あのワールドエネミー討伐から時間が経ち、インするギルドメンバーもまばらになってきた頃、ギルドメンバーの長であるアインズは以前に入手したワールドアイテムである<創世の書>を使って新しいNPC製作を完成させようとしていた。
第九階層の一室。完成したばかりのNPCの前で、モモンガは腕を組んだまま、かれこれ十分近く動けずにいた。
「……できた」
思わず、声が漏れる。
目の前に立っているのは、ひとりの女だった。
深い藍色の髪は短く切り揃えられ、白い頬の輪郭に沿って鋭く落ちている。何度も色見本と睨めっこして、ようやく辿り着いた「夜の底」の色だ。照明の角度を変えると、青い艶がひと筋、すうっと走る。
「よし、ここは完璧」
モモンガは小さく頷き、彼女の周りをゆっくりと一周した。
首から下は、大きな黒い外套にすっぽりと覆われている。蝙蝠の翼を思わせるシルエットで、裾の先は刃のように鋭い。データクリスタルを三つ注ぎ込んで、ようやく納得のいく質感になった代物だ。
背後に回り込むと、外套の奥で後ろ手に組まれた両腕が見えた。その手首には、拘束具めいた腕輪。
「……我ながら、いい趣味してるな」
自嘲気味に呟きながらも、目は離せない。 罪人として自らを縛りながら、なお処刑人として刃を振るう。設定文の一行目に書いたその矛盾が、この腕輪ひとつで形になっていた。
正面に戻り、顔を見上げる。
身長は百七十四。モモンガのアバターより少し低いくらいだが、すらりと伸びた立ち姿のせいで、実際よりずっと高く見えた。
整った顔立ちだった。氷を削り出したような白い肌に、すっと通った鼻筋、薄く結ばれた唇。表情パーツは「無」に設定してある。それなのに、こうして向き合っていると、冷たい視線でじっと値踏みされているような気がしてくる。
「……いや、美人すぎないか?」
誰もいない部屋で、モモンガは思わず突っ込んだ。 作っている最中は夢中で気づかなかったが、こうして完成形を眺めると、自分の手によるものとは思えない。外装担当のメンバーに相談しながら、何十回と顔のパーツを調整した甲斐があった。 そこで、ふと我に返る。
「外套の下は……うん、まあ、うん」
モモンガは、外套の装備状態をそっと確認し、そのまま閉じた。 動きの速さを極めるために布地を削った、という設定に嘘はない。嘘はないのだが、これをペロロンチーノに見られたら、何を言われるか分かったものではない。
「当分は外套を着せたままにしておこう。うん。それがいい」
自分に言い聞かせるように呟き、最後にもう一度、彼女の全身を眺めた。 月夜に現れ、黙して獲物を屠る氷の処刑人。 設定文に書いたその一文が、今、目の前に立っている。
名前は、「ジュデッカ」にした。
名前の由来は、ダンテ『神曲』で、裏切り者が氷漬けにされる地獄の最下層。罪人の処刑人という設定にぴったりだと思ったからだ。
「よろしくな、ジュデッカ」
もちろん、返事はない。NPCは話しかけられても何も答えない。 それでもモモンガは、どこか満足げに頷いて、部屋の照明を少しだけ落とした。 薄闇の中、藍色の髪がかすかに光った気がした。
・
ナザリック地下大墳墓、第九階層スイートルームでモモンガは一人頭を悩ませていた。
理由はナザリックの維持費、すなわち金策である。
七つのギルドを葬ったワールドエネミー〈紅蝕の月 ブラッディ・セレネ〉を倒し名声やワールドアイテムに近い強力なアイテムを手にした影響でギルドランキング上がり拠点NPC作成用のlvも上限の3000まで解禁されたのは嬉しい悲鳴だった。
その一方でギルドの維持費が原作に比べ倍以上に掛かりインするギルドメンバーもまばらになった今日この頃、原作開始前に破産し、原作開始後には拠点が機能を停止して真なる竜王に突撃でもされたらナザリックが爆破して終了。
みたいな笑えない冗談が現実味を帯びて来ているのがモモンガが頭を抱える要因となっている。
モモンガは、ギルド管理画面に浮かぶ数字を見つめていた。
――次回維持費引き落としまで、あと十二日。 ――ギルド資金、不足。
「……足りないか」
