ポケットモンスター 金星の星跡   作:セナ@ハーメルン

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37話 ルシアとペロッパフ

ルシアは差し出されたツキアシの手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 

Luneの先輩。

 

ずっと憧れていたアイドル。

 

そして自分と同じ赤色担当。

 

少し前までならそんなふうに見ていたのかもしれない。

 

けれど、今は違った。

 

目の前にいるのは、自分よりもずっと上手なポケモントレーナー。

 

ルシアにはそう見えるようになっていた。

 

ツキアシ「お腹空かん?飯でも行こや。」

 

ルシア「……え?」

 

突然の誘いに、ルシアは思わず目を瞬かせた。

 

ツキアシ「……空いてない?」

 

ツキアシの眉が少し下がる。

 

ルシア「い、いえ!」

 

ツキアシ「じゃあいこや!」

 

ツキアシはぱっと笑顔になると、ルシアの手を握ったまま歩き出した。

 

肩に乗ったエモンガも一緒だった。

 

ルシアは引かれるままに足を動かす。

 

さっきまで決勝で戦っていた相手に、突然ご飯へ誘われた。

 

しかも相手はあのツキアシ。

 

まだ気持ちの整理もついていなかった。

 

ルシアは戸惑ったまま、ツキアシについて歩き出した。

 

ルシアたちはミアレスタジアムを後にする。

 

ツキアシに手を引かれながら歩いていくルシア。

 

その肩にはエモンガも乗っていた。

 

そんな2人の後ろ姿を、1匹の小さなポケモンがじっと眺めていた。

 

小さな手を地面につけたまま、眉をひそめる。

 

「ぺろ。」

 

小さく鳴くと、そのまま遠ざかっていく2人を見つめていた。

 

♢♢♢

 

ミアレスタジアム。

 

大会を終えた観客たちが少しずつ帰り始めていた。

 

先ほどまで歓声に包まれていたスタジアムも、徐々に静けさを取り戻していく。

 

リノは観客席に座ったまま、誰もいなくなったコートの中央を見つめていた。

 

……ツキアシさんは強かった。

 

悔しかった。

 

自分なりに考えて戦った。

 

それでも最後は届かなかった。

 

でも、それ以上に次の課題も見つかった。

 

ルシアも1ヶ月前とは比べ物にならないくらいに強くなっていた。

 

……私も負けられない。

 

リノは膝の上で拳を握る。

 

まだ、私は強くなれる。

 

そう思うと自然と頬が緩んだ。

 

……私は幸せだ。

 

まだ自分より上に強い人たちがいる。

 

勝ちたい相手がいて目指すものがある。

 

私もポケモンたちも、まだまだ伸び代がある。

 

リノはゆっくりと立ち上がるとイヤフォンを耳につける。

 

流れ始めたのは『もっと、キラッと』。

 

ルシア、リン、ユナ。

 

3人の歌声がリノの耳に届いた。

 

リノはその歌声を聴きながら、ゆっくりと歩き始める。

 

そして、少しずつ静かになっていくミアレスタジアムを後にした。

 

♢♢♢

 

ミアレシティ、ホテル1階のレストラン。

 

ツキアシとルシアは話しながら席につく。

 

ルシアは椅子に腰を下ろすと、大事に抱えていたポケモンのタマゴをそっと隣に置いた。

 

一方のツキアシは、どかっと椅子に座ると、大きく腕を伸ばした。

 

肩に乗っていたエモンガも机の上へ降り立つ。

 

そして、ちょこんと座ると、小さな両手を行儀よく机の上に揃えた。

 

ルシアはそんな2人を眺めた。

 

ツキアシは相変わらずくつろいだ様子で、エモンガは背筋を伸ばしておとなしく座っている。

 

どう見ても、エモンガの方が行儀が良かった。

 

まもなく2人の食事が運ばれてくる。

 

エモンガの前にはポケモンフーズ。

 

ルシアの前には、揚げたてのクリームコロッケが置かれる。

 

そして、ツキアシの前にはつまみとジュース。

 

ルシア「……え。」

 

ルシアは思わず目を細めた。

 

……ジュース?

