VR ストライクウィッチーズ 作:エーリカ・ダイスキ
Britannia capital london
November 8,1946
帝政カールスラントの首都であるベルリンが解放されたというニュースは、一ヶ月経ったいまでもロンドンの街を沸かせている。
街のパブでは物資の統制が続いているにも関わらず連日満員で、皆陽気に歌を歌ったりしていた。それは生粋のロンドンっ子だけでなく、未だ祖国に帰れないカールスラント人やさらに東のオストマルクやダキア北部の住人達も皆希望に顔を満ち溢れさせていた。
第二次ネウロイ大戦といつしか呼ばれるようになった戦いの終わりは近い。街をゆく人々は誰もがそう思い、明るい表情をしていた。
ガリアの大手新聞社がロンドンに作ったロンドン支部に勤めている私でさえもどこかその空気に当てられて気が高揚していた。
軍を除隊し、駆け出しの記者になったばかりの私に上司がある仕事を持ってきたのはその時だった。
従軍していた時の私の伝、それを使って戦争に関するコラムを作ってみないかというものだった。うまくいけばそれは本にできるかもしれないと。
未だ戦いが続くこの戦争は情報が少なく謎が多い。軍人でさえ欧州全土で行われる戦いの全てを知っているわけでもなく戦争の推移位や何があったのかという情報はなかなかつかめていない。
世界大戦とも言える世界中が戦場となった戦いなのだ。全貌が掴めないのも仕方がないことだ。だからこそ私は二つ返事で上司の提案にのった。
知りたかったのだ。私が従軍して、空を永遠に失ったこの戦いが一体なんだったのかを。そこに意味があったのかを。
それが始まりだった。
しかし私の仕事は最初から難航した。
戦争の優勢がついているとはいえ、まだ戦争は終わっていない。今もなおネウロイとの戦いは続いている。
機密情報に関わるものはそのほとんどが戦時下と軍機という事で軍からは門前払いを受け、政府は国連が主体となっているからと煙に巻いた。
ならばと国連支部に足を運んだがやはり資料を見ることは許可されなかった。
唯一の例外は政府直属の報道官や国際連盟所属の軍属記者であったが、あいにく民間の一記者にすぎない私にはどちらとも関わりがなかった。
幾度となく情報が集積されているという国連支部に足を運んでは、断られるということを繰り返していたが、どうやらそれは私だけではなかったらしい。
この頃、私のように資料を求める人はかなりの数がいたらしい。
戦争のことを知りたいという声は意外にも大きく、特に戦争にも決着がつきそうだとなるとその勢いは加速していった。誰しもが故郷を奪われ、愛する人を失った悲しみのその理由を探ろうとしていたのだ。
各国政府は戦争継続のための戦意高揚ということからも一部の情報を開示する事にした。
私のところに幾つかの軍事資料が回ってきたのは、そう言った事情があったからだった。
渡された資料は、大まかな戦争の流れと作戦。そして戦果を上げた部隊の情報だった。
私はその資料を夢中になって読み漁った。
私が従軍していたのは開戦初頭のわずかな期間であってそれ以降の情報は私も初めて知るものばかりだった。
血と硝煙の匂いが資料を読むうちに蘇ってきた。
結局、開示された資料だけでは飽き足らず、出所不明の裏情報にまで私は手を出した。
それらの情報は不正なルートで流出したものもあれば、軍人達の噂話として語られるものまで様々だ。
そんな中、私は資料に幾つかの類似点を見つけた。
カールスラント空軍所属の一人のウィッチ。アントナー・S・ハル。そしてそれに続く『猟犬』のコード。
その足取りは第501統合戦闘航空団に繋がりガリア奪還で途絶えている。
そのガリア奪還もまた不自然なまでに情報が少なかった。
分かっているのは、第501統合戦闘航空団が扶桑の航空母艦一隻の損失と引き換えに基地を破壊したということだけだ。
だが私は、元軍人である私はそこに惹かれた。
この少女を通して、この戦争を追っていこうと思う。そうすればきっと何かが分かる気がした。
このの戦争の隠された姿であるのか、それともただのおとぎ話か。
だけれどその少女に会うことはできなかった。
存在自体があやふやだ。その戦果も公式で確認できるものにばらつきがある。
しかし彼女に関わりがある人物を何人か突き止めることはできた。
私は早速、上司に申し出た。
当然、上司からはそこまでする必要はないと言われた。だがこれはもう仕事とは関係がない。私の意思だった。
私が折れないことを知ると、上司は渋々ながら私の取材を許可してくれた。
第501統合戦闘航空団への取材申し込みは、意外にもすんなりと通った。
なんでも隊長であるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐が反対を押し切って許可をしたらしい。その事も上司を納得させる追い風になった。
そして私は彼女の軌跡を追って国境を越えた。
エーリカ・ハルトマン。
カールスラント空軍 第52戦闘航空団 第2飛行隊所属。
通称「黒い悪魔」
第501統合戦闘航空団創設初期からのメンバーでもあり、世界最多ネウロイ撃墜記録を持つエースウィッチ。そしてアントナー・ハルと最も長く同じ部隊だった少女。
現在も彼女は第501統合戦闘航空団に所属し、解放したカールスラント首都ベルリンで飛行している。
遅れてごめんね、ちょっとトゥルーデに呼び出されちゃってさ。
それじゃあ始めようか。
最初から話したほうがいい?
