VR ストライクウィッチーズ 作:エーリカ・ダイスキ
その日私達は配属された先の部隊で練習飛行に励んでいた。
私達徴兵組は即席で戦いに必要な事を最低限だけ教えられて前線に向かわされていた。あの時はそんな事考えもしなかったけれど、今になってみればどれだけ残酷な事だったのか、手に取るようにわかる。そして私も、訓練生ベッドバディだったアイツも、そんな狂気の世界に放り込まれた被害者だった。
だけどその場で戦うと決めたのは私達の意志だ。だからそれだけは誤解しないでほしい。
彼女は妖精と呼ばれた少女。彼女と最も長く共に飛んでいて、彼女の相棒であった同僚。
Oder river 51.541N 14.729E AM11:03
January 2,1940
高度2000mの上空は地上よりも一層寒さが厳しかった。魔法で防寒処置を施していなければ、今の格好では数分も保たない。
そんな中を飛ぶ私達新人を引き連れているフーベルク少尉が、無線機に向かって怒鳴っていた。
「無茶なこと言わないで、今新人の面倒を見ているのよ」
オープンチャンネルで内容は私達にも全て聞こえていた。
〈ダイダロス01よりホワイトリリィ。敵ネウロイ、包囲092より接近中、エリア272から301。高度2300より接近中。フーベルク、君の隊しか間に合わない〉
練習と練度確認のために訓練飛行に出ていた私達は、先輩達に引き連れられたまま戦闘に巻き込まれ始めていた。
前方を飛んでいるフーベルク少尉がため息をついていた。
フーベルク隊長を含め実戦経験を持っているのは三人、他の四人は私達と同じ徴兵組だった。
「仕方がないわ。新米達は高度1500に退避、トレーサー、クリッピー。三人でネウロイを抑えるわ」
高度を上げていく上官達と、それを見送るしかない私達。そこにあったのは無力感だった。
真横を飛ぶハルは、ただ無表情に目の前を見つめていた。
「なあ、相棒……」
「ブレイク!!」
話しかけようとした私の腕をハルが思いっきり引っ張った。同時に体がさらに真っ逆様に落ちていく。
回る景色の中で、空気が揺れ、赤いビームが空を薙ぎ払っていくのが見えた。
ネウロイ!!
……そう思う間も無く、上空にいくつもの爆発が生まれた。
〈ギャァァァ!! う、…腕が……〉
〈こっち来……〉
〈いやあああああ!リリーちゃ……ぎゃあああ!!!〉
〈助けて!!追われてる!誰か!〉
無線から流れ出るのは甲高い悲鳴と、喚き声。それが次々にノイズになっていく。
高度が下がって、地面に手が触れそうになったところで、私の体は無理やり水平に引き戻された。
「気を抜かないで!!真上に敵!」
「く!ネウロイ!」
振り返って上を見上げると、さっきまで飛んでいた仲間がネウロイに追い回されていた。パニックになっているのか、引き金をがむしゃらに引いて暴れているやつ、シールドがうまく展開できず、ビームに体を焼かれるやつ。爆散するストライカーユニット。そこにあったのは地獄だった。
私とハルの目の前を、人間だったものが落下していった。 黒く焦げた顔と胴体から上しかない、惨たらしい姿に変わり果てた戦友の姿だった。
ストライカーユニットが火を吹いて、まだ10代に満たない子供を、仲間を松明のようにして燃やしながら墜落していく姿もあった。
だけれどそれに気を取られている余裕はなかった。
私達の上にもネウロイが降下してきた。
咄嗟に銃口を構えて、迎え撃つ。だがネウロイの方が狡猾だった。こっちがいくら撃ってもアイツはその黒い蟲みたいな体を回して弾を避けてくる。
ハルは、狙いを定めているだけだった。
それを見て思った。ああ、私は撃つ距離が遠すぎたんだって。
「……今!」
けどその時には私の銃は弾が切れていた。渡された銃は歩兵銃で、連発が効かない。5発で弾切れになってしまう。
だからネウロイも油断していた。
私の隣にいるやつが引き金を引いたのはその直後だった。
ネウロイの体に弾が吸い込まれていくのがスローで見えた。
一発目がネウロイの左側を貫きコアを露出させた。二発目が間髪入れずにそのコアを撃ち抜く。
「上昇……するよ」
「相棒…?」
銃を持っているハルの手は小刻みに震えていた。それで、彼女も自分と同じで恐怖に体を支配されていたんだって気づいた。
それでも彼女は、恐怖を抑え込もうとしていた。
「仲間を……助けないと!」
「わかった。いこう!」
ストライカーユニットに力を込めて、速度を上げた。上ではネウロイとフーベルク少尉が戦っていた。
他の上官達も、仲間も見えない。脱げたのか、落ちたのか。分からなかった。
