2018年10月。
カロス地方、ミアレ研究所前。
空から1匹のグライオンが降り立った。
セナ「…ありがと。」
グライオンは笑顔で頷くと、光に包まれてボールへ戻っていった。
セナの頭の上では、チラチーノが気持ちよさそうに目を細めている。
どこへ行く時もセナの頭の上はチラチーノの特等席だった。
セナは研究所の入り口に立つと小さく呼吸を整える。
……初対面の人は苦手だ。
嫌われていないか。
失礼はないか。
いちいち考えるのも面倒くさい。
でも背に腹は代えられない。
セナは目の前の扉に手をかけた。
♢♢♢
扉を開くと、白衣を着た男性が振り返った。
その横には容姿端麗な女性が立っている。
プラターヌ「おぉ!早かったじゃないか!」
男性はセナを見ると明るく笑った。
その笑顔を見てセナは小さく息を吐く。
……よかった。
話しやすそうな人だ。
セナ「……はじめまして。」
セナとプラターヌ博士が向かい合った。
プラターヌ博士は机の引き出しを開けると、早速2つのメガストーンを取り出した。
ルカリオナイト。
そしてルカリオナイトZ。
プラターヌ「これがルカリオの力を引き出すメガストーン。」
プラターヌ「2種類あるんだよ。知らなかったろう。」
セナ「……2種類あるんですか?」
セナはプラターヌ博士を見上げた。
メガシンカが2種類あるポケモンは知っていた。
リザードンやライチュウには2種類のメガシンカが確認されている。
でも、ルカリオにもあるなんて。
もう一つのメガシンカ。
セナにとって初めて知る情報だった。
♢♢♢
セナはルカリオをボールから出した。
光の中からルカリオが姿を現す。
プラターヌ博士はその姿を見たまま固まった。
纏っている雰囲気。
その場の空気感。
何もかもが普通のルカリオとは違っていた。
プラターヌ「……これが君のルカリオ。」
セナ「え?はい。」
プラターヌ「……。」
プラターヌ博士は、メガシンカを専門に研究している。
だからこそ、自分自身もポケモンバトルをかじっていた。
それなりに強いという自負もある。
だから、わかってしまった。
目の前にいるルカリオの異質さが。
……このルカリオと戦いたい。
セナは黙り込んだプラターヌ博士を、不思議そうに見つめていた。
プラターヌ「……あぁ。すまないね。」
プラターヌ博士は気を取り直すと、机の上の2つのメガストーンへ視線を戻した。
そして、ルカリオナイトとルカリオナイトZの説明を始めた。
プラターヌ「こちらはルカリオナイト。よく知られているものだね。」
プラターヌ博士は、机の上に置かれたメガストーンの1つを示した。
プラターヌ「接近戦に長けている、安定して強い、リスクも殆どない。」
セナは黙って説明を聞いていた。
プラターヌ「問題はこちらだ。」
博士はもう一方のメガストーンへ視線を移した。
プラターヌ「……メガルカリオZ。」
プラターヌ「……まだ世界には出ていない代物だ。最近発見された。」
セナはそのメガストーンを見つめた。
プラターヌ「特殊攻撃とスピードが爆発的に伸びる。その代わり、長時間は戦えない。」
プラターヌ「ハイリスクハイリターンだね。」
セナ「……なるほど。」
プラターヌ「せっかくここに来てくれたわけだし、どちらかあげようか。」
セナ「……いいんですか?」
セナはプラターヌ博士を見つめた。
……当然だ。
僕がここまではるばる来たのはメガストーンをもらうためだ。
ただ、どちらかじゃ嫌だ。
どっちも欲しい。
プラターヌ「どっちがいいかな?」
セナ「どっちもください。」
即答だった。
タイプが違う。
だったら、どっちも使いこなせないと強くなれない。
もらうまで帰らない。
プラターヌ「……え。」
プラターヌ博士はその場で固まった。
そんな返事は、一切考えていなかった。
プラターヌ「とりあえず試してみようか。」
セナ「バトルですか?」
プラターヌ「あぁ。どちらにせよ一度試したほうがいいだろう。」
セナ「決着つくまでやります?」
プラターヌ「ぜひお願いしたいね。」
セナ「じゃあ博士に勝ったら両方ください。」
プラターヌ「……ちょっと待ってくれ。」
プラターヌ「……話が早すぎるよ。」
プラターヌ博士は、すでに立ち上がっているセナを見て小さく笑った。
やっぱり、僕の思った通りだ。
この子は変わっている。
面白いほどに、危ういほどに。
♢♢♢
研究所の広いバトルコート。
セナとプラターヌ博士が向かい合っている。
ノエル「使用ポケモンは1体!」
ノエルの声が研究所に響いた。
セナ「ルカリオ。」
