ポケットモンスター 金星の星跡   作:セナ@ハーメルン

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29話 それぞれの岐路

ルシアは、一歩ずつゴウカザルの元へ歩き出す。

 

足が震えていた。

 

勝利の高揚感。

 

ゴウカザルへの感謝。

 

そして、さらに上の領域へ踏み込んだという確かな実感。

 

いろんな感情が一気に押し寄せてくる。

 

すぐには何も考えられなかった。

 

ルシアはゆっくりと歩み寄ると、倒れたゴウカザルのそばに膝をつく。

 

そして、ゴウカザルの体を優しく抱きしめた。

 

ルシア「……ありがと。ゴウカザル。」

 

涙がこぼれ落ちた。

 

決着がつくまでずっと我慢していた。

 

こぼれないように必死に堪えていた涙が、一気に溢れ出した。

 

ルシアはゴウカザルを抱きしめる。

 

ゴウカザルは顔を上げられなかった。

 

全身は傷だらけ。

 

体を起こす力も残っていない。

 

それでも、震える腕をゆっくりと動かした。

 

そしてルシアの腕をしっかりと握る。

 

ルシアはその手の温もりを感じながら、さらに強くゴウカザルを抱きしめた。

 

しばらくの間、2人はその場から動かなかった。

 

デンジはゆっくりと天を仰いだ。

 

……とんでもない悪夢を見た気分だった。

 

デンジ自身、ベストのバトルをしたと思っている。

 

判断を間違えた覚えもない。

 

エレキブル、ライチュウ、エテボース。

 

こいつらだってみんな全力を尽くしてくれた。

 

いつもならここでバッジを渡す。

 

そして挑戦者に激励の言葉をかける。

 

それで終わりだった。

 

でも、今日だけは違う。

 

……悔しい。

 

全力でやった。

 

出し惜しみなんてしなかった。

 

テラスタルだって使った。

 

それでも勝てなかった。

 

デンジは天井を見つめたまま、歯を食いしばる。

 

自分もポケモンたちも全力だった。

 

そのうえで負けた。

 

だからこそ、どうしようもなく悔しかった。

 

ユイは額に指を当てると、ゆっくりと顔を伏せた。

 

……駄目ね、私。

 

試合が始まるまで。

 

いや、なんならついさっきまで、私はルシアに負けてほしかった。

 

……違う。

 

負けてほしかったというより帰ってきてほしかった。

 

セナ君になんて敵うわけがない。

 

やるだけ無駄。

 

心のどこかでずっとそう思っていた。

 

でも、完全に変わってしまった。

 

ムクホークのブレイブバード。

 

ライチュウのきあいだま。

 

ゴウカザルへの進化。

 

明らかに様子のおかしかったあの爆炎。

 

そして、ブラストバーンの連打。

 

全部、ひとつ残らず奇跡だった。

 

私だってポケモンバトルを知っている。

 

どれだけ強いトレーナーでも簡単に起こせることじゃない。

 

ひとつひとつがトレーナー人生で一度経験できるかどうか。

 

そのくらいの奇跡だった。

 

それをルシアにたった1試合で見せられた。

 

……最悪。

 

……今私、社長として駄目なことを考えた。

 

Stellaの未来は大事。

 

ユナも、リンも、みんなのことを考えなきゃいけない。

 

それなのに、同じくらい。

 

成長したルシアがセナ君を倒す。

 

その未来を、どうしようもなく見たくなってしまっている。

 

……見たい。

 

あの子がどこまで行けるのか。

 

セナ君を倒すところを。

 

ユイは額に指を当てたまましばらく顔を上げられなかった。

 

♢♢♢

 

観客席の後方。

 

リンは、俯いたままだった。

 

私はポケモンバトルをしたことがない。

 

ポケモンバトルのことなんて何も知らない。

 

アイドルになるために命を捧げて生きてきた。

 

そんな私にすらわかってしまった。

 

……ルシアは特別。

 

Stellaにいた頃からそうだった。

 

私にとってルシアは最高のアイドルだった。

 

大勢の観客の前で自信を持って踊る。

 

太陽のように笑ってたくさんの人を惹きつける。

 

ステージに立つルシアはいつだって眩しかった。

 

……勝てない。

 

そう思ってしまうくらい眩しかった。

 

だから尊敬していた。

 

ルシアがStellaを休むと言った時、悲しかった。

 

受け入れられなかった。

 

それなのに。

 

……それなのに。

 

ルシアにはポケモンバトルの才能まであった。

 

あんなに強かった。

 

デンジを倒してしまった。

 

新しい道でも成功しようとしていた。

 

……なんで?

 

なんでルシアなの?

 

私はこんなに辛いのに。

 

一生懸命、アイドルと向き合ってきたのに。

 

こいつはStellaを捨てて。

 

半年であんなに強くなって。

 

……何それ。

 

こいつは何をしてもうまくいくの?

