ポケットモンスター 金星の星跡   作:セナ@ハーメルン

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38話 ユナとユイ

2019年、1月。

 

ユナは今日も自室の布団から出られずにいた。

 

カーテンは閉じたまま。

 

私は薄暗いベッドの中で横になっていた。

 

カーテンを開けることはなかった。

 

もうずっと、私の部屋は暗いままだった。

 

布団の中で体を丸めたまま、ぼんやりと天井を見つめる。

 

今日も何もできていない。

 

体を起こす気力も湧いてこなかった。

 

♢♢♢

 

扉を叩く音がした。

 

コンコン。

 

私は少しだけ顔を動かす。

 

……ユイさんだった。

 

ユイ「……やっほー。」

 

扉が開く。

 

ユイさんが顔を覗かせた。

 

ユイさんは困ったように笑っていた。

 

私は布団から少しだけ顔を上げるとユイさんを見つめる。

 

ユイさんがゆっくりと部屋に入ってくる。

 

私は体を起こそうとした。

 

布団に手をつき、少しだけ上半身を持ち上げる。

 

でも起き上がれなかった。

 

ユイ「そのままでいいよ。」

 

ユイさんはベッドのそばまで歩いてくると、私に背を向けて床へ腰を下ろす。

 

そのままベッドを背もたれにして、静かに座る。

 

私は体を起こすのをやめ、もう一度布団に身を沈めた。

 

ユイさんは何も言わなかった。

 

私も何も言えなかった。

 

ユイさんの背中だけがすぐそばにあった。

 

私は布団から顔を少しだけ出したまま。

 

ユイさんは何も言わなかった。

 

多分、私が話すのを待ってくれていたんだと思う。

 

怒ることもない。

 

心配そうな顔を見せることもない。

 

ただ静かに座っていた。

 

薄暗い部屋の中で、ゆっくりと時間が過ぎていく。

 

私は布団の中からユイさんを見つめていた。

 

何を言えばいいんだろう。

 

何から話せばいいんだろう。

 

もう何も頑張れなくなっちゃった。

 

ユイさんの期待を裏切っちゃった。

 

リンの夢を壊しちゃった。

 

ルシアの帰る場所も守れなかった。

 

何か言わなきゃ。

 

そう思うのに、言葉が出てこない。

 

最初に口から出たのは謝罪だった。

 

ユナ「……ごめんなさい。」

 

自分でも驚くほど小さな声だった。

 

しかも震えていた。

 

……情けない。

 

謝ることすらちゃんとできない。

 

ユイさんに聞こえたのかもわからなかった。

 

私はもう、喋ることさえ満足にできなくなっちゃった。

 

ユイ「なにが?」

 

ユイさんは少し首を傾げてみせた。

 

私の目から涙がこぼれた。

 

一度こぼれると、もう止まらなかった。

 

ぽろぽろと涙が落ちる。

 

少しずつ布団に小さな染みが広がっていく。

 

……なにが、って。

 

全部だから。

 

仕事も、ユイさんも、ルシアも、リンも、全部。

 

何から謝ればいいのかもわからなかった。

 

私は何も言えずただ涙をこぼし続けた。

 

ユイ「ユナは頑張ってたよ。」

 

私は唇を噛んだ。

 

……苦しい。

 

その言葉が何よりも苦しかった。

 

だって、頑張ってたのは私もわかってる。

 

頑張った結果がこれだった。

 

頑張った結果、私がみんなを不幸にした。

 

ユイ「本当に頑張ってた。」

 

ユイさんの声は優しかった。

 

慰めようとしている声には聞こえなかった。

 

本気でそう思って言ってくれている。

 

だから余計に苦しかった。

 

私は慌てて顔を隠した。

 

泣いているところを見られたくなかった。

 

それでも涙は止まってくれない。

 

布団に染み込んでいく。

 

もうびちょびちょだった。

 

私は濡れた布団に顔を押しつけたまま、何も言えなかった。

 

ユイ「……ユナはこれからどうしたい?」

 

私は答えられなかった。

 

そんなこと考えたこともなかった。

 

明日のことすら考えられないのに。

 

朝になっても布団から出られない。

 

体を起こすことさえできない。

 

ユイさんと話すことだって満足にできていない。

 

それなのにこれからどうしたいかなんて。

 

……わかんないよ。

 

私は布団に顔を埋めたまま、何も言えなかった。

 

これからどうしたいんだろう。

 

