2018年12月。
カントー地方、チャンピオンロード。
ルシアは洞窟の入り口に立っていた。
チャンピオンロード。
本来、カントーポケモンリーグに挑戦するトレーナーたちにとって最後の関門となる場所だった。
長い時間をかけて各地のジムを巡り、8個のバッジを集めたトレーナーたちが辿り着く、最後の試練。
しかし、ルシアの持つバッジは7個。
仲間のポケモンもまだ3体だけだった。
冒険を始めて約半年。
そもそもカントー地方のトレーナーですらない。
何もかもが異質だった。
それでも、ルシアは止まらなかった。
本気のグリーンに勝つ。
そのためにここで鍛える。
もっと強くなる。
ルシアは洞窟の奥へ視線を向けた。
そしてモウカザルたちとともに一歩を踏み出す。
洞窟の中へ足を踏み入れた瞬間、明らかに空気が変わった。
ルシアにも、一目でわかった。
野生のポケモンたちの強さも、気性の荒さも、これまで訪れた場所とはまるで違っていた。
ルシア「モウカザル!ムクバード!ピカチュウ!」
ルシアがモンスターボールを放った。
次々と光が弾け、3体のポケモンがルシアの前に並ぶ。
モウカザル、ムクバード、ピカチュウ。
3体は辺りを見回すと、それぞれ姿勢を低くした。
いつバトルが始まってもおかしくない。
そんな状況に備えながら、ルシアたち4人はゆっくりと洞窟の奥へ進み始めた。
最初に遭遇したのはゴローニャの群れだった。
正面から現れた6体の巨体が、ルシアたちの行く手を阻む。
ルシアは目を逸らさなかった。
迷ったら死ぬ。
ルシア「モウカザル!ドレインパンチ!」
ルシア「ムクバード!はがねのつばさ!」
ルシア「ピカチュウ!アイアンテール!」
3体が同時に動き出した。
モウカザルが地面を蹴り、正面のゴローニャへ拳を叩き込む。
ムクバードは翼を広げて飛び上がると、鋼鉄のように硬くなった翼で別のゴローニャを捉えた。
ピカチュウも小さな足で踏ん張り、迫る巨体へ尻尾を振り抜く。
3体の攻撃が、次々とゴローニャたちに炸裂した。
ルシアは拳を握った。
ここまで、一緒に歩いてきたポケモンたち。
そして、常にバトルと向き合ってきたルシア自身も、体も脳も、すっかりポケモントレーナーのそれになっていた。
技のタイプ相性も使える技も頭に入っている。
相手の特性だって一度戦えば忘れない。
もう、迷う時間はなかった。
相手を見れば、最適な技がすぐに頭に浮かぶ。
ゴローニャたちは次々と体勢を崩し、地面へ倒れていった。
ルシア「…。」
ルシアの才能は、確かに開花していた。
♢♢♢
ルシアたちは少しずつ洞窟の奥へ進んでいった。
ピカチュウも、モウカザルも、ムクバードも通用していた。
苦戦することはあっても倒されることはない。
受けたダメージを回復しながら、一歩ずつ前へ進んでいく。
道中ではたくさんのトレーナーとも戦った。
『なんでムクバード?シンオウのやつか?』
『進化すらしてないポケモンに負けた……。』
『ピカチュウなんだよあれ……。』
敗北したトレーナーたちが、口々にそんな言葉を漏らしていた。
当然だった。
ルシアは、他のトレーナーから見ても明らかに異質だった。
そして、洞窟の最奥部。
「……早かったじゃん。」
1つの人影が、ルシアに声をかけた。
♢♢♢
洞窟の最奥部。
ルシアはゆっくりと顔を上げた。