 

私は止まってるのに。

 

私とユナは置いていかれたのに。

 

こいつはもう、新しい道で前に進んでる。

 

……許せない。

 

許したくない。

 

リンは膝の上に視線を落としたまま、何も言えなかった。

 

ルシアだけは許さない。

 

……こいつだけは許さない。

 

頭の中にはもうそれしか残っていなかった。

 

ソウは横目でリンを見つめた。

 

ソウ「……どうした?」

 

優しく声をかける。

 

リン「……ルシアを潰したい。」

 

震える声が、リンの口から漏れた。

 

バトルコートを包む騒がしい歓声の中、その言葉を聞いたのはソウだけだった。

 

ソウは小さく口元を歪めた。

 

……その言葉を待っていた。

 

オレにとって欲しいのはリンだけ。

 

別に「Stellaのリン」である必要はない。

 

Stellaの社長。

 

……ユイだっけ。

 

忘れたな。

 

まぁ、いいや。

 

お前らが雑に扱うなら、こいつは貰っていく。

 

ソウ「……俺がポケモンバトル、教えてあげようか?」

 

リンがゆっくりと顔を上げた。

 

涙が頬を伝っていた。

 

ソウ「……俺、強いよ。」

 

ソウ「ルシアにも勝てるようになるかも。」

 

リン「……。」

 

ソウ「俺、リンと一緒にいたいし。」

 

ソウはそこまで言うと、小さく笑った。

 

リン「……行く。」

 

迷いはなかった。

 

ソウについていけばルシアを潰せる。

 

私の夢を潰したルシア。

 

次は、私がルシアの夢を潰す番。

 

……どうせStellaは戻ってこない。

 

それなら芸能活動も何もかもいらない。

 

どうせ壊れた夢なら。

 

私はルシアを潰すために生きたい。

 

そして私を必要としてくれる人と一緒にいたい。

 

リンはゆっくりと立ち上がった。

 

ソウも隣で立ち上がる。

 

2人は並んで歩き出すと、観客席を後にした。

 

♢♢♢

 

観客席は異様な空気に包まれていた。

 

ルシアVSデンジ、約20分に及ぶ激闘。

 

観客たちは信じられないものを見せられた。

 

ムクホークのブレイブバード。

 

ライチュウのきあいだま。

 

そしてゴウカザルのブラストバーン。

 

そのすべてが想像を遥かに超えていた。

 

Stellaの元アイドル、ルシア。

 

彼女がポケモントレーナーとして、どれだけやれるのか。

 

試合が始まる前はその程度の認識だった。

 

中には冷やかし半分で足を運んだ人もいた。

 

Stellaの活動を止めてまで、ポケモントレーナーになる。

 

そんな選択をしたルシアを笑うために来た人間さえいた。

 

しかしルシアはバトルで証明してしまった。

 

ポケモンたちを見つめるひたむきな眼差し。

 

逆境に追い込まれても、何度でも立ち上がるポケモンたち。

 

そして目の前で幾度となく起きた奇跡。

 

ムクホークはデンジの切り札を圧倒した。

 

ライチュウはジムリーダーのライチュウと互角に渡り合った。

 

ゴウカザルは限界を超え、勝利を掴み取った。

 

そのすべてを観客たちは自分の目で見ていた。

 

ルシアがどれほどの覚悟でポケモンバトルに向き合っているのか。

 

そして、どれほどの才能を持ったトレーナーなのか。

 

もう疑うことはできなかった。

 

少なくとも、目の前で見せられた強さだけは認めざるを得なかった。

 

【シンオウニュース】

 

元アイドル・ルシア選手、デンジ選手を撃破 圧倒的な実力と「異質な炎」に注目集まる

 

2018年12月

 

シンオウ地方・ナギサジムで行われた公開ジム戦で、Stellaのルシア選手がジムリーダーのデンジ選手を破り、8個目のジムバッジを獲得した。

 

約20分間の激闘は、満員の観客に大きな衝撃を与えた。

 

試合前は、元アイドルとしての知名度やStellaの活動停止を巡る話題が注目の中心だった。しかし、試合が始まると会場の空気は一変。ルシア選手が見せた圧倒的な攻撃力と大胆な戦い方に、観客席が何度も静まり返った。

 

特に注目を集めたのは、試合中に進化したゴウカザルの異質な炎だ。

 

その火力は従来のゴウカザルとは比較にならないほど凄まじく、ナギサジムの天井にまで達する巨大な炎が確認された。

 

さらに、通常は技の反動で動けなくなるはずのブラストバーンを、連続して使用するという異例の現象も発生した。

 

この一連の現象については、メガシンカのような特殊な強化現象ではないかとの見方も広がっている。ただし、現時点でその仕組みは明らかになっていない。

 

また、ムクホークの規格外の破壊力や、ライチュウが見せた高い戦闘能力も話題となった。

 

試合を通じて印象的だったのは、ルシア選手自身の姿だ。

 

かつてStellaのステージで明るい笑顔を見せていた少女は、バトルコートでは鋭い眼差しで相手を見据え、最後まで攻撃的な姿勢を崩さなかった。

 

その姿には、強さだけでなく、獰猛さや恐ろしさすら感じさせるものがあった。

 

Stellaを巡る問題への評価は依然として分かれているものの、今回の勝利によって、ルシア選手が優れたポケモントレーナーであることは明確になった。

 

セナ選手への勝利を目指すルシア選手。その実力と、ゴウカザルに起きた謎の現象に、今後も注目が集まりそうだ。

 

@poke_watch_21

Poketubeで見たけどルシアのゴウカザルあれ何?

