魔法なんて、使えないけれど   作:dorakoishi

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5. 恋占い

その日の夜。

 

私は、玲夢の家にいた。

 

「……で、告白されたと」

 

玲夢は、机の上に置いたお菓子の袋を開けながら言った。

 

「……うん」

 

「それで、まだ返事してないのね?」

 

「……うん」

 

「はぁ……」

 

彼女は、これ見よがしにため息をついた。

 

「アンタ、ほんっとに考えすぎ」

 

「だ、だって仕方ないだろ!」

 

思わず声が大きくなる。

 

「いきなり、好きだなんて言われたんだぞ!? どうすればいいかなんて、わかるわけないじゃん!」

 

「はいはい。わかったわかった」

 

玲夢は苦笑しながら、私の頭を軽く叩いた。

 

「でも、嫌じゃなかったんでしょ?」

 

「……それは」

 

「嫌だったら、そんなに悩まないと思うけど?」

 

返す言葉がなかった。

 

そうなのだ。

 

嫌ではなかった。

 

むしろ、うれしかった。

 

どうしようもなく、うれしかった。

 

ただ、うれしいだけで決めてしまっていいのかがわからなかったのだ。

 

「……私さ」

 

ぽつりと口を開く。

 

「本当は、すごくうれしかったんだ」

 

玲夢は、黙って聞いてくれた。

 

「私のことを好きだって言ってくれる人がいるなんて、思ってなかったから……。しかも、それが朝倉君だなんて」

 

言葉にすると、また顔が熱くなった。

 

「……なんか、夢みたいだった」

 

「そっか」

 

玲夢は、少しだけ笑った。

 

「よかったじゃない」

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「……怖いんだよ」

 

私は、膝の上で両手を握りしめた。

 

「私と付き合ったら、朝倉君もいじめられるかもしれない。私のせいで、嫌な思いをするかもしれない……」

 

「……」

 

「それに、もし付き合って、いつか別れることになったら……。今までみたいに話せなくなったら、どうしようって」

 

自分でも、何を言っているのかわからなくなっていた。

 

まだ付き合ってもいないのに、別れるときのことまで考えている。

 

本当に、嫌になる。

 

「……アンタさ」

 

玲夢は、少しだけ真面目な顔になった。

 

「まだ始まってもいないのに、終わるときの心配してどうするのよ」

 

「……」

 

「もちろん、付き合ったら嫌なこともあるかもしれないし、喧嘩だってするかもしれない。でも、そういうのって、実際に付き合ってみないとわからないでしょ?」

 

私は、黙って頷いた。

 

「それに、朝倉君はアンタがいじめられてることを知ってるんでしょ?」

 

「……うん」

 

「そのうえで告白してくれたんじゃないの?」

 

「……たぶん」

 

「だったら、アンタが勝手に相手の気持ちまで決めつけるのは違うと思うけど」

 

その言葉は、昼間にも聞いたような気がした。

 

私は、本当に同じところをぐるぐると回っているらしい。

 

「……ねえ、玲夢」

 

「ん?」

 

「何か、こう……。付き合うべきかどうか、占いとかでわからないかな」

 

口にした瞬間、玲夢が目を丸くした。

 

そして、次の瞬間には笑い出した。

 

「ぷっ……! あはははは!」

 

「な、何だよ!」

 

「いや、だって……アンタが占いって……!」

 

「いいだろ、別に!」

 

私は顔を真っ赤にした。

 

玲夢はしばらく笑っていたが、やがて机の引き出しを開けた。

 

「……まあ、ちょうどいいものがあるけど」

 

「えっ?」

 

彼女が取り出したのは、小さな箱だった。

 

中には、何枚かのカードが入っている。

 

「これ、前に買ったタロットカード。あんまり使ってないんだけどね」

 

「……タロット?」

 

「そう。占いといえば、こういうのじゃない?」

 

玲夢はカードを机の上に並べた。

 

「ただし、当たるかどうかは知らないわよ?」

 

「……それでもいい」

 

今の私には、少しでも何かを決めるきっかけがほしかった。

 

「じゃあ、質問を決めて」

 

「質問?」

 

「そう。何を占いたいの?」

 

私は、しばらく考えた。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「……朝倉君と、付き合った方がいいのかな」

 

玲夢は、少しだけ笑った。

 

「はいはい。じゃあ、そういうことで」

 

