土曜日。
私は、玲夢と一緒に駅前の本屋へ向かっていた。
本当は、悠人君も一緒に来る予定だったのだけれど、家の用事ができてしまったらしい。
その代わり、玲夢が蓮君を連れてくることになった。
「……ねえ、玲夢」
「ん?」
「蓮君って、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「……何て言うか、あんまり感情が表に出ない感じ」
玲夢は、少しだけ考えてから笑った。
「まあ、そうね。でも、別に冷たいわけじゃないわよ」
「……そうなんだ」
「うん。むしろ、変なところで熱くなるタイプ」
そのとき、後ろから声がした。
「……誰が?」
振り返ると、蓮君が立っていた。
いつものように、少しだけ眠そうな顔をしている。
「何でもないわよ」
玲夢が、すぐに答えた。
「……ふうん」
蓮君は、それ以上追及しなかった。
三人で本屋に入り、それぞれ好きな棚を見て回る。
私は小説のコーナーにいた。
あまり本を読む方ではないけれど、学校とは違って、ここでは誰かの目を気にする必要がない。
背表紙を眺めているだけでも、少し気持ちが落ち着く。
しばらくして、玲夢がこちらへやってきた。
「何か面白そうなのあった?」
「うーん……まだわからない」
「じゃあ、これなんかどう?」
彼女が手に取ったのは、恋愛小説だった。
「……恋愛もの?」
「そうよ。アンタ、今ちょうどそういう時期でしょ?」
「なっ……!」
私は、思わず本を落としそうになった。
「い、いいだろ、別に!」
玲夢は、楽しそうに笑った。
「はいはい。じゃあ、読んでみたら?」
私は、しばらくその本を見つめたあと、結局、買うことにした。
……何だか、まんまと乗せられた気がする。
本屋を出たあと、私たちは近くの喫茶店に入った。
玲夢と蓮君は、向かい合わせに座っていた。
私は、その様子を何となく眺めていた。
「……何?」
蓮君が、こちらを見た。
「あ、いや……」
慌てて目を逸らす。
「……二人って、仲がいいなって思って」
そう答えると、玲夢が飲んでいたジュースを吹き出しかけた。
「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ!」
「え、だって……」
「……いいから、何も言わなくていい!」
顔を赤くした玲夢を見て、私は笑ってしまった。
蓮君は、そんな玲夢を見て、少しだけ口元を緩めた。
「……まあ、仲がいいのは否定しないけど」
「……っ!」
玲夢が固まった。
私は、ますます笑ってしまった。
……何だか、いいな。
好きな人がいて。
その人と一緒にいて。
何でもないことで笑い合える。
私も、悠人君とあんなふうになれたらいいなと思った。
*
飲み物が運ばれてきて、しばらくした頃。
蓮君が、ふと玲夢に尋ねた。
「……そういえば、最近、学校はどう?」
「どうって?」
「何か、変わったこととか」
玲夢は、少しだけ表情を曇らせた。
「……まあ、いろいろね」
その言葉に、私は思わず視線を落とした。
きっと、私のことだろう。
蓮君は、私の方を見た。
「……霧雨さんのこと?」
「……うん」
玲夢は、少しだけためらったあと、話し始めた。
ノートの落書き。
班活動での無視。
優香が、私と悠人君の交際を快く思っていないこと。
もちろん、全部を詳しく話したわけではない。
それでも、聞いているうちに、私は少しだけ恥ずかしくなってきた。
自分のことなのに、自分以外の人が心配してくれている。
何だか、申し訳ないような気持ちになってしまう。
「……ごめんね」
思わず口にすると、蓮君がこちらを見た。
「何で?」
「だって……私のことで、二人に心配かけてるから」
蓮君は、少しだけ眉をひそめた。
「……それ、霧雨さんが謝ることじゃないと思うけど」
私は、顔を上げた。
彼は、真面目な顔をしていた。
「悪いことをしてるのは、いじめてる側でしょ。何で、いじめられてる側が謝るの?」
「……」
「心配するのは、俺たちが勝手にしてることだし」
蓮君は、ジュースをひと口飲んだ。
「だから、気にしなくていいよ」
その言葉は、意外なほどすんなりと胸に入ってきた。
玲夢とはまた違う、落ち着いた言い方だった。
怒っているわけでもない。
慰めようとしているわけでもない。
ただ、当たり前のことを当たり前に言ってくれた。
私は、小さく頷いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
蓮君は、そう答えると、再び玲夢の方を向いた。
「……で、先生には言ったの?」
「……まだ」
「そっか」
彼は、少しだけ考えるように黙った。
「……でも、何かあったら、ちゃんと記録は残しておいた方がいいと思う」
「記録?」
玲夢が聞き返した。
「いつ、何をされたか。誰がいたか。そういうの」
蓮君は、淡々と説明した。
「先生がまともに取り合ってくれなくても、何もなかったことにされるのは違うでしょ」
私は、思わず彼を見つめていた。
玲夢も、少しだけ驚いた顔をしていた。
「……蓮って、そういうところあるわよね」
「何が?」
「普段は何にも考えてなさそうなのに、急にまともなこと言う」
「……失礼だな」
蓮君は苦笑した。
その様子がおかしくて、私たちは三人で笑った。
けれど、笑いながらも、私は思っていた。
何もなかったことにされるのは違う。
その言葉を、忘れないようにしよう。
いつか、自分のために何かをしなければならないときが来るかもしれないから。