骨だけの指で、こめかみを押さえる。表情のないアバターでよかった、と思う。今の自分の顔を、誰にも見られたくなかった。 かつては四十一人で分担していた維持費だ。それに加えて、クロワやジュデッカのような、手間とデータクリスタルをこれでもかと注ぎ込んだNPCたちの分もある。誰かが毎月少しずつ入金してくれていた頃は、気にしたこともなかった。
「でも、手放すわけにはいかないよな」
ここは、みんなの場所だ。
例え誰も帰って来なくなることが分かっていても俺は、俺だけはここを守り続ける。
・
その日から、モモンガの金策が始まった。
最初は、効率のいい狩り場を回った。
死霊系の魔法職は、ソロ狩りに向いていない。範囲殲滅は得意でも、硬い敵には時間がかかる。それでも、アンデッドを召喚して壁にし、自分は後方から魔法を叩き込む。単調な作業を、何時間も、何日も繰り返した。
会社から帰り、夕食を流し込み、ログインする。
狩る。売る。また狩る。
気づけば、空が白み始めている日もあった。
「……効率、悪いな」
一週間で稼げた金貨は、維持費の半分にも届かなかった。
・
転機は、宝物殿の奥で埃をかぶっていたメモだった。
ぷにっと萌えが残していった、狩り場とドロップ率の分析表。
ギルドの全盛期、彼が「いつか役に立つから」と言って作っていたものだ。
「ぷにっと萌えさん……」
ページをめくる。そこには、ソロでは非効率とされているが、特定のビルドなら一気に稼げる狩り場が記されていた。即死が通る大型モンスターの巣。普通のプレイヤーなら近寄らないが、即死魔法に特化した死霊術師なら、話は別だ。
「〈嘆きの妖精の絶叫〉が通るなら……いける」
モモンガは、すぐに装備を組み替えた。
即死魔法の成功率を上げる指輪。詠唱時間を短縮するローブ。ギルドメンバーが作ってくれた、思い出の詰まった装備の数々を、ひとつひとつ確かめながら身に着けていく。
・
その狩り場は、地獄の底のような場所だった。
巨大な骨の竜が、群れをなして飛んでいる。一体でもまともに戦えば、ソロプレイヤーなど数分で消し飛ぶだろう。
だがモモンガは、恐れずに一歩を踏み出した。
「――死ね」
即死魔法の黒い波動が、竜の群れを呑み込む。 次の瞬間、三体の巨体が音もなく崩れ落ちた。地面に、金貨と希少素材が雨のように降り注ぐ。
「……よし!」
思わず、拳を握った。
誰もいない狩り場に、骸骨の魔法使いの声だけが響く。
それからは、ひたすら狩った。
即死が通れば一瞬。通らなければ、召喚したアンデッドを盾に逃げる。失敗して死に戻ったことも、一度や二度ではない。デスペナルティで経験値を失うたびに、小さく舌打ちして、またログインした。
稼いだ素材は、すべて市場に流した。
希少な骨竜の素材は、上位ギルドが装備製作のために高値で買い取ってくれる。相場を読み、値崩れしないよう少しずつ出品する。ぷにっと萌えのメモの余白に、モモンガ自身の字で書き込みが増えていった。
・
そして、ひと月が過ぎた。
モモンガは、ギルド管理画面を開いた。 ――ギルド資金。
表示された数字を、思わず二度見する。 維持費の、およそ一年分。
「……やった」
声が、かすれていた。
誰に褒められるわけでもない。誰に見せるわけでもない。それでも、確かに守り抜いたのだ。四十一人の、帰る場所を。
モモンガはそのまま、第九階層の廊下を歩いた。
「暖炉の家」で、黒衣の女が静かに佇んでいる。氷の気配が漂う一室では、藍色の髪の処刑人が外套をまとって立っている。
どちらも、何も言わない。
それでもモモンガは、ひとりひとりの前で立ち止まり、小さく呟いた。
「大丈夫。ここは、俺が守るから」
円卓の間に戻ると、四十一の椅子が変わらずに並んでいた。 モモンガは自分の席に腰を下ろし、空いたままの四十の席を、しばらく黙って見つめていた。
・
それから日にちが経ったある日、モモンガは第九階層の一室に人の気配を感じた。
(こんな時間に人?珍しいな……もしかして誰かがインしてるのか?)
モモンガは骸骨の表情を訝しげに変化させながら人の気配の方向まで突き進む。
第九階層のスイートルームまで進んだところでモモンガはジュデッカを嘗め回すように観察するペロロンチーノの姿を発見した。
「ペ、ペロロンチーノさん?」
「おお、モモンガさん。久しぶりですね!
