Fate/shelter rain 作:茶碗
翌朝。
昨夜見た、あの暗黒の荒海で泣き崩れていた青紫の髪の女性——キャスターの過去とおぼしき生々しい悪夢の痛みを胸の奥に残したまま、士郎は目を覚ました。
簡単な朝食を済ませた後、士郎はキャスターと共に再び土蔵へと足を運んでいた。
昨日、ガラクタを運び出して最低限の工房として整えられた土蔵の中は、冷たい空気が澱みつつも、床や壁に刻まれた未知の魔術文字が淡く脈動している。
「……さて。昨日は最低限の掃除と術式の敷設で終わったけれど、本格的な陣地作成を進める前に、床面を完全に露出させて基礎を固めるわよ」
腕を組むキャスターの指示に従い、士郎は昨日動かしきれなかった壁際の古木箱を寄せ、最後に土蔵の中央に長年敷きっぱなしになっていた古びたござに手をかけた。
埃を払うように一気に茣蓙を剥ぎ取った、その瞬間——。
キャスターの纏う空気が、一変した。
「……待ちなさい、坊や」
キャスターの声の鋭さに、士郎の手が止まる。
茣蓙の下の板張りの床。そこには、煤と経年劣化で黒ずみ、半ば削れ落ちた奇妙な文様が残されていた。
キャスターは音もなく床に膝をつくと、細い指先でそのかすれた銀と水銀の跡をなぞった。
「……召喚サークルね。酷く雑に塗り潰してあるけれど、聖杯へと繋がる術式の指向性がまだ眠っているわ。これ、誰が描いたもの?」
「俺じゃない……たぶん、親父だ。何も聞いてはいないけど……」
「なるほどね……」
キャスターは立ち上がり、ふむ、と顎に指を当てて土蔵の中を見回した。その紫の瞳には、警戒というよりも魔術師としての冷徹な計算が宿っていた。
(……この坊やの右手の甲) 回路を調律した際、微かに感じ取っていた違和感。士郎の皮膚の下には、聖杯からマスター候補として選定されている兆候——令呪の萌芽とも呼ぶべき魔力の鬱血が確かにあった。だが、行き倒れていた自分と無理やりに仮パスを繋いだ後も、その痣が完全な令呪として定着することはなかったのだ。 (あの時は聖杯への正規の接続がないからだと思っていたけれど……違うわね。聖杯の認識において、この坊やは『まだサーヴァントを召喚していない空席のマスター』のままなのだわ) ならば——この召喚陣を使えば、どうなるか。 策謀の糸が瞬時に編み上がり、キャスターの薄い唇が微かに弧を描いた。
「坊や。昨日の鍛錬で痛感したでしょうけれど、私のクラスは『キャスター』——魔術による陣地作成や後方支援なら誰にも引けを取らないけれど、剣を振るって敵を薙ぎ払うような直接の白兵戦は専門外よ」
「そりゃ、そうかもな。魔術師なんだし」
「ええ。もしランサーやバーサーカーのような、理不尽なまでの白兵戦闘力を誇る英霊に奇襲された場合、この工房が完成する前なら、あなたを庇いながら戦うのは少々骨が折れるわ。……最悪の場合、私が敵を仕留める前に、あなたが流れ弾でミンチになる可能性だって否定できない」
「う……」
痛いところを突かれ、士郎は言葉に詰まる。確かに、今の自分の実力ではキャスターの足手まといになる未来しか見えない。
すると、キャスターは不敵な笑みを浮かべ、足元の魔法陣をトンと爪先で叩いた。
「だから、戦力を補強しましょう。……この残された召喚陣を再利用して、もう一騎、私たちの前衛となるサーヴァントを召喚するのよ」
「サーヴァントを、もう一人? ……でも、俺たちもう契約してるだろ。俺みたいな素人の魔力で、二人も養えるのか?」
士郎が素直な疑問を口にすると、キャスターは呆れたように肩をすくめた。
「馬鹿をお言い。誰があなたのあの貧相な回路に直結させると言ったの? 私を誰だと思っているのよ」
キャスターは人差し指を立て、足元の魔法陣を示した。
「いいこと、坊や。私は前のマスターを失って、聖杯の加護から切り離された『はぐれ』よ。聖杯からの支援もないから、あなたの細い回路にしがみついて、大気中の薄いマナを啜って辛うじて消滅を免れているの」
「……それ、かなり危なっかしいんじゃないか?」
「ええ、綱渡りもいいところだわ。けれどあなたは違う。その手の甲に痣が浮き出ているでしょう。あなたは聖杯に選ばれ、サーヴァントを迎え入れる器として認められているのよ。この残された陣を使って正式に儀式を執り行えば、あなたの手に正規の令呪が刻まれ、聖杯の支援を受けた本物の英霊が喚び出されるわ」
