ルシアはモンスターボールを握り締めた。
最初に出すポケモンはもう決めている。
誰が来ても同じ。
全部、破壊してやる。
私を元アイドルだと思っているジムリーダーも、観客も、舐めた奴ら全員。
その価値観から、全部ぶっ壊してやる。
ルシアは正面を見据えるとモンスターボールを構えた。
ルシア「出てきて!ムクホーク!」
ボールが開き光が弾けた。
光の中から、ムクホークが勢いよく飛び出す。
大きな雄叫びを上げると、力強く翼を広げる。
そしてルシアの前に降り立った。
デンジは一瞬、動きを止める。
……おいおい。
なんでこのレベルのポケモンを連れてるんだ、こいつは。
どこで捕まえた?
……おかしいだろ。
デンジは目の前のムクホークを見つめた。
大きく広げられた翼。
鍛え上げられた体。
明らかに普通のムクホークではない。
……ますますアイドルじゃねえな、こいつ。
面白くなってきた。
死ぬ気で止める。
デンジはモンスターボールを強く握った。
デンジ「来い!エレキブル!」
ボールから光が弾け、エレキブルがデンジの前に姿を現した。
その巨体がバトルコートに降り立つ。
観客たちも思わず息を呑んだ。
デンジの切り札。
かつて、セナのルカリオを追い詰めたエレキブル。
そのエレキブルが初手からデンジの前に立っていた。
ムクホークとエレキブル。
2体がバトルコートを挟んで向かい合った。
審判「それでは、バトルスタート!」
デンジ「エレキブル!かみなりパン——」
言い終わる前だった。
ルシア「ブレイブバード!」
ムクホークが一気に加速した。
爆発音にも似た衝撃音がバトルコートを切り裂く。
デンジ「……ッ!」
次の瞬間、ムクホークの突進がエレキブルを真正面から捉えた。
凄まじい衝撃に、エレキブルの両足が地面から離れる。
その巨体が一気に押し出された。
そのまま勢いよく背後の壁へ叩きつけられる。
ユイ「…………。」
ユイは何も言えなかった。
口を開けたまま、目の前の光景に固まっていた。
それはユイだけではなかった。
あれほど騒がしかった観客席が、静まり返っていた。
舞い上がった土煙がゆっくりと晴れていく。
エレキブルが苦しそうに歯を食いしばった。
その体は壁にめり込んだままだった。
一方、ムクホークは大きく翼を広げ、バトルコートの上空を旋回していた。
ルシア「……あと2発。」
誰も口を開かないバトルコート。
その静寂の中で、ルシアの声だけがはっきりと響いた。
全員が聞き取ってしまった。
……あと2発。
あれがまた飛んでくる。
それもあと2回。
デンジは額に冷や汗を浮かべながらルシアを見つめた。
デンジ「……エレキブル!立ち上がれ!」
壁にめり込んでいたエレキブルが、ゆっくりと体を起こす。
デンジは拳を握り締めた。
あれがまた来る。
デンジ「ビルドアップ!」
エレキブルが全身の筋肉に力を込めた。
筋肉が隆起し、体が引き締まる。
攻撃力と防御力が跳ね上がった。
ルシア「ブレイブバード!」
ルシアの声がバトルコートに響く。
上空を旋回していたムクホークがエレキブルへ向き直る。
2発目。
……ぶち抜く。
ムクホークが再び加速した。
狙うのは正面。
エレキブルは避けられない。
避けられるわけがない。
ルシアは拳を握り締めた。
凄まじい速度で迫るムクホークが、エレキブルを真正面から捉えた。
デンジ「受け止めろ!」
エレキブルが両腕を前に突き出した。
デンジ「ッ!」
避けられるなら避けたい。
ただ、絶対に無理だ。
あのスピード。
あのパワー。
今のオレたちには避けられるだけの実力がない。
なら、受け止める。
そして、確実に撃ち返す。
エレキブルは両腕でムクホークの突進を受け止めた。
凄まじい衝撃が腕に伝わり、巨体が後方へ押される。
それでも、エレキブルは歯を食いしばった。
両足で地面を踏み締めると、ムクホークを正面から受け止め続けた。
デンジ「エレキブル!かみなりパンチ!」
ムクホークの突進を両腕で受け止めていたエレキブルが、右手を離した。
支えを失った体が、少しずつ後退していく。
それでも、撃ち返さなければ押し切られる。
デンジ「いけ!エレキブル!」
エレキブルが右の拳を握り締めた。
激しい電撃が拳を包み込み、目の前のムクホークへ叩き込まれる。
でんきタイプの一撃が、ムクホークを真正面から捉えた。
それでも、ムクホークは止まらなかった。
吹き飛ばされることもない。
電撃を受けながら、なおもエレキブルへ向かって突進を続けていた。
デンジ「……なんだと。」
ルシアは笑った。
正面突破。
その一点において、私とムクホークに敵うやつはいない。
ルシア「ブレイブバード!」
ムクホークが雄叫びを上げた。
さらに翼へ力を込めると、電撃を纏った拳を押し返す。
エレキブルの右腕が押し戻された。
左腕で支え続けていた体も、次第に後方へ押し込まれていく。
ムクホークの突進はさらに勢いを増した。
エレキブルの両足が地面を滑る。
踏ん張ろうとしても止められない。
そして、さっきまでめり込んでいた壁へ向かって、再び押し戻された。
ムクホークの体がエレキブルを押し込む。
そのままエレキブルの巨体が壁へ叩きつけられた。
♢♢♢
土煙はまだ晴れない。
ルシア「ブレイブバード!」
誰も声を上げられない中、再びルシアの声がバトルコートに響き渡る。
デンジ「……。」
……こいつ、反動とか考えてないのか?
