2019年1月。
ポケモンリーグ、チャンピオンルーム。
セナにとあるニュースが飛び込んできた。
『217番道路に謎の野生ポケモン出現、市民が襲われる危険性あり』
画面にはキッサキシティ近郊の217番道路で確認された謎の野生ポケモンについての記事が表示されている。
セナ「……。」
謎の野生ポケモン。
市民が襲われる危険性。
セナは無言のまま画面を見つめる。
…強いポケモンかもしれない。
セナは椅子から立ち上がる。
もし本当に強いポケモンなら、自分の戦力になる可能性がある。
必要だと判断すればそのまま捕まえればいい。
本来、チャンピオンである自分がわざわざ出向くような仕事ではない。
でも、そんなことは関係ない。
強くなるためなら自分が直接動けばいい。
セナは傍らにいたチラチーノをモンスターボールへ戻すと、そのままチャンピオンルームのベランダへ向かった。
外へ出ると冬の冷たい風が頬を撫でた。
セナはモンスターボールを取り出し、グライオンを呼び出す。
大きな翼を広げたグライオンがベランダへ降り立つと、セナは慣れた動作でその背に乗り込んだ。
さっさと調べてすぐに戻る。
目的地はキッサキシティ。
セナを乗せたグライオンは力強く翼を広げ、ベランダから飛び立った。
そのまま高度を上げると、冬の空をキッサキシティへ向かって飛んでいった。
♢♢♢
2019年1月。
雪が降り続く217番道路で、ミユとニンフィアは今日も野生のポケモンたちと戦っていた。
辺り一面に真っ白な雪が積もり、冷たい風が吹き抜けていく。
ミユ「ニンフィア!でんこうせっか!」
ニンフィアが勢いよく雪を蹴った。
しなやかな体を低く構え、一気にニューラとの距離を詰める。
そのまま勢いよく飛び込むと、突進を受けたニューラが大きく吹き飛ばされた。
後ろには、1匹のユキカブリがいた。
ミユはすぐに振り返る。
ミユ「ウェザーボール!」
ニンフィアの前に冷たい空気が集まり、雪の砲弾が作られていく。
勢いよく放たれた砲弾はユキカブリを正面から捉え、その体を雪の上へ倒した。
ミユはほっと息を吐くと、ニンフィアへ目を向けた。
ミユ、15歳。
そして大切なパートナーのニンフィア。
ミユにはずっと憧れている人がいた。
シンオウチャンピオン、セナ。
初めてそのバトルを見た時からどうしても目が離せなくなってしまった。
キッサキジムでの試合は、実際に観客席から見ていた。
シロナとのチャンピオン決定戦も、その後の防衛戦も、全部見てきた。
セナとルカリオが戦う姿が大好きだった。
速くて、強くて、どんな相手にも迷わず立ち向かっていく。
見れば見るほどかっこよくて、気づけば何度も同じ試合を見返すようになっていた。
そして、ニンフィアと一緒にその動きを真似するようになった。
さっきのでんこうせっか。
あの踏み込みは、ルカリオのしんそくを参考にしたものだった。
ウェザーボールも同じ。
ルカリオがはどうだんを放つ時の動きを、何度も見て練習してきた。
もちろん技は違う。
ニンフィアはルカリオじゃないし、ミユだってセナではない。
それでも、真似できるところはたくさんあった。
技を出すタイミング。
体重のかけ方。
相手との距離の詰め方。
少しでも近づきたくて、できることは全部試してきた。
上手くいかないこともあった。
それでも、ニンフィアと一緒に何度も練習した。
そうして少しずつできることが増えていった。
今日も同じだった。
雪の積もる217番道路で、ミユはニンフィアと一緒に特訓を続けていた。
いつか、セナと同じバトルコートに立ってみたい。
向かい合って、自分たちの力で戦ってみたい。
まだまだ遠いかもしれない。
それでも、いつかきっと。
そんな憧れを胸に、ミユは今日もニンフィアと一緒に頑張っていた。
♢♢♢
ミユとニンフィアは、キッサキシティの中学校で一番ポケモンバトルが強かった。
同級生とのバトルでは負けることがほとんどない。
時には先生に勝ってしまうこともあった。