キャスターは不敵に唇の端を吊り上げる。
「正規の英霊なら、現界の維持そのものは聖杯が引き受けてくれる。そして実戦で必要な膨大な魔力は——この私が間に入って中継してあげるわ。あなたの脆い回路が焼き切れないように、私が魔力の交通整理をしてあげるのよ。……どう? 完璧な戦力増強計画でしょう?」
「そんな無茶苦茶なこと、できるのか……!?」
「儀式の魔力ラインに私が割り込んで調律するだけよ。そこらの三流魔術師ならいざ知らず、この私にとっては造作もないことだわ」
あっけらかんと言い放つキャスター。だが士郎は、昨日教えられた知識を思い出しながら首を傾げた。
「でも、サーヴァントを呼ぶには『触媒』がいるんじゃないのか? 英雄にゆかりのある品とか……そんなもの、うちにはないぞ」
「鋭いけれど、触媒がなくても召喚そのものは可能なのよ。その場合、召喚者の魂の性質か、あるいはこの場所自体の因縁に引き寄せられた英霊が喚び出されるわ」
キャスターは床のかすれた銀の跡を見下ろした。
迷う理由などないと言わんばかりに、キャスターは右手を掲げた。
その指先からバチバチと紫電が迸り、床のかすれた陣めがけて濃密な魔力が注ぎ込まれる。黒ずんでいた線が瞬く間に鮮やかな青紫の燐光へと染め直され、古びた土蔵の空気がピリピリと帯電した。
「さあ、準備は整ったわ。陣の前に立ちなさい、士郎。詠唱は私が先導してあげるから、私の声に合わせて意識を集中させなさい」
「……ああ、分かった!」
士郎は息を呑み、胸の鼓動を抑えながら陣の正面へと歩み出た。
キャスターが静かに、だが土蔵の空間を震わせる凛とした声音で神言を紡ぎ始める。士郎もまた、自らの内に眠る回路を研ぎ澄まし、その声に言葉を重ねた。
「——素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
キャスターの紡ぐ術式が、聖杯の召喚ラインを強引にこじ開け、衛宮邸の土蔵へと接続していく。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ」
「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
士郎の胸の奥底で、何かがカチリと小さく鳴った。自分の魂の芯が、遠い時空の彼方にある「何か」と微かに共鳴したような奇妙な感覚。
「——告げる」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に」
「我は常世総ての善と為る者、我は常世総ての悪を敷く者」
眩い閃光が土蔵を真昼のように染め上げる。突風が吹き荒れ、床の埃が激しく巻き上がった。
二人の声が重なり、最後の一節が雷鳴のように轟く。
「三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ——!!」
落雷のような轟音と共に、巨大な光の柱が天を突いた。
立ち込める白煙と魔力の奔流の向こう側——召喚陣の中央に、青いドレスと白銀の甲冑を纏った、小柄な人影が静かに佇んでいた。
小柄な身体つき。きつく結い上げられた豪奢な金色の髪。
そして、すべてを射抜くような澄み切った碧眼。
少女の右手が握りしめる大気は不自然に歪み、不可視の風の刃が渦巻いている。
彼女はゆっくりと視線を巡らせ、土蔵の隅で呆然と立ち尽くす士郎を見据えた。
その凛とした声が、静寂を切り裂く。
「問おう。貴方が、私のマスターか」
「あ……」
士郎は言葉を失っていた。
あまりにも隔絶した気高さ。ただそこに立っているだけで、冷え切った土蔵が厳粛な聖堂へと変貌したかのような錯覚。
同時に、士郎の右手の甲がチリチリと焼けつくような熱を帯びた。見下ろすと、皮膚の上に鮮烈な赤で三画の剣の紋様——正規の『令呪』が、キャスターの敷いた術式に導かれるように安全に定着していた。
だが、士郎がその問いに応じるよりも早く。
土蔵の空気を、まったく別の意味での絶叫が打ち破った。