見てくださいこのNPC、一見冷たい表情をした美女って感じだが後ろから見てみると凄い格k……」
「それ以上言うのは辞めてください!!!!僕が作ったんですから!!!!」
「アインズさんが作ったんですか?てっきりタブラさんあたりかと思ったんだけどな……まあ、出来が良いのは間違いないんですけどね」
感心しながらジュデッカを観察するペロロンチーノさんを見て誇らしいやら恥ずかしいやらといった気持ちが巻き起こり骸骨の表情が二転三転する。
「いやー作成して後悔しては無いんですけどギルドの維持費が大変でしたよ。
おまけにリアルマネーもかなり飛んでいきましたししばらくはもやし生活ですよ……」
「久しぶりにインしたけどまだナザリックがまともに運営されててインした直後は驚きましたよ。
ギルドランキングもかなり維持されてるみたいだし残ったメンバーでこれだけ維持したのはかなり大変てしたよね?」
「そ、そうですネ……」
(ほぼ一人で運営してたなんて言えない……)
「モモンガさんと話してるとユグドラシルの良い思い出が蘇って来ますよ。
1500人の侵攻をたったの41人で阻止したことや7つのギルドを滅ぼしたワールドエネミーをユグドラシル初で討伐した伝説です。
今でも鮮明に思い出せる輝かしい思い出だ。」
「そうですね。あの41人が集まってたあの頃は僕からしても忘れらない人生で一番輝いていた時期だったと思います。
あの頃は何をするにしても楽しくて時間がどれだけあっても足りないと感じるほどでした。
仕事から帰ってきて毎日ユグドラシルにインするまでの時間が待ち遠しくて仕方がなかった。
あの頃は、ユグドラシルでみんなと会う為に生きていたと断言出来るほどですよ。」
「そうだよな……俺もあの頃が一番楽しかったですよ。
少し伝えにくいんですが今日はモモンガさんに伝えたいことがあって来ました。」
彼はその言葉を発したあとしばらく沈黙し、何も言わない時間が続いた。
嫌な予感がした。
この沈黙を、モモンガは知っている。ここ一年で、何度も聞いてきた沈黙だ。
「……俺、今月で引退します」
予感は、当たった。
「……そう、ですか」
声が、少しだけ遅れて出た。
「仕事、変わることになって。地方の工場に配属なんです。勤務時間も今よりずっと長くなるし、ログインできる時間、たぶんほとんどなくなっちゃうんで」
「そうなんですね」
「それに、姉ちゃんももう来てないし。なんか、潮時かなって」
ペロロンチーノは、照れくさそうに頭を掻いた。
いつもの、軽い調子を装った仕草だった。
「シャルティア、よろしくお願いします。あいつ、俺の性癖全部詰め込んじゃったんで、たぶん誰も面倒見てくれないと思うんですけど」
笑わせようとしている。それはわかった。
いつもなら、ここで「何言ってるんですか」と笑って返すところだ。
でも、言葉が出てこなかった。
「……モモンガさん?」
「なんで、ですか」
自分の声が、ひどく掠れていることに気づいた。
「え?」
「なんで、みんな……」
止めなければ、と思った。困らせてはいけない。彼には彼の生活がある。現実がある。わかっている。わかっているのに。
「みんな、いなくなるんですか」 言ってしまった。
「ヘロヘロさんも、たっちさんも、ウルベルトさんも、茶釜さんも。みんな、ちゃんと理由があって、仕方ないって、わかってます。わかってるんです。でも」
骨の指が、円卓の縁を強く掴んだ。
アバターに表情はない。声も、ボイスチャットのフィルターで少し平板になる。それでも、隠しきれなかった。
「ここ、みんなで作ったじゃないですか。あの紅い月だって、みんなで倒したじゃないですか。なのに、気づいたら俺ひとりで……維持費だって、俺ひとりで……」
途中で、言葉が詰まった。
こんなことを言いたかったわけじゃない。恨み言を聞かせたかったわけじゃない。ただ、寂しいと、それだけを言えばよかったのに。
円卓の間に、長い沈黙が落ちた。
「……すみません」
先に口を開いたのは、モモンガの方だった。
「今の、忘れてください。ペロロンチーノさんが悪いわけじゃないのに」
「いや」
ペロロンチーノは、静かに首を振った。
「忘れないですよ。……むしろ、ちょっと安心しました」
「安心?」
「モモンガさん、いつも『大丈夫です』『気にしないでください』って言うから。本当は寂しいんじゃないかって、ずっと思ってたんです。言ってくれて、よかった」
鳥人のアバターが、少しだけ身を乗り出した。
「ごめんなさい、モモンガさん。ひとりにして」
モモンガは、何も答えられなかった。
答えたら、今度こそ声が震えてしまいそうだった。
「たまには、ログインしますから。シャルティアとあと
「……はい」
「あ、あと、引退前に姉ちゃんの残したアイテム、整理しときますね。あの人、宝物殿に変なもの突っ込みまくってるんで」
「……はい」
いつもの調子に戻ろうとする彼の声が、少しだけ優しくて、それがかえって苦しかった。
「じゃあ、今日はこれで。……また、来ます」
ペロロンチーノが立ち上がる。
ログアウトの光が、その姿を包みはじめた。
「ペロロンチーノさん」
最後に、モモンガは呼び止めた。
「今まで、ありがとうございました。……楽しかったです、本当に」
光の中で、鳥人の姿が振り返った。
何かを言いかけて、そして、ただ大きく手を振った。
光が消える。
円卓の間に、また静寂が戻ってきた。
モモンガは、ペロロンチーノが座っていた席を見つ
めた。
ほんの少し前まで、そこに友がいた。その温もりのようなものが、まだ残っている気がした。
「……また来るって、言ったよな」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
少しの願望と大きな諦観だけを残して。
ジュデッカ― 月夜の氷刑執行人 ―役職:第五階層「断罪の氷壁」領域守護者住居:第五階層・断罪の氷壁の最奥属性:中立〜悪〔カルマ値:-150〕創造主:モモンガ
種族レベル:罪縛の氷霊(シンバウンド・フロストスピリット)10、月下の亡霊 5 計15レベル職業レベル:エクセキューショナー 15、アサシン 10、フロスト・ブレイダー 15、カースド・プリズナー 10、ムーンライト・ストーカー 10、シャドウ・ダンサー 10、ほか 計85レベル合計:100レベル