ブレイブバードは反動技。
相手に与えたダメージの3割を自分も受ける技だ。
少なくともオレが知っているブレイブバードはそうだ。
それなのにこいつもムクホークも一切迷いがない。
デンジは土煙の向こうへ目を凝らした。
……オレがビビってる?
……10歳以上も離れているこの小娘に?
そんな考えが一瞬頭をよぎる。
もう遅かった。
凄まじい衝撃音がバトルコートに響き渡る。
土煙の中へ突っ込んだムクホークが、エレキブルをもう一度捉えていた。
3発目のブレイブバード。
その突進がエレキブルの巨体を再び撃ち抜いた。
エレキブルは立ち上がらなかった。
それどころかぴくりとも動かない。
審判「……エレキブル、戦闘不能。」
審判ですら目の前の光景に固まっていた。
あれほど騒がしかった観客席も静まり返っている。
リンもソウも同じだった。
2人はバトルコートを見下ろしたまま、言葉を失っていた。
あれを見せられて何が言えるというのだろう。
デンジの切り札、エレキブル。
その巨体は、壁に叩きつけられたまま動かない。
もはや、そこに流れているのは、普段のジム戦とはまるで違う空気だった。
殺戮現場。
そんな言葉すら浮かぶほどの異様な静けさがバトルコートを包んでいた。
デンジはエレキブルに歩み寄ると頭をそっと撫でる。
そしてゆっくりとモンスターボールへ戻した。
デンジは顔を上げると、上空を旋回するムクホークへ視線を向けた。
体は傷ついている。
3発のブレイブバードによる反動ダメージ。
そしてエレキブルのかみなりパンチを受けた傷。
それは確かに蓄積されている。
それなのに、ムクホークは何事もなかったかのように翼を広げ、バトルコートの上空を旋回していた。
……おい。
あと何発撃てるんだ。
オレのライチュウ、サンダース、レントラー。
……誰を出せばあれを受けられるんだよ。
デンジは歯を食いしばった。
戦術でも駆け引きでもない。
このままじゃ、あいつに全部壊される。
♢♢♢
ルシア「……ありがと、ムクホーク。」
ムクホークは大きく翼を広げると、力強く咆哮した。
まだ飛べる。
まだ戦える。
その気持ちは痛いほど伝わってくる。
でも、今日はここまで。
ムクホークはゆっくりと高度を下げ、ルシアの前に降り立った。
相手は残り2体。
こっちにはまだ3体いる。
ライチュウとモウカザル。
この2体がもし取りこぼした時、後ろにムクホークがいるだけで安心できる。
だから一旦下がってもらう。
ルシアはムクホークへ視線を向けると、モンスターボールを構えた。
傷だらけの体が光に包まれ、ボールの中へ戻っていく。
ルシアはボールを収めるとゆっくりとデンジへ視線を移した。
デンジは次のモンスターボールを握った。
ムクホークが下がった。
それならもう迷う必要はない。
ルシアも同じだった。
何度だってイメージしてきた。
戦い方も、勝ち方も。
そして、次に出すポケモンも決めている。
2人は同時にボールを構えた。
ルシア・デンジ「ライチュウ!」
2人の声が重なった。
放たれたボールが開き、光が弾ける。
ルシアとデンジの前に、それぞれライチュウが飛び出した。
デンジの前に立つのはひときわ大きなライチュウ。
対するルシアのライチュウは、ほんの少し小柄だった。
2体は正面から向かい合った。
観客たちの視線が、再びバトルコートへ集まった。
審判「バトル再開!」
デンジ「ライチュウ!でんこうせっか!」
デンジのライチュウが地面を蹴った。
一気に加速し、一直線にルシアのライチュウへ迫る。
ルシア「はやてがえし!」
ルシアのライチュウは動かなかった。
迫る相手を正面から見据え、ただ腕を前へ突き出した。
次の瞬間、飛び込んできたライチュウの体が地面へ叩き落とされた。
ルシア「でんじほう!」
超至近距離。
倒れたライチュウへ向けて凄まじい電撃が放たれた。
まともに直撃したデンジのライチュウが吹き飛び、何度も地面を跳ねた。
デンジは歯を食いしばった。
……ムクホークだけじゃない。
ライチュウも強い。
そしてルシア自身も上手い。
少なくとも、ここ最近の挑戦者とはレベルが違う。
デンジのライチュウがゆっくりと体を起こす。