セナとルカリオを真似して練習してきた動きは、学校でも通用した。
ミユが一番強い。
学校のみんながそう言っていた。
ミユ自身もそう思っていた。
もちろんまだ足りない。
憧れのセナには遠く及ばない。
ルカリオのような動きだって完璧に真似できているわけじゃない。
それでも、今の自分たちは十分に強い。
ミユはそう信じていた。
217番道路に謎の野生ポケモンが現れたというニュースも、ちゃんと知っていた。
市民が襲われる危険性があるという話も聞いている。
でも、どこか楽観的に考えていた。
私とニンフィアなら大丈夫。
もし野生のポケモンに襲われたって、きっと負けない。
学校では誰よりも強かったし、先生にだって勝ったことがある。
それに、あんなにたくさん練習してきたんだから。
ミユはニンフィアへ目を向けた。
ニンフィアもまっすぐミユを見上げている。
2人とも、自分たちが負けるなんて少しも考えていなかった。
そろそろ帰ろう。
そう思い、ニンフィアと一緒に歩き出そうとした時だった。
雪の向こうに何かが見えた。
ミユは足を止める。
ニンフィアもその場で立ち止まり、前方へ顔を向けた。
降り続く雪の中。
2人の目の前に、白い影が現れた。
♢♢♢
私は目の前に現れた白い影を見つめた。
隣にいるニンフィアも同じ。
見たことのないポケモン。
……ゾロアーク?
姿はゾロアークによく似てた。
でも違う。
体は真っ白で。
長く伸びた毛の先は赤い。
私が知っているゾロアークとは、明らかに違った。
こんなポケモン、見たことがない。
そのポケモンがゆっくりと私へ顔を向けた。
目が合う。
鋭い目でまっすぐ私を睨みつけていた。
私は体が動かなくなった。
……怖い。
足がすくんで、一歩も動けない。
逃げなきゃ。
そう思っているのに体が言うことを聞いてくれなかった。
隣のニンフィアも動かない。
さっきまであんなに元気に戦っていたのに、今はただ目の前のポケモンを見つめている。
冷たい風が吹き抜け、雪が頬に当たる。
それでも私はその場から動けなかった。
……逃げないと。
このままじゃ殺される。
そう思った時だった。
目の前のポケモンの姿が、ゆらりと揺れた。
白い体がぼやけ、辺りに薄い霧のようなものが広がっていく。
やがて霧が晴れる。
そこにはもう、さっきのポケモンはいなかった。
……え?
セナさん。
私は息をのんだ。
何度も動画で見てきた顔。
キッサキジムでも、実際にこの目で見た。
間違えるはずがなかった。
でも。
……そんなわけない。
セナさんがこんなところにいるわけがない。
どうして217番道路にいるの?
さっきまでそこにいたのはポケモンだったはずなのに。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
何が起きているのか分からなかった。
目の前にいるのはセナさん。
でもセナさんじゃない。
そんなこと分かっている。
分かっているのに。
私は動けなかった。
隣のニンフィアもただその姿を見つめている。
その時だった。
セナさんの姿をした何かが腕を動かした。
目の前に黒い影が集まり始める。
影は少しずつ大きくなり、ひとつの塊になる。
……攻撃?
逃げなきゃ。
ニンフィアに指示を出さなきゃ。
そう思うのに声が出ない。
目の前にいるのが本物のセナさんじゃないことくらい、分かっている。
どう考えたってポケモンなのに。
それでも私は、ずっと憧れてきたあの人の姿から目を離せなかった。
黒い影の塊がこちらへ向けられる。
私は呆然と立ち尽くしたままその姿を見つめていた。
次の瞬間。
影の塊が私たちへ向かって放たれる。
……あ。
その時だった。
私の目の前に人影が割り込んだ。
♢♢♢
セナ「……いた。」
217番道路の上空。
グライオンの背から雪原を見下ろしていたセナは、目的を見つけると迷わず飛び降りた。
視線の先には一人の青年が立っている。
……僕?