「——な、なんてことなの……!!」
両手で頬を押さえ、信じられないものを見る目で目を見開いているキャスターだった。
「キャスター……?」
士郎が呼びかける声など、今のキャスターの耳には届いていなかった。
彼女の視線は、召喚陣の中央に立つ白銀の少女に完全に釘付けになっていた。
「金髪……碧眼……! 華奢な身体に似合わぬ重装甲、凛々しすぎる眉根、そしてその楚々として清廉な佇まい……! あ、完璧だわ……! 絵画からそのまま抜け出してきたような、正統派の美少女騎士様じゃないの……!!」
「なっ……!?」
先ほどまで凛然としていたセイバーの表情が、一瞬で険しい警戒へと引き締まった。不可視の剣を構え直し、キャスターへと切っ先を向ける。
「貴様、何者だ! 英霊の気配……キャスタークラスか! マスター、下がってください! なぜ敵サーヴァントがこの場にいるのかは定かではありませんが、即座に排除いたします!」
一触即発の殺気が土蔵を満たす。
セイバーの足元が踏み込まれ、不可視の剣がキャスターの首筋めがけて薙ぎ払われようとした瞬間——。
「待て待て待て! 待ってくれ、敵じゃない!!」
士郎は転がるように二人の間に割って入った。
両手を広げてセイバーの剣筋を遮る士郎に、セイバーは驚愕して寸前で刃を止める。巻き起こった突風が、士郎の短髪を激しく揺らした。
「なっ……マスター、危険です! その者はキャスター、魔術と謀略を司る英霊です! 惑わされてはなりません!」
「違うんだ! 俺が昨日、道端で行き倒れてたところを拾って介抱して……っていうか、あんたを安全に喚び出してくれたのはそのキャスターなんだ!」
「拾った……? サーヴァントを、道端で……?」
セイバーの端正な眉が、八の字に歪んだ。生真面目な彼女の理性をもってしても、「道端で拾われたキャスター」という概念があまりに常軌を逸しており、完全に処理が追いついていない。
一方、首を撥ねられかけたキャスターは、恐怖するどころか興奮冷めやらぬ様子で士郎の背中をバシバシと叩いた。
「士郎! よくやりました、坊や! あなたを三流の出来損ない呼ばわりしたこと、前言撤回してあげるわ! まさかこんな極上の、愛らしさと高潔さを兼ね備えた騎士様を引き当てるなんて! 本当に大金星よ!!」
「痛い痛い! 叩くなってキャスター! それと話が全然噛み合ってないから落ち着け!」
「落ち着いていられるもんですか! ああ、でもその甲冑、少し無骨すぎないかしら? もう少し胸元のラインをすっきりさせて、裾にフリルをあしらったインナーを合わせれば、どれほど映えることか……! 待っていなさい、工房が完成したらすぐに仕立ててあげるから……!」
「フ、フリル……!? な、何を言っているのだ貴様は……!?」
あまりにも想定外すぎる方向からの熱狂に、セイバーは構えた剣をわずかに引き、激しく狼狽した。敵としての殺気や毒気は微塵もなく、向けられているのは純粋に「可愛い着せ替え人形」を見つめるような情熱的な眼差し。
「ま、マスター、なぜこの者は先ほどから私を品定めするように見つめているのですか……!? この状況は一体……!?」
「いや、だから敵じゃないんだってば! それにキャスターは……ええと、口は悪いけど朝飯も手伝ってくれたし、根はいいやつで……」
「て、手伝った……!? あ、朝飯を……!? ますます意味が分かりません、マスター……!」
生真面目な頭脳が完全にフリーズし、青い瞳を白黒させて右往左往するセイバー。
獲物を採寸するように熱っぽい視線を送るキャスター。
そして、その板挟みになって困り果てる士郎。
戦力補強として始まったはずの厳粛な儀式は、キャスターの思わぬ性癖と士郎の天然ぶりによって、完全に混乱の極みへと陥っていた。
だが、その時。
——ぐうぅぅぅぅ……。
静まり返った土蔵に、酷く長閑で、情けない音が響き渡った。
全員の動きが止まる。
音の発生源は、先ほどまで凛々しく剣を構えていた白銀の騎士のお腹のあたりだった。
セイバーの顔が、怒りとはまったく別の色——耳の先まで真っ赤な羞恥の色へと染まり上がっていく。構えていた不可視の剣が、気まずそうにスッと下ろされた。
