宿泊学習まで、あと十日。
学校では、日に日にその話題が増えていた。
廊下では、どの班が一緒になっただとか、夜のレクリエーションでは何をするのだとか、そんな話が飛び交っている。
中には、もう持っていくお菓子を買ったという子までいた。
「ねえねえ、夜って何時まで起きてていいんだろうね?」
「先生が見回りに来るんじゃない?」
「でも、ちょっとくらいなら大丈夫じゃない?」
教室のあちこちから聞こえてくる声。
私は、それを聞きながら、宿泊学習のしおりを眺めていた。
森の散策。
野外活動。
班ごとの自由時間。
そして、夜のレクリエーション。
どれも、普通に考えれば楽しそうなものばかりだった。
けれど、私には一つだけ気がかりなことがあった。
同じ班に、優香の取り巻きが二人いるのだ。
もちろん、班分けをしたのは先生である。誰がどの班になるかなんて、私に決められることではない。
それはわかっている。
わかっているのだけれど。
「……はぁ」
思わず、ため息が漏れた。
「どうしたの?」
前の席から、悠人君が振り返った。
「あ、いや……何でもないよ」
「宿泊学習のこと?」
「……うん。まあ、そんなところ」
彼は、私の手元にあるしおりを見た。
「そっか。班のこと、気になってる?」
私は、少しだけ驚いた。
どうしてわかったのだろう。
「……うん。ちょっとだけ」
「そっか」
悠人君は、少し考えてから言った。
「何かあったら、俺に言ってね。班が違っても、近くにはいると思うから」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。
「……ありがとう」
「うん」
彼は、それ以上何も聞かなかった。
無理に励まそうとするわけでもないし、根拠もなく大丈夫だと言うわけでもない。
ただ、私の不安を知ったうえで、できることを伝えてくれる。
そういうところが、私は好きだった。
*
その日の昼休み。
私は、教室の前で玲夢を待っていた。
彼女は、いつもより少し遅れてやってきた。
「ごめん、先生に捕まってた」
「何かあったの?」
「宿泊学習のことで、ちょっとね」
そう言ってから、玲夢は私の顔を見た。
「……アンタこそ、どうしたの?」
「え?」
「何か、今日はずっとしおりを見てるじゃない」
私は、苦笑した。
「……そんなにわかりやすい?」
「わかりやすいわよ」
玲夢は呆れたように言った。
「で、何が心配なの?」
私は、少しだけ迷ってから、正直に話した。
同じ班に優香の取り巻きがいること。
これまでのことを考えると、宿泊学習でも何かされるのではないかと不安なこと。
話しているうちに、自分でも少し情けなくなってきた。
せっかくの学校行事なのに、楽しみにするより先に、嫌なことばかり考えてしまう。
「……ごめんね。こんな話ばっかりで」
そう言うと、玲夢は露骨に嫌そうな顔をした。
「だから、何で謝るのよ」
「……う」
「不安になるのは仕方ないでしょ。今まであれだけ嫌なことがあったんだから」
玲夢は、私の手からしおりを受け取った。
そして、活動予定のページを眺める。
「……森の散策か」
「うん」
「班ごとに行動する時間が結構あるみたいね」
「……そうなんだよね」
玲夢は、しばらく黙っていた。
それから、しおりを返してくれた。
「何かあったら、すぐに知らせなさいよ」
「……うん」
「悠人君にも、ちゃんと話すこと。アンタ、心配かけたくないとか言って、また一人で抱え込みそうだから」
「……そんなこと」
言い返そうとしたけれど、途中で口を閉じた。
……あるかもしれない。
いや、たぶんある。
玲夢は、そんな私を見て苦笑した。
「ほらね」
「……ごめん」
「もう、謝るのは禁止!」
「ええ……」
思わず笑ってしまった。
玲夢も、ようやくいつもの顔に戻った。
その笑顔を見ると、少しだけ不安が薄れていく。
この子がいてくれる。
それだけで、私はまだ前を向ける気がした。