ルシアはこれまでシンオウ地方を出たことがない。
カントー地方がどんな場所なのかも、ほとんど知らない。
見たことのない街並み。
出会ったことのないポケモンたち。
これからそんな世界が待っている。
ルシアはスマホを見つめながら、嬉しそうに笑った。
自分の知らない世界へ飛び込んでいく。
それが、どうしようもなく楽しみだった。
その時だった。
ルシアが膝の上に置いていた鞄が、突然ゴソゴソと音を立てる。
隣にいたヒコザルも驚いて飛び上がった。
ルシア「……え?」
ゴソゴソ。
鞄の中から、また音がした。
ルシアもヒコザルも、じっと鞄を見つめる。
すると、突然鞄が開いた。
中から黒い物体が勢いよく飛び出した。
そして。
ぽすん。
ルシアの頭の上に収まった。
ルシア「……。」
ルシアは固まったまま、恐る恐る頭へ手を伸ばした。
そっと触れてみると、指先に柔らかい感触が伝わってきた。
何かが頭の上に乗っている。
……ポケモンだった。
♢♢♢
ルシアは頭の上にいるポケモンを両手で掴むと、ゆっくりと目の前に持ってきた。
ムックルだった。
視線がぶつかる。
ムックルが小さく鳴いた。
ルシア「……。」
ルシアは何も言わず、ムックルと見つめ合った。
隣ではヒコザルも目を細めている。
ルシアとムックル、そしてヒコザル。
3人の間に、なんとも奇妙な空気が流れていた。
ヒコザルは肩の力を抜くと、ルシアに寄りかかった。
どうやら、危険ではないと判断したらしい。
ルシアはスマホを取り出し、目の前のポケモンについて調べ始めた。
ムックル。
カントー地方には生息していないポケモンだった。
おそらく、シンオウ地方でルシアの鞄に紛れ込んでいたのだろう。
ルシア「ほら。」
ルシアはムックルから手を離した。
しかし、ムックルは動かない。
数秒の沈黙。
やがてムックルは翼を広げ、電車の中で飛び上がった。
そして。
ぽすん。
再びルシアの頭の上に収まった。
ルシア「困ったなぁ。」
ルシアは頭の上のムックルに目を向けようとしながら、小さく笑う。
ポケモンに気に入られた時、どうすればいいのかな。
そんなこと、多分どこにも書いてない。
ゲットすればいい。
一瞬そう思った。
でも、違う。
私はセナに勝つために旅立った。
これからの旅は、多分とっても厳しい。
痛いことも、辛いこともあると思う。
楽しいことばっかりじゃない。
この子は、ただ私のことを気に入ってくれただけ。
それだけでついてきてくれたポケモンを、簡単に巻き込んでいいのかな。
ルシアはムックルを頭に乗せたまま、しばらく頭を悩ませていた。
悩んでいる間も電車は止まらない。
ムックルは相変わらず頭の上に乗ったまま。
窓の向こうには、カントー地方の景色が見え始めていた。
ルシアは小さく息を吐いた。
悩んでいても答えは出ない。
だったら、しばらく頭に乗せておけばいい。
それでもついてきてくれるなら。
一緒に戦えるなら。
その時は一緒に行けばいい。
ゲットは保留。
ルシア「ムックル?」
頭の上のムックルが、ルシアを見下ろした。
ルシア「一緒に行くの?」
ムックルは元気よく鳴いた。
当たり前だ。
まるでそう言っているみたいだった。
ルシアはさらに困ってしまった。
でも、とりあえず保留。
その結論は変わらない。
ルシア「じゃあとりあえず一緒に行こっか。」
ルシア「ゲットは保留ね。」
ムックルは小さく鳴いた。
ちゃんと伝わっているのかはわからない。
でも言うだけは言った。
電車がホームへ滑り込む。
ルシアは荷物を持って立ち上がった。
ルシア、ヒコザル、そしてムックル。
とりあえず、3人の旅が始まろうとしていた。
♢♢♢
ルシアはトキワシティに降り立った。
ルシア「んー!!!!」
両腕を上げ、思い切り体を伸ばす。
長い間電車に揺られて凝り固まっていた体が、少しずつほぐれていく。
肩のヒコザルも真似するように腕を伸ばし、頭の上のムックルも大きく翼を広げた。
ルシアはスマホを取り出し、トキワシティについて検索し始めた。
まずはジム戦。
いきなり挑戦するつもりはなかった。
でも、どんなバトルをするのか一度見てみたかった。
何しろ、猶予は半年しかない。
のんびりしていたら、8個のバッジなんて集められない。
