セナの口元が緩んだ。
…やっと来た。
…僕もルカリオも満身創痍だ。
でも、いい。
それでいい。
セナはゆっくりと顔を上げる。
ルカリオも正面に立つガブリアスを見据えている。
これを倒せば、僕はもっと強くなれる。
欲しいものがここにある。
ルカリオとガブリアスがフィールドの中央で向かい合った。
実況「ついに最後の1体!シロナ選手のエース、ガブリアスが登場!迎え撃つのは、ここまで5体を倒してきたセナ選手のルカリオです!」
スタジアムを埋め尽くす観客たちの視線がフィールドへ注がれた。
後がないシロナ。
そして彼女のエースであるガブリアス。
この2人がどんな戦いを見せるのか。
そして、セナにも注目が集まっていた。
彼は一体何者なのか。
なぜ、あれほどボロボロになりながら戦い続けているのか。
そして、この戦いの果てに新たな英雄は誕生するのか。
期待、興奮、困惑。
さまざまな感情が入り乱れる中、最後の戦いが始まろうとしていた。
審判「バトル再開!」
シロナ「ガブリアス!ドラゴンダイブ!」
ガブリアスが地面を蹴った。
一気に加速し、凄まじい勢いでルカリオとの距離を詰める。
セナ「ルカリオ!」
セナの声がスタジアムに響いた。
ルカリオは迫り来るガブリアスに合わせて体を逸らした。
ガブリアスの突進がすぐ傍を通り過ぎ、空を切る。
セナ「ルカリオ!シャドーボール!」
ルカリオの腕に影の塊が集まった。
そのまま振り抜くと、黒い球体がガブリアスへ向かって撃ち出される。
実況「ドラゴンダイブを回避!ルカリオ、すかさずシャドーボールで反撃!」
シロナ「スケイルショット!」
ガブリアスがルカリオへ狙いを定めた。
無数の鱗が鋭い弾丸となり、一斉に放たれる。
シャドーボールがガブリアスを捉えた。
同時に、ルカリオにも鱗の弾丸が次々と突き刺さる。
互いの攻撃が直撃した。
実況「両者直撃!ガブリアスも被弾!しかしルカリオも吹き飛ばされた!」
スケイルショットの衝撃でルカリオの体が宙に浮いた。
そのまま後方へ弾き飛ばされる。
そして、何度も背中から地面に叩きつけられる。
ルカリオは腕をついて体を起こそうとする。
それでも片膝が地面に落ちた。
実況「ルカリオが膝をついた!ここまでシロナ選手の5体を倒してきたルカリオが、ついに膝をつきました!」
今日、初めてだった。
ルカリオが膝をついた。
セナは必死にガブリアスを見つめていた。
動きは分かる。
読めている。
死角だって見えている。
そのはずだった。
それなのに、隙がない。
一瞬、隙を見つけても、次の瞬間には消えている。
セナとガブリアスの視線がぶつかった。
僕だって、ルカリオと戦う。
僕たちがお前を倒す。
そして僕がチャンピオンになる。
セナは額に浮かんだ冷や汗も拭わず、ガブリアスを見つめ続けていた。
シロナ「ガブリアス!じしん!」
ガブリアスが大地を力強く踏み鳴らした。
次の瞬間、フィールド全体が激しく揺れ始める。
実況「ガブリアスのじしん!凄まじい揺れがフィールドを襲います!」
セナ「はどうだん!」
ルカリオが壁を蹴り、揺れるフィールドを見下ろすように高く跳び上がった。
腕に蒼い波動が収束する。
そのままガブリアスへ狙いを定め、波動の塊を撃ち出した。
シロナ「ドラゴンダイブ!」
ガブリアスが地面を蹴り、迫り来る波動へ向かって加速した。
次の瞬間、凄まじい勢いの突進がはどうだんを正面から打ち砕く。
衝撃で砂埃が巻き上がった。
実況「ガブリアス、はどうだんを正面から突破! ルカリオの攻撃を打ち破りました!」
シロナは目を細めた。
ガブリアスなら通用している。
戦えている。
押せている。
これならまだチャンスはある。
