コラッタたちが一斉に踏み込む。
ルシア「ヒコザル!ひっかく!」
ヒコザルもすぐに向き直り、迫ってくるコラッタへ爪を振るった。
ルシアとヒコザルは強かった。
それでも一度に数匹を相手にするのは難しい。
正面のコラッタに攻撃している間に別のコラッタが背後へ回り込んでいた。
たいあたり。
ヒコザルの背中を捉える。
勢いよく押し出されたヒコザルは、体勢を崩して地面に倒れ込んだ。
ルシア「ヒコザル!」
トキワの森に、ルシアの声が響く。
その時だった。
ルシアの頭の上からムックルが降り立つ。
ムックルはルシアとヒコザルの前に立った。
そして、大きく翼を広げる。
コラッタたちに向かって力いっぱい鳴いた。
ルシア「……戦ってくれるの?」
ムックルは振り向くと、もう一度大きく鳴いた。
その横では、倒れていたヒコザルも体を起こし、立ち上がっていた。
ルシア「……よし。」
ルシアはスマホを取り出した。
急いでムックルの技を調べると、小さく息を吐いた。
そして顔を上げる。
ルシア「いこ!ムックル!」
ムックルとヒコザルが、強く大地を踏み締めた。
ルシア「ムックル!たいあたり!」
ムックルが地面を蹴ると、目の前のコラッタへ勢いよく飛び込んだ。
ルシア「ヒコザル!かえんぐるま!」
ヒコザルも炎を纏う。
そして、コラッタたちへ突っ込んでいく。
ヒコザルもムックルも、精一杯戦った。
何匹ものコラッタを相手に、爪を振るい、炎を纏い、何度も体をぶつけていく。
ルシアも2匹の背中を見つめながら指示を飛ばし続けた。
コラッタたちも簡単には引かない。
次々と迫ってくる相手に、ヒコザルとムックルは何度も向き直りながら戦い続けた。
ずいぶん長い時間、戦っていたように感じられた。
それでも、少しずつヒコザルとムックルがコラッタたちを押し込んでいく。
やがてコラッタたちは後ずさり始めた。
1匹、また1匹と距離を取っていく。
そして、とうとう背を向けた。
コラッタたちはそのまま、森の奥へ逃げていく。
その後ろ姿を、3人は息を切らしながら見つめていた。
♢♢♢
ルシアはヒコザルとムックルの隣に座り込んだ。
ルシア「ありがと。」
2匹の顔を見ながら小さく笑った。
嬉しかった。
ヒコザルとムックル、2匹が私と一緒に戦ってくれた。
自分がちゃんとしたトレーナーになれたとは思ってない。
でも。
ポケモンと一緒に戦うこと。
その楽しさも、重みも、少しだけわかった気がした。
今、初めてセナと同じ世界を見られた気がした。
まだ一歩目。
本当に最初の一歩。
それでも、ちゃんと一歩目を踏み出せた。
♢♢♢
ルシアはムックルをゆっくりと抱き上げると、頭の上に乗せた。
そしてヒコザルを両腕で抱きかかえる。
もう少しでトキワの森の出口だった。
その先にはニビシティがある。
早くヒコザルとムックルを休ませてあげたい。
ルシアは2匹を連れて、歩き出そうと一歩を踏み出した。
トキワの森、出口前。
そこにいたのは、見覚えのあるピカチュウ。
そしてストライク。
2匹のポケモンが、森の出口を塞いでいた。
ピカチュウは頭を押さえ、地面に蹲っている。
小さな体を、ストライクの鋭い鎌が何度も捉えていた。
見覚えがあった。
群れの最後尾でつまずいて転がっていたピカチュウ。
おそらく群れから逸れてしまったんだろう。
そして今、ストライクから攻撃を受けている。
ルシアは腕の中のヒコザルと、頭の上のムックルを見た。
2匹とも、さっきのコラッタたちとの戦闘でボロボロだった。
ようやく森を抜けられるところまで来たのに。
目の前にはピカチュウとストライク。
見ないふりをして、そのまま通り過ぎることだってできる。
ルシアは歯を食いしばった。
それでも、あのピカチュウを放っておくことはできなかった。
♢♢♢
ヒコザルがルシアの腕から飛び降りる。
そしてルシアの前に着地した。
ヒコザルは知っている。
ルシアのことを誰よりも知っている。
あのピカチュウを放っておけないことだって、わかっていた。
ずっと一緒に過ごしてきた。
ルシアがどんな子なのかずっとそばで見てきた。
目の前で困っているポケモンがいるのに、見て見ぬふりなんてしない。
そんなルシアのことがヒコザルも大好きだった。
ヒコザルはストライクへ向き直ると力いっぱい大きく鳴いた。
ムックルも、ルシアの頭から飛び降りる。
そして、ヒコザルの隣に着地するとストライクへ向き直った。
ムックルも同じだった。
まだルシアたちと一緒にいる時間は短い。
それでもムックルにとっては、もうルシアは仲間と同じだった。
ムックルとヒコザル。
ボロボロになった2匹が、ピカチュウを救うためにもう一度ルシアの前に立った。
ルシアは小さく息を吸い、呼吸を整えた。
2匹が戦ってくれる。
それなら、私もやれることをやる。
ルシア「ムックル!つばさでうつ!」
ルシア「ヒコザル!ひのこ!」
ムックルが大きく翼を広げると、ストライクへ向かって突っ込んだ。
ヒコザルも口を開き、小さな炎を吹き出す。
迫ってくる2匹にストライクが向き直った。
両腕の鋭い鎌を構える。
同時だった。
地面に蹲っていたピカチュウが、ゆっくりと顔を上げた。
そしてルシアを見る。
ピカチュウとルシア。
