そして、バトルが始まった。
ルシア「ムクホーク!ブレイブバード!」
ムクホークが大きく翼を広げる。
凄まじい勢いで砂を巻き上げながら、エルレイドとの距離を詰めていく。
イチゴ「みきり!」
エルレイドが素早く地面を蹴った。
迫るムクホークの動きを見極め、一瞬で踏み込むと、そのまま高く跳び上がる。
ムクホークの突進がエルレイドのいた場所を通り過ぎる。
ブレイブバードは空を切った。
イチゴ「サイコカッター!」
空中のエルレイドが腕を振り抜いた。
念動力の刃が次々と放たれる。
そしてムクホークへ向かって降り注ぐ。
ルシア「避けて!」
ムクホークが翼を傾けると、体を大きく逸らした。
砂浜の上を低く旋回しながら、迫る刃を次々とかわしていく。
避けられた刃が砂浜に叩きつけられ、砂が激しく舞い上がった。
ルシア「ッ!」
……強い、この人。
……楽しい。
ルシアは拳を握り締めた。
自然と笑みがこぼれる。
ルシアは強くなっていた。
ポケモンたちだけではない。
ルシア自身も強敵とのバトルを楽しめるようになっていた。
イチゴ「……すごい。」
エルレイドが砂浜に着地した。
イチゴは上空のムクホークへ視線を移した。
パワーもスピードも申し分ない。
サイコカッターもすべて避けられた。
……映像とはまた違う。
この人は、もうアイドルじゃない。
紛れもない強者だ。
イチゴは拳を握り締める。
エルレイドが地面を踏み込み動き出した。
イチゴ「エルレイド!インファイト!」
エルレイドが砂浜を強く蹴った。
姿勢を低く構え、ムクホークとの距離を一気に詰めようとする。
ルシア「ムクホーク!高く飛んで!」
ムクホークは大きく翼を広げると、まっすぐ上空へ飛び上がった。
エルレイドの動きが止まる。
高いところまで逃げられてしまえば、追いかけられない。
ルシアは上空のムクホークを見つめた。
ブレイブバードで身を削りながら、相手を正面から叩き潰す。
その戦い方は、間違いなく強い。
でも、それだけじゃ駄目だった。
毎回あんな戦い方をしていたらムクホークの体が持たない。
ブレイブバードだけじゃない。
ムクホークには、もっと違う戦い方も必要だった。
……探さなきゃ。
この子の、新しい戦い方を。
ルシア「落下しながらブレイズキック!」
上空のムクホークが体を傾けた。
蹄に炎が灯る。
ムクホークは翼を広げたまま、エルレイドへ向かって急降下した。
高度が下がるにつれて勢いが増し、燃え盛る蹄がエルレイドへ迫る。
イチゴ「インファイト!」
エルレイドが顔を上げた。
上空から迫るムクホークを見据え、拳を強く握り締める。
ムクホークが炎を纏った蹄を振り下ろした。
エルレイドも真正面から拳を突き出す。
ブレイズキックとインファイト。
燃え盛る蹄と力を込めた拳が激突した。
エルレイドの右拳とムクホークの燃え盛る蹄が押し合う。
互いに力を込め、正面から相手を押し返そうとした。
イチゴは拳を握り締めた。
……もう一撃。
もう一撃、撃ち抜けば。
ルシア「ブレイブバード!……あ!」
ルシアの声に反応し、ムクホークが翼へ力を込めた。
一瞬、エルレイドから距離を取る。
そして、次の瞬間には一気に加速していた。
ルシアは口を開けたまま、呆然とムクホークを見つめた。
……あ。
さっき自分で決めたはずだった。
ブレイブバードばかりに頼らない。
ムクホークの新しい戦い方を探す。
そう決めたばかりなのに。
少し押し返されただけで気づけばブレイブバードを指示していた。
ムクホークも同じだった。
ルシアの指示を待っていたかのように、迷わず翼を構えていた。
ルシアとムクホーク。
2人のバトルスタイルはすでに完成していた。
あまりにも完成しすぎていた。
だからこそ、体に染みついた動きは簡単には抜けてくれない。
イチゴ「……ッ!」
ムクホークがエルレイドへ迫った。