カードを切る音が、静かな部屋に響く。

 

一枚、二枚、三枚。

 

玲夢は、私にカードを引くように促した。

 

私は、恐る恐る一枚目を引いた。

 

それから二枚目、三枚目。

 

机の上に並べられたカードを、二人で覗き込む。

 

「……えっと」

 

玲夢がカードの意味を確かめるように、手元の小冊子を開いた。

 

「一枚目は、恋愛に対して前向きな気持ち……。二枚目は、不安や迷い。三枚目は……」

 

彼女は、少しだけ言葉を止めた。

 

「新しい関係が始まる可能性、だって」

 

「……え?」

 

「まあ、ざっくり言うとね」

 

玲夢は、小冊子を閉じた。

 

「悪くないんじゃない?」

 

私は、三枚のカードを見つめた。

 

本当に、この占いが当たるのかはわからない。

 

そもそも、カードの意味だって、引く人や解釈によって変わるのかもしれない。

 

でも。

 

新しい関係が始まる可能性。

 

その言葉が、どうしても頭から離れなかった。

 

「……ねえ、玲夢」

 

「ん?」

 

「もしさ……付き合ってみて、うまくいかなかったら、どうしよう」

 

玲夢は、少しだけ考えてから答えた。

 

「そのときは、そのときじゃない?」

 

「……え?」

 

「最初からうまくいくかどうかなんて、誰にもわからないでしょ。恋愛に限らず、何だってそうよ」

 

彼女は、私の目を見た。

 

「でも、やってみたいって思ったんでしょ?」

 

「……」

 

「だったら、やってみればいいじゃない」

 

あまりにも単純な答えだった。

 

けれど、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かがすっと軽くなった気がした。

 

私は、ずっと考えていた。

 

付き合ったらどうなるのか。

 

周りに何を言われるのか。

 

彼を傷つけないか。

 

いつか別れてしまわないか。

 

そればかりで、肝心なことを忘れていた。

 

私は、どうしたいのだろう。

 

……答えは、もう出ていたのかもしれない。

 

「……私」

 

口を開く。

 

「朝倉君と、付き合いたい」

 

言葉にした瞬間、顔が熱くなった。

 

それでも、不思議とさっきまでのような迷いはなかった。

 

玲夢は、一瞬だけ驚いた顔をした。

 

そして、満足そうに笑った。

 

「うん。それでいいんじゃない?」

 

「……いいのかな」

 

「だから、アンタがそうしたいんでしょ?」

 

「……うん」

 

私は、頷いた。

 

もう一度、机の上のカードを見る。

 

占いが当たるかどうかなんて、正直、よくわからない。

 

でも、今回だけは。

 

このカードが、私の背中を少しだけ押してくれたような気がした。

 

「……ありがとう、玲夢」

 

「はいはい。お礼は、彼氏ができてからにしてよね」

 

「なっ……!」

 

彼女は、いたずらっぽく笑った。

 

「だって、まだ付き合ってないんでしょ?」

 

「そ、そうだけど……!」

 

「じゃあ、明日ちゃんと返事しなさいよ」

 

「……うん」

 

私は、小さく頷いた。

 

明日。

 

朝倉君に会ったら、ちゃんと伝えよう。

 

私も、あなたのことが好きだと。

 

一緒にいたいと思っていると。

 

不安なことはたくさんある。

 

きっと、これからも悩むことはあるだろう。

 

それでも。

 

今度は、自分の気持ちから逃げたくなかった。

 

その夜、家に帰ってからも、なかなか眠ることができなかった。

 

ベッドの上で寝返りを打ち、枕元の時計を見る。

 

まだ、夜の十一時。

 

明日の朝まで、あと何時間あるのだろう。

 

そう考えていると、自然と頬が緩んでしまう。

 

……本当に、馬鹿みたいだ。

 

こんなにも、明日が待ち遠しいなんて。

 

私は枕に顔を埋めた。

 

「……好きだなあ」

 

誰もいない部屋で、小さく呟く。

 

その言葉は、夜の静けさに溶けていった。

 

明日、彼に会える。

 

そして、私の返事を伝えられる。

 

そのことが、どうしようもなくうれしかった。

 

このときの私は、まだ知らなかった。

 

誰かを好きになることが、こんなにも幸せで、こんなにも怖いことなのだということを。

 

それでも、今だけは。

 

この小さな幸せを、信じていたかった。

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