カントー地方、チャンピオンロード。
特訓を終えたレッドとルシアは、焚き火を囲んでいた。
12月のカントー地方は、さすがに冷える。
2人は体を丸めながら、静かに揺れる炎を眺めていた。
ルシアの腕の中には、ピカチュウがすっぽりと収まっている。
ルシアはピカチュウを抱き寄せ、ピカチュウもその体にぴったりとくっついていた。
互いの体温を分け合いながら、暖を取っている。
一方、レッドはリザードンの背中に腰掛けていた。
焚き火の向こうにいるルシアとピカチュウへ、ゆっくりと視線を向ける。
ふと、ハナダジムで見たバトルが頭に浮かんだ。
自分のピカチュウとは、まるで違う戦い方。
あの時、初めてルシアという少女に興味を持った。
レッドはしばらく2人の姿を眺めていた。
そして、ふと口を開いた。
レッド「……ライチュウにはしないの?」
ルシア「……え?」
ルシアは目を丸くした。
マチスにもらったかみなりのいしは、今も鞄の中にある。
ピカチュウが触らないように、厳重に保管していた。
腕の中にいたピカチュウが、くるっとルシアの方を振り向いた。
そして、じっと目を細める。
ルシアはその視線を感じながら、ゆっくりと口を開いた。
ルシア「……まだ決まってなくて。」
レッド「……俺はピカチュウのままって決めてるんだけどね。」
レッド「ライチュウにはライチュウのバトルスタイルがあるし、体だって大きくなる。」
レッド「ルシアのピカチュウは十分強いし、将来的にライチュウにするならもう進化させてもいいんじゃないかな?」
ルシア「……。」
ルシアはゆっくりと視線をピカチュウへ移した。
ピカチュウはずっとルシアを見つめていた。
ルシア「ピカチュウ?」
ピカチュウが腕の中から身を乗り出した。
ルシア「ライチュウになりたい?」
ピカチュウはすぐに頷いた。
即答だった。
ルシアは少し考える。
レッドの言うことにも一理あった。
そして、ルシア自身もここまでの戦いで、なんとなくわかっていた。
ライチュウになればパワーが上がる。
アイアンテールも、でんじほうも、はやてがえしも。
これから覚えるたくさんの技も、今よりずっと凄まじいパワーで叩き込める。
そもそもライチュウになることに反対しているわけではなかった。
ただ、もう少し考えたかっただけ。
それなら、今ならいいかも。
ルシアは鞄に手を伸ばし、厳重にしまっていたかみなりのいしを取り出した。
その瞬間、ピカチュウの瞳が大きくなった。
ずっと進化したかった。
やっとだった。
ピカチュウがゆっくりと、かみなりのいしへ手を伸ばした。
ルシア「ピカチュウ、おめでとう。」
ルシアの声が、静かな洞窟に落ちた。
ピカチュウの小さな手が石に触れた瞬間、白い光がその体を包み込んだ。
光の中で、少しずつ体が大きくなっていく。
尻尾も、足も、形を変えていった。
体つきはより大きく、たくましくなり、背筋もまっすぐに伸びていく。
やがて、白い光が弾けた。
そこには、堂々とした姿のライチュウが立っていた。
ルシアの瞳が潤んだ。
トキワの森で、ころころと転がっていたピカチュウ。
あの頃の姿を今でも覚えている。
こんなに大きくなった。
こんなに強くなった。
それだけで嬉しかった。
ルシアはライチュウに抱きついた。
ライチュウも嬉しそうに笑い、ルシアの抱擁を受け止めた。
満足そうに胸を張るわけでもなく、大きくなった体で構えるわけでもない。
ただ、ルシアに抱きしめられながら、嬉しそうに目を細めていた。
体が大きくなっても、進化しても、ルシアのピカチュウはそのままだった。
レッドはそんな2人を眺めながら、隣にいるリザードンの頭を優しく撫でた。
自然と笑みがこぼれる。
11年前、自分たちにも確かにこんな時間があった。
リザードンへ進化した時、自分たちもこうして抱き合った。
懐かしかった。
リザードンもレッドのそばで満足そうに鼻を鳴らした。
レッドはその頭を撫でながら静かに微笑んでいた。
♢♢♢
次の日から、レッドとルシアは再び特訓に身を投じた。
ルシアと3体のポケモンたちは、目に見える速さで成長していった。
モウカザルもライチュウも、レッドとそのポケモンたちの戦い方を見て、次々と新しいものを吸収していく。
特にモウカザルが注目していたのは、レッドのピカチュウだった。
どうやって、あれほどのスピードを出しているのか。
どうすれば、凄まじい攻撃力を叩き出せるのか。
モウカザルはピカチュウの踏み込みを何度も見つめ、その動きを繰り返し真似した。
地面を蹴る足の使い方も、加速する時の姿勢も。
何度も試しながら、少しずつ自分の動きへ取り込んでいった。
ピカチュウのボルテッカーを真似た動きは、次第にモウカザル独自の形へと変わり始めていた。
