2018年12月。
カントー地方、トキワシティ、トキワジム。
21時を回った頃、ユイは静かにジムの扉を開けた。
広いバトルフィールドには、1人の青年だけが残っている。
トキワジムジムリーダー、グリーン。
ユイの姿を見つけると小さく笑った。
グリーン「……来たな。」
ユイは大きく息を吐いた。
ユイ「何よ。遠かったんだけど。」
少し頬を膨らませてみせる。
その表情を見て、グリーンが吹き出した。
グリーン「懐かしい顔だな。それ。」
ユイも思わずつられて笑ってしまう。
ほんの少しだけ、張り詰めていた空気が和らいだ。
グリーンはユイをまっすぐ見つめた。
グリーン「……大丈夫かよ。」
ユイは少し俯いた。
ユイ「大丈夫じゃないわよ。」
グリーン「だろうな。」
グリーン「だから呼んだ。」
ユイは呆れたように肩をすくめた。
ユイ「『呼んだ。』じゃないわよ。」
ユイ「あんたが来なさいよ。」
グリーンは声を上げて笑った。
グリーン「悪い悪い。」
そう言うと、モンスターボールを手の中で軽く回した。
グリーン「……まぁ、とりあえずバトルしようぜ。」
グリーン「話はそのあとだ。」
ユイは小さく息を吐いた。
ユイ「あんたしかいないのね?」
グリーン「あぁ。」
グリーンは軽く肩をすくめた。
グリーン「全員帰った。」
そう言うと、どこか楽しそうに笑った。
グリーン「本気でいいぜ。」
グリーンがモンスターボールを放った。
光が弾け、大きなカメックスがフィールドに姿を現した。
グリーンのエース。
ジム戦では滅多に姿を見せない。
本気のバトルでしか繰り出されない、長年連れ添った相棒だった。
ユイも静かにボールを構えた。
ユイ「出てきて、イーブイ。」
イーブイが飛び出し、軽やかに着地した。
グリーンはその姿を見ると小さく笑った。
グリーン「……まだ隠してんのか?」
ユイは何も答えなかった。
ただイーブイを見つめるだけだった。
グリーン「……まぁいい。」
グリーンは口元を緩めた。
グリーン「やろうぜ。」
カメックスとイーブイが静かに向かい合った。
グリーン「カメックス!ハイドロポンプ!」
カメックスの砲口から、鋭い水流が一直線に放たれる。
ユイ「イーブイ!かわして!」
イーブイは軽やかに身を翻し、紙一重で水流をかわした。
ユイ「イーブイ!しんそく!」
イーブイが鋭く踏み出した。
グリーン「カメックス!避けろ!」
カメックスは大きな体からは想像できない身のこなしで横へ踏み込む。
イーブイの突進がその脇を通り抜ける。
グリーンは楽しそうに笑った。
グリーン「相変わらずだな。」
ユイはカメックスから目を離さなかった。
ユイ「イーブイ!しんそく!」
イーブイが再び加速した。
次の瞬間にはカメックスの懐へ潜り込み、勢いよく体当たりを叩き込む。
カメックスが数歩後退した。
グリーン「カメックス!はどうだん!」
青白い波動が放たれた。
ユイ「イーブイ!とっておき!」
イーブイの前方にエネルギーが生まれ、一直線に波動へ向かっていく。
2つの技が激しくせめぎ合った。
やがて同時に弾け飛び、衝撃がフィールドを駆け抜ける。
爆風が収まると、カメックスとイーブイは互いを見据えていた。
グリーン「……もういいか。」
ユイ「えぇ。」
ユイはイーブイを抱き上げた。
イーブイも安心したように、ユイの腕の中へ収まった。
2人はフィールドの端へ歩き、並んで腰を下ろした。
しばらく沈黙が続いた。
グリーンが静かに口を開く。
グリーン「あんま思い詰めんなよ。」
ユイは苦笑した。
ユイ「……私のせいでタレントが壊れたのよ。」
グリーンは首を横に振った。
グリーン「壊れてねぇだろ。」
ユイは何も返せなかった。
Stellaの一件はグリーンの耳にも入っている。
セナを目指すため、活動を休止したルシア。
その穴を埋めようとして倒れたユナ。
そして今、Stellaが壊れていく姿を前に自分を責め続けるユイ。
グリーンは少し考えるように顎へ手を当てた。
グリーン「その倒れたやつ。」
グリーン「名前、なんだっけ。」
ユイ「……ユナ。」
グリーンは小さく頷いた。
グリーン「俺が預かろうか。」
ユイ「……え?」
グリーン「そのユナってやつ。」
ユイは言葉を失った。
グリーン「このまま復帰なんて無理だろ。」
ユイはゆっくり頷いた。
ユイ「……それはそうなんだけど。」
グリーン「…悪い話じゃねえだろ。」
グリーン「シンオウから離れて、ゆっくり過ごすだけでもよくなるかもしれねぇ。」
グリーン「そいつが来たいって言うなら連れて来い。」
グリーン「ちょうどジムも忙しい。」
グリーン「手伝いとして雇ってやる。」
ユイは黙ったまま話を聞いていた。
グリーン「無理に連れて来るな。」
グリーン「そいつに選ばせろ。」
その一言が、ユイの胸に深く刺さった。
グリーン「お前には借りがあるからな。」
グリーン「俺にできることなら協力する。」
それだけ言うと、グリーンはゆっくりと立ち上がった。
グリーン「まぁそれはいい。」
ユイは顔を上げた。
……今、それはいいって言った?