2人の視線が重なった。
その瞬間、ルシアは地面を蹴る。
まっすぐ、ピカチュウに向かって一気に走り出した。
ストライクもヒコザルたちに視線を向けた。
視線がピカチュウから外れる。
ルシアは地面を滑り込むようにして、蹲っていたピカチュウを抱きかかえた。
そのまま勢いを止めきれず、地面を転がる。
ヒコザルとムックル。
そして私。
今の私たちじゃストライクには敵わない。
ピカチュウだけ助けられればいい。
ルシアはピカチュウを抱え直すと、急いで立ち上がった。
そして、そのまま森の出口へ走り出す。
ルシア「ヒコザル!ムックル!」
その声に、2匹もルシアの後を追って駆け出した。
ストライクは追いかけてこなかった。
ルシアはピカチュウを抱え、ヒコザルとムックルと一緒に走り続けた。
ルシアと3匹のポケモンたちはトキワの森を抜け出した。
♢♢♢
ルシアはニビシティのポケモンセンターに駆け込んだ。
ロビーに入ると、すぐに受付へ向かう。
ヒコザル、ムックル、ピカチュウの3匹を預けた。
その姿を見てジョーイは絶句した。
ルシアの服は土で汚れ、髪の毛もすっかり乱れている。
連れてきた3匹もボロボロだった。
ジョーイ「……3匹ともすごく疲れてますね。」
ルシア「…休ませてあげてください。」
ルシアは肩で息をしながらすぐに答えた。
ジョーイ「わかりました。モンスターボールをお預かりします。」
ルシア「……あ。」
ルシアはヒコザルのモンスターボールを握ったまま、固まってしまった。
ムックルも、ピカチュウも。
まだ、ルシアのポケモンじゃなかった。
ルシア「……うぁ。」
ルシアは困ったように声を漏らすと、ゆっくりと事情を話し始めた。
ムックルが勝手についてきたこと。
トキワの森でピカチュウを助けたこと。
そして、2匹ともまだゲットしていないこと。
ジョーイはルシアの話を最後まで聞くと、優しく微笑んだ。
ジョーイ「大変だったんですね。お預かりします。」
ルシアは受付に両手をついたまま、長く息を吐く。
やっと、ほんの少しだけ落ち着けた。
♢♢♢
ルシアは1時間ほどポケモンセンターで待っていた。
そして、ヒコザル、ムックル、ピカチュウの3匹が、ルシアの前に運ばれてきた。
ルシアの顔がぱっと明るくなる。
みんな、すっかり元気になっていた。
ヒコザルはルシアの胸に飛び込む。
その間に、ムックルは当然のように飛び上がり、ルシアの頭の上に収まった。
ピカチュウは少し気まずそうにルシアを見つめていた。
ルシアもその視線に気づき、ピカチュウと目を合わせる。
しばらく見つめ合ってから、ルシアは小さく微笑んだ。
ヒコザルを肩に乗せると、その場にかがみ込む。
そして、ピカチュウの頭を優しく撫でた。
♢♢♢
ニビシティ、ポケモンセンターの外。
ルシア、ヒコザル、ムックル、そしてピカチュウ。
4人は並んでベンチに腰掛ける。
ルシアは頭の上のムックルを両手で掴むとゆっくりと正面に持ってきた。
もう、ルシアの中では決まっていた。
この子は戦える。
もっと強くなれる。
そして、この子がいいなら私が連れていく。
隣では、ヒコザルとピカチュウもムックルをじっと見つめていた。
ルシア「一緒に行く?」
ムックルは大きく翼を広げた。
ルシアの顔に、自然と笑みが溢れる。
ルシアは、鞄の中からモンスターボールを取り出す。
一度、ゆっくりと呼吸を整えると、ムックルをもう一度見つめた。
初めてのゲット。
手にしたモンスターボールをそっとムックルの頭に押し当てる。
ムックルは目を細めた。
ボールは揺れなかった。
カチッ。
捕獲完了。
ルシアの目がじわりと潤んだ。
……本当に。
本当に私は踏み出したんだ。
ポケモントレーナーとして。
♢♢♢
ルシアはゆっくりとピカチュウへ視線を向けた。
次はこの子だった。
さっきは助けてあげた。
でもそれだけ。
ムックルは戦えた。
トキワの森で一緒に戦って、その強さをちゃんとこの目で見た。
でも、この子はわからない。
ルシアが悩んでいると、ピカチュウがそっと服を掴んだ。
その目は涙で潤んでいた。
ルシアは思わず頭を抱えた。
……そんな顔しないでよ。
戦えないなら連れていけない。
ムックルだって、ついさっき試験を突破したばかりなのに。
それなのに。
そんな顔されたら。
……もう、連れていくしかなかった。
ルシア「……ピカチュウ。」
ピカチュウがゆっくりと顔を上げた。
ルシア「私たち、強くなりたいの。」
ヒコザルもムックルも同じだった。
強くなってセナに勝つ。
そのために旅をしている。
ピカチュウは小さく頷いた。
ルシア「戦わないといけないよ?」
ピカチュウは目を逸らさなかった。
それ以上は野暮だと思った。
ルシアはピカチュウの目を見つめる。
……多分、私はもうこの子を見捨てて進めない。
一緒に行くなら戦ってもらう。
そうするしかない。
ムックルはちゃんと戦えるところを見せてくれた。
……なんか、不平等だよね。
ごめんね、ムックル。
でも、私はこの子を放っておけない。
ルシアは鞄から2つ目のモンスターボールを取り出した。
そして、ピカチュウの頭にそっと押し当てる。
捕獲完了。
ルシア「……よろしくね。」
ルシアは小さく呟いた。