凄まじい速度の突進。
イチゴの目でも動きを追いきれなかった。
次の瞬間、ムクホークの突進がエルレイドを真正面から撃ち抜いた。
エルレイドの体が大きく揺れる。
両膝が砂浜につき、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
ルシアは倒れたエルレイドを呆然と見つめていた。
……ムクホークが強すぎる。
でも駄目だ。
これじゃいつまで戦えるかわからない。
ブレイブバードを使えば勝てる。
でも、それだけじゃ駄目。
……考えないと。
私も、ムクホークも、もっと考えないといけない。
♢♢♢
イチゴ「……。」
イチゴは倒れたエルレイドを見つめたまま、動けなかった。
目の前で起きたことを簡単には受け入れられなかった。
エルレイドは決して耐久力に優れたポケモンではない。
ブレイブバードはかくとうタイプのエルレイドには致命傷。
そんなことは最初からわかっていた。
それでも、一撃で終わるなんて。
そこまでは読めなかった。
イチゴは拳を強く握り締める。
初手のブレイブバードはみきりで回避できた。
サイコカッターも放ち、インファイトで正面からぶつかり合った。
それなのに一撃で倒された。
イチゴはゆっくりと視線を落とす。
砂浜には、エルレイドが倒れたままだった。
……負けた。
認めたくなかった。
簡単に受け入れられるはずもない。
それでも目の前にある現実は変わらない。
イチゴは拳を握り締めたまま、倒れたエルレイドを見つめ続けた。
♢♢♢
イチゴは倒れたエルレイドに声をかけると、モンスターボールを取り出した。
エルレイドはゆっくりと顔を上げ、申し訳なさそうにイチゴを見つめる。
イチゴ「……そんな顔するな。」
イチゴは小さく笑うと、エルレイドをボールに戻した。
イチゴ「……ありがとうございました。」
そして、ルシアに向かって丁寧に頭を下げた。
イチゴは知っていた。
トレーナーの数だけポケモンがいる。
それぞれの旅がある。
積み重ねてきた努力がある。
自分だってそうやって強くなってきた。
目の前のルシアもきっと同じなのだろう。
ポケモンバトルは相手と競い合うものだ。
勝負である以上、必ず勝者と敗者が生まれる。
今日は自分が敗者だった。
ただそれだけのこと。
悔しくないわけではない。
まだ、簡単には受け入れられない。
それでも相手への敬意だけは忘れてはいけない。
ルシア「こちらこそありがとう!」
ルシアも明るい笑顔で返した。
2人ともどこか腑に落ちないものを抱えていた。
それでも、バトルを終えたら互いに感謝を伝え、健闘を讃え合う。
ルシアとイチゴは改めて向かい合うと、小さく笑みを交わした。
ルシアはイチゴと別れると、ナギサ駅の方向に向き直る。
ルシア「……。」
……どうしよう。
ムクホークが強すぎる。
ルシアはエルレイドとのバトルを思い返す。
自分のポケモンが強すぎて悩むことになるなんて、思ってもいなかった。
なんとも贅沢な悩みだった。
それでも、今の戦い方がセナのルカリオに通用するとは思えない。
ブレイブバードの破壊力は凄まじい。
でも反動も大きい。
これからは違う戦い方も探していかないといけない。
ゴウカザルもそう。
ライチュウだってまだまだ強くなれる。
やることはいくらでもあった。
……まずはカロス。
ルシアの鞄にはライチュナイトYが入っている。
ルシアは大きく腕を伸ばした。
12月の冷たい空気を感じながら、再び歩き始める。
2018年12月。
ナギサシティを吹き抜ける冷たい風がルシアの前髪を軽く揺らした。
♢♢♢
イチゴはゆっくりと天を仰いだ。
セナは今、37連勝だった。
……このまま挑んでも何もできずに終わる。
さっきのバトルが頭から離れなかった。
エルレイドはムクホークのブレイブバードを受けて一撃で沈んだ。
