ナギサシティ、Cutie Project事務所。
ジム戦を終えた翌日、ルシアとユイは社長室で向かい合っていた。
ユイ「……まずはおめでとう。ルシア。」
ユイが小さく微笑んだ。
ルシア「ありがとうございます。」
ルシアはゆっくりと頭を下げた。
ユイは向かいに座るルシアを見つめた。
……もう覚悟は決めてきた。
ルシアを送り出す。
セナ君に勝つまで応援する。
昨日のバトルを見て決めた。
ユイ「……思う存分やってきなさい。」
ユイ「そして勝ちなさい。」
ルシア「はい!」
返事は即座に返ってきた。
迷う時間など一瞬もなかった。
ルシアはまっすぐにユイを見つめていた。
ユイはその顔を見ると、安心したように小さく頷く。
……それでいい。
ユイはルシアを見つめたままもう一度口を開いた。
ユナとリンのこと。
ルシアがこれから旅を続けるためにも、向き合っておかなければならない問題だった。
ユイ「……ユナは過労とストレスで自宅で療養してる。」
ルシア「……。」
ユイ「リンは仕事も今のところちゃんとこなしてるものの、やっぱりStellaでアイドルやりたいって気持ちは変わらないみたい。」
ルシアは何も言わずにユイを見つめていた。
……わかってる。
ルシアだってわかっていた。
自分が旅に出たことでユナとリンの生活は変わった。
リンの夢を壊してしまったこともわかっている。
ユナだって私のせいで壊れてしまったのかもしれない。
私の行動が2人の人生を変えた。
それは紛れもない事実。
見て見ぬ振りをするつもりなんてない。
ユイ「……ユナは必ず元気になる。リンも大丈夫。」
ユイ「……私がなんとかする。」
ルシアはユイの顔を見つめた。
微笑んでいた。
でも、その笑顔が無理をして作られたものだということくらいルシアにもわかる。
ルシアの胸も苦しくなった。
ゆっくりと視線を落とす。
ユイ「……あなたができることはセナ君に勝つこと。」
ユイ「この選択が間違いじゃなかったと結果で証明すること。」
ユイ「……Stellaは私がなんとかする。」
ユイの声が震えていた。
ルシアは顔を上げた。
目の前のユイを見つめる。
それでも頷くことしかできなかった。
私が止まってどうにかなる問題じゃない。
もう歯車は狂っている。
私はセナを目指して戦い続ける。
それしか今の私にできることはなかった。
ルシアはゆっくりと顔を上げる。
ルシア「……あの。」
声が震えた。
ルシア「……ユナをお願いします。」
ルシアは深く頭を下げた。
本当は、今日だって会いたかった。
顔だけでも見たかった。
元気にしているのか。
ちゃんとご飯を食べられているのか。
今、どんな顔をしているのか。
……会いたい。
心配でたまらなかった。
でも、会えない。
ルシアは頭を下げたまま、唇を強く結んだ。
……私も止まれない。
半年間、ずっと走り続けてきた。
何度も戦って何度も苦しい思いをして。
それでもここまで来た。
だから、止まれない。
ユナのことが心配じゃないわけじゃない。
会いたくないわけでもない。
それでも、今の私にはどうすることもできない。
……ユイさんがなんとかしてくれる。
ユナは大丈夫。
きっと大丈夫。
そう思うしかなかった。
♢♢♢
ユイはゆっくりと立ち上がると、一度社長室を出ていった。
しばらくして戻ってきたユイ。
両腕には、大きなポケモンのタマゴが抱えられていた。
ルシアはそのタマゴをじっと見つめた。
ユイは向かいのソファに腰を下ろすと、小さく頬を緩めた。
ユイ「……ポケモンのタマゴ、実家から預かっていたの。」
ユイの実家は、カントー地方トキワシティにあるサクライ研究所だった。
ユイ「……あなたが本当に旅に出るのなら、託そうと思ってた。」
ユイは腕の中のタマゴへ視線を落とした。
ユイ「ルシアが良ければ、この子を連れて行ってあげてほしい。」
ルシア「……。」
ルシアはユイの顔を見つめた。
ユイ「そしてシンオウに帰ってきた時、どんな旅をして、何を見たのか、どれだけ強くなったのか、この子と一緒に見せて。」
ユイは穏やかに微笑む。
ルシアはゆっくりとタマゴへ手を伸ばした。
指先が殻に触れる。
ほんのりとした温かさが、手のひらに伝わってきた。
ルシアはその感触を確かめるように、タマゴの表面を優しく撫でた。
そして小さく笑みをこぼす。
断る理由なんて何ひとつなかった。
♢♢♢
Cutie Project事務所の前で、ルシアとユイはもう一度向かい合った。
Stellaの問題は何ひとつ解決していない。
それでも、ルシアは自分の覚悟を示した。
ユイもルシアを送り出す覚悟を決めた。
それだけでもナギサシティへ帰ってきた意味はあった。
ユイの頭の上にイーブイが乗ると、ルシアに向かって嬉しそうに鳴いた。
ユイ「……ルシア。」
ルシア「はい。」
ユイ「……あなたが帰る場所は用意しておく。」
ユイ「あなたが安心して笑える場所は私が守る。」
ユイ「……だから勝ってこい。」
そこまで言うと、ユイはゆっくりと目を細めた。
