ポケットモンスター 金星の星跡   作:セナ@ハーメルン

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26話 ルシアVSデンジ前夜

ナギサシティ近郊、222番道路。

 

リンは1人で砂浜に座ったまま海を眺めていた。

 

目の前には広い海が広がり、波が静かに砂浜へ打ち寄せている。

 

ユナが倒れてから1ヶ月。

 

Stellaの活動は完全に停止していた。

 

私は今も1人で仕事を続けている。

 

モデル撮影、取材、メディアへの出演。

 

どれもそつなくこなしていた。

 

でも、どれも私のやりたいことじゃない。

 

私はアイドルがやりたい。

 

モデルがやりたいわけじゃない。

 

1人で有名になりたいわけでもない。

 

私はファンのみんなの前で歌って、踊って、みんなを笑顔にしたい。

 

ユイさんはいつかきっと戻れるって言った。

 

嘘をついたとは思わない。

 

でも、ユイさんはルシアが戻るまでライブを増やさないらしい。

 

……私とユナじゃ価値はないって。

 

そうとしか思えなかった。

 

そしてユナが倒れた。

 

そしてStellaは止まった。

 

完全に。

 

私はアイドルとして何もできない。

 

そう言われたのと同じだった。

 

♢♢♢

 

「……おーい。」

 

背後から声が聞こえた。

 

聞き慣れた声。

 

私はゆっくりと振り向いた。

 

ソウだった。

 

ちょうどユナが倒れた日くらいにここで出会った男の人。

 

元々、私のファンだったらしい。

 

ライブにも顔を出してくれていた、らしい。

 

普段ならファンと個人的に関わることなんてしない。

 

誰が見ているかわからないから。

 

でも、ソウは私の話を聞いてくれた。

 

それだけで嬉しかった。

 

連絡先も知らない。

 

どこに住んでいるのかも知らない。

 

お互いに。

 

ここでなんとなく待ち合わせをして、なんとなく話す。

 

私たちはそんな仲になっていた。

 

ソウ「……どうしたの? 顔あげなよ。」

 

ソウは私の隣に腰を下ろした。

 

そして、優しい笑顔を向けてくれた。

 

いつも通りだった。

 

リン「……ルシア、帰ってきた。」

 

ソウ「え? よかったじゃん。」

 

ソウの明るい声が砂浜に響いた。

 

リン「よくない。」

 

ソウ「なんで?」

 

リン「ルシアが戻ってきてもアイドルにはならないよ。」

 

ソウ「……。」

 

リン「あいつ、強くなってる。」

 

ソウ「……へぇ。」

 

ソウはそこまで言うと、しばらく海を眺めて考え込んでいた。

 

私は隣にいるソウへ視線を向けた。

 

急に返事がなくなったことが、少し心配になった。

 

ソウ「オレ、見に行こうかな。」

 

リン「……え?」

 

自分でも驚くほど、気弱な声が漏れた。

 

慌てて口元を押さえる。

 

聞かれたくなかった。

 

ソウは私の方を見ると、小さく笑った。

 

ソウ「……ルシアが負ければStellaは戻るんだろ?」

 

リン「……。」

 

ソウ「見たいよオレも。Stella好きだし。」

 

そこまで言うと、ソウは口元を緩めた。

 

私は自分がどんな顔をしていたのかわからなかった。

 

でも、ソウはこっちを見て優しく笑ってくれた。

 

ソウ「一緒に見ない?」

 

リン「……ダメでしょ、そんなの。」

 

私は即答した。

 

そんなの許されるわけがない。

 

万が一バレたら私のアイドル人生は本当に終わる。

 

ソウ「……じゃあ見ないの?」

 

リン「……。」

 

……見たい。

 

ルシアが半年でどう変わったのか。

 

映像じゃなくて自分の目で確かめたい。

 

でも1人は嫌だった。

 

泣きそうになるから。

 

ソウ「……変装していけばバレないでしょ。」

 

リン「……。」

 

ソウ「人も多いだろうし。な。」

 

私はゆっくりと頷いてしまった。

 

そして少し安心してしまった。

 

ルシアの試合を生で見られる。

 

それに1人で見なくていい。

 

今思えば、これが私の最初の一歩だった。

 

私が生まれ変わる、最初の一歩。

 

私はソウと別れると、ナギサシティへ向かって歩き始めた。

 

もう日が落ちようとしていた。

 

♢♢♢

 

リンの姿が見えなくなるとソウはモンスターボールを取り出した。

 

