クチバシティ、クチバジム。
ルシアはジムの扉に手をかけると、ゆっくりと押し開く。
カントー地方でのジム巡りもいよいよ佳境。
今回挑むのは7つ目のジム。
扉の向こうには広いバトルコート。
その奥に大柄な男が立っていた。
クチバジムのジムリーダー、マチス。
ルシアがコートへ足を踏み入れると、マチスは大きく腕を広げた。
マチス「ヘーイ!ユーを待ってたヨ!」
突然響いた大声に、ルシアの肩がびくりと跳ねた。
ルシア「え!?」
驚いて顔を上げたルシアに、マチスは勢いよく話しかけてきた。
マチス「ユー、ピカチュウ使うネ!動画見たヨ!」
マチス「スピードは遅いけどパワーがあって強いネ!」
マチス「ミーのライチュウとバトルしよう!イイね!?」
マチスは楽しそうに笑いながら、ルシアを見つめていた。
ルシアは手元のモンスターボールへ視線を落とし、ぎゅっと握り締める。
そこまで言われたら引き下がれない。
ルシアもピカチュウも、これまでの旅で強くなってきた。
ルシアは顔を上げると、正面に立つマチスを見据える。
クチバジム、7つ目のジム戦。
ルシアとマチスの戦いが始まろうとしていた。
ルシア「出てきて!ピカチュウ!」
ルシアがモンスターボールを投げた。
光が弾ける。
ピカチュウがルシアの前に着地した。
そして、正面に立つマチスを見ると、一瞬だけルシアの方を振り返る。
それでも、小さな足でしっかりと地面を踏み締め、前を向いた。
マチス「ゴー!ライチュウ!」
マチスもボールを放った。
光の中から巨大なライチュウが姿を現し、ピカチュウの正面に着地する。
ピカチュウとライチュウが睨み合った。
マチスは後方からピカチュウを見つめると、ゆっくりと目を細める。
……イイね。
こんなピカチュウは見たことがないネ。
審判「使用ポケモンは1対1!」
審判「それでは、バトルスタート!」
マチス「ライチュウ!でんこうせっか!」
ライチュウが凄まじいスピードで一歩目を踏み込んだ。
一気に加速し、ピカチュウとの距離を詰める。
ルシア「ピカチュウ!アイアンテール!」
ピカチュウが尻尾をライチュウへ向けた。
鋼鉄のように硬くなった尻尾が、突進してきたライチュウと激しくぶつかり合う。
ピカチュウは小さな足で地面を踏み締め、ライチュウの勢いを受け止めた。
マチス「オウ……。」
ミーのライチュウに押し負けないパワー。
面白いネ。
ルシア「でんじほう!」
至近距離で強烈な電撃が炸裂した。
ライチュウは後方へ押し戻されながらも、踏ん張って体勢を立て直した。
ルシアは拳を握った。
カスミ戦で形にした、ピカチュウの戦い方。
ここまでのバトルで何度も試してきた。
ルシアとピカチュウ。
2人の戦い方として、すっかり身についている。
……いける。
通用する。
マチス「ライチュウ!かみなり!」
ライチュウが大きく咆哮した。
凄まじい雷撃が放たれ、ピカチュウへ一直線に迫る。
ピカチュウは避けきれない。
いや、避けようともしなかった。
ルシア「受けて!」
ピカチュウはその場で足を踏ん張り、ライチュウの雷撃を真正面から受け止めた。
全身を激しい電流が駆け抜ける。
それでも、ピカチュウは歯を食いしばり、当然のように立っていた。
マチス「崩れないネ!面白イ!」
ルシアも自然と口角が緩んだ。
ピカチュウは正面のライチュウを見据え、堂々と立っている。
ルシアは小さく息を吐いた。
セナに勝つ。
それが口だけじゃないと証明する。
そのために、やれることは全てやってきた。
タイプ相性は全部覚えた。
動画だってたくさん見た。
私たちに必要な戦い方も、技の使い方も勉強した。
ここで使う。
私とピカチュウの新技。
♢♢♢
ルシア「カウンターシールド!」
ピカチュウが両腕を地面につけた。
そのまま、ゆっくりと体を回転させ始める。
マチス「……オ?」
ライチュウも目を細めた。
動きが遅いピカチュウ。
そのはずだった。
しかし、ピカチュウは地面に腕をついたまま、少しずつ回転する速度を上げていく。
ブレイクダンスのような動きだった。