セナの隣にいたルカリオが一歩前へ出た。
プラターヌ「頼むぞ!フシギバナ!」
プラターヌ博士がボールを放った。
光の中からフシギバナが姿を現す。
そして、博士の前に踏み出した。
低く唸り声を上げると、正面のルカリオを見据える。
セナはフシギバナをじっと見つめた。
……強い。
博士だからって油断したら負ける。
セナは拳を握った。
その手の中にはキーストーン。
頭の上のチラチーノもじっとバトルコートを見つめている。
ノエル「バトルスタート!」
セナ「……リンク。」
隣のルカリオが頷いた。
視界が広がる。
五感が研ぎ澄まされる。
そして、ルカリオと繋がる。
ルカリオの声も僕に届く。
プラターヌ博士も息を呑んだ。
空気が変わった。
動画の中で見た、あの空気感。
さっきまで、どこか子どもらしさの残っていたセナとは別人だった。
プラターヌ博士のキーストーンが淡く煌めく。
プラターヌ「フシギバナ!メガシンカ!」
フシギバナが大きく咆哮した。
その巨体を、メガシンカの光が包み込んでいく。
そして弾ける。
メガフシギバナが姿を現した。
セナ「ルカリオ。メガシンカ。」
セナのキーストーンが光を放った。
ルカリオの体をメガシンカの力が駆け抜ける。
圧倒的な高揚感。
迸るエネルギーがセナにも伝播する。
光が弾けた、その先。
メガルカリオがセナの隣に当然のように立っていた。
ノエルはしばらくメガルカリオから目を離せなかった。
初めてのメガシンカ。
それなのに力に振り回される様子がまったくない。
むしろ、完全にコントロールしている。
新しく手に入れた力を当然のように飼い慣らしていた。
セナはメガルカリオを横目で見る。
……楽しい。
さらに強くなれた。
それがどうしようもなく嬉しかった。
ルカリオも同じだった。
セナ「……助かるよ。」
僕とルカリオは同じだった。
考えていることも。
見ている先も。
だから迷う必要がない。
強くなれて嬉しい。
2人を支配しているのはそれだけだった。
♢♢♢
プラターヌ「フシギバナ!じしん!」
メガフシギバナが大地を強く踏み締めた。
バトルコート全体が大きく揺れ始める。
セナ「しんそく。」
メガルカリオが地面を蹴った。
揺れる大地を一気に駆け抜け、メガフシギバナとの距離を詰める。
そして、鋭い蹴りが顎を捉えた。
そのまま上へ蹴り上げる。
メガフシギバナが苦しそうに顔を顰めた。
プラターヌ「ハードプラントで捕まえろ!」
メガフシギバナの周囲から、巨大な根が次々と現れた。
根は地面を這うように伸び、メガルカリオへ襲いかかる。
セナ「……。」
メガルカリオは迫る根に合わせて体を逸らした。
次々と伸びてくる根を、器用にかわしていく。
プラターヌ博士は楽しそうに口元を緩めた。
じしんはしんそくで駆け抜けることで回避。
そして、ハードプラントは指示すらせずにかわしきる。
相手の攻撃に対する回答が速すぎる。
……素晴らしいじゃないか。
セナ「はどうだん!」
メガルカリオが両手にはどうを集めた。
蒼い波動が形を成していく。
狙うのは、ハードプラントの根元。
はどうだんが根元で炸裂した。
プラターヌ「……ッ!」
メガフシギバナを直接狙わない。
……彼は何を考えている?
セナ「引っこ抜け!」
メガルカリオが根を掴んだ。
そのまま力を込めて引き抜くと、空中でメガフシギバナに向かって投げつける。
プラターヌ「……何!?」
メガフシギバナも思わず後退した。
セナ「サイコキネシス。」
メガルカリオの瞳が光った。
狙うのはメガフシギバナの前足。
念動力がその前足を捉えた。
そして、変な方向へ捻る。
メガフシギバナの体勢が崩れた。
プラターヌ博士は言葉を失った。
……なんだ、あのルカリオは。
サイコキネシスで相手を吹き飛ばす。
投げつける。
普通ならそんな使い方だ。
でも、違う。
前足だけに念動力を集中させ、変な方向へ捻る。
……まるで人間じゃないか。
何者なんだ、彼は。
プラターヌ博士は何度も瞬きをしながら、メガルカリオの姿を目で追っていた。
セナの顔に笑みが溢れる。
僕がルカリオに欲しかったもの。
種としての限界を超えた攻撃力。
僕がどれだけ思考を巡らせても。
ルカリオがどれだけ鍛えても。
超えられなかった種としての強さ。
それが今、手に入った。
この力があれば。
僕の想像力も、ルカリオの実行力も、さらに高い次元へ行ける。
セナ「はどうだん!ナイフ!」
プラターヌ「は!?」
プラターヌ博士から思わず声が漏れた。
……はどうだんのナイフ?