目線の先に容姿端麗な女性が立っていた。
見覚えはない。
水色の髪飾りが、鮮やかに光り輝いていた。
「……Stellaのルシアだよね?」
ルシア「……そうだけど。あなたは?」
女性は目を丸くすると、口を開いた。
「自己紹介、してなかったね。」
リノ「私リノ。カロス出身。よろしく。」
ルシア「……あ、よろしく。」
ルシアはゆっくりと言葉を返した。
チャンピオンロードに入ってから、初めてだった。
こうして自己紹介をされ、名前まで教えてもらったのは。
ルシアはもう一度、リノを見つめた。
その顔には、余裕のある笑みが浮かんでいる。
……この人、他の人とは違う。
リノはおもむろに髪飾りを外した。
リノ「……これ。」
ルシアはリノの髪飾りを見つめる。
リノ「私、Stellaのユナ推しだったんだよね。」
ルシア「……。」
リノ「旅しながらStellaの曲、聴いてたわけよ。私も。」
リノ「まぁ、あんまりルシアのこと責めたくないんだけどさ。」
リノ「ルシアのせいじゃない?ユナが倒れたの。」
ルシアは何も返せなかった。
見て見ぬふりをしていたものを、目の前に引っ張り出された気がした。
リノはモンスターボールを構えた。
リノ「バトルしようよ。」
リノ「私が勝ったらStellaに帰って復帰して。」
ルシア「……え。」
リノ「ま、私に負けるくらいなら、セナに勝つなんて絶対無理だし。」
リノ「やろうよ。1対1。」
♢♢♢
リノはルシアがモンスターボールを取り出す姿を見て、息を呑んだ。
半分は嘘だった。
私の推しは、ユナだけじゃない。
ルシアも大好きだった。
だから、見たかった。
ルシアが本当にセナに届くのか。
Stellaに戻ってほしいとか、別に思ってない。
苦しい中でも戦えるのか。
見たいのはそれだけ。
私のバッジは16個。
カントーとカロスのジムはすでに制覇している。
メガシンカだって扱える。
でも、そうじゃない。
……そんなのフェアじゃないよね。
私はルシアの覚悟が見たいだけ。
♢♢♢
ルシア「出てきて!ムクバード!」
ルシアがモンスターボールを放った。
光が弾け、ムクバードが姿を現す。
ルシアの前で大きく翼を広げると、力強く羽ばたきながら宙に浮かんだ。
リノ「頼むね。サーフゴー。」
リノのボールも開いた。
光の中からサーフゴーが姿を現す。
そして、リノの前に着地した。
ムクバードは翼を広げたまま正面のサーフゴーを見据える。
チャンピオンロード最奥部。
ムクバードVSサーフゴー。
静かに、1対1のバトルが始まろうとしていた。
♢♢♢
リノ「サーフゴー!10まんボルト!」
サーフゴーが腕を突き出した。
激しい電撃が放たれ、空中のムクバードへ一直線に迫る。
ルシア「ダブルウィング!」
ムクバードが大きく翼を広げた。
両翼から鋭い風の刃が生まれる。
そのまま迫り来る電撃へ向かって放たれる。
風の刃が電撃を捉えた。
激しくぶつかり合った末に電撃が弾けて消える。
ルシア「はがねのつばさ!」
ムクバードが一気に加速した。
鋼鉄のように硬くなった翼を広げ、サーフゴーとの距離を詰める。
そのまま翼を振り抜くと、サーフゴーの体を捉えた。
衝撃を受けたサーフゴーが後方へ押し出される。
リノ「……へぇ。」
リノは小さく声を漏らした。
ノーマルタイプは効果なし。
ひこうタイプは効果いまひとつ。