自分とまったく同じ姿をした何かが、黒い影の塊を放とうとしていた。
セナは落下しながらモンスターボールを取り出す。
そしてルカリオを繰り出した。
白い光が弾け、ルカリオがセナの前へ飛び出す。
次の瞬間、放たれたシャドーボールを鋭い一撃で叩き潰す。
黒い影が砕け散り、周囲の雪の上へ消えていく。
セナはそのまま雪原へ着地した。
ルカリオもすぐ隣に降り立ち、目の前の相手へ視線を向ける。
セナとルカリオ。
その向かいには、もう一人のセナが立っていた。
辺りを漂っていた霧が、冷たい風に流されて少しずつ晴れていく。
セナは目の前の自分を見つめたまま、ゆっくりと周囲へ視線を動かした。
少し離れたところに立っている少女に気づく。
少女はニンフィアを連れたまま、呆然とこちらを見つめていた。
……なんでこんなところにいるんだ、この子。
こんな雪道で何をしていたんだ。
セナは少女の姿を一度だけ確かめる。
……まぁいいや。
僕には関係ない。
それ以上気に留めることなく、少女から視線を外す。
見なかったことにしよう。
セナは再び正面へ向き直った。
その視線の先には、自分と同じ顔をした何かが立っている。
隣ではルカリオがゆっくりと腰を落とした。
足を開き、重心を低く構える。
そして、目の前にいるもう一人のセナをまっすぐ見据えた。
雪が静かに降り続く中、セナとルカリオはその姿と向かい合っていた。
セナ「はどうだん。」
短い指示とともに、ルカリオが両手を前へ突き出した。
蒼い波動が一直線に放たれ、向かい合うもう一人のセナへと迫る。
しかし、波動はその体をすり抜けた。
何の抵抗もなく背後へ抜けていく光を見て、セナはわずかに目を細める。
セナ「……ゴーストか。」
人間の姿に化ける能力。
そして、かくとうタイプの技が通用しないゴーストタイプ。
……ヒスイゾロアークか?
はるか昔、まだヒスイ地方と呼ばれていた頃のシンオウに生息していたとされるポケモン。
セナも資料でしか知らなかった。
ノーマルとゴーストの複合タイプ。
珍しい組み合わせ。
……悪くない。
セナが相手を見つめていると、もう一人のセナが地面を蹴った。
一気に距離を詰めながら、その前方に黒い影が集まっていく。
シャドーボール。
凝縮された影の塊が、ルカリオへ向かって放たれた。
セナ「コメットパンチ。」
ルカリオが腰を落とした姿勢から踏み込み、銀色に輝く拳を突き出す。
迫ってきた黒い球体を、真正面から拳で受け止めた。
激突した瞬間、黒い影が激しく揺らぐ。
ルカリオの拳とシャドーボールがぶつかり合い、互いの勢いが拮抗した。
ルカリオの足が雪を踏み締める。
わずかな間、押し合いが続いた。
しかし、次第に銀色の拳が前へ進み始める。
ルカリオがさらに力を込めると、黒い球体は押し返され、そのまま拳に押し潰された。
砕けた影が周囲へ散り、雪の上へ消えていく。
セナ「……。」
セナはその様子を静かに見つめていた。
ゴーストタイプでありながら、ルカリオの拳を相手に少しの間とはいえ押し合えるだけの力が
セナの口元がわずかに緩んだ。
捕まえとくか。
セナ「至近距離であくのはどう。」
指示が飛んだ瞬間、ルカリオが地面を蹴った。
雪を跳ね上げながら一気に加速する。
そしてもう一人のセナとの距離を詰めた。
相手が動くよりも早く、懐へ潜り込む。
ルカリオの手が腹部に触れる。
次の瞬間、あくのはどうが炸裂した。
至近距離から放たれた黒い波動が、相手の体を真正面から撃ち抜く。
衝撃を受けたもう一人のセナは大きく吹き飛ばされ、その姿がゆらりと揺らいだ。
人間の輪郭が崩れ、白い体毛が現れる。
長く伸びた毛の先は赤く染まる。
さっきまでセナの姿をしていたポケモンは、まったく別の姿へと変わっていった。
……やっぱりヒスイゾロアーク。