シロナは巻き上がる砂埃を見つめながら拳を握り締めた。
シロナとガブリアス。
まだ、女王の目は死んでいなかった。
♢♢♢
ガブリアスのドラゴンダイブが、ルカリオを捉える。
上空で凄まじい勢いの突進を受けた。
ルカリオの体が地面へ強く叩きつけられる。
シロナ「ガブリアス!ストーンエッジ!」
ガブリアスがさらに畳み掛けた。
鋭く尖った岩が次々と形成され、ルカリオへ降り注ぐ。
セナ「しんそく!」
ルカリオはすぐに体を起こし地面を蹴った。
降り注ぐ岩の間を駆け抜け、体を逸らしながら回避していく。
そのままガブリアスとの距離が縮まった。
そして鋭い蹴りを叩き込む。
シロナ「ガブリアス!」
シロナの声がスタジアムに響く。
応えるように、ガブリアスが歯を食いしばる。
蹴りを受けながら踏ん張るものの、少しずつ後方へ押されていく。
セナ「ッ!」
まだだ。
押し込め。
まだいける。
セナ「ルカリオ!」
セナの声が響いた。
技の指示ではない。
ただ、名前を呼んだだけ。
それでもルカリオには十分だった。
さらに足へ力が込められる。
ガブリアスが後退する。
それでも、両腕を地面に突き立てた。
押し込まれる勢いに逆らう。
まだ爪を食い込ませて踏ん張る。
実況「ガブリアス、耐えた!ルカリオの強烈な一撃を受けながらも踏みとどまりました!」
シロナ「まだよ!ガブリアス!」
シロナの額から汗が流れ落ちた。
まだ、終わらせない。
こんなに楽しい勝負、簡単には終わらせない。
シロナ「ガブリアス!りゅうせいぐん!」
ガブリアスが大きく咆哮した。
実況「りゅうせいぐん!シロナ選手、ここで大技を繰り出した!」
スタジアムの上空が美しく輝いた。
光が広がり、無数の流星が降り始める。
セナ「……ッ!」
セナは歯を食いしばりながら、ルカリオを見つめた。
ルカリオも限界だった。
分かる。
流星がどこに落ちるのか。
全部分かる。
それなのに体が動かない。
ルカリオは立ったまま動かなかった。
降り注ぐ流星が次々とルカリオを捉える。
その体に幾度も直撃し、周囲の地面が砕け散っていく。
それでもルカリオは動けず、流星を受け続けた。
実況「りゅうせいぐんが直撃!ルカリオの姿が見えません! 」
土煙がゆっくりと晴れていく。
シロナは固く握っていた拳を開いた。
確実に仕留めたはず。
あれだけの攻撃を受けて、耐えられるわけがない。
そう確信していた。
シロナはゆっくりと土煙の向こうへ視線を向けた。
シロナ「……嘘でしょ。」
思わず声が漏れた。
隣では、ガブリアスも苦しそうに息をしている。
土煙の向こうに、ルカリオが立っていた。
顔は下を向き、全身から力が抜けている。
それでも、確かに立っていた。
やがて、ルカリオの口元がゆっくりと歪んだ。
セナも同じだった。
セナ「……こっちの番だ。」
セナの顔は明らかに異常だった。
額から滴り落ちる汗。
目の下に刻まれた濃い隈。
それでも、苦しそうに笑っている。
不気味な怪物は、まだ生きていた。
実況「立っている!ルカリオが立っています!あのりゅうせいぐんを受けて、なお倒れません!」
セナ「ルカリオ。」
ルカリオが地面を蹴った。
その瞬間だった。
プツン。
セナとルカリオのつながりが切れた。
♢♢♢
セナの膝が崩れた。
ルカリオを見つめたまま、ゆっくりと体が傾いていく。
あ。
終わった。
つなぎすぎた。
もう僕の声はルカリオには届かない。
あと一撃だったのに。
あと一撃入れれば、僕の勝ちだったのに。
その願いも、もうルカリオには届かなかった。
僕はゆっくりと地面へ倒れ込んだ。
体に力が入らない。
目は見える。
耳も聞こえる。
だからこそ分かる。
ルカリオは走っている。
あ。
今、跳んだ。
……はどうだん?
