魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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10. 変わってしまった教室

新学期が始まって三日目。

 

朝、教室に入ると、私の机の周りに数人の女子が集まっていた。

 

何をしているのだろう。

 

そう思って近づこうとしたところで、彼女たちがこちらに気づいた。

 

一人が、慌てたように手元のものを鞄にしまう。

 

もう一人は、わざとらしく笑った。

 

「……あ、来た」

 

「じゃ、またあとでね」

 

彼女たちは、何事もなかったかのように自分の席へ戻っていった。

 

私は、少しだけ足を止めた。

 

机の上には、何も置かれていない。

 

見たところ、いつもと同じだ。

 

……気のせいだろうか。

 

そう思って鞄を置き、教科書を取り出そうとした。

 

そのとき、ノートが目に入った。

 

表紙に、黒いペンで大きく書かれている。

 

『魔女』

 

一瞬、呼吸が止まった。

 

昨日までは、こんなものはなかった。

 

少なくとも、夏休み前には。

 

私はノートを閉じた。

 

周囲を見回す。

 

誰もこちらを見ていなかった。

 

いや、正確には、見ていないふりをしていた。

 

斜め前の席の女子が、ちらりと私を見た。

 

目が合った。

 

彼女は、すぐに顔を逸らした。

 

……そうか。

 

私は、ゆっくりと椅子に座った。

 

始まったのだ。

 

夏休みの前と同じように。

 

いいや、たぶん、それ以上に。

 

私が悠人君と付き合っていると知ったから。

 

たった、それだけのことで。

 

『……はぁ』

 

ため息をつき、ノートを鞄にしまった。

 

授業で使うには、少し気分が悪かった。

 

別のノートに書けばいい。

 

そんなことは簡単だ。

 

でも、どうして私がこんなことをしなければならないのだろう。

 

どうして、普通に学校へ来て、普通に授業を受けることすら、こんなにも難しいのだろう。

 

答えは、わかっている。

 

この教室では、私よりも優香の方が強いからだ。

 

風見優香。

 

彼女の家がどれほどの影響力を持っているのか、私は詳しく知らない。

 

ただ、優香の親がPTAの中心的な立場にいるということだけは、誰もが知っていた。

 

先生たちは優香に強く注意しない。

 

誰かが優香と揉めれば、なぜか揉めた側が先生に呼び出される。

 

優香が何かを言えば、それが正しいことのように扱われる。

 

そんな場面を、私は何度も見てきた。

 

そして、クラスメイトたちは学んでしまったのだろう。

 

優香に逆らわない方がいい。

 

彼女の機嫌を損ねない方がいい。

 

自分が標的になるくらいなら、誰かが標的になっていた方がいい。

 

……私のような人間が、そこにいればいい。

 

それが、この教室で生きていくための方法になってしまったのだ。

 

もちろん、全員が心から優香を支持しているわけではないと思う。

 

実際、陰では彼女のことを怖がっている人もいる。

 

やりすぎだと話している人だっている。

 

けれど、そういう人たちは、決して私の隣には来ない。

 

私を見て、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 

それだけだ。

 

その気持ちに、悪意はないのかもしれない。

 

でも、私が一人でいるという事実は、何も変わらなかった。

 

*

 

昼休み。

 

私は、いつものように教室の前で玲夢を待っていた。

 

彼女は私の顔を見るなり、眉をひそめた。

 

「……魔理沙、どうしたの?」

 

「え?」

 

「顔。なんか暗い」

 

私は、少しだけ迷った。

 

けれど、鞄の中からノートを取り出し、彼女に見せた。

 

「……これ」

 

玲夢は表紙を見ると、すぐに表情を変えた。

 

「……何、これ」

 

声が低くなった。

 

「朝、机に入ってたの?」

 

「ううん。机の上に置いてあった」

 

「誰がやったの?」

 

「……わからない」

 

そう答えたけれど、本当は少しわかっていた。

 

たぶん、優香の周りにいる誰かだ。

 

直接、彼女がやったのかもしれない。

 

それとも、取り巻きの一人が気を利かせたつもりでやったのだろうか。

 

どちらにせよ、私には確かめようがなかった。

 

玲夢は、ノートを見つめたまま黙っていた。

 

しばらくして、彼女は小さく息を吐いた。

 

「……先生には?」

 

「言ってない」

 

「どうして?」

 

「……言っても、たぶん」

 

言いかけて、私は口を閉じた。

 

玲夢の前でまで、諦めたようなことを言いたくなかった。

 

けれど、彼女は私の言葉の続きを理解したらしい。

 

「……わかった」

 

そう言って、ノートを返してくれた。

 

「でも、何かあったら絶対に言うのよ。ノートだけじゃなくて、ほかにも何かされたら」

 

「……うん」

 

「アンタ、すぐ一人で何とかしようとするんだから」

 

「……ごめん」

 

「謝ることじゃないでしょ」

 

玲夢は、少しだけ困ったように笑った。

 

「まったく……」

 

その顔を見て、私はようやく少しだけ笑うことができた。

 

この子がいてくれて、本当によかった。

 

心の底から、そう思った。

 

 

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