ルシア「トキワシティのジムリーダーは……グリーンって人。」
そこまで調べたところで、ルシアの顔から血の気が引いた。
元カントーチャンピオン。
PWC2016、優勝。
2008年、当時10歳でロケット団を2人で壊滅。
ルシア「……。」
絶句した。
無理だ。
今すぐは無理。
ルシアはヒコザルとムックルを見た。
……絶対無理。
ここは最後だ。
そう決めると、ルシアは何も見なかったことにして、そっとサイトを閉じた。
♢♢♢
ルシアはスマホでタウンマップを開いた。
トキワシティから一番近いのは、ニビシティ。
ジムリーダーはタケシ。
初心者のトレーナーが多く挑戦するジムらしい。
トキワシティからまっすぐ北へ進み、トキワの森を抜ける。
その先にニビシティがある。
そこまでわかれば十分だった。
ルシアはスマホをしまうと歩き出す。
向かう先は、トキワの森。
強くなって、セナに勝つ。
その目標だけは、もう決まっていた。
ルシアは、これから知っていく。
ポケモンバトルの難しさも。
ポケモンと共に戦う楽しさも。
全部、全部、これからだった。
♢♢♢
ルシアはトキワの森に足を踏み入れた。
ここは、ニビシティを目指す旅のトレーナーたちも通る場所らしい。
森の中なのに、道はきちんと整備されていた。
ルシアはその道に沿って、ゆっくりと歩いていく。
周囲には背の高い木々が生い茂り、枝葉の隙間から柔らかな日差しが差し込んでいた。
ビードル、キャタピー、コラッタ、そしてピカチュウ。
シンオウ地方では、ましてや街中ではなかなか見られないポケモンたちが、広大な自然の中で暮らしていた。
♢♢♢
その時だった。
ルシアの目の前を、ピカチュウの群れが横切った。
5匹、6匹。
次から次へと、たくさんのピカチュウが道を駆け抜けていく。
ルシア「……すごぉ。」
思わず声が漏れた。
ピカチュウ。
シンオウ地方では滅多に見られないポケモンだった。
それなのにグッズはたくさん売られていて、人気も高い。
ルシアももちろん知っていたけれど、実物を見るのは初めてだった。
隣のヒコザルも目を大きく見開き、走っていくピカチュウたちを眺めていた。
ピカチュウたちが次々と走り抜けていく。
最後尾。
1匹のピカチュウが、突然つまずいた。
足がもつれ、そのまま地面をコロコロと転がっていく。
ルシア「大丈夫!?」
ルシアは思わず駆け寄ろうと、一歩を踏み出す。
けれど、ピカチュウはすぐに立ち上がった。
先を走る仲間たちに遅れないよう、慌てて駆け出していく。
ルシアはその姿を見送った。
なんとなくあのピカチュウのことが頭から離れなかった。
♢♢♢
しばらく進んでからのことだった。
森の中にいる野生ポケモンたちの空気が変わった。
ビードルやコラッタたち。
さっきまでは当たり前のように過ごしていたポケモンたちがルシアたちへ視線を向けた。
木々の間や草むらから、何匹ものポケモンがこちらを見つめている。
どうやら、この辺りは野生ポケモンたちの巣になっているらしい。
でも、ルシアたちも引けない。
ここを通らないと、ニビシティには辿り着けない。
ルシアは拳をぎゅっと握ると小さく笑った。
やっとだった。
初めてのバトル。
ルシアとヒコザル、そしてムックル。
3人のバトルが始まろうとしていた。
♢♢♢
ルシアは大きく息を吸った。
目の前にはコラッタがいる。
ヒコザルが使える技は、旅に出ると決めてから何度も調べてきた。
Stellaのステージで使った技だってある。
今まではファンのみんなを魅了するために使っていた。
でもこれからは違う。
戦うために使う。
ルシア「ヒコザル!かえんぐるま!」
ヒコザルの体が炎に包まれた。
鮮やかな赤い炎。
そのまま地面を蹴ると、目の前のコラッタへ勢いよく突っ込んでいく。
Stellaの太陽。
太陽を冠した赤い炎がコラッタを捉えた。
コラッタが勢いよく吹き飛ぶ。
トキワの森の大地を何度も跳ね、地面を転がっていく。
その瞬間だった。
周囲のコラッタたちの視線が、一斉にルシアたちへ向けられる。
自分たちの仲間が攻撃されたのだから、当然だった。
数匹のコラッタの群れ。
正面にルシアとヒコザル。
頭の上にはムックル。
互いに向かい合ったまま、森の中に緊張した空気が流れた。