ムクバードにとっては戦いづらい相手のはず。
それなのに迷いがない。
電撃を迎撃し、そのままサーフゴーへ攻撃を叩き込んできた。
……ふーん、いいじゃん。
でも私も簡単に負けてあげるつもりはない。
リノは正面のムクバードを見つめた。
リノ「サーフゴー!ゴールドラッシュ!」
サーフゴーが拳を握った。
その正面に無数の金塊が溢れ出し、ムクバードへ向かって押し寄せる。
ルシア「ムクバード!飛んで!」
ムクバードは大きく翼を広げ、高く舞い上がった。
金塊の上を旋回しながら、正面のサーフゴーを見据える。
リノ「10まんボルト!」
その瞬間、金塊の隙間から激しい電撃が放たれた。
ルシア「……ッ!」
……やられた。
ゴールドラッシュ。
それ単体でも凄まじい威力を持つ技。
なのに陽動に使われた。
10まんボルトを隠すための囮にされた。
金塊の隙間を抜けた電撃が空中のムクバードを捉える。
ムクバードの体が大きく揺れる。
翼を広げたまま、ゆっくりと高度を失っていく。
そして、そのまま地面へ落下した。
♢♢♢
リノは地面に落ちたムクバードを見つめていた。
その時、一瞬だけ翼が動いた。
リノ「サーフゴー!」
サーフゴーは小さく頷くと、もう一度ムクバードへ視線を向ける。
ゴールドラッシュを使ったことで、サーフゴーの火力は下がっていた。
もしかしたら仕留めきれないかもしれない。
案の定だった。
ムクバードが翼を地面につき、ゆっくりと体を起こした。
リノはルシアへ視線を向けた。
そして、もう一度ムクバードを見ると、口元を緩めた。
……いじっぱりなところはトレーナーに似たのね。
♢♢♢
リノとサーフゴー。
2人の動きを見て、ルシアの脳裏に何かがよぎった。
……本当に通したい技を通すために、他の技を使う。
今まで、そんな技の使い方はしたことがなかった。
セナもやっていた。
確か、ルカリオとミロカロスのバトルだった気がする。
はどうだんを囮にして、しんそくを叩き込む動き。
あの時は、ただすごいと思って見ていた。
でも、今ならわかる。
もしかして、今の動き。
今の技の使い方。
……ワンランク上に行くための戦い方なの?
そこまで考えが至ると、ルシアは拳を強く握った。
試したい。
今、この瞬間に。
ルシアはムクバードへ祈るような視線を向けた。
……立って。
ここでリノ相手に試したい。
もう勝ち負けじゃなかった。
今、自分が辿り着いた仮説、その答えが欲しかった。
ムクバードがゆっくりと立ち上がった。
ルシア「ムクバード!」
ルシアの声に応えるように、ムクバードは苦しそうに翼を広げた。
電撃を受けた体を支えながら、もう一度サーフゴーを見据える。
ルシア「ムクバード。私を信じて飛んで。」
ムクバードが頷いた。
リノ「……。」
……なに?
なんか思いついた?
リノはルシアを見つめた。
……じゃあ見せてよ、ルシア。
ルシアの覚悟を私に見せて。
そして、『頑張って。』
心の底から私にそう言わせて。
サーフゴーとムクバードが、再び睨み合った。
ルシア「ムクバード!でんこうせっか!」
ムクバードが地面を蹴り、一気に加速した。
リノ「サーフゴー!10まんボルト!」
リノは拳を握った。
でんこうせっかは効果がない。
ゴーストタイプのサーフゴーなら攻撃はすり抜けるはず。
だから避けなくていい。
……避けなくていい?