何ができるんだろう。

 

考えても何ひとつ浮かばなかった。

 

でも不思議だった。

 

明日のことは何もわからないのに、ずっと欲しかった場所だけは迷わなかった。

 

ユナ「……ルシアの。」

 

声が震えた。

 

たったこれだけの言葉なのにうまく声にできなかった。

 

……もう嫌だ。

 

こんな自分すら嫌いだった。

 

それでも私はもう一度口を開いた。

 

ユナ「ルシアの隣にいたい。」

 

小さな声だった。

 

でも、ちゃんと言えた。

 

明日のことも、これからのことも、何もわからない。

 

それでもその気持ちだけは本当だった。

 

ユイ「……じゃあアイドルじゃない。」

 

私は布団の隙間からユイさんを見つめた。

 

……え?

 

言っている意味がわからなかった。

 

ユイ「ポケモントレーナーだ。」

 

私は呆然とした。

 

ポケモントレーナー。

 

ルシアと同じポケモントレーナーになる。

 

そんなこと、考えたこともなかった。

 

私はポケモンバトルなんて知らない。

 

旅に出たことだってない。

 

自分の部屋から出ることさえできない。

 

そんな私がポケモントレーナー?

 

私は布団から顔を少しだけ出す。

 

そして、ユイさんを見つめた。

 

ユイさんの表情は真剣だった。

 

冗談で言っているわけじゃない。

 

本気だった。

 

ユイ「……ルシアはセナ君に勝つまで戻ってこない。」

 

私は何も言えなかった。

 

ユイさんもわかっていたんだと思う。

 

私だってわかっていた。

 

ルシアは夢を見つけたんだ。

 

人生を変えるくらい大きな夢を見つけたんだ。

 

だからもう止まらない。

 

セナさんに勝つまできっと帰ってこない。

 

私は布団を握ったままユイさんを見つめる。

 

ユイさんは私がルシアの隣に行きたいと言い出すことを、最初から知っていたみたいだった。

 

ユイ「……私がいいところを知ってる。」

 

私はゆっくりと顔を上げた。

 

……怖い。

 

家から出ることさえ怖いのに。

 

知らない場所へ行ってポケモンバトルを学ぶなんて。

 

そんなこと、今の私にできるんだろうか。

 

それでもユイさんは笑っていた。

 

いつもの優しい笑顔だった。

 

ユイ「カントー地方。トキワジム。」

 

……トキワジム。

 

聞いたことはあった。

 

カントー地方で最強と呼ばれるジム。

 

私が知っているのはそれくらい。

 

ユイ「そこでポケモンを学びなさい。」

 

ユイ「焦らなくていい。ゆっくりでいいの。」

 

その言葉がすっと胸に落ちてきた。

 

……ゆっくりでいい。

 

なんだか嬉しかった。

 

私は焦っていたのかもしれない。

 

頑張らないと。

 

ルシアが戻ってくるまでちゃんと支えないと。

 

ずっとそんなことばかり考えていた気がする。

 

でも、ユイさんはゆっくりでいいと言ってくれた。

 

今すぐ頑張らなくてもいいんだ。

 

そう思うと少しだけ気持ちが楽になった。

 

ユイ「そして準備ができたら旅に出なさい。」

 

私は何も言えなかった。

 

旅に出る。

 

今の私にはあまりにも遠い話だった。

 

明日、布団から起き上がれるかどうかさえわからない。

 

そんな私に旅に出る未来なんて想像できなかった。

 

でも、久しぶりだった。

 

本当に少しだけ。

 

明日のことを考えられた気がした。

 

♢♢♢

 

ユイさんが帰ったあとも、私はずっと布団の中で考えていた。

 

こんなふうに何かを真剣に考えるのは、久しぶりだった。

 

ずっと何も考えないようにしていた。

 

考えると苦しくなるから。

 

でも今日は違った。

 

パルデアからシンオウに来た時のことを思い出す。

 

知らない人。

 

知らない学校。

 

知らない街。

 

何もかもが初めてだった。

 

私はなかなか馴染めなかった。

 

あの頃はずっと海を眺めてた。

 

そんな私に声をかけてくれたのがルシアだった。

 

ルシアと一緒にいると楽しかった。

 

何をしていても楽しかった。

 

ほんとうに。

 

ほんとうにルシアのことが大好きだった。

 

ルシアと出会って私の人生は変わった。

 

Stellaに入ってステージに立って。

 