ボールが開き、光が弾ける。

 

現れたのはスイクンだった。

 

スイクンは砂浜に静かに降り立つと、ソウの前に立った。

 

ソウは何も言わず、その背中に乗った。

 

スイクンがゆっくりと海へ向かう。

 

水面を蹴る。

 

そして、一気に速度を上げた。

 

夕暮れの海を駆け抜けると、その姿はやがて遠くへ消えていった。

 

♢♢♢

 

2018年12月。

 

ユナは、自室の布団から出られなくなっていた。

 

どうやら、私が倒れてから1ヶ月が経ったらしい。

 

……もう、そんなに経ったんだ。

 

部屋はずっと暗いまま。

 

カーテンも閉めたままだった。

 

今が朝なのか、昼なのか、夜なのか。

 

もう、よくわからない。

 

私は布団の中で、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。

 

何を見ていたのかも、よく覚えていない。

 

ただ、指だけが動いていた。

 

……起きなきゃ。

 

そう思っても、体が動かない。

 

布団から出られない。

 

ご飯も食べられない。

 

お腹が空いているのかも、わからなかった。

 

……何してるんだろ、私。

 

最後に笑ったの、いつだっけ。

 

昨日?

 

違う。

 

もっと前だった気がする。

 

思い出せない。

 

明日、何をするんだっけ。

 

……明日?

 

そもそも、今日が何日なのかもわからない。

 

何も考えられなかった。

 

これからどうしたいのか。

 

何をすればいいのか。

 

そんなこともわからない。

 

Stella。

 

……Stella、どうなったんだろ。

 

考えようとした。

 

でも頭が動いてくれなかった。

 

私はスマホの画面に視線を戻した。

 

何もできない。

 

何も考えられない。

 

ただ、布団の中で時間が過ぎていった。

 

でも、一つだけやっていたことがある。

 

ルシアのニュースを探すこと。

 

毎日、何時に起きたのかもわからない。

 

それでも、目が覚めるとPoketterを開いた。

 

……ルシア。

 

今日も、何かあるかな。

 

画面を眺める。

 

指を動かす。

 

ルシアの名前を探す。

 

それが終わると、また眠る。

 

そして、目が覚めたらまたPoketterを開く。

 

何度も、何度も、毎日それだけを繰り返していた。

 

エゴサだってずっとやっていた。

 

ルシアに関する投稿は全部見た。

 

……ルシア、どうしてるかな。

 

元気かな。

 

ご飯、食べたかな。

 

強くなってるかな。

 

……大丈夫かな。

 

そんなことばっかり考えていた。

 

自分のことは何も考えられないのに。

 

ルシアのことだけはずっと頭から離れなかった。

 

ニュースの記事だってあった。

 

ハナダジム突破。

 

クチバジムでは、動かないピカチュウがライチュウを撃破。

 

どれも小さなニュースだった。

 

でも、全部見た。

 

何度も読んだ。

 

……ルシア、頑張ってる。

 

ちゃんと前に進んでる。

 

自分の夢に向かって、一歩ずつ。

 

セナさんに向かって少しずつ強くなっていた。

 

Poketubeだって見た。

 

ポケモンバトルのことなんて私にはほとんどわからない。

 

技の使い方も、何がそんなにすごいのかも、よくわからなかった。

 

でも、これだけはわかった。

 

……ルシア、ポケモントレーナーになってる。

 

私の知ってるルシアが画面の向こうで戦っていた。

 

私は何度も同じ記事を読んだ。

 

何度も同じ動画を見た。

 

見終わったら、また最初から見る。

 

それを繰り返して。

 

疲れたら、スマホを置いて目を閉じた。

 

毎日そればっかりだった。

 

ルシアの記事を見ていると、いつも隣にはセナさんの記事があった。

 

『防衛戦○連勝達成』

 

『現代最強』

 

『無敗の王者』

 

そんな見出しばっかりだった。

 

……見たくない。

 

正直、嫌いだった。

 

セナさんのことが嫌い。

 

逆恨みなのはわかってる。

 

セナさんは何も悪くない。

 

ルシアが自分で決めて、自分で旅に出た。

 

そんなことわかってる。

 

でも。

 

……嫌いなものは、嫌い。

 

私にとってはルシアを奪った人。

 

どうしてもそんなふうに見えてしまう。

 

記事を開かなければいい。

 

見なければいい。

 

それだけなのに。

 

