東方寄生郷 作:冷笑界隈代表「うぇい」
「じゃあ、さよならだ。咲夜」
魔理沙の箒に跨がりながら、俺――朔斗は咲夜に最後の挨拶を告げた。彼女と会うのは、これが最後になるかもしれない。
「朔斗、しっかり捕まってな!」
魔理沙の声と同時に、箒がふわりと宙に浮き、次の瞬間には猛烈な速度で加速し始めた。
「分かってる! ……というか魔理沙、この箒本当に大丈夫か? レミリアと俺と魔理沙の、まさかの三人乗りだぞ」
順番で言えば、先頭に魔理沙、真ん中に俺。そしてレミリアは、なぜか一番後ろに縛り付けられている。長さ一メートルほどの頼りない棒切れに三人で乗っているのだから、スペースは尋常じゃなく狭い。
「文句を言うな。私の箒で行くのが一番速いのは確実だろ?」
「そういうもんかねー……。それにしても、斬狐の方は大丈夫かな」
「……なんで幻想郷の各地でこんなことが起こってる前提なんだよ。私の故郷がいつから地獄になったんだ? まぁ、百歩譲って何かが起きてたとしても、あの斬狐だぞ。しぶとく生き残るさ」
そんな会話を交わしている間にも箒は爆進し、気づけば魔法の森の上空へと差し掛かっていた。眼下には鬱蒼とした黒い森が広がっている。……だが、いつもと違うのは、風に混じって不気味な叫び声が聞こえてくることだ。
「……魔理沙。本当に、下は地獄かもしれないぞ」
「私の近所だし、確かに人食い妖怪もいるから地獄っちゃ地獄だけどさ……。だけど、この叫び声は勘弁してほしいな」
「はは、違いない。それにしても、後ろのレミリアが邪魔でバランスが取りづらいな」
「いっそのこと、ここで落としちゃうか?」
「おい魔理沙、俺は冗談で言ったんだからな? ……って、おい。あれは何だ!?」
「何言って……っ!?」
魔理沙が言葉を詰まらせる。俺たちの目の前から、鈍い金属光沢を放つ――戦闘機が、猛烈な勢いで迫っていた。
「魔理沙、衝突する! 避けろ!!」
「分かってるっ!」
ぐん、と重力がかかる。箒は直角に九十度上昇し、激突の衝撃は免れた。無事に回避できた――そう思ったのも束の間、戦闘機は執拗に反転し、俺たちを追尾してきた。
「しつこいな、あいつ!」
ピッ! ピッ! ピッ!
空気を切り裂く高音とともに、超高速の弾が文字通り「撃ち込まれて」くる。スペルカードの宣言などない。美しさもへったくれもない、確実にこちらを殺しに来ている弾道だ。
「魔理沙、一刻も早く逃げろ! 相手はルールなんて守る気はない、本気で命を獲りにきてる!」
「急降下で魔法の森の木々の隙間に逃げ込む! 振り落とされるなよ!」
ヒュウウゥゥゥン!!!