 

@nagisa_live_08

わからない

現地で見てたけど全然わからなかった

 

@battle_fan_35

ブラストバーン連打してたぞ

あんなことできるの?

 

@infernape_fan_17

あれ普通のゴウカザルじゃないよな

 

@sinnoh_trainer_04

うん

あれと他のゴウカザルを比べるのはさすがに可哀想

 

@poke_mania_22

ルシアゴウカザル?

 

@fire_poke_39

ルシアゴウカザル草

なんかめちゃくちゃかっこいいな

 

@gym_battle_watch

でも冗談抜きで強すぎる

あのゴウカザル明らかにおかしい

 

@lucia_red_12

なんかいずれ本当にセナに勝ちそうじゃない?

 

@stella_fan_27

正直信じてみたくなってしまった

 

@champion_watch_08

さすがにセナは無理だと思う

セナじゃなければ十分チャンスあると思うけど

 

@poke_follow_31

ちょっとルシア追うかも

今後どうなるのか気になるわ

 

♢♢♢

 

ユナ「……。」

 

ユナは布団に潜ったままスマホの画面を見つめていた。

 

ゴウカザルの炎が燃え上がる。

 

ナギサジムの天井まで届く真っ赤な炎。

 

その後ろにはルシアがいた。

 

動画が終わる。

 

ユナは指を伸ばすともう一度再生した。

 

何回目だっただろう。

 

もう覚えていなかった。

 

ルシアは勝った。

 

半年で8個のバッジを集めた。

 

……帰ってこないんだ。

 

ユナは画面を見つめたままゆっくりと瞬きをした。

 

また炎が燃え上がる。

 

綺麗だった。

 

どうしようもなく美しかった。

 

その後ろに立つルシアも美しかった。

 

半年前は隣にいた。

 

一緒にステージに立って、同じ景色を見ていた。

 

それなのに、今は。

 

ルシアはあんなに強くなった。

 

ゴウカザルもあんなに大きくなった。

 

……すごいなぁ。

 

ユナは布団の中で小さく体を丸めた。

 

自分はまだここにいる。

 

シャワーズの顔すら見られない。

 

ルシアはナギサシティに帰ってきていた。

 

すぐ近くにいた。

 

それなのに会いに行くこともできない。

 

ユナはスマホを握り直す。

 

画面の中で、ルシアがゴウカザルを見つめている。

 

……綺麗。

 

本当に綺麗。

 

動画が終わった。

 

画面が暗くなる。

 

黒い画面に、布団の中の自分がぼんやりと映った。

 

ユナはしばらくその画面を見つめていた。

 

……真っ暗。

 

私の人生みたい。

 

指先が動いた。

 

もう一度、動画が始まる。

 

画面が明るくなった。

 

ルシアが映った。

 

ユナはその姿をじっと見つめた。

 

もう、ルシアは違う方向を向いていた。

 

セナさんの方を向いている。

 

私とは目も合わない。

 

それでもユナは画面から目を離さなかった。

 

動画が終わるたびにまた最初から再生した。

 

何度も同じ炎を見た。

 

何度も同じルシアを見た。

 

暗い部屋の中で、スマホの光だけがユナの顔を照らしていた。

 

♢♢♢

 

ポケモンリーグ、チャンピオンルーム。

 

セナはモニターを操作するとPoketubeの動画を再生した。

 

『ナギサジム戦 ルシアVSデンジ』

 

画面にバトルコートが映し出される。

 

セナとチラチーノは並んで真剣にモニターを見つめていた。

 

自分ならどう戦うか。

 

同じ局面に立たされた時、どう乗り越えるのか。

 

相手の技、ポケモンの動き、攻防の組み立て方。

 

その一つひとつを追いながら自分のバトルに生かせるものを探していた。

 

セナの視線がトレーナーの顔へ向くことはない。

 

元々好きだったルシア。

 

そのはずだった。

 

今もスマホの裏にはルシアのチェキが挟まっている。

 

それでもセナは気づかなかった。

 

画面の向こうで戦っているのがかつて憧れていた少女だということに。

 

トレーナーの顔なんてどうでもよかった。

 

勝つために必要ない。

 

ただ、目の前のバトルから何を得られるか。

 

セナが見ていたのはそれだけだった。

 

やがて動画が終わった。

 

セナはモニターの電源を切ると静かに立ち上がった。

 

今日もトレーニングの時間だった。

 

表情を変えることなく歩き出す。

 

向かう先はチャンピオンロード。

 

セナはそのまま部屋を後にした。

 

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