ルシアは歯を食いしばった。
少しでも気を緩めれば、また涙がこぼれそうだった。
ルシア「……いってきます。」
半年前、ルシアは希望を胸に旅へ飛び出した。
あの頃とはもう違う。
旅の厳しさも、楽しさも、強くなることの難しさも、今はほんの少しだけ知っている。
何度も戦い、苦しい思いをしながら、それでも前に進んできた。
ルシアはゆっくりと顔を上げた。
目的地はカロス地方、ミアレ研究所。
今ならメガシンカだって、扱える。
根拠はない。
でも、そんな気がしていた。
小さな希望と大きな覚悟を胸に、ルシアは新しい一歩を踏み出した。
♢♢♢
ナギサシティで行われた公開ジム戦。
ルシアVSデンジから約1日が経った。
試合の映像はシンオウ地方の人々の目に触れ、世間のルシアに対する認識は変わり始めていた。
Stellaのステージで歌い、踊っていた少女。
そのルシアを元アイドルとして見ている人はほとんどいなくなった。
紛れもなく、1人のポケモントレーナーだった。
シンオウ最強のジムリーダーを相手に、真正面から戦い抜いた。
その強さも、ポケモンたちとともに勝利を掴み取る姿も、多くの人々の目に焼きついていた。
もちろんStellaのファンにとっては簡単に割り切れる問題ではない。
ユナは今も活動を休止しており、その後の近況も明らかになっていない。
Stellaの活動が止まっている現実も何ひとつ変わっていなかった。
それでも、ルシアが過ごした半年間には意味があった。
そう認めざるを得ないほどあのバトルは凄まじかった。
元アイドルの少女が見せた、想像を遥かに超える強さ。
そして、ルシアの本当の恐ろしさに気づいたのは、Stellaのファンではなかった。
ムクホークのブレイブバード。
そしてゴウカザルの異質な炎。
ポケモンバトルを知る人間ほど、その異常さにすぐに気づいた。
たかが公開ジム戦。
しかし、PoketubeやPoketterが発展した今では、誰でも簡単に試合の映像を見ることができる。
ナギサジムで起きた出来事は、会場の中だけでは収まらなかった。
有名なトレーナーたちも映像を拡散し、ルシアのバトルは各地で話題になっていった。
#ルシア
#ルシアゴウカザル
#破壊兵器ムクホーク
そんなハッシュタグとともに、試合映像は広まり続けた。
中でも、従来のゴウカザルとは比較にならないほどの炎を見せた個体には、いつしか「ルシアゴウカザル」という呼び名がつき始めていた。
冗談めいた名前だったが、その強さは決して冗談では済まされなかった。
そして、ルシアの存在は少しずつ、各地方のチャンピオンや名だたる強者たちの目にも留まるようになっていくのだった。
@yuna_fan_082
ユナ推しだったけどルシアも応援する
あれ見せられたらもうセナに勝ってほしいって思っちゃう
@stella_watch_21
ルシアが本気でやってきたことはわかったあんなバトル見せられると本当にセナに勝つんじゃないかって思ってしまう
@nagisa_live_39
マジで主人公みたいだった
普通に応援したくなったわ
@stella_fan_17
正直ルシアを責める気持ちは消し飛んだ
あれ見たら何も言えない
@blue_heart_07
ユナPoketterで何か言ってないの?
ルシアの試合見たのかな
@yuna_support_12
ユナが応援するなら私もルシアを応援したい
@poke_trend_24
#ルシアゴウカザル
やばい、万バズしてるんだけど
@lucia_red_35
これルシア本当にセナに勝つんじゃない?
@champion_watch_08
いやそれは無理
さすがにセナを舐めすぎ。
♢♢♢
カントー地方、トキワシティ、トキワジム。
グリーン「クソッ!」
グリーンの声がバトルコートに響き渡った。
……なんでナギサに帰ってやがる。
楽しみにしてたんだぞ、俺。
グリーンは苛立たしげに頭をかいた。
理由はわからない。
以前、ルシアには強くなったら試してやると伝えていた。
ユイだって、ルシアはトキワに来ると言っていた。
それなのに、ルシアはナギサシティでデンジと戦っていた。
……なんでだよ。
俺、嫌われたのか?
関わり方、間違えたのか?
グリーンは眉を寄せたまま考え込んだ。
隣にいたカメックスが大きな手を伸ばし、グリーンの肩にそっと置く。
グリーンは横目でカメックスを見た。
……残念だったな。
まるで、そう言われているようだった。
……ゴウカザルとも、ムクホークとも、俺が戦いたかったんだよ。
グリーンは深く息を吐くと、ゆっくりと天を仰いだ。
……戦いてえ。
あいつと。
♢♢♢
ルシアは3体のポケモンをボールから出すと、ナギサ駅へ向かって歩き始めた。
222番道路。
海沿いの道を進んでいると、ゴウカザルがふと砂浜へ視線を向けた。
どこか懐かしそうに、広がる砂浜を眺めている。
ルシアは両腕にポケモンのタマゴを抱えながら、そんなゴウカザルを見つめた。
……この子、なんで元気なの?