次は何を見せてくれるんだ?
メガルカリオが両手にはどうを集めた。
蒼い波動が生まれる。
その形が、少しずつ変わっていく。
自由に形作られた波動は、鋭いナイフのような姿へ変わった。
メガルカリオはそれを右手に握ると力強く踏み込む。
セナ「脳天に突き刺せ!」
プラターヌ博士もメガフシギバナも動きが止まった。
聞いたこともない。
見たこともない。
その刹那、メガルカリオの右手に握られた波動のナイフが、メガフシギバナの頭上に突き刺さった。
プラターヌ博士は言葉を失ったまま、メガフシギバナが倒れていく姿を眺める。
ノエルも同じだった。
これをポケモンバトルとして括っていいのかさえわからなかった。
倒れたフシギバナの体から、メガシンカの光が消えていく。
元の姿に戻ったフシギバナは、そのまま動かなかった。
セナとメガルカリオは、まるで当然のようにフシギバナを見下ろしていた。
ノエル「……フシギバナ、戦闘不能。」
プラターヌ博士は黙ったまま、セナを見つめていた。
もう、羨望や興味ではなかった。
彼はまだ、世界に見つかっていないだけだ。
シンオウの英雄。
天才。
そう持て囃されているが、本質はそこじゃない。
技の使い方も、動き方も、ルカリオのバトルスタイルも。
全てが、相手をねじ伏せるために形成されている。
必要であれば、技の常識すら捻じ曲げる。
ポケモンバトルの常識そのものを、揺るがしかねない戦い方だった。
そして僕が与えたメガシンカの力。
それが、彼らの連携を止まらないものにしてしまったのかもしれない。
プラターヌ博士は呆然と天を仰いだ。
セナは小さく息を吐く。
……うん。
今のところはこれでいい。
メガルカリオでさえ凄まじいパワーだった。
メガフシギバナも強かった。
それでも圧倒し、蹂躙し、そして勝ち切った。
メガシンカZは今はいらない。
……もらっておくけど。
そこまで考えをまとめると、セナはプラターヌ博士の元へ歩き出した。
まだ呆然としている博士の前に立つ。
そして口を開いた。
セナ「Zの方もください。」
♢♢♢
プラターヌ「……ッ。」
言葉が出なかった。
圧倒的に強い。
それなのに、子どもらしくて厚かましい。
バトルの時は怪物なのに、バトルが終わればどこか人間らしかった。
プラターヌ「困ったな。」
プラターヌ博士は呆れたように笑う。
3人はそのままバトルコートを後にした。
♢♢♢
プラターヌ「はい、どうぞ。」
プラターヌ博士が観念したように2つのメガストーンを差し出した。
セナは両手で受け取ると、丁寧に頭を下げる。
プラターヌ「ただ、僕からもお願いがあってね。」
セナ「?」
セナが顔を上げた。
プラターヌ「メガシンカZの方は事情があってね。」
プラターヌ博士はセナを見つめると、ゆっくりと話し始めた。
メガシンカZ。
未知の力を持つ新しいメガシンカ。
メガシンカとは括ったものの、既存のメガシンカとは性質が大きく異なっている。
まず、使うだけでエネルギーを消費する。
ダメージを受けていなくても長時間は維持できない。
明らかに異質だった。
メガシンカZ。
プラターヌ博士はそう命名したものの、正式名称すらわかっていない。
他のポケモンにも同じ現象が見られるのか。
弱点も、使い方も、そのメカニズムも。
何もかも、わかっていないことが多すぎる。
だからこそ、公式のバトルで使うこと自体は構わない。
ただし、その場合は「メガシンカ」として扱わない。
セナとルカリオの間に起きた特別な現象。
あくまでそういう扱いにしてほしい。
要するに「メガシンカZの秘匿」だった。
セナは二つ返事で了承した。
なんでもいい。
どうでもいい。
メガシンカが使えるならそれでいい。
なんて呼ばれるか。
そんなもの死ぬほど興味がない。
セナはメガシンカZの秘匿と、研究データの提供を条件に、2つのメガストーンを正式に譲り受けた。
♢♢♢
セナは満足げに研究所を出た。
頭の上では、チラチーノが不満そうに頬を膨らませていた。
またルカリオばっかり。
そんなことを言いたそうだった。
セナ「……。」
セナにだって申し訳なさはある。
ただ、メガチラチーノ、そんなものはない。
だから仕方ない。
セナはグライオンに掴まった。
今日、僕はまた強くなった。
チャンピオンはいい。
強くなるための情報も入ってくる。
環境だってある。
これだ。
このために僕はチャンピオンになったんだ。
僕はまだまだ強くなれる。
明日も防衛戦。
……明日こそは、僕が本気を出せる挑戦者であってくれ。
わずかな期待を胸に、セナはグライオンとともにシンオウへ向けて飛び立った。