今回は最強の部分が顔を見せます
「まぶしいぃ……」
矯正局で日向夏クサハと出会った翌日、私は彼女と共に牢屋から出て、昼空の下へと向かっていた。
昨日の夜は一時釈放の手続きやらなんやらで大忙しで、彼女ほどではないにしてもふらついている。そんな状態で、彼女の事を背負ったままに歩いているのだ。
これほど密着しているとより感じる。本当に薄皮一枚で隔たれているのだろう肋骨、その奥の心臓の鼓動、肺の収縮までも全て。彼女の身体がどれほど弱々しいものなのか、嫌でも理解できてしまった。
……心配だ。
本当に、クサハを戦わされるのだろうか。戦わせて大丈夫なのだろうか。それもそこらの不良生徒では無い。相手にするのは七囚人、彼女達の圧倒的な強さが、クサハに向いたとしたら……
「それにぃ……あついよぉ……」
"外は久しぶりなんだもんね"
昼の陽光にすら打ち勝てない彼女が、銃弾の雨に晒されると考えると、それだけで芯から寒気が湧いてきた。
「うん……たしかぁ…えっとねぇ……8か月くらいかなぁ……?」
だが、思えば私はクサハの事を何一つ知らないのだ。これをするのが良い事なのか、悪い事なのか、それは物事に関わる人を知らないと判断できることでは無い。
"……ねえクサハ。少し質問しても良いかな?"
「いいけどぉ……つかれるからぁ、みっつだけねぇ……」
"じゃあ一つ目、クサハは戦うのが怖い?怪我しちゃうかも、とか"
彼女は私の頭の上で「うーん」と、答えに悩む様な声を鳴らし、数秒経ってからその顔を私の耳の横へと持ってきた。
「……こわくは、ないかもぉ……わたしぃ、けがしないしねぇ……」
"なら、七囚人たちを捕まえるのも……嫌とかじゃない?"
「ぜんぜんかなぁ……」
"……そっか"
残りの質問はあと一つ。なるべく彼女の事を知れるようなことを聞こうと頭を悩ませていると、突然肩に冷たいものを感じた。
横を見ると、クサハが顔を真っ赤にしながら頬から汗を滴らせている。
(そういえばこの辺りに……)
"じゃあ最後、甘いものは好き?"
「……すきぃ……だよぉ……」
***
先ほどまでの焼くような昼の空とは一変、アイスクリーム屋の店内は涼しく、クサハの汗も見る見るうちに引いていく。彼女が頼んだのはトロピカルトリプルフレーバー、バナナとパイナップルとココナッツ味のアイスをカップに3つ積み上げた、期間限定の味である。
「……あたまいたいぃ……」
暑さを解決したのは良いが、今度は別の問題が発生した。
クサハが2口目を運んだあと、頭が痛いと言い始めたのだ。確かに冷たいものを一気に食べると頭がキーンと痛くなることはあるが、まだアイスは1割も減っていない。
どうやら力だけではなく、あらゆるものへの耐性が低いらしい。
"落ち着いて1口ずつ食べれば大丈夫だよ"
「ほんとぉ……?」
"うん。どれだけでも待つから、ゆっくり食べてね"
「ありがとねぇ、せんせ……」
こうやってスイーツを食べている姿を見ると、本当にただの生徒としか思えない。
キヴォトス屈指の凶悪犯だなんて、想像することすら難しいほどだ。
昨日、アロナに頼んで『日向夏クサハ』と言う生徒の情報を収集してもらったが、結果見つかったのは矯正局に収監される前の記録だけ。結果、以前はトリニティに在籍していて、入学後半年ほど除籍処分を受けたという事しか分からなかった。