たくさんの人の前で歌って、踊った。

 

思い出だって数えきれないくらいできた。

 

そしてルシアはそれだけ残していなくなった。

 

私は布団の中で目を閉じた。

 

思い出すのはルシアのことばっかりだった。

 

シンオウに来た日のことも、Stellaで過ごした時間も。

 

どこまでいってもルシアだった。

 

……本当に情けない。

 

こんなに考えても、結局私はルシアのことばっかり。

 

ユイさんの言葉ではっきりわかった。

 

ルシアは帰ってこない。

 

今のルシアはポケモントレーナーだから。

 

セナさんを追いかけているから。

 

だったらルシアと一緒にいたいなら。

 

私がそっちに行かないといけない。

 

私にはシャワーズしかいない。

 

旅に出るなんて、今はまだ考えられなかった。

 

それでもユイさんが場所を用意してくれた。

 

私が進める道を作ってくれた。

 

このまま何もせず、布団の中で腐っていくくらいなら。

 

ルシアの隣に行けるなら。

 

……やってみたい。

 

♢♢♢

 

私はゆっくりと体を起こそうとした。

 

布団は、びっくりするくらい重かった。

 

布団を押しのけるだけでも苦しかった。

 

体も重い。

 

なかなか持ち上がらない。

 

少し動くだけで息が詰まりそうになる。

 

私は何度も動きを止めた。

 

……でも、立たなきゃ。

 

そう思った。

 

自分から立ち上がろうと思ったことすら、久しぶりだった。

 

私はゆっくりと布団をどけると、ベッドから足を下ろした。

 

足に力を込める。

 

うまく踏ん張れなくて体がふらついた。

 

それでも壁に手をつく。

 

そして、少しずつ体を持ち上げていく。

 

ようやく立ち上がった。

 

何ヶ月ぶりだろう。

 

自分の足でちゃんと立った。

 

膝は震えていた。

 

体もふらふら。

 

壁に手をついていないと立っていられなかった。

 

それでも立っていた。

 

……立てた。

 

心はまだ壊れたままだった。

 

急に元気になったわけじゃない。

 

苦しいままだった。

 

怖いままだった。

 

それでも、私は立った。

 

壁に手を添えたまま、ゆっくりと足を動かす。

 

一歩ずつ。

 

足を引きずる。

 

少しずつ部屋の扉へ向かった。

 

たったそれだけの距離なのに。

 

なかなか辿り着けなかった。

 

それでもやめなかった。

 

ようやく扉の前に立つと、私はゆっくりと手を伸ばした。

 

ドアノブに触れ、少しずつ回す。

 

そして、何ヶ月も閉じこもっていた部屋の扉を、ゆっくりと開いた。

 

扉を開けた瞬間、何かがぶつかった。

 

「しゃ。」

 

足元から小さな声が聞こえた。

 

シャワーズ。

 

扉のすぐ向こうにいたシャワーズが、苦しそうに鳴いていた。

 

……ずっとここにいたの?

 

まるで私が出てくるのを待っていたみたいだった。

 

私はゆっくりと顔を下げた。

 

シャワーズと目が合う。

 

すると、シャワーズは私の足に飛びついてきた。

 

嬉しそうにもう一度鳴くと、そのまま体をぎゅっと押しつけてくる。

 

私は壁に手をついたまま、シャワーズを見つめた。

 

甘えているわけじゃない。

 

戯れているわけでもない。

 

……わかるよ。

 

支えてくれてるんだ。

 

私が転ばないように。

 

ちゃんと、自分の足で歩けるように。

 

シャワーズはずっと待っていてくれたんだと思う。

 

私が自分で部屋から出てくるのを。

 

そう思ったらまた涙がこぼれた。

 

でも、さっきまでの涙とは少し違った。

 

苦しくて、どうしようもなくて、止まらなかった涙じゃない。

 

私はシャワーズを見つめたまま、少しだけ泣いた。

 

ありがとう。

 

その気持ちを込めた涙が、シャワーズの頭に静かに落ちた。

 

♢♢♢

 

ユイはcutie project事務所に戻ると、小さく息を吐いた。

 

ルシアは順調に旅を続けている。

 

カロスオープンでは敗れたものの、確実に強くなっていた。

 

しかも今はツキアシとも会っている。

 

少なくとも、今はルシアのことは心配しなくてもよさそうだった。

 

ユナとも久しぶりにちゃんと話ができた。

 

