VR ストライクウィッチーズ 作:エーリカ・ダイスキ
欧州、とりわけこの戦いで最初に本格的な防衛線を引くことに成功したカールスラントは、その代償故に、その初期においてかなりの損害を出していた。
伝統のカールスラント空軍と当時の人々がそう言い表していた彼女達は、1人また1人と空に散っていった。
その空で彼女は何を思っていたのだろうか。
私は第501統合航空戦闘団に取材を申し込む前に、ハルを知る何人かに取材を申し込んでいた。
エディータ・ロスマン
カールスラント空軍 第52戦闘航空団 第4中隊
通称「パウラ」
ロッテ戦法の生みの親の1人とも言われており、JG52では新人ウィッチの実地教練等を担当していた。現在は第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」に所属している。
わざわざこんなところまで取材に来るなんてありがとう。
長旅は疲れたでしょう。
ええ、アントナー軍曹の事ね。よく覚えているわ。
あの時のJG52は、意外かもしれないけれど実は半分くらいが素人同然だったのよ。
当時流されていたプロパガンダは、ほとんどが誇張。嘘とも言えるわ。
ベテランの半分は他の部隊の増援や補充に回されて、どうしても人手が足りていなかったの。私のように新人への戦地での生き残り方、戦い方を指南するような立場ってなると……さらに少ないわ。
フーベルク少尉が私と同じ、新人教育担当をしていたくらいよ。
だから私や彼女の所属中隊は新人の比率が多くて、人員の流動性も早かった。
寂しいわけじゃないけれど、私としても教え子が胸を張って巣立っていっているんだって思ったら別に苦ではないわ。
少なくとも私達が教えたことが将来の生存と、守るための力になるのならね。
ハルが私の小隊に配属されたのは、エーリカと入れ違いだった。
ちょうど三月に入った直ぐくらいの頃よ。
フーベルクのところに新しい新兵が配属されて、押し出される形で彼女とロミルダがやってきたの。
やって来たって言っても彼女達の場合は新人教育じゃなかったわ。すでにダブルエースになっている子よ。それほどの才能があるなら、私の教育は必要がないわ。あくまで私の教育は新人に生き残るための方法、自分の中に確立したルールを設けさせるためのものだから。
一目見てわかったわ。彼女達は十分熟成されては無いけれどそれでも自らのルールを確立しつつある。
それでも私のところに送られて来たのは、バルクホルンさんのお節介だったのかしらね。
確かに見ていて不安になる所はあったわ。自暴自棄とも言えるような戦い……全てを破壊しようとするような破壊者のような振る舞い……かと思えば、撃墜よりも味方を守るために戦ったり。
不安定で、落ち着かない。ほとんど一緒に飛んでいるロミルダは、振り回されているようでちょっと可哀想だった。
まあ、本人はそれを楽しんでいたようだったから無理に引き離すことはしなかったわ。
Oder river 51.041N 15.112E AM09:21
March 3,1940
基地周辺の警戒飛行を行うために頭を東に向けた直後に、地上の哨戒線から緊急の連絡が入った。
大規模なネウロイの侵攻。それは司令部が、軍全体が想像しているよりもずっと速い時期だった。
その年は暖冬で例年よりも気温が高かった。だけれど本格的な進撃は雪が完全に溶けてからだと誰もが思っていた。
私はハルとロミルダ、それに新米のウィッチの4人で先行して防衛線を展開するように命令されていた。
泥と雪がマダラ模様を作っている地上を黒い波が蠢いていた。
上空も灰色の曇天の空を黒い塊がいくつもひしめいている。
「アレね、司令部に報告。ネウロイの大規模攻勢を確認。飛行ネウロイの数はおおよそ100前後、地上は倍以上」
「多すぎる……」
新米のウィッチが顔を青ざめて絶望していた。
「無理だよ。増援が来るって言っても……」
だけれどここで引くわけにもいかない。それにこの戦線が後退する事になるとカールスラントにネウロイがなだれ込むだけでなく人類が唯一占領しているカルパティア山脈のトランシルヴァニア地方が完全に孤立してしまう事になる。
「このままだとトランシルヴァニアとの補給線が分断されます」
かろうじて繋がっている細い補給線、それが途絶えればネウロイに蹂躙されるのは目に見えている。尚更戦線を押されるわけにはいかなかった。あそこには民間人を含めて1万人近い人間がまだいたのだ。
ただ、そんな状況でもハルとロミルダは目を輝かせていた。
まるでネウロイがたくさん居るこの状況を喜んでいるような、そんな感じだった。
フーベルクからの忠告でハルは二番、ロミルダは三番の位置に置いてお目付役をしていたけれど2人の技量は本物なのは間違いない。ならこの2人には好きにしてもらおう、そう思って私は2人に指示を出した。
「ルーキー、貴女は私と一緒に来て。ハウンドとピクシーは自由戦闘」
これで2人はフリーになった。途端にストライカーユニットのエンジンが轟音を上げて2人が加速していった。
私もネウロイに対して優位な位置に自分自身を持っていく。