資料で見た姿と同じだった。
白い体毛に、赤い毛先。
はるか昔のシンオウ地方に生息していたとされるポケモンが、今、目の前にいる。
ヒスイゾロアークは吹き飛ばされた勢いのまま雪原へ叩きつけられた。
その体が何度も地面を跳ね、積もった雪を大きく巻き上げながら転がっていく。
やがて勢いが弱まり、雪の上で止まった。
セナは小さく息を吐いた。
当然だ。
ルカリオのあくのはどうを、あれほどの至近距離で受けたのだから。
セナは倒れたヒスイゾロアークへ視線を向けると、ゆっくりと歩き出す。
セナは雪の上に倒れたヒスイゾロアークの前で足を止めた。
ゆっくりとしゃがみ込み、その顔を覗き込むように視線を合わせる。
白い体毛は雪にまみれ、赤い毛先も乱れていた。
セナ「……僕の駒になって。」
静かな声だった。
抑揚もない。
ただ目の前のポケモンへ言葉を投げかける。
ヒスイゾロアークはセナを睨み返した。
鋭い眼差しを向け、歯を強く食いしばる。
あれだけの攻撃を受けても、その目から敵意は消えていない。
その視線に気づいたルカリオが一歩前へ出る。
そして、地面に広がっていたヒスイゾロアークの長い体毛を足で踏みつけた。
ヒスイゾロアークの表情が歪む。
セナ「……ルカリオ。まだ大丈夫。」
セナはルカリオへ優しく声をかける。
ルカリオは動きを止める。
セナは再びヒスイゾロアークへ視線を戻した。
……気に入った。
もう抵抗する力も残っていないはずなのに、まだ僕を睨みつけてくる。
その横暴さ。
傲慢さ。
そして負けん気の強さ。
悪くない。
ノーマルとゴーストという珍しいタイプの組み合わせ。
しかもルカリオの攻撃を相手に押し合えるだけの力も持っている。
鍛えれば十分使える。
セナはヒスイゾロアークと目を合わせたまま、もう一度口を開いた。
セナ「僕と一緒に来て。」
ヒスイゾロアークは何も答えなかった。
ただ、セナを睨み続けている。
セナ「…断るならここで殺すよ。」
声の調子は変わらない。
怒ることも、取り乱すこともない。
セナは相手から目を逸らさず、淡々と交渉を続けていた。
ヒスイゾロアークはルカリオに体毛を踏みつけられたまま、歯を食いしばっている。
その目には、まだ強い反抗心が残っていた。
数秒間、互いに視線を逸らさない時間が続く。
やがて、ヒスイゾロアークがわずかに顔を動かした。
悔しそうに表情を歪めながら、小さく頷く。
セナ「……いい子だね。」
セナは静かにモンスターボールを取り出した。
そして、ヒスイゾロアークの額へ優しく触れさせる。
赤い光がその体を包み込み、白い体毛も赤い毛先も、光の中へ吸い込まれていった。
モンスターボールが雪の上へ落ちる。
しばらくして、ボールの動きが止まった。
捕獲完了。
セナは小さく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
セナ「……あ。」
セナはふと顔を上げる。
そして、少し離れたところに立っている少女へ視線を向けた。
……忘れてた。
セナはその場で固まった。
しゃがみ込んで、恫喝して、捕獲。
……まずい。
あまりにも教育に悪い。
しかも僕はシンオウチャンピオンだ。
セナと少女の視線がぶつかった。
どう見てもまだ若い。
たぶん未成年だろう。
そんな子の目の前で、野生のポケモンを脅して捕まえた。
……最悪だ。
断るなら殺すまで言った。
さっきまで何とも思っていなかった自分の行動が突然気になり始める。
セナはなんとも言えない表情を浮かべたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、ゆっくりとミユのもとへ歩き出した。
セナとミユが向かい合った。
ミユは目の前に立つ青年を見上げたまま、何も言えずにいた。
