魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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3. 風見優香

今振り返れば、午後の授業は最悪だった。

 

数学の授業で、運悪く私の番が回ってきてしまったのだ。

 

黒板の前に立ち、チョークを手に取る。

 

けれど、問題を前にすると、頭の中が真っ白になってしまった。

 

確かに数学は苦手な科目ではある。

 

それでも、解き方くらいはわかっていたはずなのに。

 

どうしてだろう。

 

黒板を見つめたまま、二度、三度と立ち尽くしていると、不意に声がした。

 

「先生。霧雨さんが答えられないようなので、私が代わりにやりましょうか?」

 

風見優香だった。

 

人を助けるための声ではなかった。

 

少なくとも、私にはそう聞こえた。

 

その声には、どこか嬉しそうな響きが混じっていた。

 

「んじゃあ、風見頼んだ。霧雨、しっかり勉強しろよー」

 

壬生先生は、特に気にする様子もなく優香に場所を譲った。

 

私は小さく頭を下げ、自分の席へ戻る。

 

席に着く直前、優香と目が合った。

 

彼女はほんの一瞬だけ、こちらに笑いかけた。

 

……ああ、もう。

 

本当に、嫌になる。

 

その後の授業も、ろくに頭に入ってこなかった。

 

ただ、早く帰りたかった。

 

誰とも話さず、誰にも顔を見られず、家に帰ってしまいたかった。

 

けれど、その日の放課後、そんなささやかな願いすら叶わなかった。

 

「霧雨。ちょっと来い」

 

担任に呼び止められたのだ。

 

何事かと思って職員室へ向かうと、壬生先生は手元の書類を見ながら言った。

 

「今日の放課後、プールサイドの掃除を頼まれてくれないか」

 

「……え?」

 

「プールの使用準備で、周辺が少し汚れているらしい。風見から、君が担当することになっていると聞いてな」

 

思わず顔を上げた。

 

「私、そんなこと……」

 

「ん? 違うのか?」

 

先生の問いに、言葉が詰まる。

 

違う。

 

私は何も引き受けていない。

 

そもそも、プール掃除の当番ですらなかったはずだ。

 

「……いえ」

 

けれど、その先を言うことができなかった。

 

先生はもう次の書類に目を落としている。

 

ここで違うと言ったところで、誰が信じてくれるのだろう。

 

風見優香がそう言った。

 

それだけで、私が何を言っても言い訳だと思われるのではないか。

 

「頼んだぞ。終わったら鍵を職員室に返しておいてくれ」

 

「……はい」

 

結局、私はそう答えることしかできなかった。

 

職員室を出ると、廊下の向こうに優香たちの姿が見えた。

 

彼女たちは私に気づくと、顔を見合わせて笑った。

 

「ちゃんと掃除しなさいよ、霧雨さん」

 

「せっかくだから、隅々まできれいにしてね」

 

優香は、にこやかな顔でそう言った。

 

「……」

 

何も言い返せなかった。

 

反論したところで、きっとまた面白がられるだけだ。

 

私は黙って歩き出した。

 

背中の方から、笑い声が聞こえてきた。

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