 

ビールじゃなくて?

 

つまみはあるのに?

 

目の前にいるのはあのツキアシさん。

 

シンオウでは伝説とまで呼ばれたアイドル。

 

Luneの王道の赤担当でビジュアル担当。

 

何度も映像で見てきた、憧れだった。

 

そのツキアシさんが、目の前でジュースとつまみを頼んでいる。

 

……いや、別に悪いとは思わない。

 

全然思わないんだけど。

 

……でも、なんというか。

 

ルシアはツキアシと、その前に置かれたジュースを交互に見つめた。

 

自分の中にあったツキアシのイメージが、少しずつ崩れ始めていた。

 

ツキアシ「ハーーーーーッ!」

 

ツキアシはジュースを一気に飲み干すと、満足そうに息を吐いた。

 

ルシア「……。」

 

……いいんだけど。

 

いや、いいんだけどさ。

 

それはビールでやるやつじゃん。

 

ルシアは目の前のツキアシから視線を外し、クリームコロッケに口をつけた。

 

食べ慣れた風味が口いっぱいに広がる。

 

ツキアシ「ルシア、強いじゃん。」

 

ツキアシ「……元アイドルとは思えんわ、アハハ。」

 

ルシア「……あはは。」

 

ルシアは引きつった笑みを浮かべた。

 

……あなたも元アイドルですよ。

 

……しかもめちゃくちゃ強いですよ。

 

言いたいことは山ほどあった。

 

けれど、目の前のツキアシは楽しそうに笑っている。

 

ルシアは結局何も言えないまま、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 

ツキアシ「で、なんで旅に出たん?」

 

ツキアシがルシアへ顔を向けた。

 

2人の視線がぶつかる。

 

ルシア「……セナに勝ちたくて。」

 

ルシアは迷わず答えた。

 

誰に聞かれてもそこだけは変わらない。

 

どれだけ大きな目標でも隠すようなことはしなかった。

 

ツキアシ「あいつめちゃ強いやん。」

 

ツキアシもセナの強さは知っていた。

 

いつか自分も挑戦してみたい。

 

そんなことすら考えていた。

 

ルシア「……でも勝ちたいんです。」

 

ルシアは机の下で、ぎゅっと拳を握る。

 

ツキアシはその顔をじっと見つめると、ふっと頬を緩めた。

 

ツキアシ「で、ユイはなんて?」

 

ルシア「……絶句してました。」

 

ルシアはあの日のことを思い出した。

 

ツキアシ「アハハハハハハハ!!!」

 

ツキアシが大声で笑い出す。

 

ツキアシ「そりゃそうよな!!」

 

ルシア「……ツキアシさん。」

 

ツキアシ「ウチもやもん!!!!」

 

ルシア「……知ってます。」

 

ツキアシ「一緒やん!ウチら!」

 

ツキアシは楽しそうに笑い続けていた。

 

ルシアはそんなツキアシを見つめたまま、何も言えなかった。

 

憧れで、可愛くて、最強の赤担当。

 

映像で見てきたツキアシさんと、目の前にいるジュースをビールのように飲み干し大声で笑いながら自分と一緒だとはしゃぐ女性。

 

……もう、ルシアの中にあったあのイメージは欠片も残っていなかった。

 

ひと通り笑い疲れると、ツキアシは改めてルシアへ目を向けた。

 

ツキアシ「でも、送り出してくれたんやろ?ユイ。」

 

ルシア「…はい。」

 

ツキアシ「…ユイも成長しとるやん。」

 

優しい声だった。

 

ルシア「…。」

 

ルシアは驚いて何も言えなかった。

 

ツキアシ「またいつか会いたいわー。」

 

ツキアシは懐かしそうに呟いた。

 

♢♢♢

 

ツキアシ「……でも旅に出て半年やろ?強すぎん?」

 

ルシア「……え。」

 