信じられないという顔で、グリーンを見つめる。
グリーン「ルシア、そろそろ来るぞ。」
ユイ「……。」
グリーン「レッドと修行したらしいぜ。すげえな。」
ユイは目を見開いた。
……レッドと修行?
そんな話、聞いていなかった。
グリーン「俺に勝つかもしれねえな。」
ユイ「……え。」
グリーン「半年でバッジ8個が約束なんだろ?」
ユイ「……。」
グリーン「俺、負けちまうかもな。」
ユイ「……あんたね。」
ユイの声が低くなった。
ルシアのことは応援している。
でも、それはそれだった。
グリーンが負ければ、ルシアは帰ってこない。
それは話が違う。
グリーン「……あんま怒んなよ。冗談だろ。」
グリーン「……しっかり叩き潰してやる。」
グリーンは口元を緩めた。
手の中にあるカメックスのモンスターボールを、強く握り締める。
その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
ユイはゆっくりと立ち上がった。
ユイ「もう帰るから。」
グリーン「あぁ。」
ユイは大きく腕を伸ばした。
ほんの少しだけ肩の力が抜けた気がした。
2人は並んで歩き、ジムの外へ出た。
ユイ「……ルシア来たら頼むわね。」
グリーン「……任せろ。」
グリーン「俺もワクワクしてんだよ。」
ユイはグリーンの横顔を見ると笑みをこぼした。
こういうふうに笑っている時のグリーンはきっと強い。
なんとなくわかっていた。
もう付き合いも長い。
ユイはモンスターボールを取り出すと、ウォーグルを繰り出した。
大きく翼を広げたウォーグルに掴まる。
ユイ「じゃあね。」
グリーン「あぁ。」
ユイ「……ありがとう。」
ユイの静かな声が、2人の間に落ちた。
グリーン「ハッ。」
グリーンは満足そうに笑うと踵を返す。
ユイを乗せたウォーグルは翼を広げ、シンオウへ向かって飛び立った。
♢♢♢
トキワシティに向かう電車の中。
いや、正しくは、トキワシティに向かっていた電車の中。
ルシア「……ん。」
ルシアはゆっくりと目を覚ました。
隣では、ライチュウも眠そうに目を擦っていた。
ルシア「え!?!?」
突然の大声が、車内に響き渡った。
気づいたら、寝ていた。
いつの間にか、2人とも眠ってしまっていた。
『次は終点、ナギサシティ。』
車内アナウンスが響いた。
ルシア「エ。」
思わず、変な声が漏れた。
目的地はトキワシティ。
セキエイ駅から、たった10分で着くはずだった。
それなのに、ルシアとライチュウは優雅に5時間もの電車の旅を楽しんでしまった。
目が覚めたら、そこはシンオウ地方、ナギサシティ。
ルシアは呆然と窓の外を眺めた。
見覚えのある街並みが、視界に広がっていた。
……終わった。
ルシアは始まりの街を見つめたまましばらく動けなかった。
♢♢♢
ルシアとライチュウは、言葉を失ったままナギサ駅に降り立った。
しばらくの間、現実を受け入れられなかった。
ルシア「……えぇ。」
……今から帰るの?
トキワに?
また5時間、電車に乗るの?
無理だ。
耐えられない。
ルシアはゆっくりとバッジケースを取り出した。
そして祈るような気持ちで中身を数え直す。
……7個。
何度数えても7個しかなかった。
当然だった。
戦っていないのだから。
ルシア「……。」
ルシアは口を開けたまま考え込んだ。
8個のバッジを半年以内に取る。
……8個のバッジ。
8個ならどこでもいい?
……ナギサジム。
ナギサジムで取ればいい。
ルシアは顔を上げた。
ナギサで取ればいい!