ルシアのニュースを探すたびに、セナさんの名前が目に入った。

 

そのたびに、胸が苦しくなった。

 

私が倒れてから、どれくらい経ったんだろう。

 

もう、よくわからない。

 

そんな時だった。

 

スマホの画面に、Stellaからのお知らせが流れてきた。

 

……え。

 

ルシアがナギサジムに挑戦するらしい。

 

私はぼんやりと画面を見つめた。

 

あぁ。

 

もうそんな時期なんだ。

 

もうすぐ半年か。

 

……そっか。

 

わかんないけどそうなんだ。

 

ルシア、ナギサにいるんだ。

 

明日、ジム戦。

 

……見たい。

 

会いに行きたい。

 

応援したい。

 

でも、ルシアが勝ったら正式に旅に出る。

 

私は置いていかれる。

 

ルシアと私はもう二度と隣に並べない。

 

……嫌だ。

 

勝ってほしいのに。

 

ルシアのバトルを見たいのに。

 

体は起きてくれない。

 

布団から出ることすらできない。

 

それなのに、心のどこかでルシアに負けてほしいと願ってしまう。

 

……いやだ。

 

こんな私、大嫌い。

 

セナさんのことだって嫌いになった。

 

逆恨みだってわかってる。

 

それなのに、今度はルシアに負けてほしいなんて。

 

……何考えてるんだろ、私。

 

ルシアは頑張ってるのに。

 

ずっと、頑張ってきたのに。

 

私は、自分のことが許せなかった。

 

そして、体も動いてくれなかった。

 

明日は、ルシアの晴れ舞台。

 

そこに私はいなかった。

 

♢♢♢

 

ナギサシティ、ナギサジム。

 

バトルコートを取り囲む観客席は満員だった。

 

通路にまで人が溢れている。

 

観客同士が押し合うほどの混雑になっていた。

 

いや、もはや単に満員という言葉では片づけられない状況だ。

 

デンジ「……なんだこれは。」

 

デンジの口から思わず声が漏れた。

 

ただの公開ジム戦。

 

挑戦者がルシアであることは聞いていた。

 

しかし、こんなことになるとは聞いていない。

 

デンジはすでにバトルコートに立ち、挑戦者の入場を待っていた。

 

ルシアはまだ来ていない。

 

ぼんやりと顔を上げ、観客席を見渡す。

 

どこを見ても人、人、人。

 

座席には隙間すらなかった。

 

……おかしいだろ。

 

本当に。

 

ナギサジムの観客席。

 

観客席に漂う空気は、異常だった。

 

ルシアを応援する人。

 

Stellaのルシアを知っている人。

 

そしてルシアに悪意を向ける人もいた。

 

当然だった。

 

ルシアが旅に出たことでユナは倒れた。

 

リンは壊れかけた。

 

Stellaの活動は止まった。

 

本当に、それだけの価値がポケモンバトルにあるのか。

 

それを確かめるために足を運んだ人もいた。

 

観客席にあるのはルシアを歓迎する声ばかりではない。

 

応援する人々の中には、敵意を抱いた観客も混じっている。

 

ルシアに負けてほしい、そう願う人さえいる。

 

悪意も、敵意も、敗北を望む感情も。

 

この満員の観客席には、当然のように存在していた。

 

観客席の後方。

 

リンとソウは並んで座り、バトルコートを見下ろしていた。

 

リンは黒い帽子を深く被り、ピンクのパーカーに身を包んでいる。

 

顔にはマスク。

 

普段のミントグリーンを纏った少女とは、似ても似つかない姿だった。

 

観客席には派手な服装の人も多く、ピンクのパーカーですら目立たない。

 

周囲の観客に紛れ込み、うまく擬態できていた。

 

ソウ「……始まるね。」

 

リンは静かに頷いた。

 

もうすぐルシアがステージに立つ。

 

……いや、バトルコートに立つ。

 

リンはすでに、バトルコートから目を離せなくなっていた。

 

バトルコートの通路脇。

 

ユイは目の前に広がるバトルコートを見つめていた。

 

誰よりも近くで見たかった。

 

本来なら関係者以外は立ち入れない場所。

 

ユイの腕の中にはイーブイが収まっている。

 

もしルシアが勝つようなら、私は認めなければならない。

 

だから1秒たりとも見逃せない。

 

この半年間でルシアが何をしてきたのか。

 

どう生きてきたのか。

 

どこまで強くなったのか。

 

そして今のあの子が出した答えを。

 

