その日の帰り道。
私は、悠人君と一緒に歩いていた。
優香に言われたことが、ずっと頭から離れなかった。
朝倉君は、優しい。
誰にでも親切。
私を好きなのではなく、かわいそうだと思っているだけ。
そんなこと、気にしなければいい。
優香が何を言おうと、私と悠人君のことなのだから。
わかっている。
わかっているのに。
一度頭に入ってしまうと、どうしても考えてしまう。
本当は、彼もそう思っているのではないか。
私が一人でいるから、放っておけないだけなのではないか。
いつか、私が普通に友達を作れるようになったら。
私が、彼に頼らなくても平気になったら。
そのとき、彼は私の隣にいてくれるのだろうか。
「……魔理沙さん?」
悠人君の声で、私は我に返った。
「……え?」
「さっきから、ずっと黙ってるけど……何かあった?」
私は、少しだけ迷った。
言ってしまっていいのだろうか。
こんなことを言ったら、面倒だと思われるかもしれない。
でも、玲夢と約束したばかりだ。
一人で抱え込まない。
私は、小さく息を吐いた。
「……今日、優香に会ったんだ」
「……風見さん?」
「うん」
私は、彼女に言われたことを話した。
自分がどう思われているのか。
悠人君が、私のことをかわいそうだと思っているだけなのではないか。
そんなふうに言われたこと。
話し終える頃には、少しだけ声が震えていた。
悠人君は、黙って聞いていた。
そして、しばらくしてから、ゆっくりと口を開いた。
「……そっか」
「……うん」
「それで、魔理沙さんはどう思ったの?」
私は、俯いた。
「……わからない」
それが、本当の答えだった。
信じたい。
彼が私を好きだと言ってくれたことを。
一緒にいたいと言ってくれたことを。
でも、どうしても怖くなってしまう。
彼が優しいことを、私は知っている。
だからこそ、彼の優しさが、恋愛感情とは別のものなのではないかと思ってしまう。
「……ごめんね」
また、謝ってしまった。
「こういうことばっかり言って……」
悠人君は、少しだけ困ったように笑った。
「……魔理沙さん」
「……うん」
「俺、前にも言ったと思うんだけど」
彼は、足を止めた。
私も、立ち止まる。
「俺は、魔理沙さんと一緒にいたいから、一緒にいるんだよ」
「……」
「かわいそうだからとか、そういう理由じゃない」
彼は、少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。
「正直、俺だって、そんなに器用な人間じゃないし。魔理沙さんが何を考えてるのか、全部わかるわけでもない」
「……うん」
「でも、わからないなら聞けばいいと思ってるし、困ってたら一緒に考えたいと思ってる」
彼は、私を見つめた。
「それが、俺の好きってことなんだと思う」
私は、何も言えなかった。
胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。
「……だから、俺がどう思ってるか気になるなら、何度でも聞いていいよ」
「……何度でも?」
「うん」
彼は笑った。
「そのたびに、ちゃんと答えるから」
私は、思わず顔を伏せた。
……ずるい。
そんなことを言われたら、また好きになってしまうじゃないか。
いや、もう十分に好きなのだけれど。
「……悠人君」
「うん?」
「……私、面倒くさい女かもしれない」
そう言うと、彼は少しだけ驚いたあと、笑った。
「そうかな?」
「そうだよ。すぐ不安になるし、考えすぎるし……」
「うーん」
彼は、少し考えるように視線を上げた。
「じゃあ、俺も面倒くさい男かもしれないね」
「……え?」
「だって、魔理沙さんが不安になってるのに、全部すぐ解決してあげられるわけじゃないから」
彼は、困ったように笑った。
「でも、二人で考えることはできるでしょ」
私は、顔を上げた。
彼は、いつもどおりの顔をしていた。
特別なことを言っているつもりもないのだろう。
ただ、当たり前のことを話すように、そう言った。
そのことが、何よりもうれしかった。
「……うん」
私は、小さく頷いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
彼は、そっと私の手を取った。
その温かさに、私は少しだけ安心した。
まだ、不安はなくならない。
きっと、これからも何度も悩むのだろう。
優香に何か言われれば、また傷つくかもしれない。
それでも。
私には、話を聞いてくれる人がいる。
一緒に考えてくれる人がいる。
そのことを、忘れないようにしたいと思った。
*
家に帰ると、私は鞄を置いて、ベッドに腰を下ろした。
スマートフォンを取り出す。
玲夢からメッセージが届いていた。
『今日、何かあった?』
私は、少しだけ笑った。
本当に、この子はよく気づく。
『ちょっとね。でも、悠人君に話したよ』
そう送ると、すぐに返事が来た。
『そっか。ちゃんと話せたならよかった』
続けて、もう一通。
『何かあったら、私にも言いなさいよ』
私は、画面を見つめた。
それから、ゆっくりと文字を打った。
『うん。ありがとう』
送信する。
スマートフォンを机の上に置き、私は窓の外を眺めた。
空は、いつの間にか暗くなっていた。
明日も学校がある。
また優香に何か言われるかもしれない。
また、嫌なことが起きるかもしれない。
それでも、明日になれば、悠人君に会える。
玲夢にも会える。
そのことが、今の私には支えだった。
『……頑張ろう』
小さく呟く。
自分に言い聞かせるように。
けれど、その言葉には、ほんの少しだけ力がこもっていた。
夏休みが終わってから、私の日常は、確かに少しずつ変わり始めていた。
幸せな時間が増えた分、失うことが怖くなった。
大切な人ができた分、傷つけたくないと思うようになった。
そして、誰かに頼ることの意味を、少しずつ知り始めていた。
この先、何が起こるのかはわからない。
ただ、今の私は、まだ前を向いていた。
大切な人たちと一緒に、明日を迎えたいと思っていた。
その気持ちだけは、確かなものだった。