あの子が自分なりの答えを出すまでには、まだ時間がかかるだろう。

 

でも、きっと真剣に考えてくれる。

 

ユイはそう思っていた。

 

そしてリン。

 

……あの子だけはわからない。

 

最後に話す機会すらなかった。

 

今どこにいるのか。

 

何を考えているのか。

 

何をしているのか。

 

何ひとつわからなかった。

 

家にも帰っていないと聞いている。

 

それでも今のユイにできることはない。

 

ユイは手元の予定を確認する。

 

明日も仕事が入っている。

 

Stellaは今、活動を停止していた。

 

それでも、ユイの仕事がなくなるわけではない。

 

メディアへの対応もある。

 

ユイ自身の仕事もある。

 

休んでいる暇はなかった。

 

ユイの体にも確かに疲労は溜まっていた。

 

それでも今日はほんの少しだけ進んだ。

 

何もかもが解決したわけじゃない。

 

それでも、とりあえず前進だった。

 

ユイはもう一度、小さく息を吐いた。

 

♢♢♢

 

シンオウ地方、トバリシティ。

 

とある事務所の一室で、金髪の女性が通帳を眺めていた。

 

部屋は薄暗く、彼女の視線は開かれた通帳の数字に釘付けになっている。

 

そこには0が9個並んでいた。

 

「ふひひひひひ。」

 

思わず、おかしな笑い声が漏れる。

 

そばにいたチェリムが、彼女をじっと見つめていた。

 

女性の名はルナ。25歳。

 

かつてLuneの紫担当として活動していた彼女。

 

グループの解散後はシンオウ地方でシンガーソングライターとして活動を続けていた。

 

ルナにはずっと叶えたい夢があった。

 

そして今、彼女の通帳には20億円もの大金がある。

 

Lune時代から現在に至るまで、長い年月をかけて貯めてきた資金。

 

夢を叶えるための予算は、ついに揃った。

 

ルナは満足そうに頬を緩めると、ぱたんと通帳を閉じた。

 

ルナ「さぁ、やるかぁ!」

 

勢いよく声を上げる。

 

ルナ「国作り!」

 

薄暗い事務所の一室に、ルナの声だけが響いた。

 

【シンオウニュース】

 

シンガーソングライターLUNA、突然の活動終了を発表!伝説のアイドルから駆け抜けた音楽人生に一区切り

 

2019年1月

 

元Luneのメンバーで、シンオウ地方を中心に活動してきたシンガーソングライター・LUNA(25)が、歌手活動の終了を発表した。

 

かつて伝説的な人気を誇ったアイドルグループ「Lune」の紫担当として活躍したルナ。

 

グループ解散後はシンガーソングライター「LUNA」へと転身し、シンオウ地方を拠点に音楽活動を続けてきた。

 

アイドルからシンガーソングライターへ。

 

Lune解散という大きな転機を経ても歌い続け、独自の世界観とともに音楽の道を駆け抜けてきた彼女が、ついにその活動に幕を下ろす。

 

しかし、今回の発表で注目を集めたのは、活動終了そのものだけではなかった。

 

LUNAは今後について、次のようにコメントしている。

 

「歌手としての活動は終わりですが、これからは国を作るために頑張ります!」

 

突然飛び出した「国を作る」という言葉。

 

あまりにも予想外の宣言に、その真意をつかめず困惑が広がっている。

 

もともと独特な世界観を持つことで知られていたLUNAだが、今回の発言はその中でも異例と言えるものだった。

 

果たして「国を作る」とは、何を意味しているのだろうか。

 

具体的な活動内容や計画については、現時点で明らかになっていない。

 

ただ、本人のコメントを見る限り、芸能界から完全に姿を消すというわけではなさそうだ。

 

伝説のアイドルグループからシンオウのシンガーソングライターへ。

 

そして今度は「国作り」。

 

LUNAの次なる活動は、いまだ謎に包まれている。

 

@luna_news

LUNA活動終了?

 

@luna_oshii

え、無理なんだけど

 

@sinnoh_music

国を作る?

何を言ってるの?

 

@luna_fan_07

いやLUNAは前から国を作りたいって言ってたよ

 

@realistic_25

国って作るものじゃないだろ

 

@purple_lune

ちゃんと説明してほしい

 

@stella_lune_fan

Stellaも終わってLUNAまで引退とか耐えられない

 

@music_love_19

聴く曲なくなっちゃった( ; ; )

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