それから僕の生活は変わった。
学校にも行っていない僕には時間がいくらでもある。
朝、起きてご飯を食べるとミオジムへ向かう。
ジムの手伝いをしながら、ジムバトルはすべて見る。
何から何まで見逃さないように。
強くなれるためのヒントはどこにだって落ちている。
リオルも同じだった。
僕の隣でじっとバトルを見つめてる。
相手がどんな技を使うのか。
なんでそのポケモンを出したのか。
なんでそこでその技を選んだのか。
一つ一つの動きに目を向ける。
そして考え続ける。
思考は絶対に止めなかった。
家に帰れば、その日のバトルを復習する。
スマホがあればなんでもできる。
Poketterもある。Poketubeもある。
強くなるための情報は探せばいくらでも転がっていた。
ジムに残ってリオルと特訓することもある。
朝は大体7時に起きて、夜中の2時に寝る。
眠る時間も、遊ぶ時間も、少しずつ削っていった。
でもそれでよかった。
♢♢♢
気づけば、3年が経っていた。
僕は12歳になった。
生活はほとんど変わらない。
毎日のようにミオジムへ通い、リオルと特訓を重ねる。
ジムで行われるバトルを観察する。
家に帰れば映像を見る。
覚えたことを次の特訓で試す。
上手くいけばまた新しいことを学ぶ。
僕とリオルはそうやって少しずつ強くなった。
チラーミィもずっと僕の頭の上にいた。
特訓はしていない。
でも、たくさんのバトルを僕と一緒に見続けた。
そんな時、マナさんがミオシティを離れることになった。
アイドル事務所「cutie project」。
新しくアイドルグループを結成するらしく、マナさんはそのオーディションに合格した。
今後はアイドルグループ「Lune」の一員として活動することが決まっている。
活動拠点もナギサシティへ移るため、マナさんはミオシティを離れることになった。
そして今日。
僕はマナさんを見送るため、ミオ駅のホームに立っていた。
マナ「……セナ。」
顔を上げるとマナさんと目が合った。
心配してくれているんだと思う。
ずっと一緒に暮らしてきた。
小さい頃からお世話になっていた。
もう一緒に暮らせなくなるんだと思うと、ほんの少しだけ泣きそうになる。
マナ「体に気をつけて。」
マナ「夜更かしダメだからね。」
セナ「うっ。」
マナ「私がいなくても色んな人と仲良くね。」
マナ「ポケモンだけじゃない。人とも仲良く。」
僕はゆっくりと頷いた。
マナさんの目は赤くなっていた。
僕は見ないことにした。
多分、僕の目も腫れていたと思う。
マナ「またね。セナ。」
マナさんはそれだけ言うと笑った。
同時に電車の扉が閉まる。
電車がゆっくりと動き出した。
少しずつ速度を上げ、ホームから遠ざかっていく。
僕はその姿を見送ると、電車が完全に見えなくなったところで踵を返した。
今日からは1人で暮らすことになる。
あの一軒家は、1人で住むには少し広すぎるけど仕方ない。
帰りに水とお菓子を買っていこう。
今日は何を見ようかな。
シロナさんの試合でも見直すか。
あの人、ルカリオ使うし。
僕とリオルは駅の出口へ向かって歩き出した。
♢♢♢
同じ頃、ナギサシティへ向かう電車の中で、マナは小さく息を吐いた。
セナのことが心配でたまらない。
マナから見て、セナは少しずつおかしくなっていた。
始まりはあの日だった。
セナが初めてジムでポケモンバトルをした日。
ヒョウタに勝ったと聞いた時は本当に驚いた。
あの日の食卓で交わした会話は今でも鮮明に覚えている。
あれからセナは変わってしまった。
毎日のようにジムへ通う。
帰ってきても部屋の電気は夜遅くまで消えない。
目の下に隈を作りながらジムへ向かう姿も、ボロボロになって帰ってくる姿も、何度も見てきた。
普通の12歳じゃなかった。
最初は夢中になれるものが見つかってよかったと思った。
それまでのセナを知っているからこそ、嬉しかった。
でも実際はそんな領域ではなかった。
今でも心配は消えない。
それでも、マナ自身にも夢がある。
これから新しい仲間もできる。
マナはセナのことを考えながら、ナギサシティ行きの電車に揺られていた。
♢♢♢
ナギサシティ、cutie project事務所。
小さな事務所の一室に、7人の少女が集められていた。
全員17歳。
ユイ、ツキアシ、スズカ、マナ、ルナ、マツカレ、ノエル。
7人は緊張した面持ちで、プロデューサーが現れるのを待っていた。
やがて、部屋の扉が開いた。
ミサ「やぁやぁ。」
軽い挨拶とともに、細身の女性が姿を現す。
プロデューサー、ミサ。
ミサは少女たちの前に立つと、ゆっくりと顔を見渡した。
ミサ「燻った少女達よ。」
ミサ「…夢を掴む準備はできてるか?」
それだけ告げると、ミサは口元を歪める。
マナの瞳が揺れた。
伝説のアイドルグループ「Lune」。
その一歩目が、今まさに始まろうとしていた。
♢♢♢
2018年4月。