クリームコロッケを口へ運ぼうとしていたルシアの手が止まった。

 

Poketterで期待のルーキーだとか、天才だとか呼ばれているのは知っていた。

 

けれど、今は少し違う。

 

目の前にいるのはツキアシ。

 

強さを身をもって知っている相手から、こうして認められるのは嬉しかった。

 

ルシアは思わず頬を緩めた。

 

ツキアシ「……あのブレイズキック、どうやって思いついた?」

 

ルシアは少し考え込んだ。

 

さっきの試合を思い返しながら、ゆっくりと口を開く。

 

ルシア「普通にやっても通用しないから、別の方法でできることを探しました。」

 

それを聞いたツキアシはふっと口元を緩めた。

 

ポケモンバトルは、ただ技をぶつけ合うだけじゃない。

 

駆け引きがあって戦い方がある。

 

同じ技でも、使い方やタイミング次第でいくらでも変わる。

 

その選択肢は無数にあった。

 

ルシアがそこまで理解しているのかはわからない。

 

けれど、あの土壇場で別の方法を思いつき、実際に形にしてみせた。

 

しかも、一度はメガグソクムシャを吹き飛ばしている。

 

あれは間違いなくルシアの強みだった。

 

……こいつ、ちょっと面白いかもしれない。

 

ツキアシは目の前のルシアを見つめながら口元を緩めた。

 

ツキアシは旅人だった。

 

Luneが解散してからはずっといろんな場所を旅している。

 

好きなようにバトルをして、好きなものを見て、楽しく生きる。

 

エモンガもバシャーモもグソクムシャも一緒だった。

 

ポケモンバトルは強い。

 

でもバトルばかりしているわけじゃない。

 

行きたい場所へ行って見たいものを見る。

 

ツキアシは改めて、目の前のルシアを見つめた。

 

ツキアシが次に見たいもの。

 

それはルシアだった。

 

ツキアシ「次、どこいくか決まってるん?」

 

ルシア「カロスのジムバッジを集めようかなと思ってます。」

 

ルシア「もっといろんなバトルを知って強くなりたいです。」

 

ツキアシ「……へぇ。」

 

ツキアシはルシアの顔を見つめた。

 

……こいつ、本当に迷わないな。

 

自分のやるべきことを見据えて、努力している。

 

本気でセナに勝とうとしているんだろう。

 

その気持ちが、まっすぐ伝わってきた。

 

ツキアシ「ウチも行こうかな。」

 

ルシア「……え?」

 

思いがけない言葉に、ルシアは目を瞬かせた。

 

ツキアシ「ルシアのジム戦、見たいわ。」

 

ルシア「……いいんですか?」

 

ツキアシ「えぇよ。どうせ暇やし。」

 

ツキアシは楽しそうに笑った。

 

隣にいたエモンガも、小さな手で親指を立てている。

 

ルシアの頬が自然と緩んだ。

 

……こんなに強い人と、一緒に旅ができる。

 

しかも、自分のバトルを見てもらえる。

 

この人と旅するのは多分楽しい。

 

ここまではずっと1人で旅をしてきた。

 

……嬉しい。

 

ルシアは笑みを浮かべたまま、ツキアシを見つめる。

 

その隣では、大切に置かれたポケモンのタマゴが温かな光を放っていた。

 

もうすぐ生まれそうだった。

 

♢♢♢

 

翌朝、ルシアとツキアシはミアレホテルの前で待ち合わせをしていた。

 

ツキアシ「おはよー。」

 

ルシアも笑顔で挨拶を返した。

 

ツキアシは肩にエモンガを乗せると、ゆっくりと腕を伸ばした。

 

ツキアシ「……いこか!あれ?」

 

歩き出そうとしたツキアシの視線が、ふとルシアの頭の上へ移った。

 

ルシア「え?」

 

ツキアシ「それ、なに?」

 

ルシアはきょとんとしたまま、ゆっくりと頭に手を伸ばした。

 

すると、指先に何か柔らかいものが触れた。

 

ルシア「エ。」

 

……なに?