ずっと憧れていたシンオウチャンピオン。
緊張で言葉が出てこなかった。
セナも、少女を前にして黙り込んでいた。
……何て言えばいいんだろう。
さっきのことには触れない方がいいのか。
それとも何か言った方がいいのか。
うまい言葉が浮かばない。
しばらく、2人の間に気まずい沈黙が流れる。
ミユ「……助けてくれてありがとうございました。」
先に口を開いたのはミユだった。
セナ「……いいよ。」
セナは短く答えた。
そして、少し間を置いて続ける。
セナ「…でも内緒で。」
そこまで言うと、セナは引きつった笑みを浮かべた。
何が内緒なのか。
何を言わないでほしいのか。
肝心なところは何一つ説明していなかった。
それでもセナはそれ以上言葉を続けなかった。
グライオンの体に掴まる。
セナ「……じゃ。」
短く別れを告げるとグライオンが飛び上がる。
雪を巻き上げながら地面を離れると、セナを乗せて空へと舞い上がる。
セナは小さく息を吐いた。
……口止めした。
大丈夫。
ちゃんと内緒にしてって言った。
だから大丈夫。
セナの中では話は終わっていた。
グライオンはいつも通り、ポケモンリーグへ向かって飛んでいく。
ミユはその場から動けなかった。
隣にはニンフィアがいる。
降り続く雪の向こうで、セナとグライオンの姿が少しずつ小さくなっていく。
ミユはただ呆然と、その後ろ姿を眺め続けていた。
♢♢♢
私はしばらく、その場にぼんやりと立ち尽くしていた。
雪はまだ降り続いている。
隣にはニンフィアがいたけれど、私は空を見上げたまま動けなかった。
……死ぬかと思った。
本当に怖かった。
見たこともないポケモンに睨まれて、体が動かなくなって。
逃げなきゃいけないのに何もできなかった。
そしてその直後だった。
私の前に、ずっと憧れていた人が現れた。
……セナさん。
間違いなく本物だった。
ルカリオもいた。
何度も動画で見てきた、あのセナさんとルカリオ。
ずっと大好きで、少しでも近づきたくて、ニンフィアと一緒に毎日練習してきた。
いつか会いたいと思っていた。
いつかバトルしてみたいと思っていた。
そんな憧れの人が、本当に目の前に現れた。
そして、私が大好きだった、画面の向こうのシンオウチャンピオンは。
野生のポケモンを恫喝して、そのまま捕まえた。
セナさんと少しだけ話をした。
本当に少しだけ。
私は緊張してほとんど何も言えなかった。
好きです。
いつもバトル見てます。
すっごくかっこいいです。
私、セナさんの真似をして強くなったんです。
サインください。
言いたいことはいっぱいあった。
ずっと前からもしセナさんに会えたら何を話そうか考えていたのに。
いざ目の前に立たれると頭が真っ白になってしまった。
結局、言いたかったことは何一つ言えなかった。
でもひとつだけ。
ありがとうございます。
それだけはちゃんと言えた。
セナさんは内緒って言っていた。
……わかってる。
私だって今日のことは誰にも言えない。
危ない野生のポケモンが出るってニュースになっていたのに、勝手に外へ出て、危うく死にかけたなんて。
そんなことが知られたら何を言われるかわからない。
だから内緒。
でも、それよりもずっと嬉しいことがあった。
セナさんと2人だけの秘密ができた。
シンオウチャンピオンとただの中学生。
セナさんにとって私はたまたまそこにいた女の子でしかないのかもしれない。
あの人は、ただ強いポケモンを捕まえに来ただけなのかもしれない。
それでも、2人だけの内緒。
私とセナさんしか知らない今日の出来事。
そう思うとなんだか嬉しくなってしまう。
さっきまであんなに怖かったのに。
言いたいことも全然言えなかったのに。
それでも、私はとっても嬉しかった。