昨日、進化したばかりだった。
それだけじゃない。
ブラストバーンまで覚えて、あんなに激しいバトルをした。
2発目を撃つ時には、筋肉がちぎれるような音まで聞こえた。
それなのに、たった1日休んだだけで、当然のように元気になっている。
ゴウカザルは何事もなかったかのように、ルシアのそばを歩いていた。
……おかしくない?
ムクホークも同じだった。
頭上を見上げると、ムクホークが楽しそうに空を旋回している。
この子だってそう。
デンジのエレキブルをほとんど何もさせずに吹き飛ばした。
何度もブレイブバードを使った。
反動だって相当あったはず。
それなのに、今は大きく翼を広げ、気持ちよさそうに空を飛び回っている。
ライチュウも元気。
ただ、こちらは少し不満そうだった。
ルシアの腕の中に収まったタマゴをじっと見つめている。
そこは、いつもライチュウが抱っこされていた特等席だった。
今はすっかりタマゴに取られてしまっている。
ライチュウは時折タマゴを見上げながら、ルシアの前をとことこと歩いていた。
その姿を見て、ルシアは思わず笑みをこぼした。
昨日はあんなに激しい戦いをしたのに、今日はもうみんな元気に歩いている。
……本当に強いなぁ、この子たち。
ルシアは腕の中のタマゴを抱え直し、3体の姿を眺めた。
一緒に旅をしてきた大切な仲間たち。
その姿がどうしようもなく心強かった。
♢♢♢
その時だった。
「……あの!」
背後から突然声をかけられ、ルシアは足を止める。
ゆっくりと振り向くと、背の高い男が立っていた。
男は肩で息をしていた。
少し前かがみになっていたが、ルシアが振り向いたことに気づくと、ゆっくりと顔を上げる。
「……ルシアさんですよね?」
男は爽やかな笑みを浮かべた。
ルシア「……え、はい。」
ルシアは怪訝そうに返事をした。
見知らぬ男から突然名前を呼ばれ、戸惑いながらその顔を見つめる。
イチゴ「申し遅れました。私、イチゴと申します。」
男は丁寧に名乗ると、柔らかく微笑んだ。
ルシア「……イチゴさん?」
イチゴ「……あぁ。珍しいですよね。」
イチゴ「果物のイチゴじゃなくて、『一期一会』のイチゴです。よろしく。」
イチゴは少し困ったように笑うと、ゆっくりと頭を下げた。
ルシアは腕の中のタマゴを抱えたまま、目の前の男を見つめていた。
イチゴ「……私とバトルしてもらえないですか?」
ルシア「……。」
ルシアは返事をせず、目の前のイチゴを見つめた。
……嫌だなぁ。
早くカロスに行きたい。
もちろん、ポケモンバトルは好きだった。強い相手と戦うことだって、楽しくて仕方がない。
でも、今じゃない。
リノが口利きをしてくれている。
早くカロスへ行って、メガシンカを見たかった。
ルシアが返事を迷っていると、イチゴが再び口を開いた。
イチゴ「私もバッジを集め終わって、今からシンオウリーグに挑戦しようと思ってるんです。」
ルシア「……え。」
ルシアの表情が変わった。
……バッジ、集め終わってるんだ。
それなら、話は違う。
戦いたい。
シンオウリーグに挑戦するほどのトレーナーなら、自分より強いかもしれない。
ルシア「やろう!」
即答だった。
さっきまでの迷いはもうない。
相手が強いなら話は変わる。
222番道路、砂浜のバトルコート。
ルシアとイチゴは、コートを挟んで向かい合っていた。
ルシアはゆっくりと足元へ視線を落とした。
砂浜。
足元の砂は柔らかく、踏み込むたびにわずかに沈む。
地面が安定しない。
ゴウカザルもライチュウも、普段のように大地を踏み締めることができない。
ルシアは顔を上げると、モンスターボールを握り締めた。
ルシア「出てきて!ムクホーク!」
ボールから光が弾け、ムクホークが飛び出した。
大きく翼を広げ、砂浜の上空へ舞い上がる。
イチゴ「出てこい!エルレイド!」
イチゴもモンスターボールを放った。
光の中からエルレイドが姿を現す。
砂浜に両足で着地すると、顔を上げてムクホークを見据えた。
イチゴは正面を向いた。
ムクホークの強さは見た。
ナギサジムで見せた、あの凄まじい破壊力。
間違いなく強い。
でも、セナさんのルカリオよりは強くない。
……絶対に、そう。
セナさんに勝つことを見据えるなら、この子には負けられない。
イチゴはムクホークから視線を外さなかった。
上空で翼を広げるムクホークと砂浜に立つエルレイド。
2体は互いを見据えると、向かい合っていた。