ルシアはライチュウを抱き上げると、駅の出口へ向かった。
そのまま駅を出て、ナギサシティの街並みへと歩き始めた。
♢♢♢
ナギサシティ、Cutie Project事務所。
ルシアは事務所の前に立つと、ゆっくりと扉を開いた。
受付に座っていた女性が顔を上げる。
受付「いらっしゃいま……ルシアちゃん!?」
ルシア「……おひさしぶりです。」
ルシアは少し照れくさそうに笑った。
受付の女性は勢いよく立ち上がると、慌ただしく奥へ駆けていった。
受付「社長!!ルシアちゃんが帰ってきましたよ!」
事務所の奥から、騒々しい物音が聞こえてきた。
ユイ「え!?」
続いて、ユイの大きな声が事務所に響いた。
ルシアはライチュウをもう一度抱き上げると、社長室へ向かって歩き始めた。
♢♢♢
ルシアが社長室の扉を開けた。
ユイが顔を上げる。
ユイ「おかえり、ルシア。」
ユイは小さく微笑んだ。
ルシア「……戻りました。」
ルシアは軽く頭を下げると、ユイと向かい合うようにソファへ腰を下ろした。
ユイ「早かったじゃない。」
ルシア「……。」
ユイ「トキワジム、どうだった?」
ルシア「……。」
ルシアはしばらく返事ができなかった。
なんと言っていいのかわからなかった。
ユイ「……え? どうしたの?」
ユイの声色が変わった。
ルシア「……えっと。」
ルシア「寝過ごして帰ってきちゃいました。」
ルシアは引きつった笑みを浮かべた。
ユイは絶句した。
……寝過ごした?
トキワには行っていない。
バッジも7個のまま。
ユイはしばらく何も言えなかった。
グリーン、あんなに楽しみにしてたのに。
今頃、準備を済ませて待っている頃だろう。
多分、腕も組んで、今か今かと待っていると思う。
……ごめん、グリーン。
ルシアなら、ここにいます。
♢♢♢
ルシア「……だからナギサジムで8個目、取ります。」
ユイ「……。」
ルシア「いいですよね。ジムバッジ8個ですし。」
ユイ「……もちろんいいわよ。」
ユイはジム戦の予定を確認すると、ゆっくりと息を吐いた。
明日のジム戦にはまだ空きがある。
ただし、公開ジム戦だった。
観客が会場に入り、挑戦者のバトルを観戦できる形式。
……むしろ、ちょうどいい。
ルシアがどのくらい強くなったのか。
どんな覚悟を持って旅に出たのか。
そして、勝てるのか。
明日、すべてわかる。
デンジだって強い。
グリーンと比べれば劣るかもしれない。
でも、シンオウ最強のジムリーダーだ。
そんな簡単にルシアが勝てるとも思えなかった。
ユイは顔を上げ、向かいに座るルシアへ視線を移した。
ユイ「……公開ジム戦ね。」
ルシアはユイを見つめた。
ユイ「Stellaから告知を出すわ。」
ユイ「ルシアがナギサジムに挑戦しますって。」
ユイ「私たちに証明して。」
ユイ「セナ君に勝ちますって。」
そこまで言うとユイは小さく微笑んだ。
@Stella_official
【Stellaからのお知らせ】
明日、ナギサジムにて、Stellaメンバーのルシアが公開ジム戦に挑戦することが決定いたしました。
約半年間、ポケモントレーナーとして旅を続けてきたルシアが、8個目のジムバッジ獲得を目指します。
公開ジム戦となりますので、会場では試合をご観戦いただけます。
ルシアの挑戦を、ぜひ見届けてください。
Stella運営
@stella_fan_071
明日!?
いきなりすぎない!?
@mint_soda_22
行きたいのに無理すぎる
明日じゃ予定空けられないよ
@nagisa_live
もう少し早く告知してくれない?
さすがに前日は急すぎる
@lucia_red_12
ルシアのポケモンバトルが見られるってこと!?
@stella_watch_08
ユナが倒れてるんだぞ
そんなことしてる場合か?
@blue_ribbon_39
これユイさんが決めたの?
さすがに勝手すぎない?
@stella_news_17
ルシアのジム戦より先にユナとリンが今どうしてるのか教えてほしい
@sunny_poke_25
明日の予定全部キャンセルした
@nagisa_trainer
さすがにこれは行くわ
@nagisa_poke_21
ルシアもよくやるよな
わざわざナギサでジム戦する必要ある?
@stella_fan_38
遊びでポケモンバトルやってるならもう帰ってきてほしい。
@blue_heart_07
ルシアはユナのことどうでもいいと思ってるのかな
それなら本当に辛い
@sinnoh_champion
セナに勝つなんて無理なんだから大人しくアイドルやっててほしい。
@lucia_support_12
そんなのまだわかんないだろ
@battle_realist
いやわかる
セナは無理
@lucario_watch_35
まずルカリオに攻撃を当てるところからだしな
@nagisa_live_24
にしても明日のルシアの試合を見ないことには何も言えない