一方、ムクホークは違った。
ムクホークは、レッドのポケモンたちの動きを真似しなかった。
とにかく前に立つ。
そして攻める。
インファイト、ブレイブバード、そしてブレイズキック。
それぞれの技をひたすら磨き続けた。
踏み込む力も、突進の速度も、攻撃の威力も。
特訓を重ねるたびに少しずつ研ぎ澄まされていく。
ムクホークの破壊力はルシアの手持ちの中でも群を抜くようになっていた。
一番大きく変わったのはライチュウだった。
ライチュウに進化したことで、体はさらに強くなった。
地面を蹴る力も、踏み込むスピードも飛躍的に向上した。
もう、大地を踏み締めて相手の攻撃を受ける必要はない。
避けることだってできる。
それでも、ルシアもライチュウもバトルスタイルそのものは変えなかった。
できることが増えるのはいいことだ。
それは間違いない。
でも自分たちの個性まで変える必要はない。
他のライチュウと同じように戦う必要だってなかった。
ルシアのライチュウが得意なのは、大地を踏み締め相手の攻撃を受けながら自分の攻撃を叩き込む、ノーガードの殴り合い。
痛みに耐えることにも攻撃を受けることにも慣れていた。
進化によってライチュウは以前よりも自由に動けるようになった。
それでも、選んだのは正面からの殴り合いだった。
より力強く持ち前のパワーで相手を叩き潰すストロングスタイル。
ルシアとライチュウは、その戦い方を貫きながら自分たちだけのバトルスタイルを確立させていった。
♢♢♢
レッドに同行して約1週間。
ようやく、チャンピオンロードの出口が見えてきた。
レッドは小さく息を吐いた。
ルシア「……ついた。」
レッドは何も言わずに頷いた。
レッド「……じゃあ。」
それだけ告げると、レッドはリザードンとともに出口へ向かって歩き始めた。
ルシア「……あ。」
ルシアはその背中を目で追った。
早すぎる。
何か言わせてほしい。
まだ、整理できていなかった。
それでも、ルシアは声を振り絞った。
腕の中にいたライチュウも、レッドに向かって大きく鳴いた。
ルシア「ありがとう!」
レッドが振り向いた。
ルシアは太陽のような笑顔を浮かべた。
レッドのおかげで、間違いなく強くなれた。
ムクホークも、ライチュウも、モウカザルも。
みんな強くなった。
今なら、グリーンとも戦える。
そう思えるくらいには自信がついていた。
ルシア「絶対勝つから!セナに!」
ルシア「見てて!」
レッドは片手を上げると小さく手を振った。
もう、振り向かなかった。
それでも赤い帽子の下、レッドの口元がわずかに緩んだ。
ルシアはチャンピオンロードを抜けた。
視線の先にはセキエイ高原が広がっていた。
このまままっすぐ進めば、カントーポケモンリーグ。
しかしルシアの目的は違った。
目指すのは、手前にあるセキエイ駅。
そこからトキワシティ行きの電車に乗る。
そして、グリーンを倒す。
ルシアはポケモンリーグへ続く道から視線を外すと、セキエイ駅へ向かって歩き始めた。
セキエイ駅。
ルシアはナギサシティ行きの電車に乗り込んだ。
トキワシティは次の停車駅。
10分ほどで到着するはずだった。
『セキエイ発、ナギサ行きの電車が発車いたします。』
駅員のアナウンスがホームに響いた。
……ナギサシティ。
グリーンさんを倒したら帰るんだ。
ユイさん、びっくりするかな。
本当に8個、バッジを取れちゃうかもしれない。
ルシアは懐かしい故郷の名前に思いを馳せながら、座席にゆっくりと体を預けた。
隣では、ライチュウが窓の外の景色を眺めていた。
電車が動き出し、ホームの景色が少しずつ流れていく。
2人は、完全に油断していた。
♢♢♢
カントー地方、トキワシティ、トキワジム。
21時を回った頃だった。
グリーンはスマートフォンを取り出すと、幼馴染に電話をかけた。
最近、シンオウでは色々あった。
だから少し気になった。
しばらく呼び出し音が続いた後、通話がつながった。
「……はい。」
静かな声が聞こえた。
グリーン「……大丈夫か。」
「大丈夫だと思う?」
少し強い口調だった。
グリーンは小さく息を吐いた。
思ったよりは大丈夫そうだった。
グリーン「……話そうぜ。帰ってこいよ。」
「……。」
グリーン「……なんだよ。」
「そんな暇、あると思う?」
グリーン「ハッ!たまには休めバカ。」
グリーン「お前までダメになってどうすんだ。」
「……でも。」
電話の向こうの声が震えた。
グリーン「……帰ってこい。」
グリーン「話くらい聞いてやる。」
しばらく沈黙が続いた。
「……明日行く。」
ようやく返事が返ってきた。
グリーン「あぁ。待ってる。」
通話が切れた。
グリーンはスマートフォンを下ろすと小さく息を吐いた。