恐らくはその半年間に何かがあったのだろう。だが、除籍処分が行われる基準は非常に厳しい。トリニティ全体を巻きこみ騒動を起こしたミカでさえ、最後は権威の剝奪のみで済まされたのだ。
……一体、彼女は何をしたのだろう。
「おら強盗だ!金を出しなァ!」
突然、店の出入り口が勢いよく開かれ、店内に怒号が鳴り響く。
3人組の不良生徒たちが、銃を構えながら突撃してきたのだ。
三人とも制服を随分と着崩しており、顔の一部を覆うマスクや、雑に塗られた髪の色からして、少なくとも真面目な学生生活を送っているようには見えなかった。
話し声で溢れていた先程とは一転、店内が静まり返る。
「聞こえねえのか! さっさと金を出せって言ってんだよ!」
先頭の生徒がカウンターへ銃口を向ける。
(まずい……)
相手は三人、こちらにはクサハも、一般の生徒たちもいるのだ。銃撃戦にでも発展すれば、いくらキヴォトスの生徒たちが頑丈だとはいえ、無事で済む保証はない。
私はゆっくりと両手を上げた。
“待って、まずは落ち着いて話をしよう"
「あぁ!? なんだテメェ!」
“私はシャーレの先生だよ。ここで騒ぎを起こしたらヴァルキューレも来る。だから穏便に……"
「シャーレだぁ?知るかよそんなもん!あたしらはなぁ、そーいう権力者にギャフンと言わせる為に不良やってんだ!」
「うちらにそんな大義あったっけか?」
不良生徒の銃口がこちらに向く。反射的に身体が強張った。しまった、下手に刺激してしまったか。
だが、今さら引き下がるわけにもいかない。私はなるべく穏やかな声を保ちながら、もう一度説得を試みようとした。
そのときだった。
「……ねぇ、せんせぇ……」
背後から、ひどく気の抜けた声が聞こえた。
振り返ると、クサハがこちらを見上げている。右手には小さなスプーンが握られ、左手はアイスクリームのカップを支えていた。先ほどまで頭が痛いと訴えていたはずなのだが、どうやら少し落ち着いたらしい。
「……あの子たちぃ、うるさいねぇ……」
“……クサハ、今は静かにしていて”
「んぅ……どうしてぇ……?」
“ここは私が何とかするから”
私がそう告げると、彼女は少しだけ首を傾げた。
「……そぉ?」
“うん。だから……"
「おい!そこのチビ!」
怒鳴り声に振り返る。
銃口が私の頭から、いつの間にかクサハの方へ向けられていた。
「何のんきにアイス食ってんだよ! 状況分かってんのか!?」
クサハはスプーンを口に咥えたまま、不思議そうに瞬きをする。
「……わかるよぉ……?」
「だったらさっさと手ぇ上げろ!」
「……えぇ……」
クサハはまるで、母親から宿題をする様叱られた子供の様な顔をし、嫌そうに眉を下げた。
「……つかれるからぁ、やだぁ……」
相手を馬鹿にしているつもりなどないのだろうが、今の状況でその返答はあまりにも……
案の定、不良生徒の額に青筋が浮かんだ。
「……テメェ、舐めてんのか?」
「……なめてないよぉ……」
「だったら言うこと聞けや!」
クサハは少し考えた後、ゆっくりとスプーンを置いた。
そして、私へ顔を向ける。
「……せんせぇ」
“……何?”