……だよね、そうする。
初めて彼女と出会ったのは私がJG52に配属されてすぐの頃だった。
Eastern Front
January 1,1940
冬の季節は怪異の活動が明らかに低下するっていうのは昔から分かっていた事実で、ネウロイと呼称されるようになったソレも、やっぱり冬場は活動がはっきり分かるくらいには鈍っていた。
だからカールスラント空軍も活動が鈍る時期に合わせて戦力の再編を行う。そういうのが一般的だった。
私が配属されたのもそんな戦力補充と再編の時期だった。大抵新兵がまとめて配属されるのはそういう時期って相場が決まっていたんだ。
私がハルと出会ったのはちょうどクルピンスキーと馬鹿やり始めた頃だったな。
短期育成過程。その第一陣である29名の中の1人が彼女だった。
あ、短期育成って徴兵からわずか二週間で前線に送られてくる子達だよ。
あ、記者さんも知っているんだ。
私の部隊もネウロイとの戦いが始まってからずっと連戦を重ねていて、結構損耗が酷かったんだよね。
最初はフーベルク隊……って言ってもわからないか。
第52戦闘航空団第二飛行隊第六中隊第二小隊。トゥルーデが飛行隊長していたところの中隊だよ。
そこに配属になっていたんだ。ハルを含めて合計7人。小隊にしては多いよね。でも二週間前までは軍ですらない10歳の少女だよ?いくら魔法が使えるって言っても……ねえ?
ってわけでヒヨッコすぎて戦力とカウントできないって部隊が嘆いてね。とりあえず纏めて面倒みるって事になったんだ。
「アントナー・S・ハル軍曹です!本日付で第52戦闘航空団に配属になりました」
「同じくロミルダ・リーデル軍曹。よろしくお願いします」
その声を、私は食堂の片隅で聞き流していた。所属する中隊はまだ損耗が出てなかったから、彼女達を受け入れることはなかったんだ。それで、彼女の名前も、頭の片隅からすぐに消えていった。
あの時に見た29名はみんなまだ10歳になったばかり。サイズが合わない軍服を無理やり着ているせいで服はぶかぶかですごく可哀想だった。
私なんかも入隊時期は一緒だけど一年から二年はちゃんと士官学校と航空学校ウィッチ科で過程教育を受けているからね。結局ソレも私の代で最後だったってわけ。
まあ、クルピンスキーは別で子供も容赦無く手籠めにしてたけど。
……そうそう、502にいる自称伯爵。
で、新米が沢山入ってきても変わらず出撃だよ。
あの時はね、もう余裕なんてなかったんだ。
1939年の9月にネウロイとの戦いが始まってから、本来防衛戦を最初に行うはずだったオストマルク、ダキア、東ヨーロッパ平原の国は僅か1ヶ月も経たずにほぼ壊滅していたんだ。
かろうじて残ってるのはカルパティア山脈で守られてるオストマルクのトランシルバニアくらい。
それで国境のオーデル川の手前に防衛線を張っていたんだ。
そこを突破されたら一気にカールスラント本国まで侵攻されるって状況だった。
撤退や退却ができず持ち場を死守するしかない。地上も空も被害は積み上がる一方だったんだ。
だから元々西部方面に配属されていた第52戦闘航空団が東の守りに投入されたってわけ。
あの時は、国家存亡をかけて文字通りの極限状態だったんだ。
だからなりふり構っていられなかった。私も今と違ってまだエースには程遠かったし。
そう話すエーリカの表情は、どこか暗かった。