ナギサシティ、cutie project事務所。
社長室の扉がノックされた。
ユイ「どうぞー。」
声をかけながら、ユイは扉の方へ振り向いた。
ユイ。
cutie project代表取締役。
Stellaプロデューサー。
そして、かつてシンオウ地方を熱狂させた伝説のアイドルグループ「Lune」の元メンバー。
アイドル時代のユイは、その華やかな存在感でシンオウ地方を席巻し、「王道スーパーアイドル」と呼ばれていた。
そんな彼女も、今ではアイドルをプロデュースする立場になっている。
やがて扉が開く。
ユイが目を向けると、そこにはルシアが立っていた。
ユイはルシアへ視線を向けると、ソファに座るよう促した。
ルシアが腰を下ろすのを見てから、自分も向かい側のソファに座る。
そばにいたイーブイを抱き上げると、膝の上に乗せる。
そして、改めてルシアへ顔を向けた。
ユイ「……どうしたの?」
その声にルシアが顔を上げた。
少し間を置いてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
ルシア「……Stellaを休ませてください。」
ユイ「……え?」
思わず声が漏れた。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
Stellaを休む?
ユイはすぐに言葉を返せず、膝の上のイーブイを抱いたまま固まってしまった。
そして、しばらくルシアの顔を見つめ続けていた。
ルシア「……見たんです。シンオウチャンピオン防衛戦。」
ルシアはユイの目をまっすぐに見つめたまま、話し始めた。
ルシア「私、セナに勝ちたい。」
ルシア「ヒコザルと一緒にセナに挑戦したい。」
ユイは何も言えなかった。
あの試合なら自分も見ていた。
ユイ自身、ポケモンバトルにはそれなりに自信がある。
四天王級なんて言われることもある。
バトルのことだってそれなりにわかっているつもりだった。
シロナがどれだけ強いのかもよく知っている。
セナに勝ちたい?
あの子に?
無理でしょ。
あんなの強いなんて言葉じゃ足りない。
それくらいユイにだってわかる。
それでも、ルシアは本気でセナに勝ちたいと言っている。
あまりにも無謀だった。
ユイはルシアの目を見た。
まっすぐに自分を見つめている。
無理だよ。
アイドルをやりなさい。
そう言ってしまえばいい。
それだけのはずなのにその言葉は出てこなかった。
ユイは膝の上のイーブイを抱いたまましばらくルシアを見つめ続けていた。
ユイ「……どうやって?」
ルシア「強くなる!」
ユイ「具体的には?」
ルシア「旅をして、たくさんバトルして、バッジを集める!」
ユイ「どこを旅するの?」
ルシア「……。」
ユイ「シンオウ?それだけでいいの?」
ルシアは黙ってしまった。
さっきまで勢いよく答えていたのに、今度は何も言えない。
そんなルシアを見て、ユイは小さく息を吐いた。
多分、本気なんだと思う。
セナに勝ちたいという気持ちは、きっと本物なんだろう。
でも、そこに辿り着くまでの具体的な道のりは、何も見えてこない。
そもそも、どこを旅するのかさえ決まっていないのだ。
無理もなかった。
ルシアはまだ17歳。
何でも器用にこなせるような子でもない。
ユイは膝の上のイーブイを抱いたまま、しばらく黙っていた。
♢♢♢
ユイ「……。」
Stellaは来月、結成1周年を迎える。
記念ライブに向けた準備だってすでに進んでいた。
ルシア、ユナ、リン。
Stellaは、この3人で成り立っているグループ。
たった1人欠けるだけで、グループの活動そのものが止まってしまう可能性だってある。
ユイとしても、簡単に首を縦に振るわけにはいかなかった。
膝の上では、イーブイが心配そうにユイの顔を覗き込んでいる。
向かい側のルシアも、何も言わずにユイを見つめ続けていた。
ユイは黙ったまま、しばらくその視線を受け止めていた。
ふと脳裏に昔の記憶がちらつく。
少し前のことだった。
あの頃、Luneは人気の絶頂にいた。
ライブを開けば会場は満員。
グッズだって飛ぶように売れる。
メンバーたちもそれぞれ活動の幅を広げ、何もかもが順調に進んでいた。
そんな時だった。
ツキアシ「旅に出たい。」
たった、その一言。
その一言で、Luneは解散した。
ユイはすぐには受け入れられなかった。
あれだけ人気があったのに。
まだまだ、やれることだってあったのに。
それでも、Luneは終わってしまった。
ユイのアイドルとしての人生も、そこで一度終わった。
だからStellaを作った。
自分が叶えられなかった夢を、ルシアたちに託すために。
3人は順調に人気を集め、来月には結成1周年を迎えるところまで来ていた。
それなのに、また同じことが起きようとしている。
今度は、自分が夢を託した少女たちの未来が、終わろうとしていた。
♢♢♢
ユイは拳をぎゅっと握りしめた。
ツキアシのことを恨んでいるわけじゃない。
あの子は、ただ自分の夢を選んだだけ。
それで誰かが不幸になったわけでもない。
みんな、それぞれ自分の道を進んでいる。
私だってそう。
でもあの頃の私は違った。
ツキアシが旅に出ると決めた時、どうしても送り出せなかった。
見送りに行くことさえできなかった。
最後に顔を合わせたのがいつだったのかも、もう覚えていない。
だから今度こそ、ルシアのことだけを考えるなら、笑顔で言いたかった。
「いってらっしゃい。」
たった、それだけ。
そう言って送り出したかった。