小さな体が、その場でどんどん加速していく。
ルシア「でんじほう!」
ピカチュウが回転しながら、でんじほうを撃ち始めた。
ルシアは拳を握った。
完成している。
最初はPoketubeで見た動きだった。
どこかの最強のピカチュウ使い。
名前は忘れた。
ポケモンマスター、そんな動画だった気がする。
回転しながら10まんボルトを放ち、敵の攻撃を弾き返す技だった。
私たちはそれをでんじほうでやる。
一撃の命中率は低い。
でも、撃ち続ければ必ず当たる。
ルシアとピカチュウ。
2人には弱点があった。
遠くの相手を捉えられない。
その弱点を、2人なりの方法で克服する術を身につけていた。
マチス「ライチュウ!」
マチスはライチュウへ視線を向けた。
ライチュウは歯を食いしばっていた。
簡単には動けない。
ライチュウはさっき、ピカチュウのでんじほうを至近距離から受けている。
その威力は身をもって知っていた。
そして今、そのでんじほうが四方八方に飛び交っている。
いつ電撃が飛んでくるかわからない。
簡単に踏み込めるわけがなかった。
マチスとルシアの視線がぶつかる。
ルシアは楽しそうに笑っていた。
マチス「……面白イ。」
駆け出しのトレーナー。
とんだ名前詐欺だった。
成長のスピードもこの破壊力も、もはや「駆け出し」と呼べるようなレベルではない。
ライチュウも目を細めた。
マチスもライチュウもわかっていた。
このまま動かなければどこかで電撃に捉えられる。
無理にでも攻撃を通すしかない。
かみなりは弾かれる。
だったら至近距離でフルパワーをぶつける。
それしかなかった。
マチス「ライチュウ!でんこうせっか!」
ライチュウが地面を蹴った。
飛び交う電撃を受けながら、まっすぐに突っ込んでいく。
マチスはライチュウから視線を外さなかった。
でんじほうを何発も受ける。
それでも前に進む。
ライチュウが回転するピカチュウの懐へ飛び込んだ瞬間。
バトルコートにルシアの声が響いた。
ルシア「はやてがえし!」
マチス「ナニ!?」
ピカチュウの右腕が、飛び込んできたライチュウを捉えた。
そのまま勢いよく押し込む。
はやてがえし。
相手の先制技を封じ、動きを止める技。
ライチュウはでんこうせっかの勢いを止められず、ピカチュウの一撃をまともに受けた。
マチスは天を仰いだ。
こんなピンポイントでしか役に立たない技を、仕込んでいた。
ピカチュウがゆっくりとライチュウへ歩き出す。
ライチュウは怯んで動けない。
ピカチュウはその正面に立った。
ルシア「アイアンテール!叩き潰して!」
ピカチュウがゆっくりと尻尾を構えた。
確実に当てるために。
そして一撃で仕留めるために。
ルシアの口角がゆっくりと歪む。
マチスはその笑顔を見てしまった。
……読み負けた。
試す立場だった。
そのはずなのに。
ミーたちは狩られる側に回ってしまった。
鋼鉄の尻尾がライチュウの脳天へ振り下ろされた。
ライチュウは立ち上がらなかった。
審判「……ライチュウ、戦闘不能!」
審判「よって勝者、挑戦者ルシア!」
ルシア「……よしっ!」
ルシアは拳を強く握った。
接近戦になれば、でんじほうとアイアンテールで打ち勝つ。
遠距離の敵にはカウンターシールド。
先制技に対してははやてがえし。
ようやく2人だけの戦い方が完成した気がした。
ピカチュウはゆっくりと駆け出し、ルシアの腕の中に収まった。
ルシアは嬉しそうにその頭を撫でる。
ピカチュウも嬉しそうに目を細めていた。
マチスは2人の姿を見つめながら、悔しそうに拳を握った。
向かい合って、わかった。
破壊力だけじゃない。
無鉄砲でもない。
ピカチュウの電撃に目を奪われて、本質が見えていなかっただけだ。
この少女、相当頭がいい。
ポケモンの強みを活かした上で、さらにその先へ進む力を持っている。
マチスはルシアの元へ歩き出した。
本来、1人の挑戦者に肩入れすることはない。
それでも少しだけ見たくなってしまった。
自分が託すことで、この少女がさらに強くなる未来を。
この少女とピカチュウが進む先を。