 

ルシアは恐る恐るそれを掴み、両手で自分の顔の前へ持ってきた。

 

ポケモンだった。

 

小さなポケモンがいつの間にかルシアの頭に乗っていた。

 

ルシアは目の前のポケモンをじっと見つめた。

 

小さなポケモンもルシアを見つめ返す。

 

「ぺろ。」

 

ルシアは片手で小さなポケモンの頭を掴んだまま、スマートフォンを取り出した。

 

そのままポケモン図鑑を開き、目の前のポケモンを調べる。

 

ペロッパフ。

 

わたあめポケモン。

 

『わたあめのような、甘くてベタつく白い糸を出して、相手を絡め取り動きを封じる。』

 

ルシアは画面から顔を上げ、もう一度ペロッパフを見つめた。

 

ペロッパフも、ルシアをじっと見つめ返している。

 

……わたあめポケモン。

 

……可愛い。

 

ふわふわした小さな体を眺めていると、自然と頬が緩んだ。

 

そんなルシアの視線を感じたのか、ペロッパフはどこか自信ありげな様子を見せた。

 

そして、もう一度、小さく鳴いた。

 

ペロッパフ「ぺろ。」

 

ペロッパフはルシアの手からふわっと浮かび上がると、そのまま頭の上にぽすんと収まった。

 

小さな体を落ち着かせ、得意げに胸を張る。

 

もう、ここが自分の特等席。

 

そんな顔をしていた。

 

ルシア「……。」

 

ツキアシ「可愛いやん!それ!」

 

ルシア「可愛いですけどぉ。」

 

ルシアは頭の上のペロッパフを気にしながら、少し考え込んだ。

 

ゴウカザル、ムクホーク、ライチュウ。

 

それから、ユイに託されたタマゴ。

 

セナに挑むためのポケモンは、あと2匹。

 

……この子で挑むの?

 

……本当に?

 

可愛いとは思う。

 

でも、今すぐ決めることはできなかった。

 

とりあえず、しばらくは頭の上にいてもらおう。

 

飽きたらどこかへ行くかもしれない。

 

今すぐ捕まえる気にはなれなかった。

 

セナと戦わなければならないから。

 

ルシアは頭の上のペロッパフをそのままにして、ツキアシへ顔を向けた。

 

ツキアシ「じゃあ行こか!」

 

2人は改めて、目的地の方角へ目を向けた。

 

ルシアの頭にはペロッパフ。

 

ツキアシの肩にはエモンガ。

 

それぞれ小さなポケモンを乗せたまま、2人はミアレシティから歩き始めた。

 

♢♢♢

 

ナギサシティ、cutie project事務所。

 

社長室で、ユイは手元のネットニュースを眺めていた。

 

『カロスオープン、優勝はツキアシ。期待の新星、ルシア選手は一歩及ばず』

 

記事に掲載された写真を見た瞬間、ユイは言葉を失った。

 

ユイ「……なにしてんのよあいつ。」

 

ツキアシだった。

 

画面越しですらその顔を見るのはLuneが解散した時以来だった。

 

ツキアシが、当たり前のようにルシアと戦っている。

 

ユイはしばらく画面を見つめると、呆れたように笑った。

 

……元気でやってる。

 

それなら良かった。

 

4年前、Luneは確かに終わった。

 

ユイは最後までツキアシの選択に納得できなかった。

 

結局、お別れも言わないままだった。

 

でも、嫌いになったわけじゃない。

 

むしろ好きだった。

 

Luneで一緒に過ごした時間は今でもユイの大切な宝物だった。

 

……あの時はまだ子供だっただけ。

 

またいつか会えるなら、今度は2人で笑いたい。

 

ユイはもう一度、画面に映るツキアシを見つめた。

 

それからゆっくりと立ち上がる。

 

そばにいたイーブイがひょいとユイの肩へ飛び乗った。

 

明日はユナの家へ行く予定が入っていた。

 

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