魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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14. 風見さんの好きな人

ある日の昼休み。

 

私は、玲夢と一緒に校舎裏のベンチに座っていた。

 

彼女は、コンビニで買ってきたパンを食べながら、今日の授業について愚痴をこぼしていた。

 

「……ほんっと、数学って何なのかしらね」

 

「え、数学?」

 

「だってさ、何でわざわざ文字に数字を当てはめる必要があるわけ?」

 

「いや、それが数学だからだろ……」

 

「そういうことを言ってるんじゃないの!」

 

玲夢は、少しだけ頬を膨らませた。

 

私は、思わず笑ってしまった。

 

「……ふふっ」

 

「何よ、その笑い方」

 

「いや、玲夢って本当に面白いなって」

 

「失礼ね!」

 

そう言いながらも、彼女は少し嬉しそうだった。

 

こういう時間は、やっぱり好きだ。

 

学校では、どうしても周りの目が気になってしまう。

 

けれど、玲夢といるときだけは、そういうことを忘れられる。

 

普通に話して、普通に笑って、普通に過ごす。

 

それだけのことが、私にはとても大切だった。

 

「……そういえばさ」

 

玲夢が、不意に声を落とした。

 

「最近、風見さんが何か言ってるらしいわよ」

 

「……え?」

 

私は、思わず顔を上げた。

 

「何かって?」

 

「アンタと朝倉君のこと」

 

……やっぱり。

 

そんな予感はしていた。

 

「……何て?」

 

玲夢は、少しだけ眉をひそめた。

 

「詳しいことは知らないけど、あんまり面白く思ってないみたい」

 

「……そっか」

 

私は、パンの袋を指先で弄んだ。

 

別に、驚くことではない。

 

優香が私を好きではないことなんて、今に始まった話ではないのだから。

 

ただ、悠人君とのことが、その理由に加わった。

 

それだけだ。

 

……それだけなのに。

 

「ねえ、魔理沙」

 

玲夢が、こちらを見た。

 

「アンタ、朝倉君のこと、ちゃんと信じてる?」

 

「……え?」

 

急にそんなことを聞かれて、私は戸惑った。

 

「そ、それは……」

 

言葉に詰まる。

 

信じていないわけではない。

 

むしろ、誰よりも信じたいと思っている。

 

でも、優香の言葉が頭に残ってしまうこともある。

 

彼は優しい。

 

それは間違いない。

 

けれど、その優しさが、いつか自分以外の誰かに向けられる日が来るのではないか。

 

そんなことまで考えてしまう。

 

玲夢は、私の様子を見て小さく息を吐いた。

 

「……まあ、いいわ」

 

「……ごめん」

 

「だから、何で謝るのよ」

 

彼女は、苦笑した。

 

「私は別に、アンタが絶対に不安にならない人間になれなんて言ってないの」

 

「……うん」

 

「ただ、自分が好きになった人のことくらい、信じてあげてもいいんじゃないかなって思っただけ」

 

私は、黙って頷いた。

 

信じる。

 

簡単なようで、難しいことだ。

 

特に、今まで誰かに裏切られたり、傷つけられたりすることが多かった私にとっては。

 

でも、悠人君は違う。

 

彼は、私の話を聞いてくれる。

 

私が不安になったら、一緒に考えようと言ってくれる。

 

何度も、私の気持ちを確かめてくれた。

 

だったら、私も彼を信じなければならないのかもしれない。

 

「……うん」

 

私は、もう一度頷いた。

 

「……信じてみる」

 

玲夢は、それを聞いて、ようやく笑った。

 

「そうそう。その調子」

 

*

 

その日の放課後。

 

私は、教室に忘れ物を取りに戻った。

 

もうほとんどの生徒が帰ったあとで、教室には数人しか残っていなかった。

 

机の中からノートを取り出し、鞄にしまう。

 

帰ろうとしたところで、廊下から声が聞こえた。

 

「……だから、私は別にそういうつもりじゃないって」

 

風見さんの声だった。

 

何となく足が止まった。

 

「でもさ、風見さん、最近ちょっと変じゃない?」

 

別の女子が言った。

 

「何が?」

 

「……朝倉君のこと」

 

心臓が、どきりとした。

 

私は、教室の扉の陰で立ち止まっていた。

 

「別に、普通だけど」

 

優香は、何でもないことのように答えた。

 

「だって、ずっと仲よかったじゃん。前から、朝倉君のこと気にしてたでしょ?」

 

「……」

 

「それなのに、霧雨と付き合うなんてさ」

 

しばらく、沈黙があった。

 

私は、息をひそめた。

 

「……別に、あんな子が相手だとは思わなかっただけ」

 

優香の声が聞こえた。

 

その声には、いつものような余裕がなかった。

 

「だって、そうでしょ? 何もできないし、いつも一人でいるし。朝倉君だって、どうせ同情してるだけじゃないの?」

 

女子が、少しだけ困ったように笑った。

 

「……でも、本当に付き合ってるんでしょ?」

 

「……だから、何?」

 

優香の声が低くなった。

 

「……私が、面白くないって言ってるの」

 

それ以上は聞かなかった。

 

聞いてはいけないような気がした。

 

私は、足音を立てないように、そっと教室を離れた。

 

廊下に出ると、胸の奥がどきどきしていた。

 

……そうだったんだ。

 

優香は、悠人君のことが好きだった。

 

だから、私が彼と付き合っていることが気に入らない。

 

それなら、今までのことにも少しだけ納得がいった。

 

名前のこと。

 

髪の色のこと。

 

私が一人でいること。

 

それらは、いじめるための理由であって、本当の理由は別にあったのかもしれない。

 

私が、優香の好きな人に選ばれてしまったこと。

 

ただ、それだけのことが。

 

こんなにも大きな問題になってしまうなんて。

 

私は、廊下の窓から外を眺めた。

 

夕焼けが、校庭を赤く染めていた。

 

……私、どうしたらいいんだろう。

 

もう、悠人君と付き合わなければよかった、とは思わない。

 

彼と一緒にいる時間は、本当に幸せだから。

 

でも、その幸せが誰かを怒らせているのなら。

 

そのせいで、何かが悪くなっていくのなら。

 

私は、どうすればいいのだろう。

 

答えは、まだ出なかった。

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