私だけは目を逸らさないように。

 

何一つ見逃さないように。

 

ユイはゆっくりと息を整えた。

 

腕の中のイーブイを抱えたまま、もう一度バトルコートへ視線を向けた。

 

♢♢♢

 

バトルコートへ続く通路。

 

ルシアは長い髪を後ろで結ぶと、ゆっくりと顔を上げた。

 

結い上げたポニーテールが、肩の後ろで軽やかに揺れる。

 

ルシア「……よし。」

 

怖くはない。

 

ここまでずっと勝ってきた。

 

リノとも戦った。

 

レッドさんと一緒に旅もした。

 

今なら、自信を持って言える。

 

今の私が、私史上一番強い。

 

私は最強。

 

今の私は誰にも負けない。

 

それだけ心にあれば十分だった。

 

ルシアは前を向くと、バトルコートへ一歩踏み出した。

 

その瞬間、凄まじい声が押し寄せた。

 

歓声。

 

怒号。

 

悲鳴にも似た声。

 

無数の声が入り混じり、バトルコートを埋め尽くしていた。

 

それでもルシアはまっすぐ前を見ていた。

 

視線の先には、すでにデンジが立っている。

 

ルシアは正面からデンジと向かい合った。

 

デンジ「……さてと。」

 

デンジ「来たな、元アイドル。」

 

ルシア「今日はポケモントレーナーなんですけど!」

 

デンジは口元を緩めた。

 

デンジ「あぁ、そうだな。」

 

デンジ「セナに勝つんだもんな。」

 

ルシア「……。」

 

デンジ「あいつはすごかったぜ。」

 

そこまで言うとデンジは改めてルシアの顔を見つめた。

 

デンジ「……。」

 

自信に満ちた顔だった。

 

今日は公開ジム戦。

 

何か言ってやろうと思っていた。

 

しかし、その表情を見ていると、もういいと思えた。

 

オレも、こいつと早く戦いたい。

 

デンジ「……それ以上は野暮だな。」

 

デンジ「……バトルで語ろう。」

 

ルシア「はい!」

 

ルシアの声がバトルコートに響いた。

 

審判「使用ポケモンは3体! それでは両者、ポケモンを!」

 

ルシアVSデンジ。

 

通路脇からはユイ。

 

観客席からはリン。

 

そして、スマートフォンの画面の向こうには、ユナ。

 

それぞれの思いを乗せたバトルが、今、始まろうとしていた。

 

@stella_fan_27

ルシア来た

 

@nagisa_live_08

え、これ本当にルシア?

 

@mint_soda_39

空気違いすぎない?

半年前と全然違うんだけど。

 

@stella_love_12

もっとキャピキャピしてたじゃん。

どうしたの?

 

@stella_watch_08

ユナが倒れてStellaの活動も止まってるのに、ルシアは普通にジム戦するんだな

 

@poke_watch_21

え、なんかめちゃくちゃ強そう

 

@nagisa_fan_21

わざわざナギサでやる必要ある?

今のStellaがどうなってるか知ってるでしょ

 

@lucia_red_07

バトルのこと全然知らないけど今までのルシアじゃないのはわかる

 

@blue_heart_07

ルシアはユナのことどう思ってるんだろ

何も気にしてなかったら本当に辛い

 

@blue_ribbon_18

ルシアってあんなに目据わってたっけ?

ちょっと怖い

 

@stella_love_38

ルシアが旅に出なければこんなことにはならなかったんじゃないの

 

@sinnoh_battle_35

せっかくだしいいバトルが見たいな

 

@mint_fan_12

ユナとリンがあんな状態なのにルシアだけ自分のやりたいことやってるの納得できない

 

@champion_watch_04

セナに勝つって言うんならデンジくらいは倒せよ

 

@nagisa_trainer_22

無茶言うなよ

相手はデンジだぞ

 

@sinnoh_champion

セナに勝つなんて無理なんだからもうアイドルに戻ってきてほしい

 

@nagisa_live_17

アイドルよりポケモンバトルが大事ならそれだけの実力があるところを見せてほしい

 

@stella_days_03

ルシアのことずっと応援してたけど今は素直に頑張れって言えない

 

@nagisa_poke_35

ここまで来たなら試合は見る

でもデンジに負けて帰ってきてほしいと思ってる




こんばんは!セナです!

やっとルシア編、最初の山場まで来ました!

明日、ルシアVSデンジ!決着まで更新する予定です! 

今後ともよろしくお願いします!
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