ルカリオ。
戦ってくれるんだ。
僕がいなくてもルカリオも勝ちたいんだ。
ルカリオが踏み出してくれた。
僕の夢を、君が1人で背負ってくれた。
ガブリアスがゆっくりと倒れ込んだ音がした。
最後の一撃は見えなかった。
残念だけど。
ルカリオ、ありがとう。
僕の夢を、最後に1人で叶えてくれてありがとう。
審判「……ガブリアス、戦闘不能。ルカリオの勝ち。」
審判「よって勝者、挑戦者セナ。」
審判の声が聞こえた。
僕の勝ち。
いや、僕たちの勝ち。
僕は地べたに這いつくばったまま王になった。
♢♢♢
シロナは、倒れたガブリアスを後ろから見つめていた。
実況「……決着です。10年間無敗を誇ったシンオウチャンピオン、シロナ選手が敗れました。」
実況「勝者は挑戦者セナ選手。しかし……セナ選手が倒れています。救護班が駆け寄っています。」
観客席からは歓声と悲鳴が入り混じり、スタジアム全体が騒然としていた。
シロナはその喧騒から離れるように、ゆっくりと目を閉じた。
悔しい。
結局、私はルカリオを倒すことができなかった。
ガブリアスも頑張ってくれた。
ほかのポケモンたちも同じだった。
閉じた瞼の端から涙がこぼれ、頬を伝っていく。
それでも満足してしまった。
新しいチャンピオンは、間違いなく自分より強い。
10年前の自分よりも若い。
勝利に貪欲で、正直な青年。
もっと、この子のことを知りたい。
何を考えてここまで来たのか。
どうしてそこまで強くなりたいのか。
負けた今だからこそ、話したいことがあった。
シロナはゆっくりと目を開けると、ガブリアスのもとへ歩き出した。
倒れた相棒の傍らに膝をつき、その頭を優しく撫でる。
シロナ「ありがとう。」
たった一言だけ語りかけると、ガブリアスをボールへ戻した。
無敗の女王は静かにその冠を下ろした。
♢♢♢
2018年5月1日。
シンオウ地方、ポケモンリーグスタジアム。
10年間、王座を守り続けてきた無敗の女王が敗れた。
シンオウの歴史が変わった日だった。
新チャンピオン、セナ。
20歳。
旅を始めて、わずか約1ヶ月。
使用したポケモンはルカリオのみ。
あまりにも異質で、強くて、眩しかった。
新たなチャンピオンの誕生に、シンオウ地方は大きく沸く。
小柄で、可愛らしい顔立ち。
それでいて、誰もが認めざるを得ない圧倒的な実力。
そして、常識にとらわれないルカリオのバトルスタイル。
話題になるには十分すぎた。
♢♢♢
ポケモンリーグ、チャンピオンルーム。
シロナからの引き継ぎを済ませると、セナはソファに腰を下ろす。
今日からはここがセナの部屋だった。
隣ではチラーミィが満足そうに息を吐いている。
セナとチラーミィが並んで座っても、まだ十分に余裕があるほど大きなソファだった。
向かい側にはルカリオも腰を下ろしていた。
セナ「チラーミィ。」
名前を呼ばれたチラーミィが顔を上げた。
セナは鞄に手を入れると、一つの石を取り出した。
ひかりのいし。
チラーミィが触れればチラチーノへと進化する石。
チラーミィの瞳が大きく見開かれる。
セナ「そろそろ進化しようか。」
チラーミィの目が輝いた。
セナは小さく笑った。
僕はチャンピオンになった。
最強の証明は一旦ここで終わり。
これからはもっと強くなるために命を燃やす。
環境も肩書も揃った。
今まで以上に強くなれる。
ルカリオだけじゃない。
チラーミィも、グライオンも、リオルも。
全員で強くなる。
新しく強いポケモンも仲間にする。
今の僕たちの力を、もっと鋭く、もっと強く鍛え上げる。
チラーミィも同じだ。
