俺の若い頃は⋯という言葉を絶対使うものか。と若い頃には思っていた。
だが今はその言葉を使いたい。若手の頃は安い給料、年齢を重ねれば給料は上がっていく。そう教えられていた。
だが今はどうか?採用難に直面し、まともな人材が来ない。にもかかわらず、我々の給与の3倍を新卒社員が持っていくのだ。
これはどういうことなのだろうか。彼らは別に優秀なわけではない。仮に優秀な場合はもっと給与の高い会社に転職していく。
ここに残るのは平凡以下の社員だ。でも金はきっちり持っていく。
「Mさん。D技術社への委託契約書の書類ができましたので、見て頂いてもよろしいですか」新入社員のWだ。
Wは新入社員にしてはかなり優秀だ。すぐ転職するだろう。
「おお、見とく。ありがとう」
「おっスーツ替えたか?似合っているね」
「あ、分かります?めっちゃ良いやつ買ったんですよー」
俺の年収ぐらいのA社製スーツだ。ボーナスで買ったんだろうか。
「稼いでんなあ」
「いやいやいや」Wは照れていた。
「あ、もしかしてこの前貰ったハンカチって、それ買ったら付いてきたってこと?」
「あ、バレましたか。実はそうなんですよ」
この前、A社のハンカチを貰っていたがそういうことだったとは。
「俺も稼ぐために転職するかなぁー」
「まだまだMさんに教えてもらいたいので、もうちょっと待って頂いて・・」
いつも通りの仕事が終わり、自宅に帰る。そしてまた朝が来る。
我々は転職できるか?できない。例外と言えるほど優秀な場合を除いて50歳を超えた人材を敢えて採るような会社はない。
それを理解した上で、会社は40を超えた社員の給料を少しずつ減らしていく。毎年だ。
60歳の再雇用時の給料は、新入社員の給与から見れば、もう鼻くそのようなものだ。
余談だが、60歳からシニア再雇用、70歳からハイシニア再雇用、80歳からスーパーハイシニア、90歳からフレイルシニア再雇用が始まる。
90歳の再雇用法案が決まった時、フレイルシニアという名称も同時に決まったのだが、失笑してしまった。
フレイルとは虚弱な状態、ボロボロの状態を指す。言い換えれば死にかけシニア再雇用だ。なぜそんな名称が採用されたのか。
『働かなくてもAIが全てやってくれる時代が来る』私が入社当初の頃、20代の頃はそう言われていた。
そこから30年経った今はどうか?AIが全てやってくれる時代は来なかった。
要は、半導体による頭脳や、金属や人工筋肉で出来たロボット達のコストは人間たちを下回らなかったのだ。
安価な炭水化物で大きくなり産み増やし、安価な促成栽培で教育を受けた人間のほうがコスパが良かったのだ。
資本家はもっと金を貯め、持たざるものはずっと労働をするという構図は変わっていない。
今後もずっと同じなのか。変わるのか。それは誰も分からない。
ベーシックインカムという制度が検討されたこともあったが、それらは財政赤字を理由に実現に至らなかった。
いつも通り出社し、ビル内のエレベーター入口で入館証をかざす。
何かいつもより人が多くないか?気の所為か。と考えていると、
ランプが赤く光り、ERRORの文字が表示される。自動ドアが開かない。
接触不良かと思っていたが、何度入館証をかざしてもエラーになるようだ。
「あ、Mさん」とWが話しかけてきた。
「なんかみんな入れないらしいですよ」そんなことがあるのか。
「入館システムの故障だろうか」
「さあ・・・あ、Y社長だ」
社長が社員の間をぬいながらゆっくりと進んでいく。拡声器を持っているようだ。
「えーみなさん 代表取締役社長のYです」周りがざわつく。
「えーお静かに聞いていただければと存じます」
「今朝五時、AIビジネステクノソリューションズによる当社の敵対的買収が成立いたしました。これに伴う臨時株主総会の決議により、経営陣の総入れ替え、ならびに、全従業員の即日解雇が決定しております」
「説明している私もこの3分後、社長ではなくなり、みなさんと同じ無職になります」