あれほど鍛えてきたエルレイドが何もできずに倒された。
イチゴは拳を握り締める。
……鍛え直しだ。
ジムバッジはもう8個持っている。
挑戦する資格はある。
いつだって挑める。
だったら今じゃない。
今すぐセナに挑む必要なんてない。
エルレイドだけじゃない。
全員、鍛え直す。
イチゴは小さく息を吐くと、足元の砂浜へ視線を落とした。
……やり直しだ。
全部、最初からやり直す。
イチゴはセナへの挑戦を先送りにすることを決めた。
勝つために。
セナに挑むために今の自分たちに必要なことを選ぶ。
イチゴは悔しさを抱えながら、前を向いた。
♢♢♢
ナギサ駅に到着すると、ルシアはミアレシティ行きの切符を買う。
そして、小さく息を吐いた。
背後から声をかけられる。
ゆっくりと振り返ると、親子が立っていた。
母親と小さな女の子。
ルシアには見覚えがあった。
Stellaのライブで何度か見かけた親子だった。
母親は青、女の子は赤のペンライトを振っていたからよく覚えている。
母親「……ルシアさんですよね。」
ルシア「……え、はい。」
ルシアは少し戸惑いながら返事をした。
ふと視線を下げると女の子と目が合った。
母親「……拝見しました、昨日の試合。」
ルシア「……。」
母親「応援したくなりました。」
母親「Stellaも大好きだったけど、今のルシアさんが本気なことも伝わりました。」
ルシアは母親を見つめた。
女の子「ルシアちゃん、頑張って。」
女の子がルシアに声をかけた。
その声がやけにはっきりと耳に残った。
ルシア「……ごめんなさい。」
母親「謝らないでください。」
母親はそう言うと、ポケットから一枚のチェキを取り出した。
そこには、ルシアとユナが並んで笑っている姿が写っていた。
2人の真ん中にはシャワーズとヒコザルがいて、互いに頬を寄せ合っている。
ルシアはその写真に目を落とした。
母親「ずっと応援してました。」
母親「これからも応援しています。」
母親は穏やかな表情でそう告げると、ルシアに向かってゆっくりと頭を下げた。
そして2人と別れると、ミアレシティ行きの電車に乗り込んだ。
座席に腰を下ろしてしばらくすると、電車がゆっくりと動き始める。
窓の外では、見慣れたナギサシティの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
あの日はユナがいた。
でも今日は1人だった。
ルシアは膝の上で拳を握り締める。
強くなった。
間違いなくセナに近づいている。
でも、その間に失ったものだってある。
それをなかったことにはできない。
Stellaが止まって悲しんでいる人だっている。
ユナも、リンも。
私が強くなったからそれでよかったなんて言えない。
そんな都合のいい話じゃない。
ルシアは握った拳に力を込めた。
……だったら、半端じゃ駄目だ。
ここまで来て途中で終わるわけにはいかない。
本当に勝たないと。
セナに勝たないと駄目なんだ。
ルシアはゆっくりと顔を上げた。
ユイさんもさっきの親子も。
私を見てくれる人。
応援してくれる人。
その人たちが私を応援してよかったと思えるように。
これからも強くなり続けないといけない。
ルシアはもう一度拳を握り締めると、窓の外へ視線を向けた。
電車はナギサシティを離れ、ミアレシティへ向かって走っていた。
ルシアの目的地はもう決まっていた。
♢♢♢
@Stella_official
【リンに関する大切なお知らせ】
いつもStellaを応援いただき、誠にありがとうございます。
このたび、メンバーのリンにつきまして、今後の活動について本人と話し合いを重ねた結果、本日12月25日をもちまして、Stellaを脱退することとなりました。
日頃より応援いただいているファンの皆様には、突然の発表となりましたことを深くお詫び申し上げます。