シンオウ地方、ミオシティ。
セナは自室の扉を開き、外へ一歩踏み出した。
隣にはルカリオがいる。
あの日から11年。
僕は20歳になった。
そして強くなった。
今の僕とルカリオなら誰にも負けない。
そう言い切れるところまで強くなった。
今から世界を掴みに行く。
僕はミオジムへ向かって歩き出した。
何度も通った道を、いつもより少し速い足取りで進んでいく。
ポケモントレーナーは、10歳の誕生日に最初のポケモンをもらい旅に出る。
普通の人たちはそうしていた。
でも、僕は違う。
一度の負けも許されない。
負けた瞬間、僕の人生は終わる。
その覚悟でここまで積み上げてきた。
気づけば大人になっていた。
それでも遅いとは思わない。
僕とルカリオにとって、旅は強くなるためのものじゃない。
僕たちの強さを証明するためのものだ。
やがてミオジムの前に辿り着く。
僕は迷わず扉を開く。
ここからだった。
ルカリオと共に始める、最強の証明は。
♢♢♢
トウガンさんと僕はバトルコートを挟んで向かい合っていた。
トウガン「セナ!待ってたぞ!」
トウガンさんは楽しそうに笑っていた。
僕はゆっくりと呼吸を整えた。
違う。
僕は勝ちに来たんだ。
そんなに楽しそうにされても困る。
僕たちはあなたを殺しに来た。
セナ「よろしくお願いします。」
自分でも驚くほど、無機質な声が出た。
隣にいたルカリオが一歩前へ出る。
笑顔はない。
まっすぐに見据える先には、トウガンさんのトリデプスが立っている。
僕もルカリオも考えていることは同じだった。
…殺す。
ミオジムでは1対1のバトルが採用されている。
審判「それでは、バトルスタート!」
審判の声がコートに響いた。
セナ「ルカリオ。はどうだん。」
僕の指示と同時に、ルカリオが拳を前へ突き出す。
狙うのはトリデプスの足元。
胴体を直接狙うつもりはない。
まずは足を折る。
拳の先から放たれた波動の塊が、一直線にトリデプスの前足へ向かった。
トリデプスは避ける間もなく攻撃を受け、その巨体をわずかに傾ける。
トウガン「うお!トリデプス!」
トウガンさんが驚いた声を上げた。
当然だと思う。
ルカリオは、はどうポケモン。
僕が発する波動を察知し、細かい意図まで汲み取って動ける。
僕の考えは、ルカリオに伝わっている。
いきなり足元を狙った一撃。
そんなもの、読めるわけがない。
僕はトリデプスの前足がぐらついたのを見逃さなかった。
セナ「しんそくで回り込んで。」
ルカリオが地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
そして、トリデプスの横を駆け抜けると、背後へ回り込んだ。
トウガン「後ろだ!」
トウガンさんの声が響いた。
でも、遅い。
いや、僕たちが速い。
セナ「グロウパンチ。首の付け根。」
トウガン「は!?」
トウガンさんが驚き、その場で固まる。
僕たちはすでに勝利を確信していた。
最初のはどうだんで、とくせいの「がんじょう」は剥がしてある。
そして、かくとうタイプのグロウパンチ。
はがね・いわタイプのトリデプスには致命傷だろう。
耐えられるわけがない。
そして、狙うのは首の付け根。
トリデプス自慢の強固な防御もそこでは発揮できない。
背後に回ったルカリオが拳を振り上げた。
トリデプスが振り返るよりも早く、その拳が首の付け根へ振り下ろされた。
トウガン「……。」
トウガンさんは呆気に取られたまま、その場に立ち尽くしていた。
舞い上がった土煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうには、地面に倒れたまま動かないトリデプスの姿があった。
すぐ傍にはルカリオが立っている。
冷酷な瞳で、倒れたトリデプスを見下ろしていた。
審判もしばらく口を開かなかった。
そして、震える声がバトルコートに響く。
審判「……トリデプス、戦闘不能。」
審判「よって勝者、挑戦者セナ。」
僕はルカリオに歩み寄ると、その頭を軽く撫でた。
ルカリオをボールへ戻し、向かい側に立つトウガンさんへ視線を向ける。
セナ「ジムバッジ、ください。」
トウガン「……お前。」
トウガンさんが何か言いかけた。
僕は首を傾げる。
何かおかしかったかな。
まあ、いいや。
トウガンさんはそれ以上何も言わず、ジムバッジを手渡してくれた。
初めて手にするジムバッジだった。
僕は受け取ったバッジをケースに収めると、すぐに蓋を閉じた。
トウガン「もう行くのか?」
セナ「はい。お世話になりました。」
僕はトウガンさんに深く頭を下げた。
この人は僕に生きる理由をくれた人だ。
恩人だった。
感謝してもしきれない。
もう、僕より弱いけど。
トウガン「……頑張れよ。」
トウガンさんは僕の頭を撫でて、笑いかけてくれた。
僕は小さく頷き、ジムの扉へ向かった。
そして、扉に手をかける。
はい、次。