ネウロイを狙い撃ちにしていたフーベルク少尉の背後、太陽を背にしてネウロイが急降下していた。ちょうど、私達から見たら少しの軌道修正だけで狙える位置だった。
「フーベルクさん!危ない!」
私はハルに続いて引き金を引いていた。
フーベルク少尉を追い回していたネウロイの胴体にいくつもの跳弾の火花が散って、ネウロイの姿が内側から弾けた。
粉になったネウロイの中を無理やり突っ切っていく。
「2人とも危険だ!回避!」
フーベルク少尉
気づけばその先にネウロイがいた。回避しないとって一瞬思った。だけどハルは逃げる気はなかった。
私も、それを見て腹を括った。
ハルと私を狙ってネウロイがビームを放った。
その瞬間、私とハルは左右それぞれに体を捻っていた。
視界がひっくり返り、軌道が左右にずれていくのが何倍にも時間を拡張したかのようにして見えた。
バレルロールを実戦で使ったのは初めてだった。
私とハルがネウロイと間一髪のところですれ違う。
その後ろでいくつもの弾丸が当たる音がして、ネウロイが弾けた。
それが最後だったらしい。気づけば空には静寂が訪れていた。
「ば、バカ!!あんな飛び方してたら死ぬわよ!」
隊長の怒声が、震えていた。
「死にません……」
その一言だけが、小さく無線越しに聞こえた。
「……ネウロイを排除。ダイダロス01、敵は排除した。それと……ネウロイは3000じゃない。1500で突っ込んできた」
〈ダイダロス01、すまない。こちらのミスだ〉
「何が……何がミスだ!!何人死んだと思ってる!」
「畜生!……ああ……」
「隊長……」
生き残ったのはこの三人だけだった。
「帰投する……」
上官の1人はネウロイの下からの奇襲によって即死し、もう1人は被弾したストライカーを引きずって基地に戻る途中に墜落して死んでいた。
地上の管制管が間違えた高度情報で、6人が死んだ。
それが現実で、私達の初出撃だった。
フーベルク少尉の隊で生き残っていたのはストライカーユニットの不調で空に上がれなかった子を含めて4人だけになっていた。
たった一回の、それも配属されてすぐの出撃で同期が、目の前で嬲り殺しにされたという現実は、私を、ハルを否応なしに変えてしまった。
基地に帰ってきて、フーベルク少尉は私達に休息を与えつつどこかに怒鳴り込みに行ってしまった。その合間に私とハルのストライカーユニットは、整備班が張り付いて点検していた。
「お嬢ちゃん達、一体どうしたんだ。翼が歪んでるぞ」
整備班長をしている二十代くらいのサングラスをかけた女性が私達のストライカーユニットを見てボヤいていた。
金髪に虎のように黒髪混じり合う少し変わった髪の女性だった。
だけれどすぐに疲れ切った顔で、彼女は帰ってきた。
バルクホルンさんがそんなフーベルク少尉を慰めるようにして付き添っていたのを今でも覚えている。
その日の戦闘はそれで終わった。私達は、否応に広くなってしまった部屋で激しく後悔していた。
いくら周囲が不可抗力だったと言っても、目の前で何もできずに戦友を失った事実は変わらない。
たった数週間でも、同じ訓練を受けた仲間だった。情くらい誰だってできる。
ハルも、それは変わらない。
でも感傷から気持ちが落ち込んだままだったとしても、現実は待ってはくれなかった。
航空ウィッチの待機所にはフーベルク隊長の他に、昨日は地上待機だった子が1人いた。
彼女を含めて四名。たった1日で小隊は元の人数に減ってしまったわけだ。
疲れ切った顔の少尉は、私たちを見て表情を改めた。
少なくとも軍人ゆえの、弱さを見せない表情の作り方は素人の私から見ても完璧だった。
「言いたいことはあるだろうけど、人手が足りない。次からは貴女達も戦闘配備よ。ハル、貴女は私の二番機よ。目を離したら何しでかすかわからないから」
相棒の頬が少し吊り上がっていたのを私は見逃さなかった。
そうしてその日も出撃が待っていた。
ネウロイは冬に進撃が鈍るというけれど完全に活動を停止するわけではない。
昨日の戦いの疲労がまだ残っているけれど、それでも飛ぶしかなかった。
格納庫へ行くと、そこにはすでに小隊長が準備を整えて待機していた。白色の狐耳が、ストライカーユニットの巻き起こす風で揺らいでいた。
「来たか、2人とも準備しながらでいい。耳だけ貸して」
「防衛線を突破しようとする飛行ネウロイの一団が接近している。数は6、全て小型だが油断は出来ない」
「数からして威力偵察だとは思うけど、カールスラント国内に到達されると厄介よ。だから川の手前で落とすわ」
そうして私もハルも、戦場の空気に少しづつ飲まれていった。
少なくとも、ハルはその時から腕が良かった。