これまでリンへ温かいご声援をお寄せいただきました皆様に、心より感謝申し上げます。
今後ともStellaへの変わらぬご声援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
Cutie Project
Stella運営
♢♢♢
Cutie Project事務所、社長室。
薄暗い部屋の中で、ユイは顔を上げられずにいた。
リンがいなくなった。
最後に話すことすらできなかった。
受付に預けられていた退職届。
ユイが知った時にはリンはもう姿を消していた。
どこへ行ったのかもわからない。
無事なのか。
今、何をしているのか。
誰と一緒にいるのかさえわからなかった。
ユイ「……。」
ユイは机に視線を落としたまま、動かなかった。
ルシアは旅に出た。
ユナは今も療養を続けている。
そしてリンはいなくなった。
ユイはゆっくりと肩を落とし、深く項垂れた。
今、この瞬間、Stellaは完全に終わった。
@stella_fan_27
リン脱退?
え、どういうこと?
@mint_soda_39
リンって普通に仕事してたんじゃないの?
@stella_love_12
突然すぎない?
何があったの?
@blue_ribbon_18
これ絶対ルシアのせいじゃん
@stella_watch_08
Stellaってこれ事実上解散ってこと?
@rin_fan_072
リンが心配なんだけど
今どこで何してるの?
@nagisa_fan_21
脱退ってことは一般人に戻るってこと?
@stella_days_03
勝手すぎるわ
ユイ社長は何してんの?
@idol_news_24
さすがに説明不足すぎるだろ
突然脱退って言われても納得できない
@stella_support_46
ルシアも少しは責任感じろよ
Stellaこんなことになってるんだぞ
@lucia_red_07
は?
ルシアに文句言ってるやつバカなの?
@battle_fan_35
ルシアのバトル見たやつならそんなこと言わないだろ
にわかは喋るな
@sinnoh_trainer_04
ルシアがアイドルとして何してたか知らないけど、ポケモントレーナーとしては逸材なんだから余計なこと言うな
黙っとけ
@poke_watch_21
ルシアはアイドルよりポケモントレーナーの方が才能あると思う
@champion_watch_08
応援してただけの分際で口出すなよゴミ
♢♢♢
222番道路。
ソウはいつもの場所でリンを待っていた。
砂浜に立って海を眺めていると、遠くからリンが歩いてくるのが見えた。
リンはソウの前まで来ると、ゆっくりと足を止めた。
リン「……やめてきた。Stella。」
リンは投げやりな笑顔を浮かべる。
ソウ「……そっか。」
ソウもリンの顔を見つめると小さく笑った。
リン「……上着ある?」
ソウは頷くと、黒いパーカーを取り出す。
リンはそれを受け取ると、羽織っていたミントグリーンの上着に手をかけた。
ゆっくりと袖から腕を抜き、そのまま砂浜へ投げ捨てる。
Stellaのメンバーカラーだったミントグリーン。
リンが誰よりも愛していたはずの色だった。
脱ぎ捨てられた上着が砂の上に落ちる。
リンはその上着を見ようともしなかった。
ソウから受け取った黒いパーカーに腕を通し、前を向く。
アイドルとしてのリンが死んだ瞬間だった。
ソウは何も言わずにモンスターボールを取り出す。
ボールが開き、光の中からスイクンが姿を現す。
2人はスイクンの背中に跨った。
ソウ「ジョウトまで。」
スイクンが水面へ踏み出した。
そのまま勢いよく駆け出し、海の上を走り抜けていく。
もう、シンオウに用はない。
2人を乗せたスイクンはジョウト地方へ向かって海を駆け抜けていった。