「……っ! ……失礼、しました。召喚された直後ゆえ、現界を安定させるための魔力が……少々不足しているようです。決して、意図したことではありません……」
真っ赤になりながらも姿勢を正して弁解するセイバーを見つめ、士郎はポカンとした後、ふっと肩の力を抜いて苦笑した。
「……腹、減ってるんだな」
「……食事によるエネルギー補給は、魔力への変換効率に優れていると聞きます。決して、私腹を肥やすための遊興ではありません」
「ちょうどよかった。昼のうどんの残りと、朝作った出汁巻き卵がまだある。すぐ温め直すから、上がってくれ」
士郎が踵を返そうとすると、キャスターがすかさず腕を組み、勝ち誇ったようにセイバーに言い放った。
「ふふん、観念なさいな騎士様。今のあなたの魔力パスは、私の術式でガッチリ中継されているのよ。大人しく坊やのご飯を食べて、胃袋を掴まれなさいな」
「謀略に屈するつもりはありません。……ですが、兵站の補給であるならば、受けて立つのも戦士の務め。……その、出汁巻き卵とやらを頂こう」
食欲と誇りの間で激しい葛藤を繰り広げながら、恐る恐る士郎の背を追って土蔵を出ていくセイバー。
その後ろ姿を、キャスターは獲物を狙う蜘蛛のように怪しく微笑みながら見送っていた。
衛宮邸の居間は、土蔵とは打って変わって長閑な出汁の香りに満たされていた。
ちゃぶ台を挟んで正座するセイバー。その対面には、腕を組んで値踏みするように彼女を観察するキャスター。二人の間を、士郎が湯気の立つ鍋焼きうどんと大皿の出汁巻き卵、そして茶碗にてんこ盛りにされた白米を盆に乗せて行き来していた。
「……待たせたな。冷めないうちに食べてくれ」
「感謝します、シロウ」
重厚な甲冑の魔力編みを解除したセイバーは、動きやすい青のドレス姿のまま、生真面目な顔で箸を構えた。
敵サーヴァントが目前にいる状況での食事など前代未聞のはずだが、漂う昆布と鰹の芳香に、彼女の鼻腔が微かにひくついている。
「言っておきますけれど、毒見は不要よ」
キャスターが冷ややかな、だがどこかからかいを含んだ笑みを浮かべる。
「私が本気で毒を盛れば、あなたのその頑強な対魔力ごと溶かし尽くすことなど容易いですけれど……そんな無粋な真似、この極上の獲物にするはずがないでしょう?」
「……そ、その『極上の獲物』という不穏な呼び方はやめていただきたい。私はサーヴァント、そのような戯言に惑わされるつもりはありません」
得体の知れない魔女の視線に居心地悪そうに身を縮めつつ、セイバーは気を取り直すようにうどんの椀へと箸を伸ばした。
黄金色のつゆを一口すすり、麺を口に運ぶ。
——その瞬間、セイバーの碧眼が見開かれた。
「……っ!」
「どうだ? 口に合うか?」
心配そうに覗き込む士郎に、セイバーは咀嚼を終え、一口、また一口と熱い麺をすすった。そして、静かに吐息を漏らす。
「……とても、美味しいです、シロウ。身体の芯から温まる」
「そ、そうか。ならよかった」
「こちらの黄色いもの——出汁巻き卵、と言うのですね。……む、これも柔らかく、口の中に優しい味が広がる。白米と非常によく合います」
そこからのセイバーの進撃は、まさに電光石火だった。
背筋をぴんと伸ばした美しい姿勢のまま、だが驚異的な速度で箸が動き、瞬く間にうどんの鍋が空になり、出汁巻き卵が消え、山盛りの白米が吸い込まれていく。
「シロウ、おかわりを所望します」
「お、おう、すぐ盛ってくる」
空になった茶碗を両手で差し出すセイバーの頭上で、アホ毛が嬉しそうに揺れていた。
そのあまりに無防備で幸せそうな横顔を見つめ、キャスターはうっとりと頬杖をついて嘆息した。
「ああ、なんて愛らしいの……! 野生の子鹿のように警戒していたかと思えば、餌を与えた途端にこの懐きよう。やっぱり正解だったわ。こんな可憐な花を、薄汚い魔術師どもの使い潰しの道具になんてさせられないわね」
「……聞こえていますよ、キャスター。私は戦士です、小動物のような扱いはおやめください」
口端に米粒をつけたまま抗議するセイバー。キャスターはふふんと鼻を鳴らし、今度は冷徹な魔女の顔へと表情を引き締めた。