もっと強くなれる。
チラーミィはセナの手元へ尻尾を伸ばす。
そしてひかりのいしにそっと触れた。
チラーミィの体が白い光に包まれる。
光の中でその体が少しずつ大きくなっていく。
尻尾も大きく成長し、幾つにも分かれて広がった。
やがて光が弾ける。
セナの目の前にはチラチーノが立っている。
チラチーノはセナを見上げ、楽しそうに笑った。
セナはスマホを手に取ると、チラチーノの図鑑を開いた。
『白い 体毛は 特別な 脂で コーティングされているので 敵の 攻撃を 受け流すのだ。』
セナ「……。」
白い体毛。
敵の攻撃を受け流す。
……いいじゃん。
セナは手を伸ばし、チラチーノの頭を優しく撫でた。
チラチーノは満足そうに胸を張る。
その姿を見て、セナもルカリオも笑みをこぼした。
もっと強くなれる。
もっと先に行ける。
この時は、みんなそう思っていた。
【シンオウニュース】
シンオウに新王者誕生 20歳のセナが無敗の女王シロナを撃破、10年間の王座に幕
2018年5月1日、シンオウ地方のポケモンリーグスタジアムで行われたチャンピオン防衛戦で、挑戦者のセナ選手(20)がシンオウチャンピオン・シロナ選手に勝利した。
シロナ選手は22歳でチャンピオンに就任して以来、10年間にわたり無敗を維持してきた。その記録が、20歳の新たな王者によって塗り替えられることとなった。
今回チャンピオンに就任したセナ選手は、今年4月にトレーナーとして旅を開始。
ミオジムのトウガンを皮切りに、各地のジムリーダーを次々と撃破し、わずか約3週間で8個のジムバッジを獲得した。
さらに、ポケモンリーグでは四天王のリョウ、キクノ、オーバ、ゴヨウを同日に突破。
旅を始めて約1ヶ月という異例の速さで、シンオウの頂点へと辿り着いた。
特筆すべきは、その戦績だけではない。
セナ選手はジム戦から四天王戦、そして今回のチャンピオン戦に至るまで、ルカリオ1体のみを使用して勝ち進んできた。
その戦い方も、従来のポケモンバトルとは大きく異なっている。
相手の動きを正確に捉える判断力と、既存の技を独自の発想で活用する戦術。
さらに、トレーナーからの指示がない状態でもルカリオが的確に動くなど、その連携には専門家やファンからも驚きの声が上がっていた。
今回のシロナ戦でも、その異質な戦い方は健在だった。
セナ選手のルカリオは、ミカルゲ、ミロカロス、ロズレイド、トゲキッス、ルカリオを次々と撃破。
最後に登場したガブリアスは、持ち前のスピードと攻撃力でルカリオを追い詰め、激しい攻防が繰り広げられた。
しかし、試合終盤にはセナ選手自身の体調にも異変が見られた。
顔色は悪く、足元もふらついており、試合を続けられる状態なのか懸念される場面もあった。
そして決着の直前、セナ選手がフィールド上に倒れ込む事態が発生。
それでもルカリオは戦闘を続行し、最後のはどうだんでガブリアスを撃破した。
勝利が告げられた時、セナ選手は地面に倒れたまま動けず、救護班が駆け寄った。
歴史的な新チャンピオン誕生の瞬間は、歓声と困惑が入り交じる異例の光景となった。
一方、敗れたシロナ選手は、倒れたガブリアスを労い、静かにボールへ戻した。
最後まで全力を尽くした無敗の女王にも、観客たちの注目が集まった。
20歳という若さ。
小柄で可愛らしい容姿。
そして、ルカリオ1体でシンオウの頂点に立った圧倒的な実力。
これまでの常識を覆す新チャンピオンの誕生に、シンオウ地方は大きな盛り上がりを見せている。
10年間続いたシロナ政権が終わり、新たな王者セナの時代が幕を開けた。