美術大学の学食で2人の学生が会話をしている。
「サキ、聞いたよ。卒業制作通らなかったの?」
「うん。まあ・・・」
「佐野さん厳しいもんねえ。なんか言われたの?」
「考えてないでしょ。リアリティがないよって言われた。」
現在、卒業制作の中間審査が行われている。西野咲は一度目で通らず、再審査となった。
「はぁー卒業制作も就活も終わらん・・」
「まぁ気長にね」
携帯が鳴っている。この前就活の面接を受けたところだろうか?
違った。母親からだ。
「親だった」
「出ないの?」
「どうせお金の催促だし。出ない」
「人の親をどうこう言えないのは分かってるけど」
「学費も生活費も出さないし、サキに仕送りしてもらっているのに更に金せびるってなんなん?」
「何なんだろうね。」
「サキはクールだねえ、キレないの?」
「キレて解決したことがないんだよね」
「そっかあ」
留守電はAIによって要約されていた。
「美大の低所得者向け学費免除申請の親のサインを拒否するぞ、とにかく家に来い」
酷い脅し文句だ。流石に行かざるを得ない。
「ごめん、実家帰ってこいって脅されたから実家に帰ってくるね」
「何年ぶり?」
「3年ぶりかな」
実家は避けていた。多少お金がかかっても、絶対に帰りたくなかった。
「お土産とかは大丈夫だからね」
「うん」
夜中のバスタ新宿から夜行バスで名古屋に向かう。
夜行バスは眠れない。ただ安さには代えられない。
突然予約したというのに、新宿から名古屋まで2000円で行けてしまう。ありがたい。
眠れれば良いのだが、浅い睡眠に入ろうとした所で起こされる。
頭が妙に冴え、卒業制作の担当教員の指摘が何度も頭で繰り返される。
「技術的には良く出来ている。学生なら本来これで十分なんだ」
「でもここ(美大)はね。違うんだ。」
「技術的に完成されている者のみを選抜して、一人前のアーティストになるため研鑽し、養成する場なんだ」
「血がどう出るのか正解か知ってる?」
「まぁ知っているかはどうでもよくて、西野君は調べてないでしょう?」
「想像で適当に作ったっていうのが伝わってしまっているんだ」
「だから説得力も迫力もリアリティもないんだ」
「もっと苦しみもがいたうえで、これじゃないかとか試行錯誤してほしいんだ」
簡単に言ってくれるよな。言っていることは至極その通りだし、反論出来ないが。
「難しい話なんだ。君が一人前の美術家として食べていくのは、こういうのとずーっと向き合っていく覚悟が必要なんだ。」
早朝の名古屋に着いた。モーニングを食べ、電車に乗り、岐阜の駅からバスに乗る。
バス停から一本の細い道を歩き、裏路地を進み見慣れた家が見えてきた。
家の前にレクサスが止まっている。かなり新しい。近所の人の車だろうか。
3年振りに家に入る。鍵はかかっていない。家に入る前から薄っすらと漂っていたが中に入ると、生ゴミの匂いがキツイ。
昔は慣れたものだったが、来ないうちに耐性が無くなっていたようだ。
中は見慣れないパチスロの台が何台も並んでいた。実機というものか。
「よっ。金食い虫」後ろから母親に声をかけられた。あんたほどではない。
「これ何?パチスロ?」
「帰ってきたのに、挨拶もないの?」あるわけないだろ。
「で、要件は?何?」
「冷たいわねえ」
「さっさと働いて家にお金をいれてほしいのよ」
「入れてるじゃん。月に5万」
「5万!偉そうに。はした金よあんなの。育てるまでにいくらかかったと思ってるの」
何を言っているんだこいつは。
「でいくらほしいの?」面倒くさくなったので切り出した。
「150万」
「は?」
「レクサスの頭金」家の前にあった、あの車か。
「あんたの収入でローン通らないだろ」
「名義はあんたの」
「はあ?」
頭が痛い。私の住民票と住基カードで勝手に契約したらしい。収入がない私で何でローンが通るんだ。
「残価クレジットだから。これ」
説明になっていない。
150万、大金だ。卒業制作、残クレ、就職・・様々な問題を抱え嫌になってくる。
どこから片付ければよいのだ。
「このパチスロの台とか売れないの?」
「嫌よ。これ私のだもん」
プツッとなにかが切れたような音がした。気がする。
「いいや。面倒だ。好きにしよう」
掌底を母の顔面めがけ、思いっきり放つ。
鼻や顔の骨が軋む感触が手のひらに伝わる。
後ろのパチスロ台に母の頭頂部が当たり、ガラスにヒビが入り、割れていく。
「ガッシャアアアアアアアン」派手にガラスが割れる音が鳴る。
「アアアア!?オマエエエエ」 母親がなんか言ってるが知らん。これぐらいでは死なないらしい。
頭にガラスが刺さり血が勢い良く出ている。
血は想像よりも垂れるというより「吹き」出ていた。
これがリアリティか。
「じゃあね」
清々しい。人を殴る仕事でも始めようかな。
いや、腹が立つ奴を殴ったから清々しかっただけか。
就活も終わり、卒業制作の再審査の日となった。
「良いね。なにか越えたようだね」
卒業制作を見ながら、担当教員は髭を触りながら感心している。
石膏のマリア像にガラスが刺さり、痛々しく血が吹き出しているモニュメントだ。