……ええ、一撃離脱の戦法は相手に対して優位な高度から撃つのが最も効果的なの。
そして少人数だったのが幸いしたわ。人数が少ないとその分発見されにくくなる。
だから最初の一撃はネウロイにとって奇襲になった。
ネウロイ達が密集体系をとっていたのもプラスに働いたわ。
最初の一撃で私が二体、新人が一体の撃墜。その時少し離れた空域でいくつも爆発が生まれていた。
ハルとロミルダがネウロイ相手に大立ち回りをしている所だった。
ハルの飛び方は一言で言えば、力任せの強引な機動。
風に乗って舞うエーリカの対局にいる存在だった。
常人なら耐えられないような動きを涼しい顔でこなしてしまう。
そして何よりネウロイを絶対に落とすという強い意志。
それについていくロミルダは、もう少し常識的だった。
それでも力技で飛んでいるように見えるのは確実にハルの影響を受けている証拠だろう。
100体近いネウロイ相手に4人で戦線を辛うじて維持できているのもハルとロミルダのおかげだった。
2人がネウロイの大群を掻き乱して否応なしに混戦と乱戦を引き起こしてくれるから、ネウロイは組織だった抵抗ができないでいた。
空がそんな調子だからか、地上を進む戦車型のネウロイや歩兵クラスのネウロイも地上の第一防衛戦を突破できないでいた。
それでもネウロイは数に任せて戦線を突破しようとしていた。
私達が四回目の反復攻撃を終えた直後、東の空に新たな黒点の塊が飛んでいるのが見えた。
「ネウロイの増援確認!まだ来るの……?」
「不味いわね……」
私はまだ弾に余裕があった。だけれど新人の方はそうじゃなかった。
私が使っていたのはKar98歩兵銃をウィッチ用に改良したKar98w。
対ネウロイ用の魔力強化弾が撃てるように薬室を補強したものよ。
それに対して新人はMG34。
歩兵銃と違って取り回しがしにくいけど連射が出来るからその分強力な弾幕が張れるのよ。
ただ、その分弾薬の消費が激しくてね、その影響がこんなところに出ていたわ。
基地の航空管制を呼び出して状況を伝える。
しかし返答は良いものではなかった。滑走路で起こった事故で制空部隊は離陸が遅れ、この空域まで後10分は掛かると言われてしまった。
一時撤退し後方で体勢を立て直す許可だけは辛うじて貰えたのは救いだった。
「これ以上の戦闘は不可能よ。一旦後退して制空部隊に合流します」
「そんな……制空部隊は?」
「この空域まで後10分かかるそうよ」
「後退なんかしたら真下の第一防衛線は……」
「放棄よ。第二戦線まで下がらないと……」
でもその判断を下すのは私ではない。私が指揮できるのはあくまでも小隊に過ぎない。
「兵員の撤退支援は?計画は……」
「……」
当然、そんなものはないし、下の塹壕に撤退指示が来ることもないだろう。
最後の一兵まで戦い、第二戦線の準備が整うまでの時間を稼いでもらう。そんなところか。陸軍と空軍では命令系統も違う。どうすることもできなかった。
「兎も角、新人は下げさせるわ。2人は?」
「まだ弾はあります。ユニットの燃料もまだあります」
「こちらも弾丸、燃料ともに異常なし」
「なら、後退を……」
「上空に大型ネウロイ!!」
「な……」
雲の層を突き抜けて降りてきたそれは、今まで見てきたネウロイよりも、もっと非現実的な外見だった。
目玉をただ巨大化させたような球体に六対の羽根のようなものをまとい不規則に羽ばたかせているソレとしか言いようがないものだった。
翼の節のようなところには球体の構造物が生えていて、それらに刻まれた赤いハニカム模様が眼球のように動いていた。
それが三体、ゆっくりと浮遊するようにして現れていた。
大型ネウロイを見るのはあの時が初めてだった。
でもその姿はあまりにも禍々しく、嫌悪感すら抱かせてくるものだった。
その六対の翼が大きく開かれ、その翼の中から何か黒い塊が高速で飛び出してきた。
小型ネウロイなのは間違いない。問題はその速度だった。
従来のネウロイより数段速い。
そして動きも、その早さに見合わない程に、鋭く急旋回を繰り返すものだった。
「……退却!!」
「着剣!」
ハルとロミルダだけは私と全く逆のことを考えていた。
「ハル⁈」
「ロスマン先生は新人を連れて戻ってください!私が時間を稼ぎます!」
「無茶よ!ロミルダも辞めなさい!」
「少し引っ掻き回したらちゃんとハルも連れて帰りますよ。大体、新人の体力じゃあれを振り切って逃げるのは無理でしょ」
ロミルダの指摘は最もだった。新人の子を連れてあれから逃げるのは正直言って無理だった。
「……っ!」
「御免なさいっ……御免なさい!」
「気にしないで、取り敢えず味方をたくさん引き連れて戻ってきてくださいね」
「なら、絶対に生き延びなさい!」
迷っている暇はなかった。2人がダブルエースだとしても、それでもまだ幼いし飛行時間も短い。経験不足なのは間違いなかった。
それでも、あの場は2人に任せるしかなかった。
「生き延びるのも大事だけど……倒しても構わないんでしょ」
そんなハルの呟きが、離脱しつつある私の無線に届いた時には、2人の軌跡はもう見えなくなっていた。