まずい。
リノが気づいた時にはもう遅かった。
ムクバードが凄まじいスピードでサーフゴーへ突っ込んだ。
その体をすり抜け、一気に背後へ抜ける。
すり抜けた。
もうサーフゴーとムクバードの間に距離はなかった。
ルシア「ダブルウィング!」
ルシアの声が洞窟に響いた。
でんこうせっかで、一気に距離を詰める。
サーフゴーは避けない。
当たらないと思い込んでいる。
それでいい。
でんこうせっかは当たらなくていい。
本当に当てたいのは、その次。
ダブルウィングを至近距離で当てるための囮。
これが私なりの戦い方。
至近距離から放たれた風の刃が、サーフゴーの体を撃ち抜いた。
サーフゴーは地面を転がりながら、電撃を撃ち出す。
リノ「……決めて!サーフゴー!」
ルシア「ダブルウィング!」
ムクバードは迫り来る電撃を真正面から受け止めた。
全身を激しい電流が駆け抜ける。
それでも、止まらなかった。
翼を広げ、サーフゴーへ向かって突き進む。
リノはその姿を呆然と見つめた。
10まんボルト。
でんきタイプの技。
ムクバードには効果抜群のはずだった。
それなのに、止まらない。
ルシアもムクバードも迷わない。
ムクバードがさらに距離を詰めた。
その足が、サーフゴーを捉える。
サーフゴーが歯を食いしばった。
リノ「サーフゴー!フルパワー!」
ルシア「ムクバード!押し切って!」
ムクバードは電撃の中で歯を食いしばる。
全身に力を込め、サーフゴーを押し込もうとする。
その時だった。
♢♢♢
ムクバードの体を、白い光が包み込む。
ルシアの瞳が揺れた。
進化だった。
光の中で、ムクバードの体が少しずつ大きくなっていく。
頭のトサカは伸びるとより鋭く尖っていく。
サーフゴーの電撃を受けながらも、変化は止まらなかった。
リノは呆然とその姿を見つめていた。
ルシアの戦い方が変わった。
そして今、その変化に呼応するようにムクバードが進化している。
何か、見えない力が働いたような気がした。
やがて、白い光が弾けた。
そこにいたのはムクホークだった。
進化したばかりの体でサーフゴーの電撃を受けながら、なおも相手を押し込もうとしていた。
ルシア「……ムクホーク。」
ムクホークはルシアの声を背に受けた。
サーフゴーを押さえ込む足に、さらに力を込めた。
ムクホークの足に炎が燃え上がった。
ルシアはムクホークを見つめ続けていた。
今、目の前で起きている変化に、頭がついていかなかった。
ブレイズキック。
ムクホークに進化して、初めて使えるようになった技。
そして、はがねタイプのサーフゴーには効果抜群。
リノ「…サーフゴー!」
サーフゴーも危機を察知すると腕に力を込める。
しかし、もう遅い。
ムクホークがサーフゴーを押さえ込んでいた足に、さらに力を込めた。
燃え盛る炎がサーフゴーの体を包み込む。
次の瞬間、強烈な蹴りが炸裂した。
ムクホークのブレイズキックがサーフゴーを勢いよく吹き飛ばした。
♢♢♢
サーフゴーが地面を何度も跳ねた。
それでも、ゆっくりと体を起こす。
リノ「……え?……は?」
リノはそれ以上、言葉を紡げなかった。
視線が泳ぐ。
……なにそれ。
私、何か間違った?
リノは自分の行動を思い返す。
ルシアに会いたかった。
覚悟を確かめたかった。
だからユナを引き合いに出してバトルを申し込んだ。
サーフゴーで追い詰めた。
指示だって的確だったはず。
私のバッジは16個。
メガシンカだって使える。
……私が負ける?
……おかしくない?
まだ半年でしょ?
てか進化するのも、狙ったかのようにブレイズキックを覚えるのも、全部おかしい。
リノはルシアを見つめた。
もう試すとかじゃない。
ルシアを倒さないと私が納得できない。
♢♢♢
ルシアの前に、ムクホークが降り立った。
ルシア「ムクホーク!」
ムクホークはルシアの方を振り向くと、嬉しそうに笑った。
その体は傷だらけだった。
さっきまでに受けたダメージがなくなったわけではない。
それでも、まだ戦える。
ルシアは顔を上げると目の前のリノを見つめた。
どんなジムリーダーよりも強い。
多分、私がこれまでバトルした相手の中で、一番強い。
だからこの人に勝ちたい。
負けられない。
ルシアはスマートフォンを取り出すとムクホークの技を調べた。
新しい技が使える。
ダブルウィングも別の技へと強化されていた。
……勝てる。
ルシアは拳を強く握った。
視線の先にはムクホークとサーフゴー。
そして、リノ。
バトルはここからだった。