「……あの子ぉ、なんで怒ってるのぉ……?」
本当に分からないのだろう。
皮肉るつもりなんて毛頭なく、ただ単純に分からない。
「おいおいおい、テメェこの状況でそれ聞くか……?」
不良生徒はクサハに近寄り、銃を持っている方とは反対の手で思い切り胸ぐらを掴んだ。身長差の影響で、彼女の身体が勢いよく上に跳ねる。
「テメェはアタシらの面子潰してんだよ!!細っせえクソチビに舐められてんのに黙ってられるかってんだ!!」
そのままクサハの体を勢い良く壁に叩きつけ、めり込ませる勢いで押し続ける。
その衝撃でぼとりと、手に持っていたアイスが落ちた。
「…………ねぇ」
クサハの声は、一瞬で店内を無音にした。
静まり返るなどではない、呼吸も鼓動も許さない様な完全なる静寂。
それを破ったのは彼女の右手、プラスチックの小さなスプーンが、飴細工の様に砕けるその音だった。
「そのめんつってぇ……アイスよりだいじなのぉ……?」
目か、声か、雰囲気か、それとも彼女と言う存在か。何からかは分からないが、不良生徒はクサハに背を向け逃げ出そうとする。
しかしそれは叶わなかった。
いつの間にか、本当に目に映るより早く、クサハが髪を鷲掴みにしていたのだ。
「は…はな、放せよおいっ!!放せ…はなせって!!」
「……なんでぇ……?めんつ、つぶされたからぁ……?」
「んなわけねえだろうが!!おい…なあ、放せよぉっ!!」
彼女は腕を大きく振りかぶり、ボールでも投げる様にあっさりと不良生徒を投げ飛ばす。
宙を舞った身体は壁を突き破り、地面を跳ね、転がりながら車道のど真ん中へ倒れた。
「何なんだ……っ!何なんだよテメェはぁ!!」
クサハの身体が一歩、また一歩、残りの不良たちに近づいていく。
その歩みを、気付けば私は止めていた。
"……一回、落ち着こう。この子達も怖がってるよ"
「……わたしぃ、やり返しただけだよぉ……?」
"それにしてもやりすぎだ"
「いたかったしぃ……アイスおとしちゃったしぃ……」
そうか、この子はまるで理解していないんだ。
罪と罰の天秤なんて、クサハの前では釣り合わない。
石1つ分の罪を置かれたら、罰として隕石を投げつける。そんなチグハグすぎる善悪感。
私はこの日、初めて思い知った。
日向夏クサハと言う少女が、矯正局が恐れる『囚人』なのだと。
***
「日常生活が不可能なほどの虚弱体質、しかし戦闘時にはキヴォトスでも上位の身体能力を得る……ねぇ」
ミレニアムサイエンススクール、最先端の技術と研究の集合知であるその学園では、一部の生徒が矯正局からの依頼を受ける事がある。
基本的には監視カメラの鮮明化、医療や設備面の開発依頼だが、今回の案件は次元が違った。
「体の弱さは『全知』レベルか…?てかこんなん1000年難題案件だろうに……私みたいなアマに回すってさー」
黄ばんだ白衣を羽織りながら、リクライニングチェアに寄っかかっている研究者の少女は、ここ3日間風呂も入らず寝もしていない。
文句を言いながらも、降りかかって来た超難題に興奮を抑えきれないのだ。
「…………なーんか見落としてんな、こーゆーときは大体基本的な……」
矯正局から送られて来た『ラストエリクサー』の戦闘映像を、コマ送りで始めから見直す。何度も、何度も何度も。
網膜に焼き付くほど見続けたその時、ある一点が目に付いた。
「力の入り方がなんか……足攣ったときみたいな不自然さがある?」
その不自然を言語化し、分析するのが彼女の得意であり、好みでもあった。頭の中にある点と点を線で繋ぐ方法を必死に探し、抽象化を繰り返し、納得の行く答えへ辿り着く。
「……あ、無意識か」
その時、彼女の脳のシナプスが、特大の花火の如く熱く弾けた。
「そう、そうか!意識して力入れてないんだこの子!!だからワンテンポ、いっやマジでコンマ数秒だけどラグがあるんだ!!やばい私天才!!本当に解いちゃった私!!てことはなんか条件あるって事だ!!脳の無意識領域が何かを判断した時に力が……」
「…………じゃあ、この力の出どころは本人も……」
モブ紹介
ミレニアムの研究者
風呂キャン睡眠キャン上位ランカー。色んなところから依頼を受けて収入源にしている。分野は問わず、唯一問うのは難題かどうか。とにかく問題を解くのが大好き。後輩達からは「くさや」と呼ばれているらしい。