さっきまでの上昇から一転、箒は垂直に近い角度で急降下を始めた。体に受ける風圧とGが凄まじく、少しでも油断すれば一瞬で吹き飛ばされそうだ。俺は必死に魔理沙の腰にしがみついた。
「よし、ここまで来れば大丈夫だぜ。あのデカさだ、木が邪魔でこれ以上は追ってこれまい」
魔理沙は安堵したように上空を見上げている。視線が上に向いているせいで、彼女はまだ気づいていない。
「……魔理沙上ばっかり見てないで、周りを見てみろよ」
「ん? ……っ、これは、酷いな……」
魔理沙の声が引き攣る。
そこに広がっていたのは、「地獄」という言葉すら生ぬるく思えるほどの惨状だった。
地面はどす黒く凝固した血の海に染まり、周囲の木の枝には、身体の大部分を無残に損壊させられた妖精たちが、まるで悍ましい飾りのように縛り付けられている。視界の届く限り、あたり一面が骸の山で埋め尽くされていた。
「……もしかして俺たち、よっぽど危険な地上に自ら飛び込んじまったんじゃないか、魔理沙」
「……そう、かもな。それにしても、いつから魔法の森は臓物の森になっちまったんだ?」
「そんな冗談を叩けるあたり、魔理沙はまだまだ余裕そうだな。俺はさっきから震えが止まらないぜ」
「おっ、サニー!」
魔理沙が何かを見つけたように声を上げ、手を振った。
「ひっ……! ま、魔理沙さん……ですか!?」
物陰から這い出てきたサニーミルクが、怯えきった声でこちらを仰ぎ見る。
「お前、生きてたのか。……一体何があった、この惨状を説明してくれないか?」
「その前に、お願いですから箒に乗せてください!! お願いです、早く……っ!!」
「おいおい、どうしたんだ? 落ち着いて説明してくれないと何も分からないぞ」
「……あの、変な妖精たちが急にたくさん来て、みんなを襲って……! みんな、死んで、それっきり生き返らなくて……私の友達も、みんな食べられちゃったんです……っ!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、サニーは訴えかける。
どうやら状況は想像以上に最悪らしい。これが幻想郷全体で起こっているとは考えたくないが、最悪の可能性も考慮しなければならないだろう。
それにしても、この箒に四人乗りはさすがにキツいな……
「魔理沙、俺を降ろしてくれ」
「あん? なんでだ?」
魔理沙が怪訝そうな顔をこちらに向け、困惑の混じった声で聞き返してくる。
「魔理沙も分かってるだろ、俺の総合的な戦闘力。俺が地上で魔理沙の箒を防衛する。その代わり、お前はサニーを乗せてくれ。そうすれば、何かが起こった時でもすぐに最高速度で逃げられるだろ?」
「……私のスピードに、置いていかれずについてこれるか?」
「余りにも愚問だね」
「それもそうか。……だったら最初から箒に乗るなよな」
「俺は最初からそう提案しただろ? 勝手に引っ張り乗せたのは魔理沙のほうだ」
「そうだったな」
魔理沙の箒が地上へと滑り込む。俺は跨っていた木の柄から飛び降り、代わりに震えるサニーの身体を抱え上げて箒の上へと乗せた。サニーの目は涙で潤み、今にも決壊しそうに激しく震えている。
「あと、魔理沙。もしかしたらこれ……幻想郷の住民が全員死ぬかもしれないぞ」
「はぁ!? なんでだよ。お前だっているし、紫や霊夢、他にも強い奴なんて山ほどいるだろ?」
「さっき空の上で戦った奴がいただろ。あれは『戦闘機』っていって、外の世界の兵器だ。若干、外来人の俺が知っている型とは違っていたが……どちらにせよ、何者かが統率された群れを成して、この幻想郷に攻め込んできている。――相手も、確実に勝算があって仕掛けてきてるはずだ」
そう――僕が懸念している最大の点はそれだ
ここに救援が来ていないあたり、幻想郷全体が同じような状況に陥り、パニックになっているのだろう。そして、戦闘機を作れるほどの技術力……確実に半端な相手ではない。
「まじかよ……でも朔斗の勘は霊夢ぐらいよく当たるからな。それが怖いぜ」
その時張り巡らせていた魔力探知に何かが引っかかる
「魔理沙、何かが探知に引っかかった……来ている! 500メートル後方から。数は――嘘だろ、100超え!? 一体一体の力量もかなり高レベルだ。……しかも、こっちに明確な敵意を持ってる。早く逃げないとマズイ! 魔理沙、移動するぞ!」
「わかった!」
魔理沙が箒を加速させ、猛烈な速度で飛び始める。俺も霊力と魔力を全身に巡らせて身体強化を施し、彼女の速度に遅れまいと地を蹴って並走した。
『ちょっきんな、ちょっきんな』『ンッ!!』『分かるよ!』『讌ス縺励>縺ェ、讌ス縺励>縺ェ!』
背後から、鼓膜を狂わせるような悍ましい大声が響き渡る。直後、轟音と共にいくつかの爆発音が炸裂した。一体の敵対的生命体が、凄まじい質量と速度でこちらに肉薄してくる。
「この量で来られたら、流石に勝てるかどうか……!」
走りながら空間転移魔法を展開し、武器を引っ張り出す。手元に現れたピストルとショットガンに、流れるような動作で弾丸を装填していく。
ピストルの残り弾数は89発、ショットガンは48発、ロケットランチャーは6発……圧倒的弾薬不足!