マチスはゆっくりとルシアの前まで歩み寄った。
マチス「オメデトウ!グレートだネ!そのピカチュウ!」
オレンジバッジを差し出す。
ルシアは頭を下げると、両手で受け取った。
マチス「……それとコレ。」
マチスはもう一度手を伸ばした。
手には2つの石が入った小箱。
ルシア「……これは。」
マチス「かみなりのいしだネ!ピカチュウがライチュウに進化するために必要になるネ!」
マチス「そしてもうひとつはライチュナイトY!ライチュウがメガシンカするために必要なメガストーンだヨ!」
ルシア「……もらっていいんですか!?」
ルシアの瞳が大きくなった。
マチス「ユーのピカチュウなら使いこなせるネ!」
マチスはそこで一度言葉を区切った。
マチス「……でも、ピカチュウとしても強いトレーナーはいるネ。ライチュウもピカチュウ、強くなるための答えがライチュウになることとは限らないヨ!それなポケモンの面白いところネ!」
マチス「使うべきだと思った時に使ってあげるといいヨ!」
そこまで言うと、マチスは楽しそうに笑った。
ピカチュウがゆっくりと、かみなりのいしに手を伸ばした。
ルシア「待って!」
ルシアは慌てて腕を高く上げ、ピカチュウを制した。
今、考えて使ってって言われた。
危なかった。
油断してたら、今進化していた。
ピカチュウの考えを否定するつもりはない。
でも、進化したら戻れない。
もう少し考えたかった。
ルシアはかみなりのいしを小箱に収めると、鞄の奥へ厳重にしまった。
ピカチュウの視線を感じる。
それでも、今は見ないことにした。
♢♢♢
ルシアはジムの外へ出た。
心地よい11月の風が、ルシアの前髪を揺らした。
バッジは7個。
間違いなく強くなっている。
もう、駆け出しのトレーナーなんて言わせない。
ユイさんに早く報告したい。
ユナにも会いたい。
リンはどうしてるかな。
ふとそんなことを考えた。
ルシア「……よし。」
ルシアは呼吸を整えると歩き始めた。
次の目的地は決まっている。
チャンピオンロード。
そこでポケモンたちを鍛える。
そして最強のジムリーダー、グリーンへ挑む。
そこまでやったらシンオウに帰る。
♢♢♢
ナギサシティ、ナギサジム。
デンジのレントラーが、ゆっくりと崩れ落ちた。
その正面には、ボロボロになったエルレイドが立っていた。
審判「レントラー、戦闘不能!」
審判「よって勝者、挑戦者イチゴ!」
イチゴ「……やったぞ!エルレイド!」
エルレイドはゆっくりと振り返り、イチゴへ顔を向けた。
イチゴ、20歳。
シンオウ地方、ハクタイシティ出身。
期待のルーキー。
イチゴだって天才だった。
旅を始めて約半年で、8個のバッジを集めきった。
ただ、同じ時代にはセナがいた。
セナという特異点。
彼と同じ時代に生まれてしまった。
だからここまであまり目立つこともなかった。
イチゴは拳を強く握る。
次は、ポケモンリーグ。
俺たちだってここまで来た。
苦しい戦いを乗り越えてきた。
セナさんに勝ちたい。
イチゴが見据えるのはシンオウの頂点。
チャンピオン、セナだった。
♢♢♢
ポケモンリーグ、チャンピオンルーム。
セナは椅子に座ったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。
セナ「……おかしいだろ。」
防衛戦27連勝。
ここまで、ルカリオが倒れそうになったことは一度もない。
メガシンカまで手に入れた。
新しいポケモンも仲間になった。
強くなった。
…それなのに、相手が弱い。
チラチーノ、グライオン、リオル。
そして、新しく仲間になったバンギラスとグレンアルマ。
僕だけが強くなっている。
周りは弱いまま。
ルカリオに攻撃すら当てられない。
欲しいものは手に入れたはずだった。
強くなれる環境も。
その力を示せる対戦相手も。
全てが手に入ると思っていた。
それなのに僕は幸せじゃない。
こんなのおかしい。
セナはしばらく動かなかった。
思えばこの時からだった。
セナの心が少しずつ壊れていったのは。