デンジはその姿を見つめながら拳を握り締めた。
もう試す立場じゃない。
本気で倒しに行かないと、ここで終わる。
『え……。』
『思ってたのと違うんだけど。』
『デンジがこんなに押されてるの、やばくない?』
『顔が本気だぞ。』
観客席から、そんな声が漏れ始めた。
あれほど騒がしかった会場は、まだどこか静まり返っていた。
観客たちはバトルコートを見つめながら、目の前で起きていることを確かめるように言葉を交わしている。
リンはその声を聞きながら、ゆっくりと顔を伏せた。
リンにもわかる。
ポケモンバトルの経験がなくてもわかってしまう。
それくらい、ルシアは異常だった。
……おかしい。
あまりにも強すぎる。
リンは俯いたまま、膝の上に視線を落としていた。
隣では、ソウが黙ってバトルコートを見つめていた。
そして、横目でリンの様子を窺うと小さく口元を歪めた。
ユイの顔から血の気が引いていた。
ルシアに負けてほしいからじゃない。
ただ、怖かった。
ムクホークの凄まじい火力も。
ライチュウの気迫も。
そして、あれほどの攻撃を繰り出しながら、余裕を崩さないルシアの姿すらも。
……怖い。
Luneにも強い仲間はいた。
ツキアシ。
スズカ。
2人は、ほかのメンバーよりも頭ひとつ抜けて強かった。
それでも、あの頃の自分たちと比べても、間違いなく今のルシアの方が強い。
ユイはバトルコートから目を離せなかった。
セナのような得体の知れない恐怖じゃない。
もっと獰猛で荒々しい怖さ。
力でねじ伏せ、正面から叩き潰すような。
……獣。
ユイは確かに今のルシアからそんな怖さを感じ取っていた。
♢♢♢
デンジ「ライチュウ!エレキネット!」
ルシア「カウンターシールド!」
デンジのライチュウが腕を突き出した。
電撃が網状に広がり、離れた位置にいるルシアのライチュウへ向かって放たれる。
遠距離からの飛び道具。
ルシアのライチュウも迷わなかった。
両腕を地面につけると、その場で勢いよく回転を始めた。
回転する体からでんじほうが四方八方へ撃ち出される。
凄まじい電撃がバトルコートを駆け抜け、迫っていたエレキネットを次々と撃ち落とした。
雷の網が弾け、四散していく。
デンジ「フルパワーでかみなり!」
デンジのライチュウが大きく咆哮した。
次の瞬間、凄まじい落雷がバトルコートへ降り注いだ。
雷がルシアのライチュウを捉える。
回転していた体が大きく揺れ、姿勢が崩れた。
ルシア「……ッ!」
ルシアの表情から、初めて余裕が消えた。
デンジは拳を握り締める。
やっとだった。
デンジのライチュウの攻撃が初めてルシアを突き崩した。
デンジ「ライチュウ!ばくれつパンチ!」
デンジのライチュウが拳を握り締めた。
狙いは、空中で姿勢を崩したルシアのライチュウ。
ルシアの額から汗が流れ落ちた。
……まずい。
私たちの最大の弱点。
私のライチュウは、地面に足がついていれば踏み込める。
大地を踏み締め、相手の攻撃を受け止められる。
そのまま踏ん張って、強烈な一撃を返すことだってできる。
でも、足場がなければ踏ん張ることもできない。
どれだけ力があっても、使えない。
ルシアは空中のライチュウを見つめた。
そして、デンジに視線を移す。
視線が重なった。
デンジが口元を緩める。
……しまった。
気づかれた。
デンジのライチュウが一気に距離を詰めた。
空中で体勢を立て直せないルシアのライチュウへ握り締めた拳を叩き込む。
ばくれつパンチ。
凄まじい衝撃がライチュウの体に炸裂した。
ルシアのライチュウが、ゆっくりと体を起こした。
歯を食いしばり、両足で地面を踏み締める。
まだ倒れない。
ルシアは小さく息を吐くと、頭の中で状況を整理し始めた。
デンジのライチュウが使った技。
でんこうせっか。
エレキネット。
かみなり。
そしてばくれつパンチ。
ここまでの攻防を思い返す。
でんこうせっかははやてがえしで返せる。
エレキネットもカウンターシールドで止めた。
それなら次に来るのは。
……かみなりかばくれつパンチ。
ルシアは目の前のライチュウを見据えた。
……勝負できる。