「元気なのは結構だけれど、そろそろ現実的な話をしましょうか、セイバー」
キャスターが細い指先を卓上に滑らせると、微かな魔力の燐光が走り、見えない計算盤のように空中に蒼い魔術文字が浮かび上がった。
「あなたの燃費の悪さよ」
「……ぐっ」
セイバーの喉が詰まる。図星を突かれたように視線を逸らした。
「あなたが三騎士の筆頭、最高位の剣士であることは認めるわ。……けれど、その卓越した戦闘力を十全に発揮するには、相応の魔力が必要でしょう? 今のシロウの未熟な回路から引ける魔力なんて微々たるものよ。彼に直結させたところで、あなたへの供給は雀の涙、まともに剣も振るえずにガス欠で討ち取られるのが関の山だわ」
「それは……否定できません。シロウの魔術師としての未熟さは理解していますし、私の維持のために彼に無理を強いるつもりはありませんでしたが……」
「だから、私が中継しているのよ」
キャスターは腕を組み、セイバーを見据えた。
「現界そのものは聖杯が支えてくれるけれど、戦闘に必要な出力までは賄ってくれないわ。だから私が間に入って魔力ラインを
「……なるほど。シロウの負担を抑えつつ、私の戦闘能力を保つための合理的な処置というわけか」
セイバーは納得したように頷き、だが、碧眼をすっと細めてキャスターを射抜いた。
「だがキャスター。貴様はなぜそこまでしてシロウを……そしてこの陣営を支える? サーヴァント同士は最後の一騎になるまで争う定めのはずだ。同じマスターに仕えるとはいえ、貴様ほどの魔術師が他者を利する真似をする理由が知りたい」
セイバーの問いは、騎士としての正当な疑念だった。
キャスターの口元から、ふっと皮肉げな笑みが漏れる。
「勘違いしないでちょうだい。私はただ、自分の生存確率を上げたいだけよ。聖杯が定めた殺し合いのルールなんて、馬鹿正直に従ってやる義理はないわ。……私は生き延びるために、この頑丈で優秀な前衛を手に入れた。そして、私の命綱であるマスターを無駄死にさせないための手を打った。それだけの話よ」
「打算、か」
「ええ、魔術師として極めて真っ当な打算よ。文句があるかしら?」
ツンと顎をそらすキャスターの横顔に、士郎が苦笑しながら茶碗をことりと置いた。
「キャスターはそう言ってるけどさ。俺を助けてくれたのも、セイバーを呼んでくれたのも本当だから。……聖杯戦争のことはまだ手探りだけど、俺は誰も死なせたくないし、お前たちを道具にするつもりもない。全員で生き残るために戦いたいんだ」
「シロウ……」
セイバーは士郎の瞳を見た。そこには、打算も欺瞞もない、どこまでも愚直で透明な覚悟があった。
そして視線をキャスターへと戻す。打算を嘯く魔女は、先ほどから甲冑の汚れや士郎の手当てを無意識に気にかけるように視線を泳がせている。
「……ふっ」
セイバーの口元から、微かな笑みがこぼれた。
「奇妙な陣営に喚び出されたものだ。……魔女と、未熟な見習い魔術師。だが——背中を預けるに足る誠実さは、確かに受け取った」
セイバーは箸を置き、士郎とキャスターの双方を真っ直ぐに見据えた。
「我がクラスはセイバー。三騎士の一角として召喚に応じました。シロウ、キャスター。この身は貴方たちの剣となり、不条理な殺戮を退ける盾となりましょう」
「よろしく頼む、セイバー」
士郎が力強く頷き、キャスターは満足そうに口端を吊り上げた。
「結構よ、騎士様。……せいぜい、私の前衛として頑丈に働きなさいな」
皮肉たっぷりなキャスターの発言に士郎は微笑み、再び台所へと戻っていった。
(聖杯戦争……か。そういえば、キャスターの願いって……)
「おや、どうしたの? 不安でもあるの?」
士郎が考えるように視線を彷徨わせていると、いつの間にか背後に来ていたキャスターが、心配そうに覗き込んできた。
「い、いや。なんでもない。まだまだ準備が必要だなって思っただけだ」
「そう? ……まあいいわ。それよりも。食べ終わったら、また後で土蔵に来なさい。あなたのそのへっぽこな魔術回路じゃ、いくら鍛錬しても足りないくらいよ」
「……ったく、相変わらず口の悪い奴だな」
魔女と騎士、そして未熟な見習い魔術師。不条理な殺戮行が迫る冬木の空の下、新たな陣営が静かに産声を上げていた。