魔力を使って弾速と威力を強化できるとはいえ、全弾命中させたとしても、この数を一撃で殺し切るのは至難の業だ。
「すまん魔理沙!! 弾が少ない、援護してくれ!」
「刀はどうしたんだよ!? お前の本命はソレだろ!」
「今、紅魔館の人たちに直してもらってるから持ってないんだよ!!」
そう、俺のメイン武器は刀だ。重火器も好きだが、刀を振るっている時と比べれば戦闘ステータスは圧倒的に劣る。
『讌ス縺励>縺ェ、讌ス縺励>縺ェ!』
異質な羽を生やし、醜悪に歪んだ顔を持った3メートルほどの異形が、すぐ後ろまで迫る。
パァン!! パァン!! ガァン!!
振り返りざま、魔力強化を施した重火器を魔力の触手で操作し総攻撃を仕掛ける。容赦なく叩き込まれた弾丸によって異形の羽は千切れ飛び、顔面が血塗れに染まった。凄まじい勢いのまま、異形は地面へと墜落し、動かなくなる。
「グッロ……!」
息つく暇もなく、次々に別の異形が津波のように押し寄せてくる。俺は即座に武器を切り替え、銃口を群れの中心へと向けた。
引き金を引く。放たれたロケットランチャーの爆炎が、迫り来る異形の群れを一瞬で一掃した。
「まとめて吹き飛べッ!」
引き金に絞った指に力を込める。
鼓膜を震わせる咆哮とともに放たれたロケット弾が、迫り来る異形の群れの中心で炸裂した。視界を埋め尽くす猛烈な爆炎と爆風。肉の焦げる悪臭が鼻腔を突き刺し、異形の群れは一瞬で一掃された――はずだった。
だが、爆煙の向こうから、信じられない音が響いてくる。
『ちょっきんな、ちょっきんな』『ンッ!!』『分かるよ!』『讌ス縺励>縺ェ、讌ス縺励>縺ェ!』
肉が蠢き、骨が接合される悍ましい音が、文字化けしたような奇怪な精神汚染の声と共に響き渡る。
「なんでまだ生きてるんだよ!?」
思わず絶叫が漏れた。
確かに息の根は止めた。木端微塵に吹き飛ばしたはずだ。それなのに、さっき殺したはずの異形達が、何事もなかったかのように再びこちらへ進軍してくる。
不死身……か!?
どちらにせよ、この狭い防衛線で足を止めればジリ貧になる。弾薬が尽きるか、相手の応援が来るか...待っているのは全滅の二文字だけだ。
「あぁもう!魔理沙ーー!先に紅魔館へ行ってろ!」
「は!? なんでだよ!?」
隣で八卦炉を構える魔理沙が驚愕の声を上げる。
「多分こいつら不死身だ! このままじゃ泥仕合で全員死ぬ! お前らが逃げてくれれば、俺の守るべき足枷がなくなる! だから――早く行け!」
「……っ! 分かった!! 紅魔館でまた会おうぜ、死ぬなよ!」
魔理沙は一瞬だけ悔しそうに歯を食いしばったが、即座に箒を跳ね上げ、森の奥へと飛び立った。
「 喰らえ!」
残る弾倉からロケットランチャーを乱射し、制圧射撃で魔理沙たちの退路を強引にこじ開ける。爆炎が夜空を焦がす。引き金を引くたびに肩を襲う痛烈な反動。
……残り2発。
背後を振り返る余裕はなかったが、気配で魔理沙たちが完全に離脱したのが分かった。
「……これで、いい」
ぽつりと呟き、ランチャーとピストルとショットガンを構え直す。
だが、依然として目の前の敵の勢いは衰えない。それどころか、群れが割れ、奥から「本物」が姿を現した。
地響きを立てて前進してくる、15mほどもある巨大な異形。その圧倒的な質量と、禍々しいプレッシャーに皮膚がピリピリと痺れる。
「……それにしても、お前は一段と骨が折れそうだな」
俺は冷や汗を拭い、正面に堂々と佇む巨大な質量を睨みつけた。残弾、わずかピストル18発ショットガン13発ロケットランチャー2発。絶望的な戦いが...始まろうとしていた。