「今後の対応については、配布のデジタルパンフレットをご確認の上進めていただければと存じます。ここでは質疑応答は行いません。」
「時間の都合上、ここまでしか喋ることができません。今まで当社に貢献いただきありがとうございました。そして何一つ皆様を守れず大変申し訳ございませんでした。」
社長は話し終えると、拡声器を首に下げたまま、消え入るようにどこかへ歩いていってしまった。
騒ぐ社員はおらず、静かに皆デジタルパンフレットを読み、社員証やパソコンを返却し、静かに皆どこかへ消えていった。
「Mさん」とWが話しかけてきた。流石に顔色が悪くなっていた。
「おお、災難だったな」
「Mさんは退職金をどのプランにしましたか」
「とりあえず現在の給与を3年分毎月もらうやつ」
「僕は一括で2年分もらうやつにしました」
「そうか」
「あぁそういえば、この後Nと飲みに行くんだが、君も来るか?」
「いえ、遠慮しておきます。以前内定を貰っていたBNデータの人事に連絡しようかと」
「BNデータもさっき買収されてなかったか?」
「あっ、えっ」
「本当だ・・同じAIビジネステクノソリューションズに・・・」
「うっ・・うおぇえええ」Wは嘔吐した。
「おお大丈夫か。これで拭きなよ。」先日Wに貰ったハンカチを渡した。
「ありがとうございます・・」
「まぁ先は長いが、頑張れ・・とも言えないなあ。君は十分頑張っているし」
「あー・・まぁあまり気負わずに、なっ」
頷き、Wはどこかへ消えていった。
Nとの待ち合わせは、職場に近いY駅の改札にした。
「よお無職」Nが来た。
「お前もだろ」お互い笑った。
居酒屋に向かいながら雑談をする。
「Wが派手に吐いたらしいな」
「仕方ないだろう。あいつはガキ生まれたばっかなのに、路頭に迷うんだから」
「災難だな。なんかフォローしてあげたか?」
「出来るわけないだろ。社長でさえあの状態だぞ。」
「まあなあ。」
「AIビジネステクノ・・何だっけ。あれってどんな会社か調べた?」
「あれな。従業員が0人で全部AIで仕事回してるんだってよ」
「おーん、やべえ時代がきたな」
居酒屋についた。が、電気が点いていない。
「あれ?」Nが情報を確認する。
「あー?勝手にキャンセルになってる」
「新店舗改装のため全てキャンセルいたしました だってよ」
「駄目じゃんか」
「ほー オールロボット居酒屋になるんだってよ」
「ここも全部AIに支配されたか」
「悪いな。キャンセルされたのに全然気づかなかった。帰るか?」
「どっかで酒かって公園で呑まない?」
「そうするか。」
自販機で酒を買って、H公園に向かって歩いていく。1kmもないだろう。
「これからどうするんだ?」Nから話題を振られた。
「そういう話は公園着いてからでいいだろうよ」やることは決めていなかった。
「俺はキャンピングカーで全国周るよ」
「おお、いいじゃん」Nにそんな趣味があったのは知らなかった。
「お前もなんかやらないの?」
「まぁとりあえず寝たい。寝る。」
「小説を結構前書いてたじゃん。どうなの?」
「金にも何にもならんしな。AI小説しか売れない時代だよ」
「まぁ自分で書いて楽しむ分にはいいんじゃない?」
「そこまで楽しめると思えないなあ」
話しているうちに、H公園についた。
「なんか全部フェンスで囲まれてない?」確かに囲まれている。公園内に入れない。
「へー、公園潰して工場にするんだ」
「ロボットでも作るのか?この都心で?」
「らしいぞ」
「どうする?次の公園に行くか?」
「いいだろう、もう。ここで飲もう」
「そうだな」フェンスに寄りかかりながら、プシュと缶を開ける。
「失礼いたします。こちらはAIビジネステクノソリューションズの私有地になっておりまして・・」警備ロボットが来た。
「あーすみません、いますぐどきます」こう言うしか無い。
「帰るか」Nは諦めたようだ。
「そうだな」
再びY駅まで歩く。
「俺達の席は、もうどこにもないってことで」
「かもな」
消えそうな綺麗な夕日が俺達を照らしていた。